愛についての練習

「確かめたいんだ、今すぐに。いいよね?」
エイトはそう言いながら唇を重ねる。ピアノの練習をしていた筈だったのにどうしてこうなっ
てしまったの。
「でも…」
抗わなければ。夜はまだ先のこと、今はまだそんな時間じゃないのに。けれどもその口づけは
心を蕩かし、それを舌が搦め取る。身体の下で自由と心を奪われて抗うなんて…できな、い、わ…
漸く激しい口づけから開放され、目を開くと真剣な眼差しのエイトがいた。
「いいよね」
何の返事をした訳ではなかったけれど、断定的に言い切って身体から下りる。その途端、外の
空気の冷たさに戦いた。エイトの身体がいかに熱かったのかを思い知らされる。
そのままエイトは部屋を過ぎり扉に手を伸ばした。
「一日中夜だったらいいのに…」
小さな呟きと共に、部屋の扉が静かに閉められ、鍵の音が大きく響く。
「でも」
「いいんでしょ」
戻ってきたエイトが隣に横たわり、寝台が軋む。腕が身体の下に通されて再びエイトの熱の中
に包まれた。
「だって」
「駄目だよ、嘘つきさん。だってほら」
そう言いながら服の上から身体をなぞる。敏感になっていた脇腹を手が滑って押さえ切れずに
つい身体がぴく、と反応してしまった。
「それにここだって」
目を覗き込みながら片手で胸を包む。ただ触れているだけの筈なのにその手の下で先が硬くなっ
ていくのを感じた。そして一度気付くと意識はもうそればかりに向いて、触って欲しくて胸の
奥が切ないような気持ちになる。
指が服の上からそこを探る。触れる度に息が乱れ、身を捩ってしまう。でも止めてはくれない。
無言のまま、幾度となく指の腹で転がすように触れられて、もう…
「やっ…んっ…」
エイトは私の顔を見て、ちょっと笑った。もう恥ずかしくてぷいと顔を背けようとしたけれど、
両手で頬を挟み込まれて口づけされる。
「ミーティア…」

長く、予想外に優しい口づけの後、熱く真摯な眼差しが私を覗き込む。その瞳に吸い込まれた
い。僅かに茶色を帯びた虹彩の強い輝きが私を引き付けて止まない。
「エイト」
怖ず怖ずと手を差し延べると熱い手がしっかりと捕えてくれた。また顔が近付いてきて、口づ
けを交わし合う。穏やかで幸せな気持ちになる、そんな口づけ。
だから唇が離れた時、寂しかった。エイトが身体を離した時、悲しかった。でもすぐに手が差
し延べられ、私も起き上がって抱き合う。エイトの熱が心地よい。
「服、脱ごう…」
耳許で囁かれ、ドレスに手がかけられた。でもいつもと勝手が違うから
「あれっ」
とか言いながら苦戦している。その様子が可笑しくて、…可愛くて、手を添え手伝った。

          ※           ※           ※

互いに服を脱がし合い唇を重ね合っているうちエイトの上体に力が込められた。しっかりと胸
に抱き直されたと思ったらあっという間に倒れ込んで、口づけしたまま組み敷かれる。
「ミーティア」
低く囁かれながらされる、さっきとは違う激しい口づけ。もう何も考えられなくて、ただエイ
トの唇ばかり感じていると不意に離された。目を開くと視界が回る。エイトはそんな私を見て
ちょっと笑った。何か、変なことしたかしら…?
不思議に思っている耳許に唇が近付けられた。
「ここだっけ?」
唇が耳を啄む。熱い息がくすぐったいのに気持ちよくて身を捩って逃げようとしたけれど、顔
を背ければ反対側の耳を啄まれる。
と、舌が捩込まれた。ぬめぬめとした感触、何より動かされる度にする水音が頭の中に直接響
いて何だか…変に…な、り、そ、う…!
「やっ…だ…め…エイト、お、願いだ…から…や…あぁぁん!」
言わなければ、と思ったのに唇から洩れるのは乱れる吐息に途切れる言葉。それに…喘ぎ声。
い、や…聞かせたくない。こんな変な声なんて。
「かわいいよ、ミーティア」
耳許で囁かれる。

