多人数で神話を創る試み『ゆらぎの神話』の、徹底した用語解説を主眼に置いて作成します。蒐集に於いて一番えげつないサイトです。

×
人物
邪神


概要

草の民をはじめて統一した蛮族の王。その強大な力で版図を広げ、諸国を大いに脅かした。その残虐極まる行いから、後に同族たちの反乱を招く。最終的にはトルハンの戦いにおいて自身の孫であるアルプテギンに討たれた。

その死の後も人々からは邪神として恐れられ、各地に数々の伝説を残している。今でも一部地方では、子供を叱る際に「ハルバンデフが来るよ」という言葉が使われる。 また後世にはイヴン・アムズハンらによって戦術家、戦略家としての再評価が行われる。現在の軍神、風の王といったイメージの多くはこの頃に生まれたものである。

幼少時代は他部族に人質として預けれており、その族長の息子であるカーズガンと親交があった。

ハルバンデフの事績

注:ここにあるハルバンデフの事績は必ずしも時系列順に並んでいるわけではない。

誕生

魔路神群の風の神には、8柱の子供が居た。方角風の四王子と季節風の四王女である。
風の神が王位を退いた時、南風の王子は王位を継ぐ為に人間に受肉した。
風の王ハルバンデフの誕生である。

避雷針を考案したこと

草の民の平原には無数の槍が突き立てられています。槍の長さは人の背丈の倍ほどです。この長い槍が地平線まで整然と並んでいます。
雨の季節になると、それらの槍に雷が落ちます。避雷針代わりです。
これを始めたのは幼年時代のハルバンデフと言われています。
幼年時代のハルバンデフは遊牧民の1人でした。ハルバンデフもおおくの子どもたち同様に羊の世話をしていました。
ある時、その遊牧民たちは雷神の怒りを買いました。それから羊に雷が落ちるようになりました。
遊牧民にとって羊は財産です。羊を殺されては貧しくなるばかりです。
ある時、ハルバンデフは雷が落ちるところに居合わせました。目に焼きつくような光が走った瞬間、ハルバンデフは今日の夕飯は羊だと思いました。しかし、残念なことに雷は羊でなくてそばにあった木に落ちました。ハルバンフは肩を落としました。
その夜、遊牧民の長は皆を集めて雷神を鎮める方法を求めました。良い案を考えた者には長から羊肉が振舞われることになりました。
食い意地の張ったハルバンデフは長に昼間見たことを伝えました。すると長に不謹慎と殴られました。
ハルバンデフは意地汚いだけでなく意固地な性分でもあったので長を見返そうと思いました。それで自分と同じく肋の浮いた食い気ばかりの子どもをあつめて平原に槍を突き立て始めました。
それ以来、羊に雷が落ちることはありませんでした。
ハルバンデフには長から羊が与えられましたが、受け取らなかったといいます。避雷針を考案して雷神を倒したこと自体に満足したからとも言いますが、長の首を求めたからとも言います。
長の首を求めたという話では、ハルバンデフの幼年ではなく青年であったと言います。

ツムヌムオべキョ一族との関わり

ウィプロポパネポ・ツムヌムオべキョは亜大陸の偉大な戦士だ。
彼の一族は本大陸に侵攻して草の民に戦いを挑み、少年の頃のハルバンデフを捕虜にした。そのとき
ウィプロポパネポはハルバンデフの才能を見抜いたんだけど、なぜか全身の毛を剃ってしまった。
彼は剃った毛を持ち帰り、自分の馬鹿息子に煎じて飲ませてみた。すると親子関係がじわじわと崩壊してしもうた。

「全身の毛を剃った」という伝承は恐らく誇張であろうが、ウィプロポパネポが
馬鹿息子にハル毛を煎じて飲ませたのは事実であると見られている。
(恐らく息子にハルバンデフのような才気あふれる人物になって欲しかったのだろうが・・・)
結局、ハルバンデフの毛は馬鹿息子を変えなかった。しかし飲ませられなかったぶんの毛は
後にハルバンデフに呪いをかけるのに使われ、ハルバンデフの部族と
ウィプロポパネポの一族との間での呪詛合戦の発端となった。

ハルバンデフの部族とウィプロポパネポの一族の呪詛合戦の余波によるアリタルリア?の遊牧民は、戦いが収まった後、ハルバンデフの部族に奇襲をかける。
これが後に言う【バロベ渓谷の戦い?】である。
アリタルリアの遊牧民はこの戦いで返り討ちにあい、南方のカノッサ共和国?に逃げ込むことになる。

【パルケヨロ・ツムヌムオべキョ】
ウィプロポパネポの馬鹿息子の嫁。旧姓アンスラープ。
呪術に長けた女性で、夫から舅にハルバンデフの毛を飲まされた
ことを聞かされると舅ウィプロポパネポのもとを訪れ、
なぜか保存されていたハルバンデフの毛を譲り受けると
それを呪術の触媒とし、ハルバンデフがいる地点と彼の現状を割り出した。

