銅金裕司の作品、活動、プロジェクト、考えていることについて(Garden of Cyrus、サイラスの庭、アート、芸術、庭、ガーデン、植物、花、虫、鳥、緑、グリーン、バイオ、バイオアート、bio art、バイオロジー、環境、環境問題、二酸化炭素、co2、オフセット、生態、生態系、エコ、エコロジー、環境芸術、ecology,植物の音楽、植物の声、植物の音、花の声、花の音楽、花の音、音楽、声、リズム、plant、music、voice、植物生体電位,植物とのコミュニケーション,世界、世界の声、ルグィン、世界劇場、存在の大いなる連鎖、イエーツ、ワールブルグ、マニエリスム、魔術、伊藤若冲、石峰寺、動植綵絵、海洋学、海洋、機械、ネットワーク、コンピューター、植物、花、トロン、マック、マッキントッシュ、SE、SE30、脳波、ロボット、ロボットとは何か、電位、FFT、スペクトル、midi、プラントロン、plantron、心、感情、精神、知恵、マインド、認知心理、アフォーダンス、カオス、複雑系、非線形、振動、振動子、内部観測、オートポイエーシス、植物の心、植物の精神、植物の知恵、記憶、徴候、庭、ガーデン、シアター、園芸、園芸文化、花文化、花、箱庭、ラン、orchid、ランの進化、ランの戦略、リゾーム、プルースト、バタイユ、文学、マラルメ、リラダン、ポー、ボルヘス、ナボコフ、アーダ、ユリイカ、メルヴィル、稲垣足穂、中井英夫、椿実、澁澤龍彦、yuji dogane(銅金裕司/メディアアーティスト))

花とは何か                                     
花とは何か?あるいはどうして花が人に必要なのか?これはどんな花が売れるのか、などとは次元を異にした問いである。とはいえ、これはどのような問いかけなのだろうか?以下はむしろこの問題に定性的に(哲学的、精神分析学的に)アプローチした試論であるが、データマイニングからのアプローチを模索するならばこの問いに定量的に答え、新たな要望そのものを創出する議論に繋がらないかと考えている。はじめに私見にすぎないが、花という存在を考える上でのいくつかの哲学的、精神分析学的な項目について述べることにする。

ジャック・デリダ
ジャック・デリダという哲学者の歩みを簡単に振り返っておく。デリダは1930年にアルジェリアで生まれ、1960年代前半のパリで活動を始めた。初期の彼の仕事は、おもに、当時のパリで強い影響力を持っていた二つの思想、フッサールの現象学とソシュールの言語学を批判することに向けられている。これは、実存主義と構造主義の限界を同時に見定め、かつそれを乗り越えようとする試みであり、そのため、のち彼の哲学は「ポスト構造主義」とも呼ばれることになった。当時の彼の仕事が、実存主義と構造主義が(例えば、サルトルとレヴィ=ストロースの論争に見られるように)たがいに相容れず、明確に対峙していた1960年代のパラダイムへの一種の切断として現れたことは事実である。この切断は一方で、デリダ単独の試みというより、むしろ思想史的な現象としても捉えられる。というのも、デリダが『声と現象』や『グラマトロジーについて』を出版した1967年には、また、ほぼ同時に、ミシェル・フーコーの『言葉と物』(1966年)やジル・ドゥルーズの『意味の論理学』『差異と反復』(ともに1969年)など、60年代のパラダイムを乗り越える試みが相次いで現れていたのである。しかし他方で、その乗り越えは思想家ごとに異なったかたちで演じられたのであり、デリダを読むときには、やはりその特殊性に注意を向けることが重要になる。あえて整理すれば、フーコーが旧来のパラダイムを思想史(人文科学の考古学)のなかに封じ込め、またドゥルーズがその限界を乗り越える強力な概念体系を直接に目指したのに対し、デリダの関心は一貫して、問題のパラダイムを支えてきた理論的な前提、彼の術語を使えば「現前の形而上学」を暴いていくことに向けられていた。それゆえデリダの作業は必然的に近代哲学の再検討というかたちを取ったのであり、ここから、「脱構築 deconstruction」と呼ばれる有名な概念が生まれてきたのである。

