リリカル犬狼伝説1-2話

 下水道の大爆発の影響を受けていない水路。
 そこで逃走する『セクト』の一部を邀撃した機動一課第三突入小隊は、死体の山から目ぼしい情報がないか探っていた。
 ゲリラが持っていたのは武器と"自爆用の爆薬"以外は特にこれといったものがなかった。
 逃走するにあたり、不必要な物は捨ててきたのであろう。
 自爆スイッチを押される前に、相手を完全に静止できたのだ。
 一課ではこれを、「まずまずの出来」と云う。
 いうまでも無いが、テロリストの究極の静止する方法は死である。
 拘束魔法のバインドや非殺傷武器による制圧、通常の取り押さえでは、口の中や脳内に仕込んだ自爆スイッチを止めることができないからだ。
 しかも魔法の素質があれば、念で起動させる装置ぐらいは作れる。
 小隊長に部下から念話が入る。
「隊長。水路脇の作業員用通路に大量の移動痕跡あり。クツの形状から下水道管理局作業員の物と不一致を確認。
 埃の積もり方から我々が此処に待機する前に移動したもよう。映像データ送りますか?」
「……了解。直ちに本部へ送る。ガク、お前の分隊は先行して追跡しろ。オレの命令を無視した責任を取れ」
「ガク、了解。追撃行動に入ります」
 小隊長は思った。
 隊で頼りになる男、シン・ガクが見つけた痕跡だ。
 おそらくはじめっから何かあるとみて俺の命令を無視して勝手に調べたに違いない。
 いつもは命令にクソ真面目なやつなんだがな。いや、真面目だから命令も無視したのか。
 やつをチャイルド・キラーなどと陰口を叩いてるヤツがいたら黙らせんといかんな。

「逃げられたか……」
 報せを受け取ったハンダ副課長は、表情を一切変えずにつぶやいた。
「展開前の広域スキャンでは無人だったが……。いや、なんの兆候もなく、こちらのスキャンそのものが妨害されていた?」
 本来軍事用システムを使わなければできない警察、それも警察特殊部隊の無線の妨害。
そしてこちらの熟達者が行ったスキャンの妨害。
 ハンダの頭は、詰まっていた膨大な量のロストロギア情報を検索し、該当物を当てた。
 過去アンチ・マジックフィードの応用でいかなる電磁波も探査魔法も通さない遺跡が存在したという。
 しかしそれは発見された一器限りで、しかも発掘による損傷で永久に復元できなかったはず。
 ロストロギアに関する思考と同時並列にハンダは直ちに命令する。
 待機した他の部隊に追撃を命じ、包囲網を拡大。
 命令し終わった後に、またつぶやいた。
「攻撃していたグループ自体が囮だったか……」

地下区画全体を揺るがした爆発から十数分が経過した。
鳴り止まない緊急車輌のサイレン。
 飲食店を中心とした商業施設が並ぶ通りは野次馬で溢れていた。
立ち上がる火柱を指差しどよめく群集。

「また管理局の一課とゲリラがドンパチをやったらしいぞ!」
「あいつら加減手ての知らないのか?」
「ここがどこだかわかってるのか?地下だぞ。崩れたらどうすんだよ」
「もう終ったみたいだが、警察はなにやってたんだ。戦争するために税金払ってるんじゃないんだぞ」
「ねえ、ここにいるとやばくない?向こうに行こ」
 従業員や客が次々に相方や隣にいたもの同士で愚痴をこぼす。
 その集団のなかを女性が二人ほうほうの体で抜け出し、人気のない路地裏に入る。
 予想外の騒ぎと人間の群れにまみれて疲れきったのだろう。
 二人の内のショートヘアの女性が地面に膝をつく。
「もう駄目。家に帰りたい」
 ロングヘアの女性が友人に手を貸しながら言う。
「地下鉄も止まってるらしいし……ゴメン、こんな騒ぎになるとは思わなかったから」
 仲良しの二人は、最近地下で有名になりだした手料理店に食べに来ていたのだ。
 最近交流が始まったという世界の郷土料理が自慢という店『翠屋ミッドガルド地下街店』の雰囲気はとても良く、二人は会社の上司の愚痴とかの雑談に花を咲かせながら美味しい料理を楽しんだ。

