最終更新:ID:h7R8A5gKgg 2007年10月16日(火) 23:06:00履歴
キュトスの姉妹
結界の六十二妹
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2-29ムランカ
結界の六十二妹
およそ自我というものを持たない29番姉妹に肉の器を与えたアルセスはその鼻の稜線を少しだけ顔全体の調和から外し、完全な彼女の美貌を歪めて見せた。
歪むことが彼女に与えられた最初の影響であり、無垢な精神になされた唯一の教育だった。
巨大な岩塊の天辺に放置され、長く立ち尽くしていた彼女の空の精神は最初に生じた僅かな歪みを除いてはまったくの無であり、そこに意識など生じよう筈も無い。
だが、彼女を発見したヘリステラはまず彼女の首の後ろに触れ、その後その艶やかな金髪を摘み、数本を引き抜いた。
その途端、彼女の中にごく小さな精神の萌芽とも呼べるものが形成された。
その後複数の姉妹たちとのコミュニケーションの中で徐々に精神を成熟させていく事になるその姉妹は、古き言葉を用いてインターヴァルと名づけられた。
1-29インターヴァル。彼女はそう呼ばれることになった。
凍りついた水面のように静謐なその精神はあたかも対峙した者の精神を映し出す鏡のようであり、無味乾燥な反応は人形に譬えることができた。幼児のような未成熟、未発達な言葉遣いもあいまってか、姉妹たちの中にはその様を不快に思うものも少なくは無い。
稚拙な言葉しか使いこなせず、複雑な論理など解せぬインターヴァルはしかしその肉体だけは平均的な成人女性のそれとして成長しており、幼少時に与えられた僅かな歪みを除けば充分な美女として通用した。
しかしある美しい姉妹の一人がインターヴァルの美貌よりも自分の美貌がより完璧だと冷ややかに告げ、インターヴァルに罵倒や嫌がらせを始める。幼い精神ゆえに姉たちに可愛がられるインターヴァルは、多くの嫉妬を買っていた。慕っていた姉を奪われたと感じたその妹はインターヴァルに陰湿な嫌がらせを続けた。無垢な精神は次第に内向きに閉じていき、ほのかに芽生え始めていた感情は埋もれてしまう。
更に悪い事に、インターヴァルの美貌がその相手より劣っていた事は事実であった。
相手の姉妹は絶世の美女であり、彼女自身はアルセスが与えた歪みのため絶世の美女には一歩遠い美貌だった。
小ざかしい理屈も、論点をすり替えた反論も、これ以上無いほどに単純な観点から発せられた罵倒だということもあってか、インターヴァルには思いつかなかったのだ。
インターヴァルの心はその冷酷な指摘を甘んじて受け入れ、基点となった彼女の顔のわずかな歪みは致命的なコンプレックスとなってしまう。
陰湿な嫌がらせは狡猾に、極めて巧妙に行われた。当時の姉妹たちの周囲の流動する状況や姉妹間の派閥勢力争いなどもあって、姉たちはインターヴァルに細かく気を配っていることができなかったのだ。
その為、彼女に嫌がらせをしていた姉妹というのはついに分からなかった。
インターヴァル自身が固く口を閉ざしていることも大きく、とにかくそうして成長したインターヴァルは内向的な性格の持ち主になり、語彙や思考能力もやや幼い状態のまま固定された。
だが以前のように他者の浅ましい思考をそのまま映してしまうかのような透徹とした瞳はけして揺らがず、
鏡に譬えられる精神に根本的な変化は見られなかった。
少なくとも、表面的には。
姉妹の周辺状況が落ち着くと同時、彼女への嫌がらせはぱたりと止んだ。
再びインターヴァルにかまうようになった姉たちに、彼女はけして嫌がらせのことは喋らなかった。
そこにいかなる意思が介在したのかは不明だが、とにかく彼女はそうする事を選んだ。
インターヴァルは既に分かれていたいくつかの派閥を気兼ね無く軋轢無く行き来することが出来る数少ない存在だった。頭の回転はやや遅いものの、言われた事を正確にこなす事、言われた事を暗記する事にかけて彼女は傑出した才能を見せていた。その能力を買われ、彼女は姉妹間の技術開発の架け橋、連絡役として重用された。
