主人公×ビアンカ ◆cpGE3te4tc
初めて目にする僕の背中に、ビアンカが息を呑むのが分かった。
空には月。満月に僅かに満たない。月光は強く、星灯りが薄く、視界は開けていた。
見渡す限りの砂漠。その中の、オアシスと呼ぶのも躊躇うような僅かな湿地に、
僕らは二人きりだった。
仲間達はいない。スライムナイトのピエールも、腐った肢体のスミスも、皆砂漠に散っている。
テルパドールの城を探しているのだ。
いつでも傍にいるプックルは、今は船上だ。あの毛皮では、とても砂漠に耐えられない。
正直に言って、砂地に足を踏み入れた時から、期待がなかったと言ったら嘘になる。
僕とビアンカは結婚した。
生意気で勝ち気でおしゃまで、けど新品の金貨よりキラキラの髪をした
幼なじみは、そのまま僕の花嫁になってくれた。
ルドマンさんの計らいで挙げた結婚式。
舞い散る花吹雪越しに見た純白のビアンカは、子供時分に思い描いたどんな景色より綺麗だった。
そして、あの夜。
遠く喧噪を、燭台で焦げる蝋燭の芯の音を、互いの鼓動と呼吸を、二人共有して過ごした夜。
その夜の記憶は、今はどこか遠い。まだたった半月しか経っていないのに、
まるで子供の頃に過ごした妖精の国での出来事のように、曖昧に薄まってしまった。
ただ性急で、夢中だったことしか覚えていない。
翌朝のことも、ビアンカと話した言葉より、二日酔いで酷い有様になってしまった
仲間達とのてんやわんやのほうが、やっぱり強く思い出せた。
それからの、船での旅。
部屋は一緒だったけれど、二人きりになれる機会はほとんどなかった。
大抵どちらかが見張りや船の操縦をしていたし、そうでなければ仲間の誰かが居た。
たまに二人きりになると、今度は何も言えなくなって、バカみたいに
お互いを見つめ合ったまま時間ばかりが流れた。
けれど、そのただ見つめ合うだけの時間で、僕もビアンカも、互いの気持ちを分かり合った。
少なくとも、僕はそう思う。
ビアンカは僕を嫌がらない。
そう思えるだけの自信を、僕はビアンカにもらった。
だから、砂に足を埋めながら、正直、僕は浅ましくも期待した。
この広大な砂漠なら、僕らはまたお互いにふれあえるんじゃないか、と。
砂漠に降り立ったのは昼だった。城を探そうとする努力は、1時間もしないうちに諦めた。
暑すぎるのだ。
暑さに強いスライム族のスラリンも、船に戻る頃には溶けかけてドロドロしてた。
探索は、日が沈んでから。
ピエールや魔法使いのマーリンと相談した結果、そう結論を出した。
仲間達を何組かに分けて、各グループに魔法を使える人員を入れる。
それぞれ各方角に分かれ、もし城を見つけたら、メラやイオを空中に投げて合図する。
僕は、ビアンカと二人だけで組んだ。
ピエールもマーリンも、それを当たり前と受け止めてくるのが、照れくさくて嬉しかった。
夕日を合図に出発したとき、僕もビアンカもおしゃべりだった。
ビアンカはいつだっておしゃべりだったけど、今日はいつもの2倍はよく舌が回って、時に聞き取れないほどだった。
僕だって沢山しゃべった。
「涼しくなったね」なんて百回くらい言ったんじゃないだろうか。
不意にお互い言葉が切れると、どうにも居ても経ってもいられなかった。
沈黙が触れるくらい重くって、息が止まるくらい濃くって、二人慌てて「城ってどこかな」なんて大声をはもらせたりした。
「そう、それでさ、その時かあさんたらさ、酒樽をひっくり返して……っ」
3回目か4回目のおばさんの話の途中、ビアンカが砂に足を取られた。
手を伸ばす。僕の二の腕を、ビアンカの細い指が掴む。結った髪が胸板に当たって弾む。
匂いが薫る。
「あ、ありがとう、あの……」
「………」
二人とも、続く言葉が出なかった。
ううん。大丈夫。足下気をつけて。砂が冷えて重くなって来たね。
言葉が頭を回るのに、唇が動かない。空気が急に薄くなったような気がした。
きゅ、と腕についた指に力がこもる。ビアンカの耳が赤い。目が潤んで唇が震えてる。
そのくせ、怖がってなんかないと視線だけは強くて。
そこにいるのは、レヌール城の廊下で、怖いくせに僕を励ましてくれたあの金色の女の子だった。
心臓は相変わらずバクバク鳴って、耳元で血がドクドク言っているのに、声だけは震えずに出た。
「向こうに、少しだけ座れそうなところがあるから。そこで、少し休もう?」
さっきまでのおしゃべりが嘘みたいに、僕らは並んで月を眺めた。
時折星が流れても、それすら口には出さなかった。