 異変が起きたのは店を出た直後だった。
 遠くから警察車輌のサイレンと何かが弾ける様な音が聞こえ、その方向へ振り返ると煙と炎に染まっていた。
 確かに来店前から警察車輌を頻繁に見かけたりしてなにかあるんじゃないかと二人は思っていたが……。
 そして地を揺るがす大爆発。
 周りは大騒ぎになった。
 逃げ出す者や立ち止まり見上げる者で落ち着いた感じの通りが混乱状態となった。

 友達を元気付けてせめて駅の近くまで行こうとしてた矢先、側のマンホールから音がした。
 見るとマンホールの蓋が持ち上がり、男性が上半身だけせり出してきた。
 よく見ると男は血だらけで、上半身を出した以外動けない様子だ。
 駆け寄るロングヘアの女性。
 救急手当ての覚えがあった彼女は、男の様態が緊急を要する物だと察した。
 男の腕を持って引き上げようとした矢先。
「そこまでだ」
 機動一課のエンブレムが入った軽量プロテクトを身に纏い、マスクをつけた男が、拳銃をこちらに向けて構えて言った。
 もう一人のショートヘアの女性は恐ろしさに腰を抜かしてしまっていた。
「両手を見える所に置いてその場に伏せろ!」
 従わなければ撃つぞという気迫がこもった警告であった。
 しかし女性は機動一課の男に睨み返して叫ぶ。
「何馬鹿なこと云ってるの!大ケガしてるのよ。早く運ばなきゃ!突っ立ってないで手をかして!!」
 一課の男は対応に戸惑ってしまったが、女性が「早く!」と声を挙げたことでようやく銃を降ろして手伝おうとした。
 次の瞬間、重傷で血まみれの男がマンホールの影から散弾銃を取り出す。銃口が一課の男に向けられる。
 二連装中折れ式の散弾銃。
ソードオフと呼ばれるショットガンだ。銃身は切り詰めて30センチもない。
 銃を向けた男は、取り出す前と後も一切の表情の変化はなく、向けられた一課の男もマスクで表情は読み取れないが目に一切の驚きも表さなかった。
 向けられてから一秒も掛からずに乾いた銃声が鳴り、女性の悲鳴が木霊した。
 銃を向けられていた男が銃声の方に振り返ると、建物の屋上から狙撃銃を向けていたバックアップの同僚を目にした。
ソードオフを向けていた男の頭部から血が流れる。
 死んだ男の手にソードオフはもう無い。こめかみを撃たれ即死した瞬間に手を離してマンホールの闇に消えたのだ。
「……なぜ撃ったの?」
 男を引き上げようとした女性は涙を流しながら訴えた。
「どうして殺したのよォ!!」
 彼女は助けようとした男が持っていたソードオフが見えなかったのだ。
 全ては男の背中から引き上げようとした女性の死角で起こった出来事だった。
 銃を向けられ、非難された男は何も言わなかった。

「この大馬鹿野郎ッ!」
 一課の集合場所で第5後衛小隊隊長の怒声とともに、さきほど路地でソードオフを向けられていた隊員がしたたかに殴られる。
「サポートがいなけりゃその頭とオサラバしていたところだ!イヌイ、何故銃口を外した!」
 隊長の問いに、殴られた反動で地面に倒れた隊員、リョウ・イヌイが答える。
「射線上に一般市民が……」
 その答えに隊長はすぐさま応じた。
「あの女が通行人に擬装した『セクト』のメンバーでないと何故云える?」
 押し黙るイヌイ。
「わかってんのか!俺たちが相手にしているのは気紛れな魔法使いでも、凶暴さだけが取柄の魔獣でもない!
目的の為ならどんな汚いまねでも平然とこなすだけの強靭な意志力を持ち、しかも犯罪者としての負い目なんぞこれっぽっちも持たない!そういう連中だ!
いいか、俺たちの任務は捜査でも警備でもない!
これは俺たちと奴らの戦争だ!
お前が殺らなければ、奴らがお前を殺す。
何故殺されるのか、その意味もわからん間抜けとしてだ!
それが嫌なら"前に居た所"で覚えたてきたことなんぞドブにでも捨てちまえ!!」