「いやらしくてかわいいね。もっと聞かせて」
「い…や……んふっ!」
声を出すまいと口を覆ったものの、抱き直そうとしたエイトの手が背筋を滑り、思わず身がの
け反ってしまった。
「ここ?」
私の様子に気付いてエイトは背筋に沿って指を走らせる。その度に身体が勝手に跳ね、声ばか
り出て息も満足に吸えない。
「お願いだ…から、ちょっ…と待っ…て。く、る、し…」
でも止めてはくれない。口を押さえていた筈の手はいつの間にか敷布に縋り、エイトの手から
与えられる快感に流されまいとしていた。でも、もう、目の前が…真っ…白…!

柔らかな感触に気付いた時、私の身体はエイトの腕に優しく抱き締められていた。
「あ…エイト…?」
「気持ちよかった?」
片腕を私の首の下に廻し、もう一方の手で私の身体に触れる。とてもとても優しかったけれど、
質問と相俟って私の奥に何か炎のような物が点った様に感じた。
「今のミーティア、とってもかわいかったよ。我慢していると辛いでしょ。自分の気持ちに素
直になって」
優しく諭されるように言われて思わず頷いたけれど、でも本当は恥ずかしいっていうよりむし
ろ…
「…いっ!…」
エイトの手が私の胸を揉みしだく。ちょっと力が強過ぎて、ただ痛い。でも優しくしようとし
てくれているのだし、言わない方が、いいわよね…
と、手が止まる。
「ごめん…痛かったんだね」
つい眉根を寄せてしまったみたい。いつもと違って今は明るいから気付かれてしまった。
「あっ、あの、大丈夫よ…」
傷付けまいと微笑んでみせる。
「痛かったらそう言って。嫌な思いをさせてまでしたくないから」
「あの、でも…」
「黙ってただ辛そうな顔をされると僕も辛いんだ」

…そうね、そうだったわ。私だけのことじゃなかったわ。
黙って頷くと、今度は掌で包む様に胸に触れ、そっと動かす。痛くないし、むしろ心地よい。
「嫌な感じじゃないわ。何だかとっても気持ちいいの」
そう言うととても嬉しそうな顔になった。
「よかった。今ね、すごく穏やかな顔してたんだよ」どう答えてればいいのか分からず曖昧な笑みを浮かべていると、
「んっ!」
急に手が動いて指の腹が先を強く擦り上げる。ああ、でも、もっと触って…
「ここ、最初の時もだったよね」
言わないで…!でも指が動く度に頭の芯が痺れて何も考えられない。息も乱れて、また、あの
白い光がく、る!
と、急に手が止まる。つい恨みがましく見遣ると悪戯っぽく笑われた。
「僕のも触って」
そ、それもそうね。私だけですものね。でも、どこを触ったらいいの?
「ここ」
そう言って手を取るとそっと何かを握らせた。これ…何?もしかしてあれ?いつも中に入って
来るもの。それ自体は痛くてあまり好きではないけれど、エイトの気持ちよさそうな顔を見る
のは好きだし、一つに繋がっている感じがとっても幸せでいつも受け入れる、あれ。
「そっか、いつも薄暗くてよく見えないもんね。見てみる?」
恐る恐る頭を上げて目を遣る。私の手に握られている結構長くて太いそれは微かに動いていて、
暗い中で思っていたよりかは嫌なものではない、かも。
「気味悪いでしょ?」
そう聞かれたけれどそうでもないの。むしろ…
「ううん、そんなことないわ…うーんとね、か、かわいいかしら?」
「えっ」
「ええ、かわいいかも」
そっと手を動かしてみるとエイトは目を閉じ小さく呻いた。その様子がとても愛おしく思えて
手を動かすうち、指が尖端に触れてエイトがぐっと敷布を握り締めた。可愛い、エイト。男の
人にそんなこと言ってはいけないかしら?でも何だかとても可愛くて何度も何度も繰り返す。
ふと悪戯心が湧いてきて、身体を起こしてそこにちょんと口づけしてみた。

