多田武彦〔タダタケ〕データベース - 水墨集

男声合唱組曲「水墨集」(作詩:北原白秋)

水墨集スイボクシュウ指示速度調性拍子
1ツユおそく、静かに4分音符=約52変ロ長調3/4
2山寺の初秋ヤマデラノショシュウはやく、軽やかに4分音符=160変イ長調4/4
3マツリおそく、民謡風に4分音符=約58ヘ短調4/4
4終日風ありヒネモスカゼアリ極めてはやく4分音符=208ニ短調3/4
5鯱の来る頃シャチノクルコロおそく、重苦しく4分音符=約56イ短調4/4
6時雨シグレおそく、情趣豊かに4分音符=約72ホ短調4/4
7芦雁ロガン極めてはやく4分音符=約208ト短調3/4
8渡り鳥ワタリドリややおそく、しみじみと4分音符=約88ニ短調3/4

作品データ

作品番号:T50:M42n
作曲年月日:1982年1月1日
委嘱団体:関西大学グリークラブ

初演データ

初演団体:関西大学グリークラブ
初演指揮者:林伸二郎
初演年月日:1982年11月3日
第9回関西六大学合唱連盟演奏会(於フェスティバルホール)

楽譜・音源データ


男声合唱組曲「水墨集」

作品について

作曲当時の多田は凝った技法を積極的に用いていた時期であり、この組曲でもその傾向が強い。
『祭』では笛・太鼓などの擬音をバックにパートソロが歌い継いでゆき、全パートが縦に揃うホモフォニックな部分は「おお、坊やよ」とオクターブユニゾンで歌う2ヶ所しかない。
『終日風あり』は、風の音を模したヴォーカリーズ「Woo」(内声パートは終始六全音階で動く)に、Top TenorとBassがパートソロでからむ曲で、ホモフォニックな箇所がまったくない。
『鯱の来る頃』では半音進行が多用されている。
『渡り鳥』は、Top TenorとSecond Tenorが主旋律を模倣しあうフーガ的な形式で始まり、中間部では従来の多田武彦らしいスタイルで書かれているものの、コーダではTop Tenor・Second TenorとBaritone・Bassによる5度のカノンからストレッタを経て組曲が締めくくられる。

『祭』原詩の副題には“民謡体”と添えられている。
『時雨』で当初「ちりぢりに」と歌われていた箇所は、メロス楽譜から譜面が出版されたとき原詩と同じ「ちりぢりと」に改訂された。
詩の出典
『水墨集』(アルス、1923年)

歌詩

墨を磨り、
墨を磨り、
閑かに心を澄しながら、わたしは、
竹の根方の水引草をながめてゐる、
あの紅い点々の花、
その点々の一つに
露が一つ、
光つて、揺れる、
いい朝。
山寺の初秋
かやの実のさ青さ、
この茂みの木ぶかさ、
さても、ここから透かし見る
御燈明のすずしさ。

雨とふる残暑の
つくつくほうしよ、
日ざしは墓石の角から
すでに芙蓉の苔へ移つた。

ひそやかな、それでも
深い悲しみとて無い秋、
山のお寺は農家めいても
さすがに湿つたいい薫りだ。

あ、女の児が出て来た、
お化粧をして、澄まして。
また葬ひでも待つのか、
おしろひ花でも摘むのか。
遠い、何処かで祭ぢやさうな。
おお、坊やよ、
どこか、月夜の囃子ぢやさうな、よ、
わかいむすめの、ヤレ、宵祭。

遠い、何処かで祭ぢやさうな。
おお、坊やよ、
いまにおまへの祭も来ましよ、よ。
せめてそれでも、ヤレ、待ちましよか。

遠い、何処かで祭ぢやさうな。
おお、坊やよ、
わたしやお父さん、昨日の祭、よ。
遠いお笛の、ヤレ、影祭。
終日風あり
枯れがれの吹かれどほしの薏苡が
耀きながらに音を立つるよ。
わたしも見ながらひとり通るよ、
枯れがれの吹かれどほしの薏苡が、
耀きながらに音を立つるよ。
鯱の来る頃
寒うなります、
日も白く、小さく、
しだいに遠くへ離れます、
すると、いつかしら雪雲が出て、
西から巽へかぶさります。
ああ、せめては水平線にだけでも、
青い、すこしの空でも
残してくれれば有り難いが、
あちらも何だか時化てるやうです、藍鼠に。
──お爺さん、舟を出しますか。
──おおい、出すには出さうがの、
魚はみんな沈んで了つた、
何にしても、今夜あたりは、
金うろこの鯱でも来さうな沖だよ。
漁火をぼうつと燃すんだな。
時雨
時雨は水墨のかをりがする。
燻んだ浮世絵の裏、
金梨地の漆器の気品もする。
わたしの感傷は時雨に追はれてゆく
遠い晩景の渡り鳥であるか、
つねに朝から透明な青空をのぞみながら、
どこへ落ちてもあまりに寒い雲の明りである。
時にはちりぢりと乱れつつも、
いつのまにやら時雨の薄墨ににじんで了ふ。
蘆雁
州のはなの吹きさらしに影して、
かれらは四五羽の蘆雁であつた。
かれらは漁つてゐた、たまさかの陽の明りを、
つくづく眺めてゐた、遥かな雲ぎれの青みを、
時雨がうしろにほそく残つてゐた、
かれらはそれにも心をひかれてゐた。

かれらは四五羽の蘆雁であつた、
大きな、けれども白い月の出を待つ
寒い四五羽の蘆雁であつた、
満汐どきの、時をり啼きかはす蘆雁であつた。
渡り鳥
あの影は渡り鳥、
あの耀きは雪、
遠ければ遠いほど空は青うて、
高ければ高いほど脈立つ山よ、
ああ、乗鞍嶽、
あの影は渡り鳥。

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