最終更新: bungu_ya_san 2009年10月25日(日) 16:29:27履歴
雁皮紙は、古くは、斐紙、間似合紙、鳥の子、薄様などとよばれ、「紙の王様」として存在感を示してきました。光沢があり緻密で粘りがあり、優雅さが紙肌に表れます。虫害のおそれがありません。
名塩雁皮紙 白 (箔下間似合) | 名塩雁皮紙 白茶 (白茶間似合) | 名塩雁皮紙 青 (箔下間似合) | 名塩雁皮紙 黄 (玉子間似合) |
名塩 間似合紙 白口 | 名塩 間似合紙 白茶口 | 名塩 間似合紙 青口 | 名塩 間似合紙 玉子 |
名塩 銀箔打原紙 | 30年前の 金箔打原紙 | 100年前の 名塩打曇 |
名塩の紙は寛永15年(1638)作、正保2年(1645)に出版された、俳人松江重頼著の俳諧誌『毛吹草』の中に「世にかくれなき紙」として紹介されています。さらに十数年後、承応 4年(1655)に書かれた播州名所記には「名塩鳥の子紙 昔から漉き出す所也」とか「色々紙有」とあります。したがって、江戸時代以前より紙らしきものはすでに漉かれていたと思われます。また江戸時代には藩札も漉かれ、西の造幣局として最も繁栄した時代といわれています。創業説としては、文明年間(1469〜1486)東山谷衛門なる人物が、越前より技法を持ち帰り、それに泥土混入を考案したといわれています。他説もいろいろありますが、定かではありません。 西宮教育委員会により、平成元年11月にオープンした西宮市立名塩小学校と和紙学習館が、国道176号線をはさみ並行して建っています。市内を始め、各地の小学生が実習・見学にやって来ますが、一般公開もしています。名塩紙の特徴としては、乾湿に対する抵抗力があり、虫に侵されず泥による着色のため変色せず熱にも強く、したがって保存力があります。紙のできあがりも泥による独特のしっとりとした光沢と、渋みのある重厚さは他には真似のできないものです。
備中 鳥の子 中厚 | 備中 鳥の子 薄口 | 備中 鳥の子本染 懐紙判 | 備中 鳥の子 本染 |
岡山県の西部を流れる高梁川の上流に清川内紙と呼ばれた地方の紙があり、俗に1000年はつくり続けられていたといわれていましたが、一般家庭で和紙が使われなくなり衰微しました。昭和 39年にダム建設が決まり、丹下哲夫氏が一人、下流の倉敷市に移住し、旧来の技法を尊重し、民芸品的な和紙に加えてかな書道用素紙もつくり備中和紙と名づけました。近代産業の行なわれている土地柄であり、仕事が地味であるため従事する者がなく、生産は多くは望めません。現在最も力を入れてつくっている備中鳥子(とりのこ)は「大いなる昭和の遺産」と称された東大寺大納経の料紙にも挙用されるなど、作品効果も認められています。全国手すき和紙連合会HP
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