さっきからヘマをやらかした部下を叱る上官の図を眺めている者たちがいた。
「見かけない顔だな」
 深夜でも(地下は地上と同じように天井の照明が時間に応じて照らす)サングラスを掛けている男が言った。
 機動一課第一突入小隊前衛隊員コウイチ・トドメ。
「第五小隊の新人。ふた月前まで首都警第八にいたらしいけど」
 サングラスの問いに怜悧な目をした男が応じる。
 コウイチと同じ小隊の前衛隊員ソウイチロウ・トリベ。
「第八って対魔SWATの?」
 装甲機動車のボンネットにヘド塗れのままの強化装甲服で胡坐をかいたコウイチが聞き返す。
 あとで整備の連中がドブ臭いと文句を言うかもしれない。
「例の人事交流制度の唯一の志願者だって。
それも実戦部隊への!御しつしん警察との共同警備体制に御執心なアニヤ部長にとっては政治的デモンストレーションの格好の素材って訳よ。
少なくとも『機動一課』は今までの行きがかりを越えてそれを望んでいるってね」
機動一課唯一の紅一点にして、第一突入小隊狙撃隊員ミドリ・ワシオが答える。
 セミロングの艶やかな黒髪に、捨て犬を見ているようなどうしようもない憂いの目をしていた。
 機動一課第一突入小隊、通称"悪魔の三人組"。
 呼称はそれぞれ「トドメのコウイチ」「死神のアオ」「射的屋のミドリ」。
魔力ランクは三人とも陸戦Cクラス。
 三位一体となり、たとえ相手がSランクの魔導師であろうと殲滅する彼らをして、人はそう呼ぶ。
 かつて管理局に"白い悪魔"と呼ばれた魔法少女がいたが、一課の悪評が高まるにつれ、いつしかその少女は"教導隊の白い女神"と変化した。
「それでいきなり第一線配備か……ひでえ話だ。あの坊や自分の置かれた立場が判ってるのか?」
「判ったところで結果は同じだ。そうだろ?」
 なおも叱責を受けている場面をサングラスに映しながら言うコウイチに、ソウイチロウが皮肉った。
 実際その通りなのでコウイチは、また黙って眺める。

 翌日。
 機動一課基地。
 素晴らしい快晴。俗に言う洗濯日和というやつだ。
 その太陽が照りつくグランドを走る隊員達の姿。
 車庫の前では車輌の整備と、昨日の出動でドブ臭くなった車体の洗浄が行われている。
 
 隊員宿舎の一室。
 ただ独りだけになった部屋を、リョウ・イヌイが寝そべっている。
 イヌイの脳裏に、昨日上官から言われた言葉がよぎる。

「あの女が『セクト』のメンバーでないと何故言える。
 良く見ておけ!
 あの野次馬の中の誰かは、いつかお前に銃を向けるかもしれん。
 上で警備に立ってりゃ命までは狙われん。
 殺しもやらんですむ。
 ……何故こんなところへに来たんだ?」

 誰もいなくなるのを見計らい、グランドを一人で走るイヌイ。
 汗だくで、もう何キロ走ったかわからない。
 走りながら入隊時、上官との面接のやり取りを思い返す。

「入隊を志願した動機は?」
「…………」
「ご両親の意見は?」
「係累は一人もおりません」
「それじゃ警察で出世はできんな。
 まさか英雄になりたくて来たわけじゃあるまいな。
 ここじゃそういう馬鹿は長生きできんぞ」