呼吸の数をきっちり百まで数えたら、僕から声をかけよう。
そう決めて、92まで数えた時だった。
「あのねっ」
思いの外大きな声だった。驚いてそちらを向くと、ビアンカは立てた両膝を強く
抱いて、真剣な目をつま先に貼り付けて、真っ赤な顔で、言っていた。
「別にね、嫌なわけじゃないの。避けてなんかいないし、逃げるつもりなんて全然ないわ。
この間、って言っても半月も前だけど、あのときだって……そりゃ、何にも
できなかったけど、それは、だってしょうがないじゃない初めてなんだもん」
「ビアンカ」
「だから、努力っていうか、慣れっていうか、おいおいあたしだってどうにか
できるようになっていくだろうし、それまでは我慢っていうか」
「ビアンカ」
少し強く名前を呼ぶと、バギマみたいだったビアンカの言葉が急に止まる。
僕は、何を言うべきか困って、迷って、逡巡して、やっと口を開いた。
「……触っても、いいかな」
ビアンカは瞬きを一つした。それから小さく苦笑した。
「そんなこと、今更聞くこと? ほんと、あんたって」
苦笑が、ふんわりした笑みに変わって、それからビアンカが体ごと僕に向き直った。
細い両手が、僕に向かって伸びてくる。頬を柔らかく挟まれる。
「あぁ、でもそれがあんたなのよね。ずっとずっと変わらない。
ねぇ、触ってもいいわ。触りたいなら、いくらでも。
でも、代わりにお願い」
ビアンカの睫が、ゆっくりと伏せられる。花の色の唇が近づいてくる。
「ねぇ、あたしを抱いてちょうだい?」
ビアンカと僕のマントを、重ねるようにして地面に広げる。
その僕の背中に、ビアンカが抱きついてくる。衣服越し、柔らかな胸が潰れる。
「なに?」
躊躇う気配を感じて、できるだけゆっくり問いかける。ビアンカが頬を僕の背にこすりつけた。
「あのね、嫌だったら、嫌って言ってほしいんだけど」
「うん」
「……背中、見てもいい?」
僕は振り返った。肩越しに、見上げる青い双眸が見えた。苦笑する。
「いいよ」
ビアンカが、安堵のような苦痛のような、複雑な顔をする。そんな彼女の額に僕はキスをした。
ビアンカの両手がおずおずと上着をたくし上げた。
その手が途中で止まる。鋭く息を呑む音がする。
僕は無言でビアンカの手を上着から外し、そのまま脱ぎ捨てた。パサっと乾いた音がした。
ビアンカの指が、背中をなぞる。でこぼことした、荒れた肌だ。
そこには、無数の傷がある。以前、一度だけ鏡で見たが、二度と見る気のしないような代物だった。
鞭の痕。一度裂かれた傷跡の上から、治る間もなく鞭打たれ、抉れ、時に火を押しつけられた事もあった。
どんな魔法も、薬草も、この傷を癒すことはできないだろうと、修道院で言われた。
別に構わないと思った。背中を人に見せる機会なんてそう多くはないし、
これで僕を嫌うなら嫌えばいいと思った。
でも今は、できるなら不気味に思わないで欲しいと、ビアンカの目に、少しでもマシに映って欲しいと切に願った。
その、大の男でも目をそらすような背に、ふいに柔らかな何かが当たった。
それは優しく押しつけられ、傷跡をなぞるように場所を変え、何度も何度も、雨のように背中中に降った。
「ビアンカ」
「あんたにこんな事をした連中を、あたしは絶対に許さないわ」
涙に濡れた声。同じく濡れた頬が、背中にこすりつけられる。
でこぼこの傷が、彼女の頬を傷つけないかと心配になった。傷つけたくないと真摯に思った。
僕だけじゃない、世界中の何かが、ビアンカを傷つけ悲しませるのを許せないと思った。
「あんたを傷つけるのも、悲しませるのも絶対に許さない。世界中の何だってよ」
両腕を前に回して、僕を強く抱きしめながら囁くビアンカに、情けなくも目頭が熱くなった。
治らないと言われた背中の傷が、全部消えてなくなったような気がした。
「ありがとう」
思わず言葉に出ていた。
「なによ、急に」
「ううん、ただ言いたかったんだ。すごく、僕は幸せだなって思って」
ぎゅ、とビアンカの両手に力がこもった。どん。と背中に衝撃。
「いて」
「何よ」
背中に頭突きしたビアンカが、そのままおでこをぐりぐりと擦りつけてくる。
「何よ何よ、あんたばっかり幸せみたいに言って。あたしだって、あたしだって……」
「うん、そうだね。僕ばっかりじゃ不公平だ。ビアンカを幸せにするように、僕も頑張るから」
「そうじゃないわよ!」
今度は手で胸をぺちんと叩かれる。
