多田武彦〔タダタケ〕データベース - 優しき歌

男声合唱組曲「優しき歌」(作詩:立原道造)

優しき歌ヤサシキウタ指示速度調性拍子備考
1爽やかな五月にサワヤカナゴガツニ中庸の速度で、語るように4分音符=約92ニ短調4/4
2落葉林でオチババヤシデ遅く、しみじみと4分音符=約92ハ短調4/4
3さびしき野辺サビシキノベ非常に速く、虚ろな感情をもって4分音符=約152ト長調2/4
4また落葉林でマタオチババヤシデ中庸の速度で、淡い感傷をもって4分音符=約92ニ短調4/4Tenor solo
5みまかれる美しきひとにミマカレルウツクシキヒトニたいそう遅く、悲しみを秘めて2分音符=約44ホ短調2/2Tenor solo

作品データ

作品番号:T32:M28n
作曲年月日:1971年1月1日
立命メンネル1970年度卒業生一同が卒業記念に委嘱

初演データ

初演団体:立命館大学メンネルコール
初演指揮者:金尾光三
初演年月日:1971年6月29日
第10回明立交歓演奏会(於京都会館第1ホール)

楽譜・音源データ


男声合唱組曲「優しき歌」

作品について

詩の出典
「爽やかな五月に」「落葉松で」「さびしき野邊」「また落葉松で」……詩集『優しき歌』(角川書店、1947年)
「みまかれる美しきひとに」……未刊詩篇

歌詩

爽やかな五月に
月の光のこぼれるやうに おまへの頬に
溢れた 涙の大きな粒が すぢを曳いたとて
私は どうして それをささへよう!
おまへは 私を だまらせた……

《星よ おまへはかがやかしい
《花よ おまへは美しかつた
《小鳥よ おまへは優しかつた
……私は語つた おまえの耳に 幾たびも

だが たつた一度も 言いはしなかつた
《私は おまへを 愛してゐる と
《おまへは 私を 愛してゐるか と

はじめての薔薇が ひらくやうに
泣きやめた おまえの頬に 笑ひがうかんだとて
私の心を どこにおかう?
落葉林で
あのやうに
あの雲が 赤く
光のなかで
死に絶へて行つた

私は 身を凭せている
おまへは だまつて 脊を向けてゐる
ごらん かへりおくれた
鳥が一羽 低く飛んでゐる

私らに 一日が
はてしなく 長かつたやうに

雲に 鳥に
そして あの夕ぐれの花たちに
 
私らの 短いいのちが
どれだけ ねたましく おもへるだらう か
さびしき野邊
いま だれかが 私に
花の名を ささやいて行つた
私の耳に 風が それを告げた
追憶の日のやうに

いま だれかが しづかに
身をおこす 私のそばに
もつれ飛ぶ ちひさい蝶らに
手をさしのべるやうに

ああ しかし と
なぜ私は いふのだらう
そのひとは だれでもいい と

いま だれかが とほく
私の名を 呼んでゐる……ああ しかし
私は答へない おまへ だれでもないひとに
また落葉林で
いつの間に もう秋! 昨日は
夏だつた……おだやかな陽氣な
陽ざしが 林のなかに ざわめいてゐる
ひとところ 草の葉のゆれるあたりに

おまへが私のところからかえつて行つたときに
あのあたりには うすい紫の花が咲いていた
そしていま おまへは 告げてよこす
私らは別離に耐へることが出來る と

澄んだ空に 大きなひびきが
鳴りわたる 出發のやうに
私は雲を見る 私はとほい山脈を見る

おまへは雲を見る おまへはとほい山脈を見る
しかしすでに 離れはじめた ふたつの眼ざし……
かえつて來て みたす日は いつかえり來る?
みまかれる美しきひとに
まなかひに幾たびか 立ちもとほつたかげは
うつし世に まぼろしとなつて 忘れられた。
見知らぬ土地に 林檎の花のにほふ頃
見おぼえのない とほい星夜の星空の下で、

その空に夏と春の交代が慌しくはなかつたか。
――嘗てあなたのほほゑみは 僕のためにはなかつた
――あなたの聲は 僕のためにはひびかなかつた、
あなたのしづかな病と死は 夢のうちの歌のやうだ。

こよひ湧くこの悲哀に灯をいれて
うちしほれた乏しい薔薇をささげ あなたのために
傷ついた月のひかりといつしよに これは僕の通夜だ

おそらくはあなたの記憶に何のしるしも持たなかつた
そしてまたこのかなしみさへゆるされてはゐない者の――。
《林檎みどりに結ぶ樹の下におもかげはとはに眠るべし。》

関連項目

リンク

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