俺のメイドを今ここに


「わあ…!ね、それカッコイイね」
僧侶は手を胸の辺りで組み、目をキラキラさせている。
彼女の目の前にいる男は、ブルーを基調とした丈の長い、品の良い服を着ていた。
「すごく似合ってる。何かねえ……王子様みたいだよ」
気を良くしたのか、彼は宮廷風の仰々しいお辞儀をさらりとしてみせてから、彼女の手を取りその甲にキスをした。
何て言うか、すごい。オレには絶対に出来ないな。
ちゅっという音は、わざと響かせているに違いない。そうして彼女の反応を楽しんでいるんだろう。
彼はずっと彼女から目を離さずにいる。
「ちょっ…やだ、もうっ」
僧侶は慌てて手を引っ込めると、真っ赤になって階段を駆け上がっていってしまった。
彼はそんな彼女を目で追いながら、満足そうに微笑んだ。
最近の彼----魔法使いは、少しだけ分かりやすくなってきている。まあ、彼女----僧侶に関することだけな。
さっき、この宿の主リッカにも同じような事言われてたけど、あのお辞儀をしただけだった。
それだけでも充分で、リッカはきゃあきゃあ言ってたけど。全く女って………
そんな魔法使いの作戦(なのか?)に、僧侶は気付いているのかいないのか。
大切な仲間であり妹みたいな存在の僧侶を、オレは失いたくはない。でも、魔法使いを応援してやりたい気持ちもあった。
何とも複雑な心境だ。
オレと目が合った魔法使いは、一瞬居心地の悪そうな顔をした。
別に何も言っていないのに、要求に応えたまでだ、とか何とか言いながら朝食のテーブルにつく。
オレもその隣で焼きたてのパンを頬張った。彼の様子がおかしくて、ふき出しそうなのを堪えながら。


最近の(元)天使は、困っている街の人々の声に耳を傾け……というか、何にでも首を突っ込んでいた。
まあ仕方ないかな。元は守護天使、癖みたいなもんだ。
それに付き合わされている俺たちだけど、でも人に感謝されて悪い気はしないし、天使が楽しそうにしているからよしとしていた。
「メイドさんか…どうしよう?」
昼下がりのセントシュタイン城下町。とあるじいさんが住む家の前。
じいさんが死を前に求めているのは……メイドさん、だった。
何だろう、この執念は。他に何かないのか?他には。まあ、それだけ気持ちが強いっていうことなんだろうけどさ。
しかし、オレたちに何が出来るだろう?誰かそれっぽい人を呼んでくればいいのか。
「そういえば、メイドさんの衣装…ってあったよな」
ああ、あの水着も売ってた店のやつだな。これも、天使がふざけて買ったんだ。
頼んでみても、やっぱり僧侶は着てくれなくて。天使がひどく落胆していたのを思い出した。
男でも着られるとかで、天使が試着してみたんだっけ。頭にひらひらした飾りまで着けていて、皆で大笑いしたよな。
ほらこれ、天使は黒と白の衣装を引っ張り出した。
「これさ、着て行ってやればいいんじゃないじかな。本物じゃないけど、ノリってやつでさ」
天使はにこにこと僧侶を見た。魔法使いもオレも、彼女を見た。
「わ、わたし!?」
おろおろしながら、僧侶はオレたちの顔を順に見つめた。
「僕らには出来ないでしょ?」
天使は彼女の体に衣装を当てると、絶対似合うからと満面の笑みで言った。
彼女は、しばらくそのまま考え込んでいたけど、ついに決心したようだ。
「おじいちゃんのためだもんね。ちょっと不安だけど、やってみる」
頑張れ。俺たちがついてるぞ。


一旦宿に戻り、彼女の着替えを待つ。
「ね、やっぱり恥ずかしいよう…」
さっきの意気込みはどこへやら。かわいそうな声が聞こえる。
「ええ〜僧侶ちゃん、かわいいよお?」
彼女が姿を現した。リッカが、彼女の背中のリボンを直してやっている。
「そうかなあ?だって、こんなに短いの…」
しきりに裾を気にしている僧侶。そんなことしたって、スカートの丈は伸びないぞ。
胸の大きさが目立つ服だ。頭には例のひらひらした飾りがついている。
すごくかわいい。正直、こんなに似合うとは思わなかった。
変なものばっかり買ってと思っていたけど、天使って何かやっぱりすごい奴だよな。
「かっわい〜〜い!すっげえいいよ!」
天使が興奮気味に言った。
「これ結構強いしさ、そのままずっと使って欲しいな」
大絶賛でべた褒めしている。確かにかわいいが、戦闘に向くかどうかはわからない。
魔法使いはと見ると、彼はいつもの表情で僧侶を凝視していた。
怒っているようにも見えるが、何を考えているかだいたいの予想はつく。
「やっぱり変かな?」
その表情に不安を覚えたのか、僧侶が躊躇いがちに聞いた。
急に顔を覗き込まれ、妄想の世界から現実へと引き戻された魔法使いは、動揺を隠しつつも
「いや、いいと思う」と答えた。
「あらまあ!」カウンターのルイーダが、感嘆の声をあげた。「何てかわいいの」
目をキラキラさせて、僧侶を見つめている。
男には興味ないの、なんて酔っ払いをあしらっているのを見たことがあるけど、まさか本当に……?
僧侶は、皆からの褒め言葉にすっかり参ってしまって、顔を真っ赤にして下を向いている。
でも何だかちょっと嬉しそうだ。
「ねえ、今夜はその格好で給仕のバイトしない?もちろん、バイト代は出すわよ」
ルイーダは、そう言ってウインクをした。