 夕食。
 独りで食べるイヌイ。
 周りは既に食事を済まし、食器を片付ける者意外いない。
 他の機動課や本局の者が、一課の食堂を見たら、ひどく殺風景で無機質的と言うだろう。
 長机が並ばされ、イスが置いてあるだけの。まるで教室のような大部屋。
 食事のメニューも一本化され、全ての課員が上下の差も無く、その日の食事を食べる仕組みだ。
 バリエーションもなにも無い。
 盛り付けと、塩コショウといった調味料のみが自由。
 味そのものは特別悪いというわけではないが、良いというわけでもないが、他の食堂に比らべれば間違いなく劣るだろう。
 ビーフ・シチューを機械のように食べるイヌイの脳裏に、以前副長室に呼び出されて問われた言葉を思い出す。

「どうして突入小隊でなきゃならんのだ」

 屋内射撃場。
 標的のドローンに魔法弾と実弾が同時に命中する。
 休まず、次の目標を出現させるイヌイ。
 高スコアを叩き出しても、賞賛の声はない。
 イヌイ以外に誰もいない。
 魔導デバイスを銃身にオプション装着したMk23ソーコムピストルを構えながらイヌイは反芻する。

「中央の対魔SWATがどれほどのものかは知らんが、ここじゃ一人のミスは他の全員の生命にかかわるんだ!
 正直云って迷惑なんだよ!」

「入隊の動機は?」

「何故こんなところへ来たんだ?」

 空のマガジンを代え、装着されたデバイスに精神を集中させる。
 一課のデバイスにインテリジェント機能などない。
 全てストレージデバイス。それも応答機能が無いものである。
 それに火薬発射する銃火器にオプションとして装着。
 魔法と合わせて射撃か、状況に応じ魔法攻撃、銃撃と使い分ける。
 このミッドチルダで一課のみが使うやりかたである。
 次のドローンが出現すると同時にイヌイは撃つ。
 今度は魔法弾から、弾丸にバリヤー貫通属性を付加させてトリガーを引く。

 もうすぐ日が落ちようという夕焼けの中、また一人でグランドを走るイヌイ。
 その姿を建物の中から見下ろす第五小隊長は、部屋の上司達に彼のことを言う。
「妙に頑くなな奴でして、一体何を考えているのか……」
 傍らにいた機動一課の長、課長のシロウ・タツミは、小隊長の言葉を耳にしながら、走り続けるイヌイを見ていた。
 小隊長の話が続く。
「前の部隊でも、極端に付き合いの悪い男だったようですが、ここに来てからも必要以外全く口をききません。
 正直なところ、扱いかねております」
 ソファに座った副課長のハジメ・ハンダが小隊長の言葉が意味することを言った。
「孤独な突入班員なんざ、お調子者の狙撃手より始末に悪い。
 このままじゃ小隊の士気にも影響しますな」
「まあそう云うな。
 中央の対魔部隊といえば自治警の精鋭だ。
 確かに対人関係に難ありの変わり者だが成績そのものは抜群だし、なによりAランク魔導師の人材は貴重だ。
 揉まれてるうちに一人前になる。習うより慣れろだ」
「アニヤ、ここじゃ慣れてる暇がないんだ。その前に殺られちまうからな」
 イヌイを一応擁護する古代遺跡管理部部長イサオ・アニヤにタツミが苦言を言う。
 アニヤは方眉を上げ、タツミを睨みつけ言う。
 ハゲ頭で鋭い剃刀を連想させる風貌を持つ部長の睨みは恐怖そのもの、というのは部長と比較的付き合いの長いはやての談である。
 (もし自分が睨まれたら最後、平身低頭でとにかく謝るしかないとはやては常々考えていた)
「それより昨夜の件だ。その為にこうして出向いてきたんだからな」
「また二課の苦情か」
「検挙者ゼロ。しかも肝心のロストロギアが見つからんでは只の消耗戦どころか、むしろ戦略的損失だそうだ」
「やつらの云いそうなセリフだ」
「それだけじゃない。あちらさんからも厳重な抗議が来てる。共同捜査の申し合わせに対する重大な侵犯行為だとな。
 なぜ事前に通告しなかった」
「洩れるのを承知でか?」
「自分の縄張りの、しかも足の下で勝手なまねされりゃお前だって笑って済ませちゃいられんだろう!」
「人目についてくれるなと云うから下水に潜り込んでドブ鼠のまねまでしたんだ」
「派手な鼠だ。大通りに大穴をあけて、ケーブルの復旧にどれだけかかるか見当もつかんそうだ」
「……な、共同捜査体制の推進なんて無駄はやめちまえ。そんなもの、六課の"お嬢ちゃんたち"にまかせればいい。そのために作らせたんだろ?」
 タツミの言葉にアニヤは答えない。
 タツミが続けて言う。
「所詮連中とは水と油だ。合わせてみても濁って浮きあがるのは俺たち一課だけだ」
 タツミの話を聞き、アニヤが口を開く。
「"新しい酒は新しい袋に……"か、19年前の俺たちの合言葉だったな」
「今でもだ」
「タツミ……今、古代遺跡管理部を取り巻く情勢がどんなもんか知ってるだろう?
 足を引っ張ろうとする連中にとって批判の対象にされがちな機動一課は絶好の目標だ。
 くれぐれも自重してくれよ」
 そう云いながらアニヤはソファから腰を上げた。

