多田武彦〔タダタケ〕データベース - 柳河風俗詩

男声合唱組曲「柳河風俗詩」(作詩:北原白秋)

柳河風俗詩ヤナガワフウゾクシ指示速度調性拍子備考
1柳河ヤナガワやや早く、優美に4分音符=126ホ短調4/4Tenor Solo
2紺屋のおろくコウヤノオロク早く(焦り気味に)4分音符=144イ短調5/4
3かきつばたカキツバタゆったりと、(そしてわびしく)4分音符=60イ短調3/4
4梅雨の晴れ間ツユノハレマ早く、律動的に2分音符=88ホ短調2/2

作品データ

作品番号:T01:M01
作曲年月日:19??年?月?日

初演データ

初演団体:京都大学男声合唱団
初演指揮者:三河正敏
初演年月日:1954年6月12日
大学合唱協会第1回演奏会(於名古屋市公会堂)

なお1曲目「柳河」だけの部分初演が前年度に行われている。
指揮:西前充男
年月日:1953年11月29日
京大合唱団第24回定期演奏会(於成安会館)

楽譜・音源データ

作品について

多田武彦の最初の合唱組曲。事実上のデビュー作でもある。作曲は、彼が当時在籍していた京都大学の学生集会所内の食堂で行なわれたという(京大合唱団第50回定期演奏会パンフ)。作曲の指導を受けていた清水脩から作品を書くことを薦められて持って行ったのが、この組曲の原型である。ところで多田は大学卒業後映画監督になり、ミュージカル映画を手がけようという夢を持っていたが、事情によりそれは叶わなくなった。そこで清水に音楽をやめる旨を伝えたところ、彼から日曜作曲家として音楽を続けることを提案されたという。これを機に多田は、これまでに作っていたいくつかの曲を組曲として構成する。「柳河風俗詩」はこうした経緯で誕生した。
清水はこの組曲について、「歌い手の声域を気にしすぎている。男声合唱曲はもっとスケールの大きい、ダイナミックなものにしなければいけない」と多田に忠告している。これに応えて作曲したのが合唱組曲第2作となる「富士山」であった。また、合唱団の友人たちからは「関西育ちの多田だから致し方ないが、もう少し標準語(現在の共通語)のアクセントに従って、主旋律を書いたらどうだ」という意見を受けたという(多田武彦「組曲『柳河風俗詩』のエピソードなど」)。初演の数ヶ月後、彼は中田喜直に会う機会があり、「共通語アクセントの遵守基準」について問うたところ、自作「夏の思い出」や早稲田大学校歌「都の西北」を例に出し、アクセントに必ずしも拘泥する必要がないと教えられたという。

第1曲『柳河』は、全日本合唱コンクール課題曲の佳作として、先に世に出た。全曲初演は多田が23歳の時、すなわち社会人になってしばらく経った頃に行われた。昭和60年度には、NHK全国学校音楽コンクール高等学校の部課題曲Cに選ばれている。
『紺屋のおろく』を初恋の相手への屈折した愛を表現との解釈が一般的であるが、北原白秋研究家の最近の調査では、初恋の相手のいる紺屋の女中に“おろく”という女性を確認できるとの事である。文字の額面通りの“にくいあん畜生”であったのだ。
『梅雨の晴れ間』はタイトル通りの風景をコミカルに書いた詩であるが、今から演じようとしている田舎芝居の演目は登場人物の名前から“義経千本桜”と考えられる。その四段目・吉野山の最後を飾るのが“狐六法”である。

時折現在の行政区分(柳川市)と照らし合わせての、『柳川風俗詩』という表記が稀に見受けられるが、詩集が上梓された1911年時点では「柳河町」となっているので『柳河風俗詩』が正しい。
1993年、「富士山」とともに、全日本合唱センターが選定した「日本の合唱作品100選」に選ばれた。タイトルと歌詞が英訳され、世界合唱センター(ベルギーのナミュール市)に寄贈されている。(Landscape of Yanagawa for men's chorus a cappella, 3.Kakitsubata, 4.Bright times in Rainy Period)

