ウィキペディア Wikipedia は、第一位のインターネット百科事典と世間から認知されていますが……。                                                                          ウィキペディアに掲載できない原稿や、真面目な批判的見地からの記事、そのためのウィキペおたく百科事典です。

府中刑務所は、東京都にある、日本最大の刑務所

概要

所在地

東京都府中市晴見町4-10
JR武蔵野線「北府中駅」から徒歩5分
JR中央線「国分寺駅」から府中駅行きバス「晴見町」下車徒歩5分
京王線「京王府中駅」から国分寺駅行きバス「晴見町」下車徒歩5

収容分類級

B級 F級

収容人員

3200人ぐらい

沿革

1790年 老中松平定信の命で、火付け盗賊改長谷川平蔵宣似が隅田川河口に石川島人足寄場を設置したのが、府中刑務所の始まりとされる。
1895年、石川島から、巣鴨村に、監獄が移転
1903年、巣鴨監獄に改名
1922年、巣鴨刑務所になる
1935年、府中に移転し、「府中刑務所」となる
1968年、八王子拘置支所を管轄する
1999年、新庁舎が竣工する

府中刑務所の有名受刑者

徳田球一 (1894年生〜1953年死去)

旧制第七高等学校退学し、日本大学の夜間部を卒業、弁護士になった。1922年、日本共産党結成に参加。1928年直後の2月26日に治安維持法違反で逮捕された。これが直後の三・一五事件のはしりとなる。徳田はそのまま獄中で18年を過ごした。1945年10月10日に、府中刑務所から出所し、日本共産党書記長に就任。
1946年、衆議院議員に当選、以後3期連続当選する。1950年に、レッドパージによる公職追放に遭う。1953年、北京で客死する。故郷の沖縄県名護市で、自民党の市議会議員も含めた賛同のもとで、公費で徳田球一の記念碑が建てられる。

安部譲二 (1937年生〜)

安藤組組員と伝えられている。府中刑務所に「おつとめ」を果たす。1987年に、府中刑務所が舞台の「塀の中の懲りない面々」を文藝春秋社から出版する。1987年に松竹で映画化され、森崎東が監督を勤め、藤竜也が主人公を演じる。柳葉敏郎が実在の赤軍の城崎勉を演じている。1987年にTBSでドラマ化されて続編5本が作られたが、渡瀬恒彦が主人公を演じて、安部譲二本人も、刑務官役で数秒出てくる。

関連項目

コメントをかく


「http://」を含む投稿は禁止されています。

利用規約をご確認のうえご記入下さい

メニューバーA

必要であれば何か書いてください。

どなたでも編集できます