脱構築
「脱構築」という言葉はおもに1960年代の論文で使われ、デリダ自身によって「[読解対象となる]哲学者の道を再び辿り、その賭けを理解し、その詭計に詭計をめぐらせ、そのカードを操り、彼にその戦略を展開させておきながら、そのテクストを自分のものにしてしまう」方法のことだと説明されている。しかしこれは、「脱構築」をテクスト解釈の便利な方法として捉え、デリダの哲学そのものをその恣意的な解釈に基づく相対主義的な思想だとする誤解を招きかねない。実際デリダ自身も、その危険を察知してか1970年代には「脱構築」という表現を避け始めている。とはいえ、彼の哲学がまず新しい文学批評として制度的に受容されたアメリカ(イェール学派)や、その受容がさらに通俗化され、ポストモダニズムのファッションとして紹介された1980年代の日本(ニューアカ)では、むしろこの誤解のほうが強い影響力をもつことになった。ここで問題なのは、その誤解のため、デリダが「脱構築」という概念を提出したときに含まれていた理論的知見が忘れられてきたことである。「脱構築」とは本来は、テクストを読むための便利な方法を指示するのではなく、むしろ、テクストそのもの、言語そのもの、ひいては「記号」そのものの性質に関する新たな洞察を意味していた。そして、1960年代末のパラダイム転換においてデリダが占めた特殊な位置は、まさにこの洞察に負っている。それがあったからこそデリダが進めた脱構築は実質的な意味を持っていたのであり、さもなければその作業は、少なからぬ論者が非難してきたように、批判のための批判にしか見えなくなってしまう。では、その洞察とは具体的にはどういうものか。

エクリチュール
脱構築の方法は、「エクリチュール ecriture」についての洞察で支えられている。その言葉は「書かれたもの」あるいは「文字」を意味するフランス語(英語の writing に相当する)だが、デリダにおいては、ソシュールにおける「シニフィアン signifiant」の概念とフッサールにおける「表現 Ausdruck」の概念がともにもつ限界を画定し、その彼方を指し示す新たな記号概念の名として使われた。さらに話を続けるために直接に1960年代の言語学批判や現象学批判を見るのではなく、むしろ、1970年代のデリダが大きな努力を傾けた仕事、ジャック・ラカンの精神分析に対する批判を導きとしてみる。

ラカン
ラカン派精神分析では、主体が面する世界を、「想像界」「象徴界」「現実界」という三つの領域の組み合わせから考える。想像界とはイメージの世界、象徴界とはシンボルまたは言語(両者はラカンにおいては等しい)の世界、そして現実界とは、イメージにもシンボルにも関係がない、端的に「もの」だけが存在する世界である。そして人間的な「主体」とは、その象徴界に参入し、シンボル操作の論理(シニフィアンの論理)を受け入れた存在として定義されている。「主体」が幼児や動物から区別されるのは、前者の世界認識がイメージとシンボルから成立しているのに対し、後者の世界認識がイメージだけに限られているからだ。イメージとシンボル、非言語的な認識と言語的な認識のこの峻別は、フロイトの精神分析ではいまだ導入されていない。フロイトは人間の認識や欲望を、神経系の反応と記号操作が混在したものだと捉えていた。それは曖昧な態度ではあったが、しかし逆に、エディプス・コンプレックスや去勢の問題を、生物学や動物学の知見と摺りあわせる広がりを精神分析に与えていたがラカンはその広がりを意図的に切り捨てている。その切り捨てもまた、ラカン単独の試みというより、むしろ思想史的な現象として捉えられるだろう。よく知られているように、今世紀半ばまでの人文科学は、総じて、「言語」あるいは言語をモデルとする「システム」に大きな関心を向けていた。その関心から生まれた学問領域は、構造人類学、記号論、言語行為論、サイバネティックス、生成文法など枚挙のいとまがない。したがってそのパラダイムにおいては、イメージとシンボルを峻別し、人間の問題とはシンボル(言語)の問題であり、「無意識は言語として構造化されている」と宣言することは、精神分析がほかの人文諸科学と折り合いを付けるために不可欠だったと考えられる。これはラカンの欠陥というより、むしろラカンに代表される旧来の人文科学のパラダイム、そしてその前提となった人間観や言語観そのものが問題とされていた。つまり彼のラカン批判は、前述した1960年代末における切断の再演でもあった。