 時空管理局古代遺跡管理部機動一課の存在派は内外に摩擦を生じていた。
 管理局内部は、武装隊と人事部、そして他の機動課との軋轢。
 人事部との衝突は、一課が局の人事部を通さず独自に人材を集めているからである。
 ついには、一課が一課のみのための訓練施設「養成校」を作ったことが、それにさらに拍車をかけた。
 武装隊と他の機動課との関係は簡単に説明できる。
 魔法使いと、銃火器主体の戦争の犬が相容れるなど最初から無いのだ。
 装備している兵器からして問題視された。
 質量兵器規制で開発・生産が束縛されたているため、最も銃砲火器が発達した第97管理外世界(惑星名「地球」)のを参考にして作った。
 生産は一課直轄の兵器廠で行われる。
(実物、設計図、工作機械等は貴金属でバーター取引したというがもっぱらの噂だ。もし本当なら明確な違法である。銃器の名前をそのまま同じと言うのも軍部を挑発していた)
 むしろこれで問題にならない方がおかしかった。
 テロリストの『セクト』が、ロストロギアを使った政府転覆から一課との対決路線にシフトしたのも問題だった。
 民間の工場で生産可能な簡易銃火器や火炎瓶に火炎ボトル、手投げ爆弾やパイプロケットで武装。
 一課はそれを、かつてロストロギアを扱っていた組織というだけで、『セクト』が関わる事件全てに介入し、自治警を半ば無視し、必ずといっていいほど彼らと市街戦を繰り広げたのだ。

 外部との摩擦は言うまでもない。
 自治警察、聖王教会、そして軍。
 他でもない。
 本来なら専門の部隊が創られてしかるべき対テロリスト任務が、遺跡の管理という名目で立てられてしまったためである。
 「ロストロギアが関わる、あるいはその疑いがある全ての事件に関与できる」という特権事項も問題の根源の一つといってよい。
 これに機動一課のみのが許された銃砲火器、いわゆる規制されるべき質量兵器と魔法の併用運用と一課独特の戦闘至上主義が火に油を注いでしまった。
 戦う相手が歴然と存在していた過去はまだ良かった。
 しかしロストロギアを用いた"政治的"大規模テロが鎮静化し、個人レベルでの小規模犯罪が目立ってきた昨今は、捜査と逮捕に重点を置くべきという声が大勢を占める。
 これは治安一般を司る警察との協調を進めなくてはできないものである。
 事実、遺跡の密輸を専門に取り締まる機動三課は、空港警察や港湾保安庁と共同歩調を取る事で、確実な成果を挙げている。
 ロストロギアを用いた大規模破壊犯罪には、機動力がありなおかつ柔軟に火力を制御できる少数精鋭でもってあたるのが理想である。
 一課のように銃弾をばら撒くやり方では、周囲に大きな損失をもたらすからだ。

