銅金裕司の作品、活動、プロジェクト、考えていることについて(Garden of Cyrus、サイラスの庭、アート、芸術、庭、ガーデン、植物、花、虫、鳥、緑、グリーン、バイオ、バイオアート、bio art、バイオロジー、環境、環境問題、二酸化炭素、co2、オフセット、生態、生態系、エコ、エコロジー、環境芸術、ecology,植物の音楽、植物の声、植物の音、花の声、花の音楽、花の音、音楽、声、リズム、plant、music、voice、植物生体電位,植物とのコミュニケーション,世界、世界の声、ルグィン、世界劇場、存在の大いなる連鎖、イエーツ、ワールブルグ、マニエリスム、魔術、伊藤若冲、石峰寺、動植綵絵、海洋学、海洋、機械、ネットワーク、コンピューター、植物、花、トロン、マック、マッキントッシュ、SE、SE30、脳波、ロボット、ロボットとは何か、電位、FFT、スペクトル、midi、プラントロン、plantron、心、感情、精神、知恵、マインド、認知心理、アフォーダンス、カオス、複雑系、非線形、振動、振動子、内部観測、オートポイエーシス、植物の心、植物の精神、植物の知恵、記憶、徴候、庭、ガーデン、シアター、園芸、園芸文化、花文化、花、箱庭、ラン、orchid、ランの進化、ランの戦略、リゾーム、プルースト、バタイユ、文学、マラルメ、リラダン、ポー、ボルヘス、ナボコフ、アーダ、ユリイカ、メルヴィル、稲垣足穂、中井英夫、椿実、澁澤龍彦、yuji dogane(銅金裕司/メディアアーティスト))

2006/11/18 のシブヤ大学への序文

植物に耳を澄まそうとした作家は、美術、音楽よりもむしろ小
説家に多くいると思います。植物の声を聞いた、その感性をモ
チーフとしたわけですが、今回はそのような植物作家による植
物文学の系譜を、国内外、古今東西の文学を渉猟しつつ巡って
みたいと思います。

国内では、澁澤龍彦はじめ椿実、内田百間、稲垣足穂、坂口安
吾、等とその系譜の作家たち。たとえば、澁澤龍彦は亡くなっ
てなお人気のエッセイストですが、彼の思想の根幹に植物的想
像力へのやむなき好奇心があったと私は考えています。
「思考の紋章学」に収められている愛の植物学というエッセイは
重要性です。
あるいは、「桜の木には桜の臭、椎の木には椎の匂、そして私
も女も植物なのであった。」と書き出す、椿実(つばきみのる
)の「メーゾンベルビウ地帯」。その感性には鮮烈な植物的感
性を感じざるをえません。

一方、国外、西欧、たとえば、マニエリスムにかかわる書物はなべて、
植物的宇宙的感性が漲っていると思われます。そのためか、
19世紀末のシュールレアリスムに至る文学には様々な植物的精神の
系譜が現れます。
たとえば、マルセル・プルーストの失われた時を求めて。これは、
全編、登場人物が植物?であるという私の推察ですが、どうも
ドゥルーズによれば昆虫も介在しているようです。これは西欧文
学の植物文学の金字塔、と言っていいようにも思いますが、カフカにも
その精神の中心に植物があるようで、私には、ヨーゼフKとは南米の
オドントグロッサムかなんかではないか、と思ってしまします。

そして、この分野に屹立する大作品、
ada
































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