途端に、
「うっ」
エイトは短く呻き、同時にそれもぴくりと動く。
「ご、ごめん…それ以上は我慢できそうにないから」
エイトが身を起こす。
「じゃ、お礼するね」
お礼?何のことかしら?不思議に思っていると腕が伸びてきて搦め取られ、倒れ込む。あっと
思った時にはもう、唇が重ねられていた。熱く、激しい口づけに蕩けそうになっていると、指
が私の身体を探って、そして――

くちゅっ

はっとする程大きな音が部屋に響く。ピアノを弾きながら愛撫され、さらに今のことがあって
もう自分がこんな状態だったことを思い知らされる。
「もうこんなだよ…僕が欲しい?」
優しく、でも執拗な指が私の中をなぞり、音を立てながらその形を描き出す。その度に身体が
跳ね、のけ反って声が出てしまう。でももうその音も自分の声ですらも心を燃やすだけのもの。
「エ…イト…ほ、…んっ!ほ、しい…ひと…つに…な、あっ!…な…りたい…」
痛くたっていいの、このまま私を貫いて…!
指が止められ、膝が私の膝を割り、身体が滑り込む。いつものように足を持ち上げようとして、
ふとその手が止まった。
「エイト?」
何事かとちょっと身を起こし、足の間のエイトを見る。少し考えていたみたいだったけれど、
何か思い付いたようににっこりした。
「あのね、上に乗ってみて」
「上?」
「うん。痛くない様に加減してみてよ」
とやけに嬉しそうに言いながら隣に横たわる。
でも、う、上って…エイトはただ、にこにこしている。期待に満ちた視線に、待たせては悪い
かしらと思って恐る恐る跨ぐ様に座ってみる。普段あまりしない動きなのもあって―馬に乗る
時も横座りだったし―ついぎくしゃくとしてしまう。

それでも何とかここ、と思える場所にエイトのそれを宛てがった。
一つになりたいけれど、ちょっと怖い。また今日も痛かったら…
「んんっ…」
覚悟を決めて腰を沈める。最初に鈍い痛み。でもいつもよりかはずっと楽にエイトの根元まで
受け入れることができた。
「エイト…」
「ん…大丈夫?」
「ええ、そんなに、辛く、ないわ」
「うん…僕も、気持ちいい。ミーティアが、すごく綺麗だ…」
「えっ」
今まで受け入れることに一生懸命で、エイトの目に自分がどう映っているのかになんて気が回
らなかったけれど、この格好って…
「あっ!」
急に動き出され、思考が止まる。いつもより深い所まで入っているのか、中の何かにぶつかっ
ているような感じがして…
「エ、イ、ト、何、かに、当たっ、て、ない?」
突き上げられて途切れながらも問うとちょっと眉根を寄せた。
「こ、れ?」
そう言いながら探る様に動かしたその瞬間。
「ひゃあぁぁん!」
突き抜けるような強く鋭い快感が身体の中を駆け抜けた。その変化が見逃される筈もなく、
「あっ、…んっ、やっ、…あぁんっ」
緩急を付けて擦り上げられて気が遠くなってしまいそう…でも…
「エ、イ、ト」
「な、に?」
このまま一人どこかへ流されたくない。少しでもエイトの近くにいたい。
「エイト、お願い…」
何て言えばいいのか分からなくてただ手を差し延べる。でもエイトは分かってくれた。腰を止
めて私の手を握る。
「ちょっと腰を上げて」