 突入小隊前衛が振り回すマシンガンはMG42と呼ばれる機関銃である。
 全長1m22僉重量11.6キログラム。
 使用弾薬7.92mm×57。発射速度は毎分約1,200発。
 発射速度975m/s。有効射程1000m。
 この機関銃は本来なら専用のバイポット(二脚)をつけ、地上に設置し給弾係と射撃手の二人以上で運用するのが当然である。
 これに銃身下部に各種魔導デバイスを装着し、プロテクションの展開の他、弾頭に誘導性を持たせたり貫通威力を上げる補助魔法を使い有利に戦う。
 しかし、もし市街や住宅街でコレを射ちまくればどうなるか……。
 7.92mm×57という大威力の弾丸は、一般的な家屋なら扉どころか壁さえも容易に貫通できてしまう。
 しかも貫通した流れ弾は、外にいる仲間や、あるいは避難している市民に当たるかもしれないのだ。
 管理局の魔導師は、自分の使う魔法が何をもたらすのか完全に把握している。
 そのため、必要に応じ魔法の威力を制御し、拘束魔法と組み合わせて相手の無力化を図るのだ。
 つまり、柔軟的運用が出来るのということである。
 一課のソレとは全く異なっている。
 流れ弾は制御できないからだ。

 兵器に頼らず、破壊ではなく制圧を、殲滅ではなく逮捕を行うことができる特殊部隊。
 管理局御三家と聖王教会、他の課長や提督たちの"熱心な申し出"に、アニヤ部長は新しい課の創設許可という形で応じた。
 新参の八神はやてが六課を自由に切り盛りできたのも、アニヤ部長からのお達しもあったからだ。
 「一課とは別の方向性で、モノになる部隊を作ってみせろ」
 これが創設時、非公式に送られた部長の祝辞だった。
 正直はやてが当初から上申していた「管理局の肥大化による小回りの効かなさへの危惧」など些細な問題であった。
 八神はやてが、自分の訴えが体よく利用されたと実感したのは、創設直後に遺跡管理部内部の対立をその目に目撃した後だった。
 アニヤ部長にとって機動六課など最初から周囲に対するガス抜き程度にしか捉えていなかったのだ。
 官僚組織の非常さを実感した八神課長は、それでも、その障壁を利用するがように奮迅し、今の機動六課を創ることに成功することになる。
 魔法の天才たちの集まりである機動六課設立の経緯には、そうした実験的な側面もあった。
 それぞれの思惑が交差し機動六課は産声を上げる。
 一課がさらに先鋭化し孤立する一方、六課は他の部署や組織と交流を深め絆を繋げていった。

「送らせよう。最近は要人テロも多い」
「一課の護衛つきじゃ却って目立つ。車を裏に回してくれ」
 タツミの申し出を断り部屋から出るアニヤに、タツミが新人のことを云った。
「あの坊やの件だが」
「ん?」
「キャリア組みを預る地方署のような訳にはいかん。後詰めとはいえ現場勤務となれば不測の事態まではサポートできんぞ。
 そのことを考えたか?」
「意地でも出したくなかった志願者だ。あちらにとっては裏切り者だよ。
 肝心なのは一課が彼を受け入れた事実で、その後の生死じゃない」

 裏口に来た黒塗りの乗用車にアニヤ部長が乗り込む。
 車のすぐ側をイヌイが通り過ぎるのをアニヤは横目で見た。
 イヌイは部長に敬礼せず、裏口に見送りに来ていたタツミ課長の前に出て敬礼した。
 その眼差しはどこか哀しそうな感じがするかもしれない。
 タツミはイヌイを見て、隣で見送っていた小隊長に言った。
「配属の希望は前衛だったな。92式の訓練は?」
 92式。一課の象徴、装甲強化服の形式である。
「養成課程で40時間……しかし」
「次の出動から任務につけろ」
 第五小隊隊長の押さえ込むようにタツミは命令した。
 イヌイは直立不動で敬礼を続けていた。