デリダとラカン
このようなことを押さえたうえで、デリダのラカン批判を簡単に見てみよう。それは大きく二点から成っている。ひとつは象徴界の捉え方に対する異議であり、もうひとつは象徴界と想像界の峻別に対する異議である。デリダの考えでは、ラカンが定式化した象徴界の概念、とりわけそれを構成する「シニフィアン」の概念はあまりに理念的であり、それゆえ無意識の捉え方も歪んでいる(第一の批判)。そしてその歪みは根本的には、ラカンが「シニフィアン」を記号の物質的基盤から切り離したこと、つまり、言語の本質をそれを担う「文字」から離れて想定したことによって生じている。ラカンの考えでは、文字(書かれた線の集合)はあくまでも想像界に属し、象徴界に属する言語(シニフィアン)とは厳密に区別される。動物も幼児も文字を見る(知覚する)ことはできる、しかしそこに言語を読むことはないとする。しかしデリダの考えでは、言語の理念性は文字の物質性と切り離すことができない。たとえ無文字社会においても、音声という物質的基盤が言語を支えることは変わらないのであり、そのかぎりで「文字」的なものは存在する。とすればここには、一方で言語の理念性は文字の物質性から切り離せるものでありながら、他方で前者はつねに後者に伴われている、という逆説的な関係があることになる。それゆえにここで、両者を単に峻別するのではなく、むしろ、文字の物質性から言語の理念性が立ち上がるメカニズムこそを考えねばならないだろう。デリダはそのメカニズムを「エクリチュールの問題系」と呼んでいる。イメージとシンボル、想像界と象徴界を完全に峻別するラカンの理論体系においては、この問題提起が最初から封じ込められてしまった(第二の批判)。「エクリチュール」という概念の本質は、ここにきわめて明確なかたちで表現されている。

エクリチュールと花
ようやくここで花について考察する。前述のように、「エクリチュール」は文字を意味する。日常の経験、例えば書道の存在やフォントの役割などからも明らかなように、文字は言語(シンボル)を担う透明な媒体であると同時に、またそれ自身がひとつの絵(イメージ)でもあり、ときにシンボル作用の厳密さを逸脱する。さて、ここで我々が花というイメージ〜シンボルを考えるとき、このようなエクリチュールの原初の姿に「花」が想起されないであろうか?つまり人の精神においてなんらかの物質性がシンボルとして立ち上がってゆく際に、「花」という存在が端緒となったのではないか、花への想起が言語化に連動したのではないか?という仮説である。デリダによれば、文字のもつこの経験的な両義性を拡張し、イメージとシンボルの分割に従わない記号の審級――彼はむしろ「残級 restance」という造語を用いるのだが――を一般に「エクリチュール」と名づけたのである。