それぞれ全く個別の方面に適正を見せる姉妹たちの才能・能力はその全貌を把握するものがいなければ全体として効率の良い円滑な運用は不可能だ。ヘリステラ、イストリン、アーザノエルら力のある姉妹を中心に(この頃まだ厳密な姉妹同士の階級は存在していなかった)、その手足となってインターヴァルが各姉妹間の連携を図る。そうした日々が続き、唐突にそれは起こった。
ヲルヴォーレ及び毒花両名との合同研究の最中、インターヴァルは唐突に化粧品を作り出すことを宣言して見せた。化学研究の(古い時代の錬金術)実験の副産物として生まれた幾つかのデータを元に完成した試作品を用いたインターヴァルは、地味だといわれ続けてきたヲルヴォーレを美しい一人の「女」に変えて見せた。
それ以来、インターヴァルは姉妹専属のメイクアップアーティストとして活躍していく。
人型の姉妹のみならず、あらゆる生物のタイプに適応した彼女の肌を
見る目、そして一流の観相学者すらをも上回る高度な観相能力によって、インターヴァルは
その相手に最も有効なメイクを施す。鼻梁の陰影の入り具合で彼女ほど多彩に印象を
操作できる者はそういない。
逆に、全くの別人に変装させたり、絶世の美女を見るに耐えない醜女にすることも
容易い。
さらに、手のつけられない醜い女に対して、彼女はわざわざ美しく見せようとしたりはしない。
彼女はさらに過激に、強烈に醜さを強調させる。だがそうやって極限まで誇張された
醜さはある種の苛烈な引力を発生させる。彼女にとってメイクとは美しくする行為ではなく、
その人物の個性を最大限に引き出すという行為である。
無論、犬型だろうが霧型だろうが無機物だろうが彼女は姉妹である限り、そして
相手が望む限り必ず完璧なメイクを仕上げてみせる。
彼女の「対象の性質を最大限に引き上げる」という能力はまさに自己の認識を頼みに
魔力を操るキュトスの魔女たちにとって魔力の増幅能力でありまた抑制能力
でもあるのだ。
自らの力を恐れるものは彼女に自分をおとなしく見せる化粧を施してもらい、
戦いに赴かんとする姉妹たちは彼女に「戦化粧」を頼むのだという。
かくして彼女は姉妹の中で確固とした地位を確立した。姉妹たちのコミュニティを円滑に活動させるための重要な歯車として動き続ける彼女は、いつしかその内向性を薄れさせ、その鏡のような本質はそのままに、そして幼い挙動や思考もまた変わることは無く、しかしそれでいて確固とした自我を築き上げたのである。
彼女は自身の役割について誇りを持っており、化粧という行為について筆者が尋ねた時などはこのように語っていた。曰く、
「醜いというのは中途半端である状態を指すのよ。極限まで捩れた顔や、
芸術的に崩れた鼻を、凡百の者たちと同列に語れて?」
彼女は精神を抑圧されてきた上にメイクを始めるまでは自己主張を全く行わない姉妹だった。しかしそれまでの期間、彼女はずっと周囲の姉妹を見てきていたのだ。
自分は美しくない、少なくともそれを頼みに、自分の誇りに出来るほどには美しくない。鬱積したコンプレックスは
彼女に延々と問いを投げかけてきた。
何故顔とは、美しさとは自分の心をこれほどまでにささくれ立たせるのだろう。
それについて考える事は彼女に苦痛を齎した。自分は「あの人」よりも美しくない。「あの人」は自分を「劣った女」と呼ぶ。劣っている。自分は美貌において彼女に劣っている。自分よりも醜い姉妹たちは、何かしらの面で自分より優れた点を持っている。
だが、それは何か違う。内面と外面は無関係でないにせよ、やはりどこか根幹が異なっている。
自分の心をこんなにも迷わせる、この問題の要点はなんなのだろう。
「顔」が優れていないと、優れていると、いったいどうだと言うのだ?
