山村暮鳥の詩から | ヤマムラボチョウノシカラ | 指示 | 速度 | 調性 | 拍子 | |
1 | 紙鳶 | タコ | 中庸の速度で、のびのびと | 付点4分音符=約100 | ヘ長調 | 9/8 |
2 | 蜥蜴 | カナヘビ | やや速く、もの哀しく | 4分音符=約104 | ホ短調 | 4/4 |
3 | 記憶の樹木 | キオクノキギ | やや、おそく、もの憂く | 4分音符=約80 | ニ短調 | 2/4 |
4 | 麦搗き唄 | ムギツキウタ | 中庸の速度で、素朴に | 4分音符=約100 | ト短調 | 4/4 |
5 | ほうほう鳥 | ホウホウドリ | かなり速く、閑かに | 4分音符=約160 | ト短調 | 3/4 |
6 | 水かげらふの歌 | ミズカゲロウノウタ | かなり、おそく、表情豊かに | 付点4分音符=約66 | ト長調 | 6/8 |
7 | 走馬燈 | ソウマトウ | おそく、律動的に | 2分音符=約66 | ホ短調 | 2/2 |
初演演奏会のパンフは全日本合唱センター資料室で見ることができる。
「紙鳶」「走馬燈」……『土の精神』(素人社書屋、1929年)
「蜥蝪』……『三人の処女』初稿本(未刊)
「記憶の樹木」……『風は草木にささやいた』(白日社、1918年)
「麦搗き唄」……『春の海のうた』(教文館、1941年)
「ほうほう鳥」……『雲』(イデア書院、1925年)
「水かげらふの歌」……『三人の処女』(新声社、1914年):「水邊にて」という詩の第一部。
「蜥蝪』……『三人の処女』初稿本(未刊)
「記憶の樹木」……『風は草木にささやいた』(白日社、1918年)
「麦搗き唄」……『春の海のうた』(教文館、1941年)
「ほうほう鳥」……『雲』(イデア書院、1925年)
「水かげらふの歌」……『三人の処女』(新声社、1914年):「水邊にて」という詩の第一部。
紙鳶はみんな
どの子どものもみんな
あるだけのいとがのばされ
その糸のさきで
たかく
ちひさい
けれどゆつたりした長い尻尾だ
みんなもう天風についてゐるのだらう
よう
ここまであがつて
来てみな
とでも言つてゐるやうにみえる
紙鳶になれたらどんなだらう
いや、いや
どの子どもたちも
みんな銘々
自分々々の紙鳶になつてゐるのだ
どの子どものもみんな
あるだけのいとがのばされ
その糸のさきで
たかく
ちひさい
けれどゆつたりした長い尻尾だ
みんなもう天風についてゐるのだらう
よう
ここまであがつて
来てみな
とでも言つてゐるやうにみえる
紙鳶になれたらどんなだらう
いや、いや
どの子どもたちも
みんな銘々
自分々々の紙鳶になつてゐるのだ
五郎爺さんは死にました。
蜥蜴喰つて死にました。
しゃぼん玉ややが街にきて
おどけ拍子の歌唄ひ、
赤い喇叭を吹いた日に
血の嘔吐はいて死にました。
それでも禿げた黒塗の
椀と箸とは手離さず、
五郎爺さんは死にました。
それを子息の嫁がみて
面白なさに逃げました。
こんな時でも思ひだす
芝居狂ひの姑の
金の入歯と光る眼と、
なにはさてをき女ゆゑ
髪掻きあげて帯しめて、
嫁は大きな七月の
お腹抱えて逃げました。
蜥蜴喰つて死にました。
しゃぼん玉ややが街にきて
おどけ拍子の歌唄ひ、
赤い喇叭を吹いた日に
血の嘔吐はいて死にました。
それでも禿げた黒塗の
椀と箸とは手離さず、
五郎爺さんは死にました。
それを子息の嫁がみて
面白なさに逃げました。
こんな時でも思ひだす
芝居狂ひの姑の
金の入歯と光る眼と、
なにはさてをき女ゆゑ
髪掻きあげて帯しめて、
嫁は大きな七月の
お腹抱えて逃げました。
樹木がすんなりと二本三本
どこでみたのか
その記憶が私を揺すつてゐる……
入日に浸つて黄色くなつた
最後の葉つぱ
その葉の落ちてくるのをそれとなく待つてゐた
それが自分達の上でひるがへり