でも、叩いた場所を、手の平はすぐに優しく撫でた。何度も、何度も。叩いてない場所まで、繰り返し。
「……あたしは、ちゃんと幸せにしてもらってるわ」
そうかな。僕の方が、ずっとずっと幸せだと思うけど。
口には出さなかったのに、ビアンカは感づいたみたいだった。優しかった手が止まる。
「……信じないのね。いーわよ。ならちゃんと分からせてやるんだから」
妙に勝ち気な口調。ビアンカらしい、と苦笑が漏れた。その拍子に、あぐらをかいた両脚が目に入る。
ビアンカの両手は、その両脚の間に落ちてきた。
「こ、この間は、ぜんぜん何にもできなかったけど。あたしだって、ちゃんと……」
「え、あの……」
「あんたはずっとあたしに気を遣って、その、悦くしようとしてくれて、
おかげで、ちょっとは痛かったけど、でもちゃんと、気持ち良かったし」
「その、ビアンカ」
「でも、あんたはひたすら緊張してただけで、なんか、悦さそうじゃなかったから」
ビアンカの手が、震えながら僕の服をたくし上げる。
「だから、あたしも……その、あたしだって。ちゃんと、するもの」
背中に抱きついたまま、ビアンカは手探りで服を捲り、下帯を取り去った。
あの夜、シーツを握りしめて震えてた白い指が、今は僕自身にまとわりついてる。
それはすっかり形を変えて、自分で見ても気色悪いぐらいに膨らんでる。
赤黒い肉に、白い、細い、華奢な指が回って、手の平が包んで。
ふいに、先端がびくんと震えた。その拍子に親指が括れを擦って、僕とビアンカは同時に息を詰めた。
「あ、あの、ごめんね。ちゃんと、ちゃんとやるから、ちゃんと……」
ビアンカの声が上擦って震えてる。言葉が出なくて首を捻ってビアンカを伺う。
真っ赤な顔。目が合うと、双眸が途端に潤んだ。
勝ち気なビアンカ。意地っ張りで可愛いビアンカ。
震える唇に、首を伸ばしてキスをする。手の中で性器がこすれてびくびく震える。
思わずというように逃げかけるビアンカの両手を、外側から包んで捕まえた。
「ごめん、ビアンカ。じゃあ、手、貸して貰ってもいい?」
囁くと、涙の浮いた、それでも強気な目で、ビアンカが頷いた。
「っは」
ビアンカの両手ごと自身を包んで、根本から扱き上げる。
細い指が戸惑うように揺れるのや、時々きゅっと窄まるのが気持ちいい。
ビアンカの片手を掴んで、そこに亀頭を押しつけると、軟らかな肉が先端の形に窪む。
腰が浮くほど気持ちよくて、夢中で押しつけていると、手の平が亀頭を掴んだ。
指が花の蕾みたいに閉じて僕を包む。その中に夢中で突き入れた。
「っく、ぁ、……っふ」
喉が干上がる。呻きが押さえきれない。頭が真っ白に染まる。
ビアンカに包まれた肉棒と、背中に押しつけられた胸の感触が頭をいっぱいにする。
「ごめ、ん……も、ぉ…っ」
喉奥で呻くと同時に、どくんと僕は爆発した。
どぴゅどぴゅと数回に分けて白濁の液が飛ぶ。体中から力が抜けて、僕は両手をだらりと落とした。
「あ、ごめんビアンカ、手に……」
夢中の余り、思いっきり手に出してしまった。謝ろうとした僕の耳に、ひちゃ、と
濡れた音が響いた。
「ビ、アンカ……」
振り向く。月明かりの中で、足を崩して座るビアンカが、舌を伸ばして手の平を舐めていた。
プックルが、僕らにじゃれつくときみたいに熱心に、一心不乱に。
手の平に溜まった液を啜り、指に飛んだ飛沫を舐め取り、時に唇を潤しながら。
ひちゃ、ひちゃ、ぴちゅ……。
音を立てて、ビアンカが小指を口に含む。根本まで飲み込んで、ゆっくりと引き出す。
そうしながら、僕と目を合わせた。
興奮に潤んだ、赤く淫らな目元。
ちゅぷん……
指の抜けたビアンカの唇に、無我夢中で貪り付いた。
唇を押しつけ、歯列を割って舌を差し入れる。
一瞬鼻に抜ける悪臭と舌を痺れさせる苦みが、背筋に落ちて男根に集中した。
欲しい。
頭の中がそれで一杯になる。
もつれるようにしてマントの上に倒れ込み、夢中でビアンカの服を剥いだ。
息を乱したビアンカが、最後の下着を自分で取り去る。待ちきれずに唇に
噛み付いて、舌を吸い、前歯で噛むと唾液が染み出す。
全て啜り、喉を鳴らして飲み込んだ。
「ふぅ、……くぅん」
生まれたてのビッグアイのような声を上げて、ビアンカが身を捩る。
くねる下肢を片手で押さえつけて、もう一方の手で秘裂を探ると、指先がぬるりと滑った。
「ぁんっ」
ビアンカの細い体がびくりと撓る。ぷるんと形のいい二つの胸が揺れる。
堅くしこって目の前でふるふる揺れる赤い乳首に、吸い寄せられるまま