アイスランドの男声合唱団Karlakórinn Fóstbræðurによるアルバム『Fóstbræðralag (úr söngvasafni Fóstbræðra) 1916-2006』に「柳河」が収録されている。
詩の出典
『思ひ出』(東雲堂書店、1911年)
詩との相違
『紺屋のおろく』の終盤において、当初は「赤い夕日にふとつまされて…」という歌詩で作曲された。ただ、原典では「赤い入日に…」となっており、のちに原典どおりの形に改訂されている。
『梅雨の晴れ間』の「青い空透き、日光の」となっている部分は、原詩では「青い空透き、日の光」であり、2000年の立教グリーや同志社グリーがこの組曲を取り上げた際は作曲者の指示で「日の光」と歌っている。

歌詩

柳河
もうし、もうし、柳河じや、
柳河じや。
銅の鳥居を見やしやんせ。
欄干橋をみやしやんせ。
(馭者は喇叭の音をやめて、
 赤い夕日に手をかざす。)

薊の生えた
その家は、……
その家は、
旧いむかしの遊女屋。
人も住はぬ遊女屋。

裏の BANKO にゐる人は、……
あれは隣の繼娘。
繼娘。
水に映つたそのかげは、……
そのかげは
母の形見の小手鞠を、
小手鞠を、
赤い毛糸でくくるのじや、
涙片手にくくるのじや。

もうし、もうし、旅のひと、
旅のひと。
あれ、あの三味をきかしやんせ。
鳰の浮くのを見やしやんせ。
(馭者は喇叭の音をたてて、
 あかい夕日の街に入る。)

夕燒、小燒、
明日天氣になあれ。
 * 緑臺、葡萄牙の転化か。
紺屋のおろく
にくいあん畜生は紺屋のおろく、
猫を擁えて夕日の浜を
知らぬ顏して、しやなしやなと。

にくいあん畜生は筑前しぼり、
華奢な指さき濃青に染めて、
金の指輪もちらちらと。

にくいあん畜生が薄情な眼つき、
黒の前掛、毛繻子か、セルか、
博多帯しめ、からころと。

にくいあん畜生と、擁えた猫と、
赤い入日にふとつまされて
瀉に陷つて死ねばよい。ホンニ、ホンニ、……
かきつばた
柳河の
古きながれのかきつばた、
昼は ONGO の手にかをり、
夜は萎れて
三味線の
細い吐息に泣きあかす。
(鳰のあたまに火が点いた、
 潜んだと思ふたらちよいと消えた。)
 * 良家の娘、柳河語。
梅雨の晴れ間
廻せ、廻せ、水ぐるま、
けふの午から忠信が隈どり紅いしやつ面に
足どりかろく、手もかろく
狐六法踏みゆかむ花道の下、水ぐるま……

廻せ、廻せ、水ぐるま、
雨に濡れたる古むしろ、圓天井のその屋根に、
青い空透き、日の光
七寶のごときらきらと、化粧部屋にも笑ふなり。

廻せ、廻せ、水ぐるま、
梅雨の晴れ間の一日を、せめて樂しく浮かれよと
廻り舞臺も滑るなり、
水を汲み出せ、そのしたの葱の畑のたまり水。

廻せ、廻せ、水ぐるま、
だんだら幕の黒と赤、すこしかかげてなつかしく
旅の女形もさし覗く、
水を汲み出せ、平土間の、田舎芝居の韮畑。

廻せ、廻せ、水ぐるま、
はやも午から忠信が紅隈とつたしやつ面に
足どりかろく、手もかろく、
狐六法踏みゆかむ花道の下、水ぐるま……

参考文献

なまずの孫 3びきめ 「I 青春の背中3―柳河風俗詩をうたうために―」

関連項目

リンク

解説
実演
MIDI
ボーカロイド
pikabonT
動画