NANOSING5-1話

 HELLSING本部襲撃事件から数日後、ロンドン郊外の共同墓地にて。
雨の中、ようやく戦没者の埋葬が終わり、生存者全員が墓石の前で整列している。
「陛下と英国と国教を守らんがため、志半ばにして倒れた我らが同士、防国の騎士たちに敬礼!」
 ウォルターの号令に従い、墓石に向かって一斉に敬礼をした。
雨は未だ降り止まない。まるでこの惨劇に、天が泣いているかのように。

第五話『BALANCE OF POWER』(1)

 葬儀の翌日、HELLSING本部執務室にて。
「まずは本部施設の再建が急務です。HELLSINGロンドン本部構成員100名のうち、生き残ったのはわずか13名。
そのうち10名はその日本部の外にいたから生きていたようなもので、
結局あの戦いで生き残った局員は、私とお嬢様、それからスバル嬢だけということです」
「ティアナとアーカードが数に入っていないようだが」
 報告書を手に、インテグラが聞き返す。
「はい、あの二人は…すでに死んでおりますゆえに」
「…なるほど、そうか」
 そう言うと報告書を机に置き、葉巻を手にウォルターへと問うた。
「例の件の調査はどうなっている」
「はい。『ミレニアム』…ですな」
「そうだ。何にもましてそれが重要なことだ」
「現在、使える手は八方手をつくして調べさせております。
円卓会議を通じて英国情報部(MI-6)・国家公安(MI-5)にも調査協力を頼み、大英博物館の未整理文書まであさらせて調査中ですが…見るべき情報は皆無です。
アメリカと日本とフランスに7個、オカルトや軍隊好きの同好会風のサークルがありました。
それと、ロスにスターウォーズ系のサークルが1つ」
「スターウォーズ?」
「ハンソロの船の名です。ミレニアムファルコン」
 ヤンが死に際に残したヒント『ミレニアム』。ウォルターはそれに関する調査を進めていた。
だが結果はこの通り。ほとんど功を奏していないということだ。
ウォルターの報告を鼻で笑うインテグラ。これだけやっても何も分からない苛立ちか、それとも何か別の要因か…
「結局は何も分からないに等しいわけか」
「はい、申し訳ございません。今のところはやはり本来の意味しか分かりません」
「本来の意味?」
「は。10世紀間(1000年)という意味しか」
 ウォルターのその言葉を聞くと、インテグラが立ち上がり、火のついた葉巻を銜えて言う。
「…いや、もう一つある。
千年の王国(ミレニアムオブエンパイア)の栄光を求め、全世界を相手に闘争を始めた集団が、半世紀前に」
 半世紀前、すなわち…第二次世界大戦の時代。
その時代に世界を相手に戦った集団といえば、古今東西たった一つしか存在しない…
「ヒトラードイツ、ナチス第三帝国」
 そう、『ナチス・ドイツ』だ。
かつて一党独裁体制と人種主義をひっさげて現れ、そして戦後解体された組織。
かつてヴァチカンと大きな関わりがあったとも言われるが、それはあえてここで言うような事ではないので省略しよう。
…とにかく、インテグラの見解では…そのナチスが絡んでいる可能性があるという事らしい。
「調査を続けろ。どんな小さなことも見逃すな!」
「了解いたしましたお嬢様。ああそれと、人員補充の件ですが、英国部隊からの引き抜きが不可能です」
「何故だ」
「人数が多すぎるのです。あまりに不自然です。故に…プロの傭兵を雇い入れました」
「傭兵?信頼できるのか?金で動く連中だぞ」
「はい。ただの傭兵ではなく、プロフェッショナルですから。
契約と金が払われている限り、ワイルドギースは決して裏切りません」
 傭兵団『ワイルドギース』。それが新たなHELLSINGの戦力である。
…また、それとは別の戦力がHELLSING機関へと派遣されるのだが、それを知るのはワイルドギースとの邂逅を終えてからである。

 数時間後、HELLSING正門前。
「HELLSING本部って…ここか?」
 機動六課の制服に身を包んだ、赤髪の少女が一人。言葉から察するに、HELLSING本部に用があるようだ。
彼女の存在を知らない、生き残りの警備員がホイッスルを鳴らす。
「何だ君は!ここは立ち入り禁止だ!」
 かつてのバレンタイン兄弟襲来の時と同じようなやり取りだが、気にしない。
とにかく、赤髪の少女…『ヴィータ』がその警備員に対し、問う。
「なあ、ここってHELLSING本部だよな?」
 そう聞かれた警備員が驚き、銃を向ける。
対するヴィータは銃を向けられて驚いたのか、慌てて目的を話した。
「あ、あたしは時空管理局の人間だ。そっちの…円卓会議だっけ?そいつらの連絡を受けてここに来たんだよ。
管理局の方からそっちに連絡いってないのか?」
 目的を話すヴィータ。それを聞き、警備室へと連絡を取り、真偽を確かめる警備員。
二言三言話すと連絡を切り、そして態度をころりと変える。
「…失礼しました、どうぞこちらです」
 警備員の態度が、うって変わって礼儀正しいものになる。どうやら真実だと理解したようだ。
そして執務室へと向かう最中、気になったことをヴィータに聞いた。
「ところで、そちらの連絡では武装局員の一個小隊もこちらに送るということになっていたようですが…」
「ああ、そいつらは後から来ることになってる。色々事情があって、あたしだけ先に来たんだ」