噛み付くと、ビアンカが高く鳴いて頭を振った。
歯を立てたところを、舐め溶かすように舌で転がすと、両手が僕の頭の後ろに
回って胸元に強く押しつけられる。
汗の匂い、女性の甘い匂いに酔いそうだ。
口いっぱいに乳房を含み、先端を尖らせた舌で潰し、こね回して吸い上げる。
胸の谷間、首筋、鎖骨に舌を滑らせて歯を立て、唇で愛撫する。
その間も、手は下肢を押さえつけ、秘裂を何度も何度もなぞり上げた。
「……ぁ! ぁあんっ」
親指で秘裂の前方、金色の縮毛に包まれた木の実みたいなところを押さえ
つけると、驚くほど高い甘い声をあげてビアンカがのけぞった。
あぁ、そうだ、ここだ。
ここを撫でて、摘んで、囓って……そうしたら、ビアンカは高く鳴くんだ。
遠く霞がかった記憶が蘇る。半月前にそうしたように、僕は親指をそこに押しつけた。
「あ、ぁぁ、あ、あ、あぁんっ! そこ、そこは、やぁ、やめ……てっ」
髪を振り乱してビアンカが鳴く。香りが濃く甘く立ち上る。
発光したように白い肢体に目眩がして、溜まらず手に力がこもった。
「はぁんっ」
ずるりと指先が滑る。誘い込まれるように、中指がビアンカの中に埋まった。
肉が指に絡みつく。熱さに驚いて反射的に抜きかけると、細かい襞がうねりながら
指に縋り付いた。
「っ、ビアンカ……っ」
感触の心地よさに、人差し指と中指の二本を纏めて突き入れる。
指先が狭い肉筒をこじ開ける。指の関節にひだがまとわりつく。指の根本、
薬指との境目の薄い皮膚を下生えと外側のひだが擽る。
「あ、ぁぁ、あ……あぁ。……お願い、おね……がい」
すんすんと鼻を鳴らしながら、うわごとのようにビアンカが呟く。
喉奥で唸って、僕は噛み付くみたいにビアンカに口づけて、指を引き抜き、男根をそこにあてがった。
一息に突き刺す。
「〜〜〜〜〜っ」
僕の口の中で、ビアンカの舌が痙攣する。
苦悶の声を、全部飲み込んで、僕は腰を動かしながら根本まで全て埋め込んだ。
下半身に、ざり、とくすぐったい感触がする。
唇を離し、きつく瞑っていた目を開けると、互いの結合部が見えた。
真っ白い下肢の間に、日焼けした下肢と赤黒い男根が挟まっている。
磨いた金貨色の縮毛に、黒い毛が絡まって一つになってる。
青みさえ帯びた白い下腹部がひくひくと震えるのが分かった。
「……ビアンカ」
今にも動き出しそうな腰を堪えて声をかける。ビアンカの目は茫洋と宙を彷徨っていた。
それが、僕に焦点を結び、瞬きして涙を一粒こぼす。
「………お願い…来て」
囁きと同時に肉壁がぎゅっと僕を絞り上げた。
「あっ、ビ、ビアンカっ」
「あ、あぁんっ! あぁ……あ……はぁぅぅん……っ」
狭い筒に、腰を何度も送り込む。夢中で突いて突いて、奥を抉るように
腰を回すと、組み敷いた肢体が高く悲鳴をあげて跳ね上がった。
ぐちゅぐちゅと濡れた音が響く。強く突き上げるとぱんと乾いた音が上がる。
背中に回された手がきつく爪を立て、傷を付けるのすら心地良い。
もっと、もっと………。
背中中がビアンカのつけた傷跡で一杯になればいいと思った。
「あぁぁぁっっ、もぉ、もぅ……だめっ…お、願い…おねがいっ!」
ひときわ強く爪が背中を抉る。
痛みに後押しされるように、腰をビアンカの奥の奥までねじ込んだ。
「あ、ああぁぁあぁんっ!」
「……っく、ぁっ」
同時に声を上げて、僕らはお互いを堅く堅く抱きしめ合った。
「傷、つけちゃったね」
湿地の上に腰を下ろして、ビアンカがごめんと小さく呟いた。
「ん?」
「背中」
言って、細い指で傷をなぞる。ぴくんと肩を揺らすと、ビアンカの顔が曇った。
「ホイ……」
呪文を紡ごうとするのを、口づけで止める。
「このままでいいよ」
「でも……」
「いいんだ」
尚も不満そうな彼女を、両腕の中に閉じこめる。抵抗せず、ビアンカはくたんと体を預けた。
「あたし、嘘吐きだわ」
ぽつりとビアンカが言った。
「あんたを傷つけるのは誰にも許さない、なんて言ったくせに、自分で傷つけてる。
でもね、それを後悔もしてないのよ。
むしろ、もっと一杯傷を付けてあげたいような気持ちになるの。
傷を付けて……その数だけ、キスをしたくなるのよ」
僕はビアンカの髪を撫でた。少し砂の混じってしまった金色の髪。
指の間に、さらさらと絹糸の感触を楽しみながら考える。
背中一面についた傷に、口づけるビアンカを。
「うん。そうだね。……そうしてくれたら、僕も幸せな気がする」
それは、この世で一番幸せな光景のような気がした。