冬の日は寂しく暗くなりかけた
風の日はいまも其の木木
骨のやうになつた梢の嗄れ声
どこでみたのか
その記憶が私を揺すつてゐる……
入日に浸つて黄色くなつた
最後の葉つぱ
その葉の落ちてくるのをそれとなく待つてゐた
それが自分達の上でひるがへり
冬の日は寂しく暗くなりかけた
風の日はいまも其の木木
骨のやうになつた梢の嗄れ声
あめのふるひは
麦でも
搗きましよ
どしん、こツとん
どしん、こツとん
麦搗きや
一日
木臼のともだち
どしん、こツとん
どしん、こツとん
木臼を
ぐるぐる
つきつきめぐれど
どしん、こツとん
どしん、こツとん
むぎは
むぎとて
黄金にやなるまい
あめのふるひは
むぎでも
つきましよ
麦でも
搗きましよ
どしん、こツとん
どしん、こツとん
麦搗きや
一日
木臼のともだち
どしん、こツとん
どしん、こツとん
木臼を
ぐるぐる
つきつきめぐれど
どしん、こツとん
どしん、こツとん
むぎは
むぎとて
黄金にやなるまい
あめのふるひは
むぎでも
つきましよ
やつぱりほんとうの
ほうほう鳥であつたよ
ほう ほう
ほう ほう
こどもらのくちまねでもなかつた
山のおくの
山の声であつたよ
*
ほう ほう
ほう ほう
山奥のほそみちで
自分もないてる
ほうほう鳥もないてる
*
自分がそこにもゐて
ふと鳴いてるとおもはれたよ
ほう ほう
ほう ほう
*
ほう ほう
ほう ほう
ほんとうのほうほう鳥より
自分のはうが
どうやら
うまく鳴いてゐる
あんまりうまく鳴かれるので
ほんとうのほうほう鳥は
ひつそりと
だまつてしまつた
ほうほう鳥であつたよ
ほう ほう
ほう ほう
こどもらのくちまねでもなかつた
山のおくの
山の声であつたよ
*
ほう ほう
ほう ほう
山奥のほそみちで
自分もないてる
ほうほう鳥もないてる
*
自分がそこにもゐて
ふと鳴いてるとおもはれたよ
ほう ほう
ほう ほう
*
ほう ほう
ほう ほう
ほんとうのほうほう鳥より
自分のはうが
どうやら
うまく鳴いてゐる
あんまりうまく鳴かれるので
ほんとうのほうほう鳥は
ひつそりと
だまつてしまつた
ぐるぐる
ぐるぐる
ぐるぐる
ぐるぐる
――走馬燈がまはりはじめた
ぐるぐる
ぐるぐる
ゐなかのおぢさん
だいじな、だいじな
帽子を風めに
ふきとばされたよ
さあ、たいへん
ぐるぐる
ぐるぐる
ぐるぐる
ぐるぐる
ゐなかのおぢさん
くるりとまくつた
お臀がまつくろけだ
鍋底みたいだ
すたこら,すたこら
ぐるぐる
ぐるぐる
おうい、おうい
おいらのちやつぽだ
だいじなちやつぽだ
けえしてくんろよ
すたこら,すたこら
ぐるぐる
ぐるぐる
それでも風めは
へんじもしなけりや
みむきもしないで
とつとと逃げてく
どうしたもんだべ
ぐるぐる
ぐるぐる
ぐるぐる
ぐるぐる
ゐなかのおぢさん
あんまり
心配しないがよかんべ
鴉が笑つてら
ばかあ、ばかあ
ぐるぐる
ぐるぐる
と云つてちやつぽが
けえつてこねえだら
それこそ
嬶どんの大かいお目玉
どうしたもんだべ
ぐるぐる
ぐるぐる
いたずら風めは
浮気な奴だで
ちよいとだまして
つれてはゆくけど
すぐまた捨てるよ
ぐるぐる
ぐるぐる
それではちやつぽは
風めの野郎と
逃げてつたんかい
そうとはしらなかつた
ああん、あああん
ぐるぐる
ぐるぐる
ゐなかのおぢさん
泣きながらおつかけた
おつかけながら泣いた
なんちうせわしいことだがな
ああん、あああん
ぐるぐる
ぐるぐる
ぐるぐる
ぐるぐる
ぐるぐる
ぐるぐる
たうたうそれでも
ふん捕まへたよ
ふんづかまへたが
帽子はびしよぬれ
どうしたもんだべ
それもそのはず
溝渠があつたので
飛び越えようとした時
どうしたはづみか
ばつたりおつこつただ
ぐるぐる
ぐるぐる
風めは薄情で
それをみるなり
どこへか行つちやつた
薄情でなくとも
どうしようもないのだ
ぐるぐる
ぐるぐる
