リリカルlain2話

 此処には、神様がいるの──。
 自ら命を絶った少女は、フェイトにそう告げた。悪戯だと割り切り、フェイトは携帯
電話を放り投げた。制服のままで蒲団の中に潜り込み、外界から自己の総てを遮断する。
俄かに身体が痙攣を帯びてきた。
 再び携帯電話が無機質な着信音を鳴らす。フェイトは細く悲鳴を漏らして一瞬身体を
硬直させ、今以上に自閉するように強く瞼を閉じた。
 着信音は、まるでフェイトを夢想の彼方へと引き摺り込むように鳴り続けていた。

 嘔吐を催しそうな程の照明の下で、少女は前方の相手を突き飛ばした。胸を覆っただ
けの肌着にジャケットを羽織り、下はミニスカートという開放的な身形のその少女は、
左側の一房の挑発が特徴的だった。
「シグナム、出たぞ!」
 クラブ・サイベリアで張り込み捜査をしていたヴォルケンリッターは、目標の登場に
呼応して体勢を整える。屋外では保険としてシャマルが結界魔法を展開し、ザフィーラ
が傍に就いている。
 シグナムは紺色の背広姿に加えて後ろ髪を括り上げた何時もの風貌で、一悶着を終わ
らせた少女に向かって歩き出した。
 サイベリアは束の間動揺の波を発生させたが、しかしまた直ぐに扇情的な音楽を背景
に踊りや酒にと盛り上がっていった。
「岩倉玲音だな?」
 背の低い少女は、名を尋ねてきた長身の女性に警戒の視線を向けた。照明を除いても
刺激的な色彩の髪を持った、日本人離れした顔立ちの女だった。傍には赤い髪の少女が
立っている。
「だったら何だよ」
「我々と同行を願いたい。君を、神を騙る男から保護したいんだ」
 シグナムは努めて相手の感情を荒立たせないよう冷静な口調を心掛けたが、それは益
体も無かった。
「何だそりゃ。宗教の勧誘なら他に当たれッてんだ」
「待ってくれよ。少しだけ話を聴いてくれてもいいだろ」
 ヴィータが控え目な声色で少女の歩みを制止する。先日の不可解な現象を知り、彼女
は心成しか消極的になっていた。
「……るせぇんだよ! 此処は御前みてぇな糞餓鬼の来る所じゃねぇんだよ!」
 啖呵を切られ、反抗しようと歯を剥き出したヴィータをシグナムが宥める。
「近来、何かと取り沙汰されているワイヤードというインターネットサービスが、この
現実世界に反映されているという事例を、耳にした事は無いか?」
「はン?」
 威圧的な眼をヴィータからシグナムへ移し、少女は冷笑して取り合わなかった。
 彼女がこの享楽の舞台から立ち去るのを、シグナムは無言のままに見過ごした。
「シグナム、いいのか?」ザフィーラが確認する。
「あぁ……まだ時は満ちていない、といったところか」
 二人の精神干渉に、シャマルの切羽詰った声が乱入する。シグナムとヴィータの顔が
厳しいものへと変容した。
「ナイツ! 此方に気付かれたわ!」
 屋内を担当していた二人も外へと駆け上がり、既に戦闘が開始されている繁華街上空
へと飛翔した。その中途で騎士甲冑を纏い、シャマルを包囲する数人の不審者へと攻撃
を仕掛けた。
 シグナムの急襲に遅れを取り、ゴーグルを装着して素顔を隠している中の一人が、刀
身の腹を痛打されて悶絶する。
 ヴィータも他方の敵へと肉迫し、致命傷を避けた一撃を繰り出した。元々一般人だっ
たと思われるゴーグルの部隊は、ヴォルケンリッターの反撃を受けて次々に倒されていく。
 ザフィーラの爪を背中に貰い、最後の一人が行動不能に陥った。
 四人の驚愕を誘ったのは、迎撃した敵の悉くがその瞬間に夢のように姿を霧散させた事だった。
「あの人達……」シャマルは困惑極まる声を零した。
「デウスの手先だな。恐らく、或るオンラインゲームからリアルワールドへと逆にメタ
ファライズさせたのだろう」
 シグナムはビルの上に降り立ち、夜風に甲冑の衣を棚引かせた。後ろでヴィータが不毛
な争いに倦んだように、グラーフアイゼンを肩に担ぐ。
「こっちが幾ら倒しても、向こうにとっちゃゲームでゲームオーバーしただけのようなもんか」
「このままでは鼬ごっこだ。若し、あの岩倉玲音が彼等の言うとおりの存在ならば、その
彼女の別人格がリアルワールドへ出現しているという状況は……」
 ザフィーラは獣の眼を鋭く細める。
「現実と架空が融合されてしまう……極めて高精度な電脳ネットワークの膨張と浸蝕によってな」
「そんなの絶対に認めねぇ! ふざけんなよ、デウスって野郎! あたし達の前に引っ張
り出して袋叩きにしてやる!」
 ヴィータは一連の事件の核心に潜む存在に、怒声で苛立ちをぶつける。
「リンディ提督にも報告しておいた方がいいのかもしれないな。最早、我々だけでは手に負
えん……一刻も早くデウスの下らん妄執を打ち砕かねば」
 シグナムは数年前の事件の際に多大な恩義を賜った人物を想起し、この海鳴市で着実に胎動
している悪意に対して毅然と剣の柄を握り締めた。