終
空には月。満月に僅かに満たない。月光は強く、星灯りが薄く、視界は開けていた。
見渡す限りの砂漠。その中の、オアシスと呼ぶのも躊躇うような僅かな湿地に、
僕らは二人きりだった。
仲間達はいない。スライムナイトのピエールも、腐った肢体のスミスも、皆砂漠に散っている。
テルパドールの城を探しているのだ。
いつでも傍にいるプックルは、今は船上だ。あの毛皮では、とても砂漠に耐えられない。
正直に言って、砂地に足を踏み入れた時から、期待がなかったと言ったら嘘になる。
僕とビアンカは結婚した。
生意気で勝ち気でおしゃまで、けど新品の金貨よりキラキラの髪をした
幼なじみは、そのまま僕の花嫁になってくれた。
ルドマンさんの計らいで挙げた結婚式。
舞い散る花吹雪越しに見た純白のビアンカは、子供時分に思い描いたどんな景色より綺麗だった。
そして、あの夜。
遠く喧噪を、燭台で焦げる蝋燭の芯の音を、互いの鼓動と呼吸を、二人共有して過ごした夜。
その夜の記憶は、今はどこか遠い。まだたった半月しか経っていないのに、
まるで子供の頃に過ごした妖精の国での出来事のように、曖昧に薄まってしまった。
ただ性急で、夢中だったことしか覚えていない。
翌朝のことも、ビアンカと話した言葉より、二日酔いで酷い有様になってしまった
仲間達とのてんやわんやのほうが、やっぱり強く思い出せた。
それからの、船での旅。
部屋は一緒だったけれど、二人きりになれる機会はほとんどなかった。
大抵どちらかが見張りや船の操縦をしていたし、そうでなければ仲間の誰かが居た。
たまに二人きりになると、今度は何も言えなくなって、バカみたいに
お互いを見つめ合ったまま時間ばかりが流れた。
けれど、そのただ見つめ合うだけの時間で、僕もビアンカも、互いの気持ちを分かり合った。
少なくとも、僕はそう思う。
ビアンカは僕を嫌がらない。
そう思えるだけの自信を、僕はビアンカにもらった。
だから、砂に足を埋めながら、正直、僕は浅ましくも期待した。
この広大な砂漠なら、僕らはまたお互いにふれあえるんじゃないか、と。
砂漠に降り立ったのは昼だった。城を探そうとする努力は、1時間もしないうちに諦めた。
暑すぎるのだ。
暑さに強いスライム族のスラリンも、船に戻る頃には溶けかけてドロドロしてた。
探索は、日が沈んでから。
ピエールや魔法使いのマーリンと相談した結果、そう結論を出した。
仲間達を何組かに分けて、各グループに魔法を使える人員を入れる。
それぞれ各方角に分かれ、もし城を見つけたら、メラやイオを空中に投げて合図する。
僕は、ビアンカと二人だけで組んだ。
ピエールもマーリンも、それを当たり前と受け止めてくるのが、照れくさくて嬉しかった。
夕日を合図に出発したとき、僕もビアンカもおしゃべりだった。
ビアンカはいつだっておしゃべりだったけど、今日はいつもの2倍はよく舌が回って、時に聞き取れないほどだった。
僕だって沢山しゃべった。
「涼しくなったね」なんて百回くらい言ったんじゃないだろうか。
不意にお互い言葉が切れると、どうにも居ても経ってもいられなかった。
沈黙が触れるくらい重くって、息が止まるくらい濃くって、二人慌てて「城ってどこかな」なんて大声をはもらせたりした。
「そう、それでさ、その時かあさんたらさ、酒樽をひっくり返して……っ」
3回目か4回目のおばさんの話の途中、ビアンカが砂に足を取られた。
手を伸ばす。僕の二の腕を、ビアンカの細い指が掴む。結った髪が胸板に当たって弾む。
匂いが薫る。
「あ、ありがとう、あの……」
「………」
二人とも、続く言葉が出なかった。
ううん。大丈夫。足下気をつけて。砂が冷えて重くなって来たね。
言葉が頭を回るのに、唇が動かない。空気が急に薄くなったような気がした。
きゅ、と腕についた指に力がこもる。ビアンカの耳が赤い。目が潤んで唇が震えてる。
そのくせ、怖がってなんかないと視線だけは強くて。
そこにいるのは、レヌール城の廊下で、怖いくせに僕を励ましてくれたあの金色の女の子だった。
心臓は相変わらずバクバク鳴って、耳元で血がドクドク言っているのに、声だけは震えずに出た。
「向こうに、少しだけ座れそうなところがあるから。そこで、少し休もう?」
さっきまでのおしゃべりが嘘みたいに、僕らは並んで月を眺めた。
時折星が流れても、それすら口には出さなかった。
呼吸の数をきっちり百まで数えたら、僕から声をかけよう。
そう決めて、92まで数えた時だった。