花から言語へそして記号
イメージとシンボルの分割に従わないということは、いままでの説明から明らかなように、非言語と言語の分割にも、それゆえ、動物と人間、話さないもの(infans)と話すもの(fans)の分割にも従わないことを意味する。エクリチュールとは、イメージからシンボルへ、そしてまたシンボルからイメージへの往復運動の審級であり、裏返せば、この審級の働きこそが、単なる線の集合からシンボルが、つまり文字の物質性から言語の理念性が立ち上がることを可能にしてきた。よって、この文字から言語へ連鎖する運動の契機、端緒となって与えられたのがイメージでもありシンボルでもある「花」ではないかと思われる。このエクリチュールへというデリダの洞察はおそらくは、ソシュールの言語学にもフッサールの現象学にも、またハイデガーの現存在分析論にもラカンの精神分析にもない、記号をめぐる新たな学の可能性を示唆している。実際、1960年代から1970年代にかけてのデリダは、例えば『グラマトロジーについて』(文字学[grammata+logie]について)という題名ひとつにも窺えるように、その新たな学の輪郭を描こうと悪戦苦闘していた。デリダの脱構築は、このような理論的洞察に支えられて登場している。とはいえデリダのその洞察はあまり実を結んでいない。というのも、1980年代以降の彼は理論的な問題から倫理的な問題へと関心を移し、エクリチュールの哲学的位置づけをめぐる議論はむしろ後景に退いてしまったからである。それに加えて、前述したような「脱構築」をめぐる誤解もあって、エクリチュール論の射程が研究者たちのあいだで討議されることも比較的少なかったように思われる。したがって、イメージとシンボル、動物と人間の分割より前にある「花」あるいは「エクリチュール」を扱う拡張された記号学の問題は、実際は、デリダのテクストにおいても、またデリダをめぐる研究の蓄積においても、いまだ断片的で萌芽的なかたちでしか考えられていない。にもかかわらず、その萌芽(あるいはそこに花を想定してみたいのは)、すでに強調したような思想史的な重要性だけでなく、そこにまた、現代社会における「記号」のありかたを分析するため、とりわけ示唆に富む着想が含まれている可能性が考えられないだろうか。イメージとシンボルの分割に対するデリダの疑義は、理論的な考察であると同時に、また、六〇年代から七〇年代にかけて地滑り的に生じた大きな文化的変動、フーコーならば「エピステーメー」の断絶とでも呼ぶであろうような認識論的変化の現れでもあったのではないか。

象徴界とメディア
すでに述べたように、ラカンは、イメージとシンボル、非言語的な記号と言語的な記号の分割を自明な前提として議論を始めている。ここには明らかに神学的な(カトリック的な)偏向が忍び込んでおり、事実、フロイトが超自我の成立をあくまでも進化論的な発想で捉えようとしていたのに対し、ラカンが象徴界の成立について一種の不可知論の立場を取っていたことはよく知られている。彼の考えでは、象徴界(言語)は定義上想像界(動物的認識)の延長では成立しえないのであり、したがって、それは突然人間に到来したというほかない。このような前提から出発した理論体系がどこかに弱点を抱えるのは当然であり、まさにそのために、デリダのラカン批判は行われたのだった。しかしイメージとシンボルの分割は、そのように長い文化的背景をもつものであると同時に、また、一時期のメディア的な条件を色濃く反映していたものだと考えることもできる。例えば19世紀は、国民国家の形成とともに「芸術」の大衆化もまた進んだ世紀だったが、その当初はイメージを扱う芸術(音楽、演劇、絵画、彫刻など――ここでは「イメージ」は音も含む)は複製不可能であり、シンボルを扱う芸術(文学)だけが特権的に複製可能だった。1830年代に誕生した写真は例外的にこの分割に従わないが、イメージを扱う芸術が複製可能になったのは、基本的には、蓄音機や映画が発明された19世紀末のことである。そしてその変化の本質と衝撃の大きさが広く認識されるためには、さらに40年、ヴァルター・ベンヤミンが「複製技術時代における芸術作品」を発表する1936年まで待たねばならない。つまり近代社会においては、20世紀の半ば近くになるまで、複製可能なシンボルたちが社会集団によって共有され、回付され、いつでも呼び出すことができる集合体(印刷物の集積)を形成するのに対し、複製不可能なイメージは決してそのような集合体を作らず、むしろ単独的に、一回限りのアウラを帯び続けるという明確な対置が成立していたのである。