 同時刻、HELLSING機関地下室。
 おそらく武器が詰まっているであろう木箱を積んで、座る男たちがいた。
…数は数十は下らない。おそらく彼らがウォルターの言っていた『ワイルドギース』なのだろう。
「ベルナドット隊長、どういう事なんです?」
 隊員の一人が隊長格の男…ワイルドギース隊長『ピップ・ベルナドット』へと問う。
このような『どう見ても金持ちの邸宅』といった感じの場所で、一体何をしろというのか。そう思っているのは明白だ。
「俺たちに警備員でもやれってコトなんですかネェ?金持ちの道楽私兵気取りとか?」
「いや、なに、聞いて驚くなよ。俺たちの今度の仕事はァ、化け物退治なんだと!」
 ベルナドットがおどけた口調で言うが、隊員たちは信じていない。
まあ、化け物なんかの実在を知らないのだから、当然と言えば当然か。
「ははは、またそんな「本当だ」
 突然女の声がし、ワイルドギースが一斉に振り返る。そこにいたのはHELLSING機関長インテグラだ。
「おまえ達の敵は血を吸い、不老で不死身の吸血鬼だ。
にんにくと聖水をたずさえて、白木の杭を心臓に打ち込んだり、首を切ったり、死体を焼いたり十字路に灰を撒いたりするのが我々の仕事だ。
詳しくはブラム・ストーカーを読め」
「バカバカしい!吸血鬼などこの世に存在するわけが…」
「おまえ達が知らないだけだ。いや正確には知らされていないだけだが。
100年前に結成された我々HELLSINGは、長い間人知れず活動を続けてきた。その本来の目的は吸血鬼との闘争機関。
言葉を重ねても分かりづらい。見ろ、あれが君らの敵『吸血鬼』だ」
 インテグラがその『吸血鬼』へと人差し指を向ける。その指の方向にワイルドギースの視線が集中。
その視線の先にいたのはティアナ。一斉にワイルドギースの視線が疑いの色を帯びた。
…沈黙。そしてその空気に耐えられなくなったベルナドットがティアナへと問いかける。
「君…吸血鬼?」
「え…ええ、まあ…」
 ざわめきとクスクス笑いの大合唱、開始。まあ当然と言えば当然か。
普通吸血鬼といえば鋭い牙に燕尾服、黒と赤のマントにシルクハットという出で立ちのイメージが強い。
それなのに実際に出てきたのは、鋭い牙こそ持っているものの、格好はHELLSINGの制服。イメージとはかけ離れている。
「笑われてますよ…」
「そうだな」
「マスターを連れてきた方がよかったんじゃ…」
「駄目だ。あいつならこいつら皆殺しにしかねない…
ようし、じゃあ証拠を見せてやれ、ティアナ。目を覚まさせてやれ」
「ヤ…Ja!」
 そう言うと、ティアナが右手で何かを構える。
一方のベルナドットは大爆笑。到底信じていない。
「はッハッハッハッハッハァ!おッおッおじょーちゃんがバンパイアならば、俺はフランケンシュタインだっつーの。ははははハブッ!?」
 ティアナの デコピン! こうかは ばつぐんだ!
…某ゲームのようなナレーションはともかく、デコピン一発でベルナドットの言葉が中断され、吹っ飛ぶ。
吸血鬼の怪力ならば、デコピン一発でこれ程の破壊力を叩き出す事も容易である。
「隊長さん、勝負です。私はデコピンしか使いませんから」
 言うが早いか、一瞬でベルナドットの目の前まで移動。そしてデコピンを2発お見舞いした。
驚いている間にあっさりと、それもデコピンだけで大ダメージを受けるベルナドット。鼻血だけではなく吐血しているのは気のせいではないだろう。
「化け物だこいつ…全然見えない…気配も読めない…ただのデコピンなのに頭がグラグラする」
「だから、吸血鬼なんです」
「!! 本当に吸血鬼…なのか」
 どうやら、やっと吸血鬼の存在も、ティアナが吸血鬼だという事も信じたようだ。
「そうだとも。吸血鬼の中では下級の下級だが、れっきとした吸血鬼だ」
 突然の男の声。次の瞬間、壁をすり抜けてイメージそのままの吸血鬼が現れる…言うまでもなく、アーカードだ。
たった今目の前で起こった出来事は、ワイルドギースを恐慌状態に持ち込むには十分。阿鼻叫喚の大絶叫の始まりだ。
「肝の小さい連中だ。使い物になるのかこれで」
 呼んでもいないのに現れたアーカード。それに対してインテグラは大いに驚いているようだ。
後に続くように、ウォルターが現れ、インテグラに事情を話そうとする。
「申し訳ございません、お嬢様。止めたのですが…」
「私の寝床を守る連中だ。どんな連中か見ておきたい」
 この状況に、ワイルドギースも唖然としている。ここまでやればもはや吸血鬼の存在を信じないほうがおかしいだろう。
…それはともかく、ウォルターが何かを取り出し、インテグラへと渡した。パッと見は封筒の口を蝋で閉じたようなもの…
というか、どこからどう見ても手紙である。
「それよりお嬢様、こんなものが送られてまいりました」
「手紙…?」
「差出人をご覧ください」
 差出人の欄に目を通すインテグラ。そして…目の色が変わる。
「!! ヴァチカン特務局第13課『イスカリオテ機関』だと!?」
 そう、決してHELLSINGに手紙を送ってくるような相手ではない存在が、その手紙の差出人だったのだから。

TO BE CONTINUED

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2007年08月08日(水) 16:19:54 Modified by beast0916




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