「じゃあさ、すずかとアリサも今晩一緒に行こうよ」
 瑞城ありすが、面倒見のいい顔で会話を取り締まっていく。
「でも、クラブなんてちょっと怖いです……」
「何言ってんのよ。あたし達だって中学生なんだから、そういう所に行くくらい普通じゃない」
 言いながらも、アリサも内心の緊張は隠せないでいた。級友の昨晩の体験談を聞き、今日
もそのクラブで夜の会合を開こうと提案したのは彼女でもあった。
「玲音も来るんだよね」麗華が切れ長の眼を大人しい親友に向ける。
「……ん、と」
 岩倉玲音は生来の内向的な気質を露に、返答から逃げるように横にいたフェイトへと
視線を向けた。
「大丈夫だってー。大した事無いからさぁ」樹莉が楽天的に玲音を押す。
「フェイトも、今日は付き合ってもらうからねっ」
 アリサが金髪を揺らし、同じく口篭っているフェイトへと詰め寄る。
「う、うん……岩倉さんが行くなら、私も……」
 結局、フェイトはそんな受動的な返事しか出来なかった。今度はフェイトが玲音を見
る。玲音はフェイトの澄んだ瞳を一瞥し、気拙そうに顔を伏せた。
 夕刻の予定が決まり、放課後となった。フェイトは溜め息を吐きながら帰る仕度をし、
習い事を控えている二人の級友を教室で見送った。ありす達の三人娘も先立って退室し
ていた。
 フェイトは黒板前の席で教科書を仕舞っている玲音を見た。フェイトの傍の席は、も
う何日も欠席が続いている。
 フェイトが人気の無い廊下をとぼとぼと歩いていると、身の回りの空気が変質した風
な悪寒に襲われた。咄嗟に常備しているバルディッシュ・アサルトに手を伸ばし、忙し
なく辺りを見回す。
 前方から少女の押し殺した悲鳴が聞こえた。即座にフェイトは疾駆し、声のある方へ
と急行する。
「岩倉さん!」
 廊下の真ん中で、玲音が不気味な影の大群に取り囲まれていた。フェイトは狭い廊下
でデバイスを起動させるわけにもいかず、詠唱の魔法で対処を試みる為に身構える。し
かし、意外にも謎めいた影は二人の体躯を無害に通過していくだけだった。
 茫然自失としているフェイトに、立ち直った玲音ののっぺりとした瞳が向けられた。
 玲音自身も自分の行動に当惑していた。学校の知り合いを家に招くなど、史上空前の
出来事だった。
「あんまり、学校でも御話したこと無かったね……」
「……うん」
 これといった会話は起きなかった。ただ、フェイトは岩倉家の配達の大きな荷物を見
て鼻白んだ事が、二人の間の事件といえば事件だった。
「ハラオウンさんは……何時も、高町さんや、八神さんや、月村さんやバニングスさん
と一緒だから」
 玲音は、何故フェイトを家に招いたのか全く自己解明出来なかった。日が暮れ、フェ
イトは静々と帰っていった。
 玲音は夕食を済ませ、父親が早速新調してくれた最新NAVIを触っていると、携帯電話
が鳴った。ありすからだった。渋々、玲音は深夜の街へと出発していった。