覚悟を決めた僧侶は、輝くような笑顔でじいさんの枕元に近付いた。「旦那さま〜」のセリフつきで。
打ち合わせ通りに出来ている。よくやったぞ。
じいさんはすごく感激してくれた。生きる気力が沸いてきたじいさんの姿に、家族も泣いて喜んだ。
「ああ〜恥ずかしかったあ」
宿に戻ってから、僧侶が言った。顔はまだ赤く、全力疾走してきたみたいに息が上がっている。
「でも良かった、喜んでもらえたし。おじいちゃん、長生きしてくれそうだもんね」
もうすぐ夕食の時間だ。
宿には多くの旅人たちが集まっていたが、その中で彼女はかなり目を引いていた。
男も女も口々に、かわいいカワイイと言っている。
「旦那さま、かあ…あれ、いいなあ。ねえ、僕にも言ってみてよ」
天使がそう言い出した。お願いお願いと懇願している。
僧侶は困ったように眉を八の字にしていたが
「旦那さまっ」
と大サービスを決め込んだようだった。もうヤケクソ、という感じにも見えたが
とにかくきらきらした笑顔のまま言ってやっている。
「うは〜〜〜!」
僧侶の笑顔に、天使は小躍りして喜んだ。
「いいなあ〜僕、きみみたいな子がいるお屋敷で暮らしたいよ」
「なんか、プロポーズみたい」
近くを通りかかったリッカがぽつりと言った。天使はちょっと照れていて
「何だよ?お前らも言って欲しいんじゃないの?」なんて、急にオレたちに振ってきた。
オレは別にいいけど、魔法使いはどうかなあ。
「なあ、言って欲しいよな?」
無表情の魔法使いに、天使が意地悪く言う。
「………はい」
魔法使いが、やっと聞こえるような低い声で答えた。
「何だよ、珍しく素直だなあ。そうだよな。かわいいもんな」
天使は、ぎゃははと大笑いしている。
魔法使いは、覚えていろよという顔をしていたが、今は何も言わなかった。
僧侶は魔法使いの目の前で、小さく膝を折って上品なお辞儀をすると
「旦那さま…」
と、やはりきらきらと輝く笑顔で言った。
魔法使いは両手で額を抱え、みっともない顔を見せまいとした。
それを見た天使は、いつもの仕返しとばかりにさらに派手に笑っていたが
やがて呆れ果てたリッカに引っ張られ連れて行かれてしまった。
ようやく落ち着いてきた魔法使いに、僧侶はもう一度例のお辞儀をした。
頬が緩まないよう必死に耐えている彼の顔がおかしかった。


普段はさっさと部屋へ戻ってしまう魔法使いが、その日の晩は珍しくいつまでも酒場に留まっていた。
ソファに座り頬杖をつき、とろんとした目で僧侶を見つめている。
手にした本は開いたまま、恐らく1ページも進んでいない。
あの脳内で、彼女が今どんなことをされているのか……きっととんでもない“ご奉仕”に違いない。
天使が早々に部屋へ戻ってしまったので、オレは傭兵をしているという男と宝の地図について語り合っていた。
メイド衣装の僧侶がいるおかげで、今夜の酒場はたくさんの旅人たちが集まっている。
ルイーダは、こうなることを分かっていたのか。さすがだ。
僧侶はずっと忙しそうに働いていたが、どうやらこの状況を楽しんでいるようだった。
「あいつ、大丈夫か?」
飲み物を運んできてくれた時、やっと彼女に声を掛けることが出来た。
一緒になって、魔法使いに視線を向ける。
「うん。あんまり飲めない筈なのに…もう結構な量になってると思う」
それは注文すればきみが傍に来てくれるからでしょう。そう思ったけど黙っていた。
「何か嫌なことでもあったのかな?ね、知ってる?」
僧侶は、かなり心配そうにしている。いや、そんなふうに気にすることはないだろう。
「さあ…いやまあ、飲みたい時もあるんじゃない?」
「そっか…。んー…でもちょっと控えるように言ってみるね」
お邪魔しちゃってごめんなさい、と傭兵に向かってお辞儀をすると、僧侶はまた仕事に戻っていった。
「彼女は君の仲間?いい子だね」
傭兵は、僧侶を目で追った。
彼はそれから遠い街にいる恋人の話を嬉しそうに始めたのだが、途中
彼女恋しさのあまりぼろぼろと泣き出してしまった。
オレはそんな彼をなだめるのに忙しくなり、魔法使いを気にする暇がなくなっていた。