メディア・デジタル
ラカンの有名な「鏡像段階論」が発表されたのもまた、奇しくも同じ1936年だった。つまり彼の精神分析は実は、イメージとシンボルを分割する一九世紀的なメディア環境のなかで誕生したと言えるのであり、この条件は彼の概念体系にも少なからぬ影響を与えている。例えば一部の論者が指摘するように、無数のシンボルたちが纏まって無意識的な「貯蔵庫 tresor」を作り、自己とは別の場所で独自の論理に従い整序されているという「象徴界」の発想そのものが、すでに国家単位の印刷市場や図書館、そしてタイプライターの出現に多くを負っているとも考えられる。
だがここでむしろ重要なのは、1936年以降、とりわけデリダの批判が現れた1960年代以降、イメージとシンボルの対置が、技術的にも社会的にも急速に曖昧になってきたということである。20世紀後半のメディア環境は、文字だけでなく、画像も音楽も、また動画すらも複製可能なものとし、またその複製されたイメージを大量に流通させ、貯蔵することで成立してきた。つまり私たちの社会は、この数十年間、シンボルの貯蔵庫(象徴界)だけに依存していた19世紀の社会から大きく離れ、「イメージの貯蔵庫」とでも呼ぶべきものを急速に成長させつつあると言える。「カットアップ」「リミックス」「サンプリング」などと呼ばれる技法がこの20年間ほど支配的なのは、まさに、そのような非言語的な記憶、図書館には決して入ることのないイメージ(音と映像)の貯蔵庫がすでに十分な大きさに育ち、社会的な有効性を発揮していることの証拠だと考えられるだろう。このような状況においては、イメージとシンボルの分割はかつてのような説得力を失わざるをえない。事実最近では、ラカン派の精神分析家であるスラヴォイ・ジジェクも、映画や文化現象を論じるなかで、象徴界と想像界の関係をあらためて考えなおすことを示唆している。

花 その原初してのエクリチュール
とすれば私たちはここで、1960年代のデリダが提出した「エクリチュール」を花に連動させて、つまりイメージでもシンボルでもない(あるいはそのどちらでもある)記号的審級の概念である花を、両者の分割がもはや維持されず、イメージの貯蔵庫とシンボルの貯蔵庫とが並び立つこの社会の記号的条件を分析する装置の基盤的要素の1つとして読むことができないか、と問うことができる。それは確かにアクロバティックな試みだが、それなりに生産的な作業であるように思われる。例えば私たちは、コンピュータ・グラフィックスによって隅々まで加工されたハリウッドのSFX映画や、過去のコミックやアニメからの無数の引用で満たされた日本のアニメ映画を見るとき、本当にイメージを「見て」いるのだろうか。それはなんらかの「花」に代表されえる系統に繋がる世界ではないだろうか?むしろその経験は、目前のイメージを瞬時に記憶のなかへ、それも個人的な記憶ではなく、流通する類型的なイメージたちの貯蔵庫のなかへと送り返し、ふたたびそこから戻ってくることで、不在と現前の格差を楽しむ二重化された行為――つまり、「見る」というよりも「読む」ことに近いのではないだろうか。花という存在はそのようであれば、そこではラカン的な分割に従うならば逆説的ながら、花よりイメージが、そのイメージによりシンボル的に(不在のイメージとの対照によって)経験されていると言うべきなのではないか。
しかし、これら具体的な作品分析とデリダのきわめて抽象的な哲学批判を接合させる作業には、まったく論証が欠けている。その論証をより強力にし、ラカンが整えた精神分析の理論体系を、デリダのエクリチュールを通過させ、象徴界だけでなく想像界の構成もまた扱うことができるように拡張することが重要となるであろう。これらのことを「花」のデジタルアーカイブによってデータマイニングする方向性はいかがであろうか?
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