「あのねっ」
思いの外大きな声だった。驚いてそちらを向くと、ビアンカは立てた両膝を強く
抱いて、真剣な目をつま先に貼り付けて、真っ赤な顔で、言っていた。
「別にね、嫌なわけじゃないの。避けてなんかいないし、逃げるつもりなんて全然ないわ。
この間、って言っても半月も前だけど、あのときだって……そりゃ、何にも
できなかったけど、それは、だってしょうがないじゃない初めてなんだもん」
「ビアンカ」
「だから、努力っていうか、慣れっていうか、おいおいあたしだってどうにか
できるようになっていくだろうし、それまでは我慢っていうか」
「ビアンカ」
少し強く名前を呼ぶと、バギマみたいだったビアンカの言葉が急に止まる。
僕は、何を言うべきか困って、迷って、逡巡して、やっと口を開いた。
「……触っても、いいかな」
ビアンカは瞬きを一つした。それから小さく苦笑した。
「そんなこと、今更聞くこと? ほんと、あんたって」
苦笑が、ふんわりした笑みに変わって、それからビアンカが体ごと僕に向き直った。
細い両手が、僕に向かって伸びてくる。頬を柔らかく挟まれる。
「あぁ、でもそれがあんたなのよね。ずっとずっと変わらない。
ねぇ、触ってもいいわ。触りたいなら、いくらでも。
でも、代わりにお願い」
ビアンカの睫が、ゆっくりと伏せられる。花の色の唇が近づいてくる。
「ねぇ、あたしを抱いてちょうだい?」
ビアンカと僕のマントを、重ねるようにして地面に広げる。
その僕の背中に、ビアンカが抱きついてくる。衣服越し、柔らかな胸が潰れる。
「なに?」
躊躇う気配を感じて、できるだけゆっくり問いかける。ビアンカが頬を僕の背にこすりつけた。
「あのね、嫌だったら、嫌って言ってほしいんだけど」
「うん」
「……背中、見てもいい?」
僕は振り返った。肩越しに、見上げる青い双眸が見えた。苦笑する。
「いいよ」
ビアンカが、安堵のような苦痛のような、複雑な顔をする。そんな彼女の額に僕はキスをした。
ビアンカの両手がおずおずと上着をたくし上げた。
その手が途中で止まる。鋭く息を呑む音がする。
僕は無言でビアンカの手を上着から外し、そのまま脱ぎ捨てた。パサっと乾いた音がした。
ビアンカの指が、背中をなぞる。でこぼことした、荒れた肌だ。
そこには、無数の傷がある。以前、一度だけ鏡で見たが、二度と見る気のしないような代物だった。
鞭の痕。一度裂かれた傷跡の上から、治る間もなく鞭打たれ、抉れ、時に火を押しつけられた事もあった。
どんな魔法も、薬草も、この傷を癒すことはできないだろうと、修道院で言われた。
別に構わないと思った。背中を人に見せる機会なんてそう多くはないし、
これで僕を嫌うなら嫌えばいいと思った。
でも今は、できるなら不気味に思わないで欲しいと、ビアンカの目に、少しでもマシに映って欲しいと切に願った。
その、大の男でも目をそらすような背に、ふいに柔らかな何かが当たった。
それは優しく押しつけられ、傷跡をなぞるように場所を変え、何度も何度も、雨のように背中中に降った。
「ビアンカ」
「あんたにこんな事をした連中を、あたしは絶対に許さないわ」
涙に濡れた声。同じく濡れた頬が、背中にこすりつけられる。
でこぼこの傷が、彼女の頬を傷つけないかと心配になった。傷つけたくないと真摯に思った。
僕だけじゃない、世界中の何かが、ビアンカを傷つけ悲しませるのを許せないと思った。
「あんたを傷つけるのも、悲しませるのも絶対に許さない。世界中の何だってよ」
両腕を前に回して、僕を強く抱きしめながら囁くビアンカに、情けなくも目頭が熱くなった。
治らないと言われた背中の傷が、全部消えてなくなったような気がした。
「ありがとう」
思わず言葉に出ていた。
「なによ、急に」
「ううん、ただ言いたかったんだ。すごく、僕は幸せだなって思って」
ぎゅ、とビアンカの両手に力がこもった。どん。と背中に衝撃。
「いて」
「何よ」
背中に頭突きしたビアンカが、そのままおでこをぐりぐりと擦りつけてくる。
「何よ何よ、あんたばっかり幸せみたいに言って。あたしだって、あたしだって……」
「うん、そうだね。僕ばっかりじゃ不公平だ。ビアンカを幸せにするように、僕も頑張るから」
「そうじゃないわよ!」
今度は手で胸をぺちんと叩かれる。
でも、叩いた場所を、手の平はすぐに優しく撫でた。何度も、何度も。叩いてない場所まで、繰り返し。
「……あたしは、ちゃんと幸せにしてもらってるわ」
