風呂

風呂

「あー、気持ちいい…。」
風呂場でシャワーを浴びながら天使は自分の身体だけではなく心まで洗われていくのを感じていた。

「天使…。」
風呂場の入り口から賢者が顔を出す。

「あの……背中流してあげようか?」

「ああ、お願いします。」
天使に即答され賢者は少し面食らう。
彼女はバスタオルを体に巻いてはいたが天使は赤面もせず、自分の髪を洗い始めた。

彼の背中を流しながら賢者は自分の身体を眺め考えた。

彼が自分に欲情しないのは自分を女だと認識してもらってないからではないのだろうか……。
彼女の身体は、年頃の少女にしてはスレンダーでどちらかというと
華奢で腕も脚も細く子供に近い。

しかし、パラディンには及ばないものの胸は一応並み以上ある。

彼はドミールに向かう途中にあった温泉に皆で入った時も躊躇なく
パラディンに背中を流してもらっていた。

天使には性欲はないのだろうか?
いや、「天使」という種族があり天使にも家族がいたことを鑑みるとそれはないだろう。

悶々と煮え切らない想いを抱えながら賢者は優しく天使の背中を流してあげた。

初夜

風呂に入って着替えた後、二人はグビアナの市場で朝食を食べ、
市場を見て回り買い物をし、情熱的な踊り子のダンスに興奮する観客に交じって声を上げ、酒を煽り、大いに食べた。

日が落ちて宿をとり先に天使が宿の風呂場に向かい彼が帰ってきた後
賢者も風呂に行きシャワーを浴びていた。

楽しい時間はあっという間に過ぎてしまい、賢者は今日の出来事を思い返していた。
こんなにも清々しい、体が軽くなったのはいつ以来だろうか。

楽しい時間の余韻に浸りたかったが彼女はまだ満足しきれていなかった。
二人きりの時間はもうあまり残されていない。

明日になれば天使はパラディンと魔法戦士のところに戻ろうというだろう。

今日はまたとないチャンスだ。両思いになってデートをして今夜は二人きり。
彼女から恋人になる最後のチャンスかもしれない。

だが、先ほどから頭の片隅で嫌な声が自分を執拗に責めている。

「卑怯者、独り善がり、抜け駆けをしている。」

パラディンを出し抜いてしまったことは事実だ。
これ以上天使との関係を深めれば言い訳ができないだろう。

でも天使を立ち直らせて彼が独りではないことを気付かせたのは私だ。
今日ぐらいは自分のエゴで行動しても罰は当たらない。


彼女は執拗に自分を責める声を押し殺すようにそう念じ、嫌な声を心の奥に押し込めてしまった。

「運が良かっただけ。」


嫌な声が最後にそう叱責したが彼女は聞く耳を持たなかった。


シャワーを浴び終え寝室の近づくにつれて心音が自分で感じる程に跳ね上がっていく。

外からはまだ人々が楽しく上げる声が聞こえてくる。
できれば静かな夜に二人きりでしたかったが物事は往々にしてうまく運ばない。


賢者は部屋の前で2、3回深く息を吸って呼吸を整え、
ドアノブに手をかけた。


この部屋に入ると何かが起こるだろう。
体は念入りに洗った。髪も乾かして櫛を通した。
ブラは外して絹のローブの下はショーツだけ。


後は……彼が自分を受け入れてくれるかだ。

期待と不安を胸に彼女は扉を開く。

「ただいまぁ。」
賢者の声が少し上擦る。

カンテラに照らされた薄暗い部屋のベッドに天使はいた。


彼は窓から星空を眺め、その表情は寂しげで
今にも消えてしまいそうな儚さをはらんでいた。

「天使……。」
思わず彼女の口から声が漏れる。


「あ、お帰り。」
天使の顔がこちらを向き、にっこりと笑う。

月明かりに照らされた彼の笑顔は艶っぽく
ときめいてしまった。


もう天使が自分を置いてどこにもいかない。
彼の笑顔から言葉に出さなくても十分賢者には伝わる。


彼女はホッとして最初の目的を思い出しながら天使に近づいた。


「やっぱり天使界は恋しい?」
いそいそとベッドの上の彼の隣に腰掛けながら賢者は聞く。


「……前ほどは寂しくはないよ。」
彼女に微笑みながらも少し寂しそうに天使は答えた。


「賢者が救ってくれたから、もう大丈夫……ただ………。」

「ただ…何?」

「……これから何をすればいいのかわからないんだ。」

自分が天使という存在でなくなった時から漠然と感じていた不安だった。

「解るわ…でも……。」
そう言いながら賢者は彼の隣に寄る。


「貴方はもう自由ってことじゃないかな?これからゆっくり探せばいいのよ。」

「そうだよね。もう僕は………んッ。」

少し強引な、しかしすぐに天使は彼女の求めに応じる。


「三度目だね。」

「ふふっ、これから数えきれないくらいしてあげる。」
続けて頬に触れるだけの優しいキスをしながら賢者は言う。


「次は僕からね。」
天使は賢者の背に手をまわして彼女の体を自分にぴったりと寄せる。
よかった、と賢者は安堵していた。

彼が自分を受け入れてくれてくれたのだ。


「……目閉じてよ。」

天使のその言葉にハッとして彼女は目を閉じる。
恋人とふれ合い幸せをじっくり感じる余裕はないようだ。

もう一度、今度は前よりも長く唇が重なり合う。

「……ハ…ッ。」

「ん―――。」

賢者と天使の声を押し殺す音が響き、相手の唇の柔らかさが優しく脳を刺激する。


しばしの間、頭の角度を何度も変えて唇を味わう。
途中、鼻がぶつかり互いの歯が擦れる。不器用ながらも初々しい愛の形。


程よく満たされたところで天使は少し口を開いて舌を賢者の唇に触れさせた。
天使の舌の感触に賢者は一瞬、躊躇するが彼と同じように舌を出し天使の舌に触れる。


二人の舌先が触れては離れるのを何度か繰り返した後、

唇は擦れ舌が深く絡み合うたびに水っぽい音が漏れる。
口だけではなく賢者は体を天使にもたれかけ、彼の手を握り締めた。


愛する人とふれ合い、求めあう。

彼女はこの幸せに酔いしれて目を閉じると
相手の肌の温もりと柔らかさ、匂いを強く感じられた。
2013年08月16日(金) 13:52:51 Modified by moulinglacia




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