多田武彦〔タダタケ〕データベース - 中原中也の詩から・第二

男声合唱組曲「中原中也の詩から・第二」(作詩:中原中也)

中原中也の詩から・第二ナカハラチュウヤノシカラ・ダイニ指示速度調性拍子備考
1砂漠サバク早く、おおらかに付点4分音符=約126ト短調6/8
2少女と雨ショウジョトアメややおそく、しみじみと4分音符=約80ヘ長調4/4Ten. Solo
3あばずれ女の亭主が歌ったアバズレオンナノテイシュガウタッタやや早く、やや奔放に4分音符=約108ト短調2/4
4材木ザイモクやや早く、自然に4分音符=約120ヘ長調2/4
5子守唄よコモリウタヨかなりおそく、心をこめて4分音符=約66ヘ短調4/4
6漂々と口笛吹いてヒョウヒョウトクチブエフイテやや早く、漂々と付点4分音符=約116ホ短調6/8口笛又はPiccolo

作品データ

作品番号:T55:M45n
作曲年月日:1980年7月14日
神戸大学グリークラブより創部80周年を記念して委嘱

初演データ

初演団体:神戸大学グリークラブ
初演指揮者:斉田好男
初演年月日:1985年12月12日
神戸大学グリークラブ第37回定期演奏会(於神戸文化大ホール)

楽譜・音源データ

作品について

多田は中也の詩による組曲を7つ作っているが(他「在りし日の歌」「中原中也の詩から」「冬の日の記憶」「中也の四季」「中也の雨衣」「秋の歌」)、初演が済んでいるものの中で唯一の未出版作品(第2曲『少女と雨』を除く)。
Repeat & Fade Outで終わる第1曲『砂漠』や口笛を多用する終曲『漂々と口笛吹いて』など、多田作品には珍しく凝った技法を用いた楽曲が並ぶ。
第3曲『あばずれ女の亭主が歌った』は多田が高校時代に作った習作の独唱曲を基にしている。
第5曲『子守唄よ』には江戸子守歌の節がハミングでさりげなく挿入される。
詩の出典
「あばずれ女の亭主が歌つた」……『在りし日の歌』(創元社、1938年)
上記以外……未刊詩篇

初出誌は以下。
「砂漠」……『文芸』1949年8月号
「少女と雨」……『文学界』1937年12月号
「あばずれ女の亭主が歌つた」……『歴程』1936年11月号
「材木」……『四季』1937年12月号
「子守唄よ」……『新女苑』1937年7月号
「漂々と口笛吹いて」……『少女画報』1936年11月号

歌詩

砂漠
砂漠の中に、
 火が見えた!
砂漠の中に
 火が見えた!
        あれは、なんでがな
          あつたらうか?
        あれは、なんでがな
          あつたらうか?
陽炎は、襞なす砂に
 ゆらゆれる。
陽炎は、襞なす砂に
 ゆらゆれる。
        砂漠の空に、
         火が見えた!
        砂漠の空に、
         火が見えた!
あれは、なんでがな
 あつたらうか?
あれは、なんでがな
 あつたらうか?
        疲れた駱駝よ、
         無口な土耳古人よ、
あれは、なんでがな
 あつたらうか?
        疲れた駱駝は、
         己が影みる。
        無口な土耳古人は
         そねまし目をする。
砂丘の彼方に、
 火が見えた。
砂丘の彼方に、
 火が見えた。
少女と雨
少女がいま校庭の隅に佇んだのは
其處は花畑があつて菖蒲の花が咲いてるからです

菖蒲の花は雨に打たれて
音楽室から來るオルガンの 音を聞いてはゐませんでした

しとしとと雨はあとからあとから降つて
花も葉も畑の土も諦めきつてゐます

その有様をジツと見てると
なんとも不思議な氣がして來ます

山も校舎も空の下に
やがてしづかな囘轉をはじめ

花畑を除く一切のものは
みんなとつくに終わつてしまつた 夢のやうな氣がしてきます
あばずれ女の亭主が歌つた
おまへはおれを愛してる、一度とて
おれを憎んだためしはない。

おれもおまへを愛してる。前世から
さだまつてゐたことのやう。

そして二人の魂は、不識に温和に愛し合ふ
もう長年の習慣だ。

それなのにまた二人には、
ひどく浮氣な心があつて、

いちばん自然な愛の氣持を、
時にうるさく思ふのだ。

佳い香水のかをりより、
病院の、あはい匂ひに慕ひよる。

そこでいちばん親しい二人が、
時にいちばん憎みあふ。

そしてあとでは得態の知れない
悔の氣持に浸るのだ。

あゝ、二人には浮氣があつて、
それが真実を見えなくしちまふ。

佳い香水のかをりより、
病院の、あはい匂ひに慕ひよる。
材木
立つてゐるのは、材木ですぢやろ、
    野中の、野中の、製材所の脇。

立つてゐるのは、空の下によ、
    立つてゐるのは材木ですぢやろ。

日中、陽をうけ、ぬくもりますれば、
    樹脂の匂ひも、致そといふもの。

夜は夜とて、夜露うければ、
    朝は朝日に、光ろといふもの。

立つてゐるのは、空の下によ、
    立つてゐるのは、材木ですぢやろ。
子守唄よ
母親はひと晩ぢふ、子守唄をうたふ
母親はひと晩ぢふ、子守唄をうたふ
然しその聲は、どうなるのだらう?
たしかにその聲は、海越えてゆくだらう?
暗い海を、船もゐる夜の海を
そして、その聲を聽届けるのは誰だらう?
それは誰か、ゐるにはゐると思ふけれど
しかしその聲は、途中で消えはしないだらうか?
たとへ浪は荒くはなくともたとへ風はひどくはなくとも
その聲は、途中で消えはしないだらうか?

母親はひと晩ぢふ、子守唄をうたふ
母親はひと晩ぢふ、子守唄をうたふ
淋しい人の世の中に、それを聽くのは誰だらう?
淋しい人の世の中に、それを聽くのは誰だらう?
漂々と口笛吹いて
漂々と 口笛吹いて 地平の邊
   歩き廻るは……
一枝の ポプラを肩に ゆさゆさと
葉を翻へし 歩き廻るは

褐色の 海賊帽子 ひよろひよろの
ズボンを穿いて 地平の邊
   森のこちらを すれすれに
目立たぬやうに 歩いてゐるのは

あれは なんだ? あれは なんだ?
あれは 單なる呑氣者か?
それともあれは 横著者か?
あれは なんだ? あれは なんだ?

   地平のあたりを口笛吹いて
   ああして呑氣に歩いてゆくのは
   ポプラを肩に葉を翻へし
   ああして呑氣に歩いてゆくのは
   弱げにみえて横著さうで
   さりとて別に惡意もないのは

あれはサ 秋サ たゞなんとなく
おまへの 意欲を 嗤ひに 來たのサ
あんまり あんまり たゞなんとなく
嗤ひに 來たのサ おまへの 意欲を

   嗤ふことさへよしてもいいと
   やがてあいつが思ふ頃には
   嗤ふことさへよしてしまへと
   やがてあいつがひきとるときには

冬が來るのサ 冬が 冬が
野分の 色の 冬が 來るのサ

関連項目

リンク

MIDI
音取りデータ集:「中原中也の詩から・第二」全曲
音取りデータ集:「少女と雨」音楽之友社
ボーカロイド
pikabonT