 作戦会議室。
 幹部が黒板の文字を指さしながら作戦内容を説明する。
「……第一第二突入小隊、及び第五狙撃小隊はB号斜路より侵入。22号幹線水路を中心に展開しながら網を張る。
 接敵後に無線封鎖解除、モードCを使用。支援部隊は第三輸送中隊、第八通信小隊……」
 参加部隊の発表後、敵ゲリラの動向を話す。
「昨夜の事例を見ても判る通り、地下構内を利用した武器・爆発物の移動、その集積と拡散は彼らの都下でのゲリラ活動に必須の要件を成している。
 構内を常時制圧することは無論不可能だが、彼らの跳梁に一定の制限を加え、また有事に緊急展開してその兵站線を寸断し得る能力を獲得する為にも、今後暫くの間、有力な情報に基づく警戒出動を繰り返す。
 遭遇した場合には徹底的に叩け!
 効果があがるまで各中隊単位に輪番制でドブ掃除だ。覚悟しとけ」
 会議にイヌイもいた。
「それと、既に伝達済みだと思うが今夜の出動はミッドチルダ中央警察警備部との共同作戦行動となる。
 参加部隊の詳細が判明したので連絡する。
 第二機動通信支援小隊、対魔SWAT第三捜索隊……」
 資料を読み上げる幹部。
 その隣に立つハンダ副課長はイヌイを見つめる。
「……環状線内の検問は第五機動隊二個中隊がこれにあたる。構内での指揮権はこちらにあるが、くれぐれも揉め事を起こすなとのお達しだ。
 出動は30分……以上、質問は?」

 先導バイクの運転手が吹く笛の音が、基地内に響きまくる。
 トラック、装甲兵員輸送車、装甲高機動者(昔でいうところのジープ)が陸続と連なって門を出て行く。

 出撃の喧騒を聞きながら課長室に居るタツミ課長にハンダ福課長がに会いに来た。
「不服らしいな」
「アニヤ部長のやり方には自分も不満ですが、こういう解決の仕方は課長らしくないように思えます」
 ハンダは釣りあがり目でしかも無表情で話すため、感情が捉えがたい。
 副課長が話を続ける。
「ああいうタイプはこの仕事にはむきません。相互信頼が絶対条件の集団戦闘で、結局は致命的なミスを犯して死ぬことになるか、
 独走して部隊を危機に陥れるか、いずれにせよ一匹狼は群れに投じるべきではありません」
「一匹狼?あいつの目を見たか。あれは捨てられた犬の目だ」
「しかし……あの男は志願してきたんですよ。自分の部隊を捨てて」
「追い出される前に出てきただけだ。
 ……副課長。誰に捨てられた訳でもない。生れ落ちたそのときに、捨てられた奴もいるのさ。
 そいつは生きていく為に、今度は自分で世間を捨てる。どこかにいるはずの主人を求めてな。
 あいつは国も警察も主人に値しなかった。だからここに来たのさ」
 課長の言葉を副課長は無言で聞いた。

 装甲兵員輸送車の小さな窓から街の夜景が流れていく様を、イヌイはいつもの、女性に非難された時と同じ顔でただ眺めていた。
 その様子を見ていた第三突入小隊のシン・ガクが何かに駆られてイヌイの名を呼んだ。とにかく呼びたくなった。
「イヌイ……」
 イヌイはシンの顔を見た後、少ししてから顔を外に向けてまた眺め始めた。
 シンは後輩に無視されたということに対しては、別にどうというわけではなかったが、ただハッキリと確信したことがあった。
 彼の目を見て判ったのは、それが捨て犬の目だったということであり、この一課も主人には値しなかったということである。
 シンは思った。
似たもの同士がこれ以上会話して何が変わるというのか?
 