容姿についての悩みは始終彼女に付きまとい、彼女はその暗く閉じていたその心の内でずっとその事だけを考え続けていた。
美しいとは何か。容姿のよしあしとはなにか。人は、知性は、何を美しいと感じ、感じた者、美しいと評価された者は何を思うのか。
それは凍りついた水底で必死に足掻く稚魚の激情だった。彼女はその精神の奥底で深く悩み、深く思考することでその心の一番深い場所で煮えたぎる様な決然とした意志を持つようになっていた。
自分は、美に携わる生を送ろう。
結論の出ない自問自答と向き合うため、いつの日か出るかもしれない答えを探すため、インターヴァルは美について研究し、また実践する事を決めたのだ。
その過程で開花した「魔力調整機構」としての役割も、インターヴァルにとっては瑣末なことだった。
彼女にとっては、美を作り、また磨き、あるいは支えることによって接せらるる一瞬の真理じみた何かの感触の方が大切であったからだった。
尚、彼女は決して自分にメイクを施さなかったという。
自分の「美」は原初の時点で既に確定されており、その本質は素のままの自分、すなわち「僅かな歪み」にあるとし、それを誇張する事も隠す事もしなかった。
ある意味彼女の根幹であるその顔。直そうと思えば、彼女ならば簡単に出来るであろう今一歩の美貌。
だが、彼女は自分の力に自分自身がおぼれる事を危惧した。
彼女は生涯決して自分にメイクをしなかったし、した時は自害するとまで明言したのだという。
彼女の消滅に関して、私は語るべき言葉を持たない。
よってこれより先は未定義とする。
歪むことが彼女に与えられた最初の影響であり、無垢な精神になされた唯一の教育だった。
巨大な岩塊の天辺に放置され、長く立ち尽くしていた彼女の空の精神は最初に生じた僅かな歪みを除いてはまったくの無であり、そこに意識など生じよう筈も無い。
だが、彼女を発見したヘリステラはまず彼女の首の後ろに触れ、その後その艶やかな金髪を摘み、数本を引き抜いた。
その途端、彼女の中にごく小さな精神の萌芽とも呼べるものが形成された。
その後複数の姉妹たちとのコミュニケーションの中で徐々に精神を成熟させていく事になるその姉妹は、古き言葉を用いてインターヴァルと名づけられた。
1-29インターヴァル。彼女はそう呼ばれることになった。
凍りついた水面のように静謐なその精神はあたかも対峙した者の精神を映し出す鏡のようであり、無味乾燥な反応は人形に譬えることができた。幼児のような未成熟、未発達な言葉遣いもあいまってか、姉妹たちの中にはその様を不快に思うものも少なくは無い。
稚拙な言葉しか使いこなせず、複雑な論理など解せぬインターヴァルはしかしその肉体だけは平均的な成人女性のそれとして成長しており、幼少時に与えられた僅かな歪みを除けば充分な美女として通用した。
しかしある美しい姉妹の一人がインターヴァルの美貌よりも自分の美貌がより完璧だと冷ややかに告げ、インターヴァルに罵倒や嫌がらせを始める。幼い精神ゆえに姉たちに可愛がられるインターヴァルは、多くの嫉妬を買っていた。慕っていた姉を奪われたと感じたその妹はインターヴァルに陰湿な嫌がらせを続けた。無垢な精神は次第に内向きに閉じていき、ほのかに芽生え始めていた感情は埋もれてしまう。
更に悪い事に、インターヴァルの美貌がその相手より劣っていた事は事実であった。
相手の姉妹は絶世の美女であり、彼女自身はアルセスが与えた歪みのため絶世の美女には一歩遠い美貌だった。
小ざかしい理屈も、論点をすり替えた反論も、これ以上無いほどに単純な観点から発せられた罵倒だということもあってか、インターヴァルには思いつかなかったのだ。
インターヴァルの心はその冷酷な指摘を甘んじて受け入れ、基点となった彼女の顔のわずかな歪みは致命的なコンプレックスとなってしまう。
陰湿な嫌がらせは狡猾に、極めて巧妙に行われた。当時の姉妹たちの周囲の流動する状況や姉妹間の派閥勢力争いなどもあって、姉たちはインターヴァルに細かく気を配っていることができなかったのだ。
その為、彼女に嫌がらせをしていた姉妹というのはついに分からなかった。
インターヴァル自身が固く口を閉ざしていることも大きく、とにかくそうして成長したインターヴァルは内向的な性格の持ち主になり、語彙や思考能力もやや幼い状態のまま固定された。
だが以前のように他者の浅ましい思考をそのまま映してしまうかのような透徹とした瞳はけして揺らがず、
鏡に譬えられる精神に根本的な変化は見られなかった。
少なくとも、表面的には。
姉妹の周辺状況が落ち着くと同時、彼女への嫌がらせはぱたりと止んだ。
再びインターヴァルにかまうようになった姉たちに、彼女はけして嫌がらせのことは喋らなかった。
そこにいかなる意思が介在したのかは不明だが、とにかく彼女はそうする事を選んだ。
インターヴァルは既に分かれていたいくつかの派閥を気兼ね無く軋轢無く行き来することが出来る数少ない存在だった。頭の回転はやや遅いものの、言われた事を正確にこなす事、言われた事を暗記する事にかけて彼女は傑出した才能を見せていた。その能力を買われ、彼女は姉妹間の技術開発の架け橋、連絡役として重用された。