傭兵が落ち着きを取り戻し、彼の部屋まで送ってやった頃には、もう結構な時間になっていた。
そのまま部屋へ戻ってもよかったけど、魔法使いと僧侶のことが気になって酒場へ戻ってみた。
酒場に客の姿はなかったのだが。ソファを見ると、ふたりはまだそこにいた。
なんと魔法使いの膝を枕に、僧侶が眠りこけている。
あのじいさんが見たら、これはこれで羨ましがるかもしれない………なんて考えている場合じゃなくて。
彼は彼女の頬や髪を、猫を扱うように撫でていた。手つきがちょっとやらしい。
オレの視線に気付いた魔法使いは、ふたりの時間を邪魔したことを、相当恨んだだろう。
今彼は、魔物を見るときと同じような目をしている。
うう、すまん。
「疲れちゃったのかな」
今更立ち去ることも出来ず、オレは出来るだけそっと話しかけた。
「話しているうちに寝た。気付いたら頭が落ちてきた」
その瞬間の魔法使いの顔、見てみたかったぜ。
魔法使いは再び彼女に目を落とし、また撫で始めた。
どうやらそれが気持ちいいらしく、時折「ん………ふぅん…」なんていう甘ったるい声が聞こえる。
幸せそうな寝顔だ。
「どうするんだ?部屋でゆっくり休ませたほうがいいだろう」
「さっき眠ったばかりだ。起こしたくない」
魔法使いは、顔を上げずに答えた。
しかしこのまま、ふたりを残していってもいいものだろうか。
そのとき掃除係が入ってきて、もうお部屋へお戻りください、と言った。正直助かった。
僧侶を起こそうと振り向いた時、仕方ない、と魔法使いが呟くのが聞こえた。
彼は、僧侶を軽々と器用に抱き上げた。
「本を頼む」
頼まれたものを手に、オレは魔法使いの後を追った。


階段を上がり、2階奥の彼女の部屋へ向かう。辺りはしんと静まり返っていた。
先回りしてドアを開け、テーブルの上に本を置く。素晴らしい月明かりが、大きな窓から差し込んでいる。
ベッドの上の毛布を退かしてやると、魔法使いが彼女をこの上なく丁重に降ろした。
頭に載せた飾りを外し、靴を脱がしてやっている。まるで人形を扱っているみたいだ。
「これも邪魔そうだな」
魔法使いは、彼女がつけている白いエプロンを外しにかかった。
慣れた手つきだ。エプロンは、するすると彼の手に収まった。実に見事だ。
彼は満足そうに毛布を掛けてやり、手にしたエプロンをベッドの背板に掛けた。
カーテンを閉めてやろうかと手を伸ばした時、彼女の声と身じろぎするのが聞こえた。
「…ん…ん………、まほー…つかい、さあ…あん」
男ふたり、びくっとする(別に悪いことしてるわけじゃないのにな)。
おそるおそる彼女のほうに目を向けた。
どうやら大きく寝返りをうったようだ。毛布は蹴ってしまっていて、ベッドの片方へ集められている。
腕と髪に隠れて、表情はよく見えないのだが。
月明かりに青白く浮かび上がるのは、彼女の引き締まった太もも……
黒い服の効果もあり、何だかすごくエロく見えた。
もしかしたら、パンツも見えているかもしれない。
かもしれない、というのは、オレが急いで目を逸らしたからだ。
すうすうと彼女の寝息が聞こえる。起きてしまったわけではないみたい。
魔法使いは、そんな彼女からシッカリと目を離さずにいた。肩が大きく上下している。
「俺を求めている」
彼は熱っぽい目をしていて、完全に我を忘れ取り乱していた。誰に向かって言うのでもなく、呟く。
「応えてやらなくては」
今にも彼女のベッドに飛び込みそうだ。
「ちょっと待て」オレは彼を抑えるのに必死だった。「そんなこと、彼女は望んでいないぞ」
「何故だ?聞こえなかったか?」
うん……まあ気持ちはわからなくもないが…
「いいか、彼女は今眠ってる。眠っている女に…何するつもりだ?」
魔法使いが彼女から目を離すことはなかったが、少しずつ冷静さを取り戻していくのがわかった。
「すまなかった」彼は低い声で言った。「お前がいてよかった」
もしオレが今ここにいなかったら………考えたくもない。
なるべく見ないようにして、急いで毛布を直してやる。彼女がまたもぞもぞと動いた。
何か言いたそうに薄く開いた唇が目に入る。普段からは想像出来ないが、ちょっと色っぽい。
………素早かった。オレには止められなかった。
魔法使いが、彼女の頬にキスしやがったんだ。音もなく、突然に。
お前、盗賊か何かに転職しろよ。
彼はおやすみと呟くと、足早に部屋を出て行った。
オレは彼女の安定した寝息を聞きながら、カーテンを閉めた。
部屋が暗くなったので、急いで外に出た。魔法使いは、もう自分の部屋に戻ってしまっていた。