「こんな所で張り込み?」フェイトが訊ね、
「あぁ。奇遇だなハラオウン」シグナムが返答する。
 フェイトはアリサから強引にサイベリアへと連行され、業務中のヴォルケンリッター
との対面を果たしていた。彼女の知人各位は、思わぬフェイトの交友関係に興味津々な
様子を見せている。特に背伸びしたい年頃の皆は、長身美麗なシグナムへと憧れの視線
を注いでいた。
 今日もシグナムとヴィータが、本来在るべきではない存在である少女の身柄を求め、
彼女が頻出するというこのサイベリアで張り込んでいる最中だった。
「今日も来るかな、あいつ……って!」
 玲音が面々の前に到着した。昨日と同じく、先走ろうとするヴィータをシグナムが制止する。
「来た来た、玲音」
 ありすが彼女を近くまで呼び寄せる。再び対面した玲音は、しかし二人の騎士に怪訝
を与える。
(違う方だよな?)(あぁ。あの別人格ではない。此れは何かの偶然か?)
「どうしたの、二人とも」
 フェイトが内輪で物議を醸し始めた前衛の騎士に問うが、相手側は適当に取り繕って
きた。フェイトが仲立ちし、玲音にも戦友を紹介する。玲音はシグナムとヴィータに人
見知りの激しい一瞥を向けつつ、ちょこんと帽子の被った頭を下げた。
 そうこうしていると、踊り場の中央付近で物々しい騒音が立った。調子を合わせたよ
うに、本社に待機していたシャマルとザフィーラがサイベリアの仲間に精神干渉を届ける。
「どうした!」
「済まん、数体のプシューケー・プロセッサーの強奪を赦してしまった! 岩倉玲音と
の接触を中断し、即時に此方へ帰還してくれ!」
 サイベリアでは、一人の若者が高性能とおぼしき照準用光線を持った銃器を構え、常
軌を逸した振る舞いを行っていた。フェイトの連れ合いは、場の混乱に流されて外へと
退避を始めている。
 ヴィータは、視界の隅で見た狂乱の若者から、有る筈の無い魔力を感知した。
 立ち止まった赤い少女の脳内に、この一連の事件に関連しているかもしれない或る憶
測が浮かぶ。
 一般人の頭脳の演算能力を画期的に飛躍させ、その暴走した精神を魔力へと強制変換
させる魔法専門のサプリメント──
「アクセ、ラ……?」
 しかし、それは近年に時空管理局の採決で、社会への流通と使用が禁じられた筈の違
法物品であった。
「何をしている、ヴィータ! 至急本社へ戻り、二人と合流するぞ!」
 シグナムに怒鳴られ、ヴィータは余計な疑念を振り切ってサイベリアを飛び出す。
 フェイトは玲音の傍で間誤付いていた。
「ワイヤードは決してリアルワールドに干渉してはならない! 一体アンタは何なんだよォ!」
 若者が嗚咽混じりに狂い叫ぶ。ありすが硬直している玲音へと駆け付けた。避難を促
すありすの余所で、玲音が一歩一歩若者へと歩み出て行く。
「岩倉さん……!」フェイトの制止も効果は成さなかった。
 玲音の目付きが一変する。照準用の光線が、毅然となった玲音の頬を穿つ。
「何処にいたって……」
 場に永遠のような一瞬の漂白が浸透した。それは玲音の声を鮮明に響かせる魔力を有していた。
「──人は、繋がっているのよ!」
 若者の身体から、血の飛沫が飛散した。

<続>

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2007年07月10日(火) 17:53:41 Modified by beast0916




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