それぞれ全く個別の方面に適正を見せる姉妹たちの才能・能力はその全貌を把握するものがいなければ全体として効率の良い円滑な運用は不可能だ。ヘリステラ、イストリン、アーザノエルら力のある姉妹を中心に(この頃まだ厳密な姉妹同士の階級は存在していなかった)、その手足となってインターヴァルが各姉妹間の連携を図る。そうした日々が続き、唐突にそれは起こった。
ヲルヴォーレ及び毒花両名との合同研究の最中、インターヴァルは唐突に化粧品を作り出すことを宣言して見せた。化学研究の(古い時代の錬金術)実験の副産物として生まれた幾つかのデータを元に完成した試作品を用いたインターヴァルは、地味だといわれ続けてきたヲルヴォーレを美しい一人の「女」に変えて見せた。
それ以来、インターヴァルは姉妹専属のメイクアップアーティストとして活躍していく。
人型の姉妹のみならず、あらゆる生物のタイプに適応した彼女の肌を
見る目、そして一流の観相学者すらをも上回る高度な観相能力によって、インターヴァルは
その相手に最も有効なメイクを施す。鼻梁の陰影の入り具合で彼女ほど多彩に印象を
操作できる者はそういない。
逆に、全くの別人に変装させたり、絶世の美女を見るに耐えない醜女にすることも
容易い。
さらに、手のつけられない醜い女に対して、彼女はわざわざ美しく見せようとしたりはしない。
彼女はさらに過激に、強烈に醜さを強調させる。だがそうやって極限まで誇張された
醜さはある種の苛烈な引力を発生させる。彼女にとってメイクとは美しくする行為ではなく、
その人物の個性を最大限に引き出すという行為である。
無論、犬型だろうが霧型だろうが無機物だろうが彼女は姉妹である限り、そして
相手が望む限り必ず完璧なメイクを仕上げてみせる。
彼女の「対象の性質を最大限に引き上げる」という能力はまさに自己の認識を頼みに
魔力を操るキュトスの魔女たちにとって魔力の増幅能力でありまた抑制能力
でもあるのだ。
自らの力を恐れるものは彼女に自分をおとなしく見せる化粧を施してもらい、
戦いに赴かんとする姉妹たちは彼女に「戦化粧」を頼むのだという。
かくして彼女は姉妹の中で確固とした地位を確立した。姉妹たちのコミュニティを円滑に活動させるための重要な歯車として動き続ける彼女は、いつしかその内向性を薄れさせ、その鏡のような本質はそのままに、そして幼い挙動や思考もまた変わることは無く、しかしそれでいて確固とした自我を築き上げたのである。
彼女は自身の役割について誇りを持っており、化粧という行為について筆者が尋ねた時などはこのように語っていた。曰く、
「醜いというのは中途半端である状態を指すのよ。極限まで捩れた顔や、
芸術的に崩れた鼻を、凡百の者たちと同列に語れて?」
彼女は精神を抑圧されてきた上にメイクを始めるまでは自己主張を全く行わない姉妹だった。しかしそれまでの期間、彼女はずっと周囲の姉妹を見てきていたのだ。
自分は美しくない、少なくともそれを頼みに、自分の誇りに出来るほどには美しくない。鬱積したコンプレックスは
彼女に延々と問いを投げかけてきた。
何故顔とは、美しさとは自分の心をこれほどまでにささくれ立たせるのだろう。
それについて考える事は彼女に苦痛を齎した。自分は「あの人」よりも美しくない。「あの人」は自分を「劣った女」と呼ぶ。劣っている。自分は美貌において彼女に劣っている。自分よりも醜い姉妹たちは、何かしらの面で自分より優れた点を持っている。
だが、それは何か違う。内面と外面は無関係でないにせよ、やはりどこか根幹が異なっている。
自分の心をこんなにも迷わせる、この問題の要点はなんなのだろう。
「顔」が優れていないと、優れていると、いったいどうだと言うのだ?
容姿についての悩みは始終彼女に付きまとい、彼女はその暗く閉じていたその心の内でずっとその事だけを考え続けていた。
美しいとは何か。容姿のよしあしとはなにか。人は、知性は、何を美しいと感じ、感じた者、美しいと評価された者は何を思うのか。
それは凍りついた水底で必死に足掻く稚魚の激情だった。彼女はその精神の奥底で深く悩み、深く思考することでその心の一番深い場所で煮えたぎる様な決然とした意志を持つようになっていた。
自分は、美に携わる生を送ろう。
結論の出ない自問自答と向き合うため、いつの日か出るかもしれない答えを探すため、インターヴァルは美について研究し、また実践する事を決めたのだ。
その過程で開花した「魔力調整機構」としての役割も、インターヴァルにとっては瑣末なことだった。
彼女にとっては、美を作り、また磨き、あるいは支えることによって接せらるる一瞬の真理じみた何かの感触の方が大切であったからだった。
尚、彼女は決して自分にメイクを施さなかったという。
自分の「美」は原初の時点で既に確定されており、その本質は素のままの自分、すなわち「僅かな歪み」にあるとし、それを誇張する事も隠す事もしなかった。
ある意味彼女の根幹であるその顔。直そうと思えば、彼女ならば簡単に出来るであろう今一歩の美貌。
だが、彼女は自分の力に自分自身がおぼれる事を危惧した。
彼女は生涯決して自分にメイクをしなかったし、した時は自害するとまで明言したのだという。
彼女の消滅に関して、私は語るべき言葉を持たない。
よってこれより先は未定義とする。
2-29ムランカ