そうかな。僕の方が、ずっとずっと幸せだと思うけど。
口には出さなかったのに、ビアンカは感づいたみたいだった。優しかった手が止まる。
「……信じないのね。いーわよ。ならちゃんと分からせてやるんだから」
妙に勝ち気な口調。ビアンカらしい、と苦笑が漏れた。その拍子に、あぐらをかいた両脚が目に入る。
ビアンカの両手は、その両脚の間に落ちてきた。
「こ、この間は、ぜんぜん何にもできなかったけど。あたしだって、ちゃんと……」
「え、あの……」
「あんたはずっとあたしに気を遣って、その、悦くしようとしてくれて、
おかげで、ちょっとは痛かったけど、でもちゃんと、気持ち良かったし」
「その、ビアンカ」
「でも、あんたはひたすら緊張してただけで、なんか、悦さそうじゃなかったから」
ビアンカの手が、震えながら僕の服をたくし上げる。
「だから、あたしも……その、あたしだって。ちゃんと、するもの」
背中に抱きついたまま、ビアンカは手探りで服を捲り、下帯を取り去った。
あの夜、シーツを握りしめて震えてた白い指が、今は僕自身にまとわりついてる。
それはすっかり形を変えて、自分で見ても気色悪いぐらいに膨らんでる。
赤黒い肉に、白い、細い、華奢な指が回って、手の平が包んで。
ふいに、先端がびくんと震えた。その拍子に親指が括れを擦って、僕とビアンカは同時に息を詰めた。
「あ、あの、ごめんね。ちゃんと、ちゃんとやるから、ちゃんと……」
ビアンカの声が上擦って震えてる。言葉が出なくて首を捻ってビアンカを伺う。
真っ赤な顔。目が合うと、双眸が途端に潤んだ。
勝ち気なビアンカ。意地っ張りで可愛いビアンカ。
震える唇に、首を伸ばしてキスをする。手の中で性器がこすれてびくびく震える。
思わずというように逃げかけるビアンカの両手を、外側から包んで捕まえた。
「ごめん、ビアンカ。じゃあ、手、貸して貰ってもいい?」
囁くと、涙の浮いた、それでも強気な目で、ビアンカが頷いた。
「っは」
ビアンカの両手ごと自身を包んで、根本から扱き上げる。
細い指が戸惑うように揺れるのや、時々きゅっと窄まるのが気持ちいい。
ビアンカの片手を掴んで、そこに亀頭を押しつけると、軟らかな肉が先端の形に窪む。
腰が浮くほど気持ちよくて、夢中で押しつけていると、手の平が亀頭を掴んだ。
指が花の蕾みたいに閉じて僕を包む。その中に夢中で突き入れた。
「っく、ぁ、……っふ」
喉が干上がる。呻きが押さえきれない。頭が真っ白に染まる。
ビアンカに包まれた肉棒と、背中に押しつけられた胸の感触が頭をいっぱいにする。
「ごめ、ん……も、ぉ…っ」
喉奥で呻くと同時に、どくんと僕は爆発した。
どぴゅどぴゅと数回に分けて白濁の液が飛ぶ。体中から力が抜けて、僕は両手をだらりと落とした。
「あ、ごめんビアンカ、手に……」
夢中の余り、思いっきり手に出してしまった。謝ろうとした僕の耳に、ひちゃ、と
濡れた音が響いた。
「ビ、アンカ……」
振り向く。月明かりの中で、足を崩して座るビアンカが、舌を伸ばして手の平を舐めていた。
プックルが、僕らにじゃれつくときみたいに熱心に、一心不乱に。
手の平に溜まった液を啜り、指に飛んだ飛沫を舐め取り、時に唇を潤しながら。
ひちゃ、ひちゃ、ぴちゅ……。
音を立てて、ビアンカが小指を口に含む。根本まで飲み込んで、ゆっくりと引き出す。
そうしながら、僕と目を合わせた。
興奮に潤んだ、赤く淫らな目元。
ちゅぷん……
指の抜けたビアンカの唇に、無我夢中で貪り付いた。
唇を押しつけ、歯列を割って舌を差し入れる。
一瞬鼻に抜ける悪臭と舌を痺れさせる苦みが、背筋に落ちて男根に集中した。
欲しい。
頭の中がそれで一杯になる。
もつれるようにしてマントの上に倒れ込み、夢中でビアンカの服を剥いだ。
息を乱したビアンカが、最後の下着を自分で取り去る。待ちきれずに唇に
噛み付いて、舌を吸い、前歯で噛むと唾液が染み出す。
全て啜り、喉を鳴らして飲み込んだ。
「ふぅ、……くぅん」
生まれたてのビッグアイのような声を上げて、ビアンカが身を捩る。
くねる下肢を片手で押さえつけて、もう一方の手で秘裂を探ると、指先がぬるりと滑った。
「ぁんっ」
ビアンカの細い体がびくりと撓る。ぷるんと形のいい二つの胸が揺れる。
堅くしこって目の前でふるふる揺れる赤い乳首に、吸い寄せられるまま
噛み付くと、ビアンカが高く鳴いて頭を振った。
歯を立てたところを、舐め溶かすように舌で転がすと、両手が僕の頭の後ろに