痺れる腰を浮かせると、身体を起こして座り直す。もういいかしら、と思っていると腕が廻さ
れ、あっという間にしっかりと抱き締められた。
「エイト…」
「ミーティア…」
とても、とても気持ちいい。身体も、心も。互いの身体の隙間を無くしてただ抱き合うだけの
ことがこんなに気持ちいいなんて。
「エイト…」
穏やかな海の波に揺られる様にエイトの動きに身を委ねる。このままずっとこうしていたい。
この幸せな気持ちのまま息を止めてしまいたい。
「んっ……んんっ……あぁぁん……」
時々強く突き上げられてその度にのけ反ってしまう。何より耳のすぐ側でする荒いエイトの息、
お日様の匂いのするエイトの髪、うっすら汗の光るエイトのうなじ。それすら愛おしくて唇を
寄せれば微かな塩味。寄せ合う頬の心地よさ、絡み合う腕の力強さ。繋がる部分からする水音。
あらゆるものからエイトを感じながら、このまま死んでしまいそう…私、もう、駄目…
「エイト…」
「ミーティア…僕も、もう」
意識の向こうから、近付いて来ている…いいえ、行くのかしら?どちらでもいいわ。それは、
きらきらと、輝く、何か。海?
「エ、イ、ト…いっ…はぁぁぁっ―――!」
この世の全てを集めた光の海のな、か、へ!

          ※           ※           ※

気付いた時には二人で寝台に倒れ込んでいた。
「エイト…」
そっと名を呼んでみる。意識が戻って来るにつれ、身体が重く感じられた。
「ん…ミーティア?」
隣のエイトが肩で荒く息をしながら答える。
「あの…」
伝えたい。でも何て言えばいいの。恥ずかしくてためらっているとこちらを見てちょっと笑っ
た。
「気持ちよかった?」
先回りして聞いてくれる。それでもまだ面と向かって答えるのは抵抗があったから、胸に顔を
埋め、黙って頷く。
「よかった」
「光の…海に包まれて、上も下もない中を漂っているような感じ。気持ちよくて死んでしまい
そうなの」
「そうなんだ…すごいね」
手櫛で髪を梳いてくれながら嬉しそうに言う。優しく刻むリズムが心地よい。
「エイトは?どんな感じなの?」
ふと、疑問を感じて聞いてみる。
「えっ、ぼ、僕?」
なぜか動揺している。どうしてかしら?
「えっ、えと、…どっ」
「ど?」
「どっ、どっかーん?」
「えっ」
「何か言葉にし難くって」
照れ臭そうに笑う。私も釣られて笑い合った。
「でもね」
ひとしきり笑った後、エイトが真面目な顔で言った。

「嬉しかったんだ、すごく。いつも最初は気持ち良さそうにしているのに、入れた途端辛そう
にしているから。僕だけって何だかとても申し訳なくってさ…
だから」
と、ふと言葉を途切らせた。そして一生懸命何かを探している風だったけれど、結局見付から
なかったのかあまり使いたくない、といった感じで続けた。
「だから…すごく感動したんだ、こんな軽い言葉で言い表わせないくらい強く」
嬉しくてそっと腕を廻してみた。どんなに幸せな気持ちだったのか伝えたくて。
自分から、は初めてだったからちょっと緊張した。エイトはちょっと驚いたような顔をしたけ
れどすぐに嬉しそうに抱き返してくれた。
「本当に幸せな気持ち。いつまでもエイトとただ、こうしていたいの…」
他にはもう何もいらない。このまま抱き抱かれたまま…
不意に腕に力が込められる。強く強く、息もできない程。
「ミーティア…」
掠れた声が私を呼ぶ。
「エイト?」
唇が耳元に寄せられる。
「もう一度、いい?」
言葉では何も。ただ目と目を見交わしただけ。でもエイトの手が性急に動いて―――
                     (終)
2008年12月27日(土) 07:18:54 Modified by test66test




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