ゐなかのおぢさん
びしよぬれちやつぽを
頭蓋のてつぺんさ
ちよこんとのつけて
にこにこにこにこ
そして言ふのさ
(これでも親爺の
ゆづりのちやつぽだ
親爺の頭は
ほんとにでかかつた
おいらがかぶると
すつぽりと肩まで
はいつてしまふだ
それを智慧者のうちの嬶どんが
新聞紙まるめて
つツこんでくれただ
いまもいまとて
ぬれてはゐるけん
かうしてかぶつてゐるまに乾くと
もともとどほりの
立派なちやつぽだ
それにつけても風の野郎め
油断はなんねえ
いつまた、こつそり
くるかもしれねえ
これは
なんでもかうして両手で
かぶつた上から
年ケ年中
おさへてゐるのに
かぎるやうだ)
ぐるぐる
ぐるぐる
(これだけあ
子どもに
このまた帽子をゆづるときにも
よく云つてきかせて
やらずばなるめえ)
ぐるぐる
ぐるぐる
(なにがなんでも
無事で
帽子がもどつてよかつた
ぐるぐる
ぐるぐる
ぐるり
ぐるり
ぐ……る……り……
――走馬燈、ぴたりととまつた
ぐるぐる
ぐるぐる
ぐるぐる
――走馬燈がまはりはじめた
ぐるぐる
ぐるぐる
ゐなかのおぢさん
だいじな、だいじな
帽子を風めに
ふきとばされたよ
さあ、たいへん
ぐるぐる
ぐるぐる
ぐるぐる
ぐるぐる
ゐなかのおぢさん
くるりとまくつた
お臀がまつくろけだ
鍋底みたいだ
すたこら,すたこら
ぐるぐる
ぐるぐる
おうい、おうい
おいらのちやつぽだ
だいじなちやつぽだ
けえしてくんろよ
すたこら,すたこら
ぐるぐる
ぐるぐる
それでも風めは
へんじもしなけりや
みむきもしないで
とつとと逃げてく
どうしたもんだべ
ぐるぐる
ぐるぐる
ぐるぐる
ぐるぐる
ゐなかのおぢさん
あんまり
心配しないがよかんべ
鴉が笑つてら
ばかあ、ばかあ
ぐるぐる
ぐるぐる
と云つてちやつぽが
けえつてこねえだら
それこそ
嬶どんの大かいお目玉
どうしたもんだべ
ぐるぐる
ぐるぐる
いたずら風めは
浮気な奴だで
ちよいとだまして
つれてはゆくけど
すぐまた捨てるよ
ぐるぐる
ぐるぐる
それではちやつぽは
風めの野郎と
逃げてつたんかい
そうとはしらなかつた
ああん、あああん
ぐるぐる
ぐるぐる
ゐなかのおぢさん
泣きながらおつかけた
おつかけながら泣いた
なんちうせわしいことだがな
ああん、あああん
ぐるぐる
ぐるぐる
ぐるぐる
ぐるぐる
ぐるぐる
ぐるぐる
たうたうそれでも
ふん捕まへたよ
ふんづかまへたが
帽子はびしよぬれ
どうしたもんだべ
それもそのはず
溝渠があつたので
飛び越えようとした時
どうしたはづみか
ばつたりおつこつただ
ぐるぐる
ぐるぐる
風めは薄情で
それをみるなり
どこへか行つちやつた
薄情でなくとも
どうしようもないのだ
ぐるぐる
ぐるぐる
ゐなかのおぢさん
びしよぬれちやつぽを
頭蓋のてつぺんさ
ちよこんとのつけて
にこにこにこにこ
そして言ふのさ
(これでも親爺の
ゆづりのちやつぽだ
親爺の頭は
ほんとにでかかつた
おいらがかぶると
すつぽりと肩まで
はいつてしまふだ
それを智慧者のうちの嬶どんが
新聞紙まるめて
つツこんでくれただ
いまもいまとて
ぬれてはゐるけん
かうしてかぶつてゐるまに乾くと
もともとどほりの
立派なちやつぽだ
それにつけても風の野郎め
油断はなんねえ
いつまた、こつそり
くるかもしれねえ
これは
なんでもかうして両手で
かぶつた上から
年ケ年中
おさへてゐるのに
かぎるやうだ)
ぐるぐる
ぐるぐる
(これだけあ
子どもに
このまた帽子をゆづるときにも
よく云つてきかせて
やらずばなるめえ)
ぐるぐる
ぐるぐる
(なにがなんでも
無事で
帽子がもどつてよかつた
ぐるぐる
ぐるぐる
ぐるり
ぐるり
ぐ……る……り……
――走馬燈、ぴたりととまつた
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