回って胸元に強く押しつけられる。
汗の匂い、女性の甘い匂いに酔いそうだ。
口いっぱいに乳房を含み、先端を尖らせた舌で潰し、こね回して吸い上げる。
胸の谷間、首筋、鎖骨に舌を滑らせて歯を立て、唇で愛撫する。
その間も、手は下肢を押さえつけ、秘裂を何度も何度もなぞり上げた。
「……ぁ! ぁあんっ」
親指で秘裂の前方、金色の縮毛に包まれた木の実みたいなところを押さえ
つけると、驚くほど高い甘い声をあげてビアンカがのけぞった。
あぁ、そうだ、ここだ。
ここを撫でて、摘んで、囓って……そうしたら、ビアンカは高く鳴くんだ。
遠く霞がかった記憶が蘇る。半月前にそうしたように、僕は親指をそこに押しつけた。
「あ、ぁぁ、あ、あ、あぁんっ! そこ、そこは、やぁ、やめ……てっ」
髪を振り乱してビアンカが鳴く。香りが濃く甘く立ち上る。
発光したように白い肢体に目眩がして、溜まらず手に力がこもった。
「はぁんっ」
ずるりと指先が滑る。誘い込まれるように、中指がビアンカの中に埋まった。
肉が指に絡みつく。熱さに驚いて反射的に抜きかけると、細かい襞がうねりながら
指に縋り付いた。
「っ、ビアンカ……っ」
感触の心地よさに、人差し指と中指の二本を纏めて突き入れる。
指先が狭い肉筒をこじ開ける。指の関節にひだがまとわりつく。指の根本、
薬指との境目の薄い皮膚を下生えと外側のひだが擽る。
「あ、ぁぁ、あ……あぁ。……お願い、おね……がい」
すんすんと鼻を鳴らしながら、うわごとのようにビアンカが呟く。
喉奥で唸って、僕は噛み付くみたいにビアンカに口づけて、指を引き抜き、男根をそこにあてがった。
一息に突き刺す。
「〜〜〜〜〜っ」
僕の口の中で、ビアンカの舌が痙攣する。
苦悶の声を、全部飲み込んで、僕は腰を動かしながら根本まで全て埋め込んだ。
下半身に、ざり、とくすぐったい感触がする。
唇を離し、きつく瞑っていた目を開けると、互いの結合部が見えた。
真っ白い下肢の間に、日焼けした下肢と赤黒い男根が挟まっている。
磨いた金貨色の縮毛に、黒い毛が絡まって一つになってる。
青みさえ帯びた白い下腹部がひくひくと震えるのが分かった。
「……ビアンカ」
今にも動き出しそうな腰を堪えて声をかける。ビアンカの目は茫洋と宙を彷徨っていた。
それが、僕に焦点を結び、瞬きして涙を一粒こぼす。
「………お願い…来て」
囁きと同時に肉壁がぎゅっと僕を絞り上げた。
「あっ、ビ、ビアンカっ」
「あ、あぁんっ! あぁ……あ……はぁぅぅん……っ」
狭い筒に、腰を何度も送り込む。夢中で突いて突いて、奥を抉るように
腰を回すと、組み敷いた肢体が高く悲鳴をあげて跳ね上がった。
ぐちゅぐちゅと濡れた音が響く。強く突き上げるとぱんと乾いた音が上がる。
背中に回された手がきつく爪を立て、傷を付けるのすら心地良い。
もっと、もっと………。
背中中がビアンカのつけた傷跡で一杯になればいいと思った。
「あぁぁぁっっ、もぉ、もぅ……だめっ…お、願い…おねがいっ!」
ひときわ強く爪が背中を抉る。
痛みに後押しされるように、腰をビアンカの奥の奥までねじ込んだ。
「あ、ああぁぁあぁんっ!」
「……っく、ぁっ」
同時に声を上げて、僕らはお互いを堅く堅く抱きしめ合った。
「傷、つけちゃったね」
湿地の上に腰を下ろして、ビアンカがごめんと小さく呟いた。
「ん?」
「背中」
言って、細い指で傷をなぞる。ぴくんと肩を揺らすと、ビアンカの顔が曇った。
「ホイ……」
呪文を紡ごうとするのを、口づけで止める。
「このままでいいよ」
「でも……」
「いいんだ」
尚も不満そうな彼女を、両腕の中に閉じこめる。抵抗せず、ビアンカはくたんと体を預けた。
「あたし、嘘吐きだわ」
ぽつりとビアンカが言った。
「あんたを傷つけるのは誰にも許さない、なんて言ったくせに、自分で傷つけてる。
でもね、それを後悔もしてないのよ。
むしろ、もっと一杯傷を付けてあげたいような気持ちになるの。
傷を付けて……その数だけ、キスをしたくなるのよ」
僕はビアンカの髪を撫でた。少し砂の混じってしまった金色の髪。
指の間に、さらさらと絹糸の感触を楽しみながら考える。
背中一面についた傷に、口づけるビアンカを。
「うん。そうだね。……そうしてくれたら、僕も幸せな気がする」
それは、この世で一番幸せな光景のような気がした。
終
2008年12月27日(土) 21:03:58 Modified by test66test