翌朝、僧侶は少し遅れて朝食に降りてきた。
すごく慌てている。オレたちのところへ遠慮がちに寄ってきた。
「おはよう。あの…昨日、ごめんね」
僧侶はそう言って、魔法使いに本を差し出した。
この本、彼女の部屋に置いたままだったのか。
これが自分の部屋にあることに気がついて、焦っただろうな。
魔法使いは本を受け取ると、続きを読むため目を落とした。
「あの、わたしを部屋まで運んでくれたんだよね?ありがと。重かったよね。ごめんね」
恥ずかしさもあってか、一気に言い切る。
彼はそのまま、いやと答えた。
「魔法使いさんが?…えっと、どうやって運んだの?」
「こう」
魔法使いが顔を上げ、昨夜と同じように子供を抱きかかえるようなしぐさをすると、僧侶は真っ赤になって俯いた。
またも彼女の反応を楽しんでいるようだ。
しかし何だ、そのやらしい手の動きは。
「起こしてくれればよかったのに」
目を伏せたまま、僧侶が言った。
「気持ち良さそうに寝ていたから」
魔法使いは、手をじっと見ている。僧侶に触れた感覚でも思い出しているんだろうか。
僧侶は、ごめんねほんとに、と繰り返した。
「いいよ、疲れてたんだろ?」
オレは笑いながら答えた。
そうだ。それに奴は相応の報酬を得ている。
ひとりだけいい思いをしやがって。
「そういえばさ、何か、夢見てた?」
オレはちょっと意地の悪い質問をした。
「夢?えっ…」僧侶は明らかに動揺している。「わたし…何か寝言とか、言ってた?」
「いや」魔法使いをちらと見ると、彼は本に目を落としたまま全く動かない。視線が文字を追っていないのがわかる。
「幸せそうな寝顔だったからさ」
「そっか…えと、ホントありがと」
僧侶は、朝食の準備を手伝うべく、慌てて奥に引っ込んでしまった。
「悪い夢を見ていたわけではなかったようだな」
魔法使いは何も答えず、ひたすら文字を追っていた。


最近の僧侶は、少し雰囲気が違う。
今日は、丈の短いスカートに挑戦している。攻撃によってはだけど、ちらちらと見えることが……あー…ゲフンゲフン。
先日、ルイーダにこう言われたことを思い出す。
「あの子、衣装のせいなのはわかってるけど皆に褒めてもらえて嬉しい、って。
あんたたち、ちゃんとそういうこと言ってあげてるの?」
まるでオレたちが彼女を大切にしてないみたいじゃないか。ちょっとムッとしたんだけど。
でも、そんなこと改めて言う必要ないと思っていた。
「女は花と同じ。きれいとかかわいいとか、言葉をかけてやるほどキレイな花を咲かせるのよ」
聞いたことがある、と魔法使いが呟いた。
「分かってるんじゃない。ちゃんと言葉にして、言ってあげなさい」
それからオレたちは、少しだけ意識するようになった。
実際、その後僧侶は、今までとは違う雰囲気の装備品に興味を示すようになっていく。
ずっと後の話になるが、とうとうビスチェっていうやつを着てくれるまでになるんだ。
彼女の後ろを歩く魔法使いは、その小さな羽根のついた背中とひらひらした腰と尻とに
悶々とした日々を過ごすことになる。
オレはオレで、簡単には振り返ることが出来なくなり困るわけだが。
「さ、今日は〜この地図!」
天使が丸まった羊皮紙を取り出した。
「おお、宝の地図。久々だな。行くか!」
オレたちは、爽やかな朝の空気のなか、街の門をくぐり新たな冒険へと出発した。

【おわり】
2011年04月04日(月) 01:08:08 Modified by palta




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