 課長は部屋の窓から外の闇を見ながらイヌイの話を続ける。
「そのために体で覚えた、たったひとつの芸だ。誰かが棒を投げてやらにゃなるまい」
「それで死ぬことになっても?」
「あの男が死んで誰がそれを哀しむ?一足先に世間を捨てたあいつが、それを望むと思うか」
 少しの間、沈黙が部屋を包む。
 ハンダが口を開いた
「しかし……何故ここでなけりゃならんのです?」
「おおかた匂いでも嗅ぎつけたんだろう」
「匂い?何の匂いです?」
 タツミは唇の端を歪めながら云った。
「…………同類の匂いかもしれんな」

 巨大な地下水路。
 マップが無ければ確実に迷子になるだろう。
 その前に立ち込める異臭でやられるかもしれない。
 そんな中を強化服を着込み、機関銃を構えながら移動する一課の姿があった。
 暗視装置と赤外線装置で真っ暗闇の中でも平然と進める。
 顔面全てを覆うマスクはガス他生物化学兵器を無効化するが、その隠れた性能はドーベルマンを彷彿させる外見から、見るものに心理的圧迫を加えることにある。
 彼らはやがて一本の水路を選び、進み始めた。
 予定なら第一突入小隊が追い詰めたゲリラと遭遇する地点である。
 水路はカーブしていて待ち構えるには絶好の場所だ。
 隊長が注意を言う。
「火炎瓶の直撃と至近距離でのソードオフに注意しろ。……お前に云ってるんだイヌイッ!」
 皮肉のつもりで言ったが、イヌイはそっけなく返す。
「了解」
「チッ」
 隊長は舌鼓を打った。
 コイツ大丈夫かと思ったがそのときだった。
 向こう側から音が聞こえ始めた。
「第一突入小隊が追い込んだな……来るぞ!」
 油断なく左右に展開する小隊だったが、一人だけ違った。
 イヌイが一人で前に走り出したのだ。
「イヌイッ止れッ!」
 
「うおおおおっ」
 イヌイは初めて雄叫びをあげながら突っ走った。
 闇の中をマスクの紅い双眸が紅い残光を残す。
 足元にゲリラの撃った弾が着弾する。
 デバイス起動。プロテクション最大。
 防御フィールドを展開しながら、五人ほどのゲリラの集団に機関銃を撃つ。
 あっけないものだった。

 追いついた隊長がイヌイの持っていたMG42を取り上げた後、汚水の上にイヌイの体を投げ飛ばす。
 奪った機関銃の銃床でイヌイの頭部を思いっきり殴りマスクを外す。
「そんなに人殺しがしたいのかッ!!
 貴様のような奴は俺の隊から放り出してやる。任務終了まで輸送車で待機してろ。行け!」
 激怒した隊長がイヌイを叱り飛ばす。
 他の隊員も罵声を浴びせる。
「鬼畜!」
「早く行っちまえ!二度と戻るなァ!!」

 イヌイは来た道に沿って戻ろうとした。
 後悔もなにもない表情をしていた。
 T字路に来た所で、右側の水路から音が聞こえた。
 イヌイは反射的に左腕の盾の内側に装備されたデバイス装着ソーコムピストルを取り出して構える。
 意を決して音の方向へ躍り出ると、負傷してしゃがんだ男を立たせようとする若い女性の姿があった。
 女性はイヌイに気づくと助けを求めた。
「待って、撃たないで。大ケガしてるの」
 ロングヘアの女性だった。
 イヌイは思った。
 あの時の……。
 そう思ったときには女性が向けた銃に撃たれていた。
 よろめいて壁に背中をつけて座り込んだあと、イヌイは二人が視界から消えるまで眺めていた。
 なんとか立ち上がろうとしたが、派手に汚水の中に転び、もがくだけだった。
 口の中にドブ水が入る。
 吐き出そうともがき、空気を吸おうとあがいた。
 肺に残った最後の空気で叫んだ。
「がああ、ぐがが」
 バシャンと、動いていた手足がドブ水につかる。
 それっきり動かなくなった。


  時空管理局古代遺跡管理部機動一課第二突入小隊隊員

  リョウ・イヌイ 22歳 死亡
                    ACT1 了

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2007年08月01日(水) 11:16:45 Modified by beast0916




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