『神の裁き』からの生還

ハルバンデフは水筒一つで砂漠の真ん中に置き去りにされるという『神の裁き』という刑を受けたことがあるわけだが、その理由は当時の族長(つまり自分の兄)の嫁に手を付けたから、という説がある

まさか生き延びるとは誰も予想していなかった。砂漠の外でハルバンデフが目撃されたという報を聞くと、兄は思わず我が耳を疑った。

ちなみに、その族長の嫁というのは、元々ハルバンデフの許婚であったが、その美貌から族長に横取りされた、つまり寝取られたのはハルバンデフの方であるという説もある。

さらに言うと、カーズガンの妻は、ハルバンデフの人質時代の許婚(ハルバンデフの部族も、カーズガンの部族もハルバンデフが元の部族に帰る日が来るとは思ってもいなかったらしい)であったらしい。そう考えると、つくづく青年時代のハルバンデフは女運がない。

ちなみに、同時代のマグドールも若い頃は女運がなかったらしく、ギボン商会の会長になる前に何度か女達に求婚し本人達は承諾したものの、その家族から「ギボン商会に将来性は無い」という理由で猛反発を受け結婚を断念している。

ハルバンデフの兄ハーボトゥイルは弟が自分を殺し、さらに愛する妻を奪ってしまうのではないかと日夜恐怖していた。

「神の裁き」を生き延びたハルバンデフであるが、彼が部族に戻った時、既に難産が理由で族長の嫁は他界していた。もし、「神の裁き」の理由が彼女ならば、実にハルバンデフは女運がない。

東方のオアシス国家群との戦い

戦争による族長の死後(ハルバンデフによる暗殺説が有力である)、その息子(諸説あるがその名前は不明である)をハルバンデフは養子として迎え、嫡子とした。しかし、東方のオアシス国家群との戦争中、彼はハルバンデフに反乱を起こしたが失敗し、逃亡の最中自害した。

ちなみに、歴史学者達によく間違われるが、アルプデギンはハルバンデフの三男(彼も名前が不明である)の子供で、養子である嫡子は男子を残しておらず、また次男は夭逝している。

草の民を統一したハルバンデフの初めての対外戦争は東方のオアシス国家群との戦争だった。
戦いは前半、ハルバンデフの優勢のまま進んだが、後半、ハルバンデフが突然軍を翻したために大きな被害を出して敗北した。
ハルバンデフが軍を翻した理由は諸説あるが、どうやら本国でカーズガンが反乱を起こしたらしい。
イガリグプアリ
狼とスズメと人間の頭を持つ東方の女神は、ふわふわと浮きながらハルバンデフを睨みすえた。

【イガリグプアリ】
狼とスズメと人間の頭を持つ三頭の女神。エンテアンなど、東方のオアシス国家群で崇拝された。
橙色のマントで全身を包み、常に宙に浮いている。じつは三人の女神が合体したものであるという。
オアシス国家群の守護神として風の王ハルバンデフと対決した。

バキスタの戦い

ハルバンデフが【納豆林】を保有する【彩国】に攻め入り、【彩国】と同盟国であった西方の諸国との総力戦となったのは新史暦150年のことである。丸一年を費やし、151年にバキスタ平原で終結したこの戦いを【バキスタの戦い】と呼ぶ。

・・・それはバキスタの戦いが勃発する前のことだった。
バキスタの戦いの原因の一つが【納豆】を産出する【納豆林】をめぐるものであったことは有名である。
ハルバンデフがバキスタの戦いに勝利したこと
【グレフ・ディ・モズルによる改革?】

ハルバンデフとの戦争であるバキスタの戦いに破れ、長年の宿敵であった北方帝国に多額の軍資金を支払っての皇帝パトゥーサによる征伐戦争にも失敗した西方諸国は深刻な二つの問題に直面することになった。
一つは経済難であり、もう一つは国内治安の悪化である。というのも、ハルバンデフのさらなる侵攻を防ぐため、喪った兵力を補填を目的に各国の傭兵団を草の民との国境地帯に集めたものの、警戒されたハルバンデフによる侵攻は行われず(既にハルバンデフの矛先は北方帝国及び南方のトゥルサに向けられていたため)、次第に各国はこの防御線の維持に要する費用によって国内経済が圧迫されるようになり、また彼らに支払う給料が滞りがちになったことから傭兵団が勝手に国境地帯の集落や街において略奪を行うようになったからだ。
草の民との国境に近いリクシャマー帝国においては、特にこれらの問題は深刻であり、彼らは今までの政策から大きく方向転換をせざるを得なかったが、経済の建て直しを優先するか、治安の回復を優先するかで国論は二つに割れた。
結局、皇太子であるロズゴール�契�とその腹心である司教グレフ・ディ・モズルの主導する治安回復を優先目的に掲げた改革派が政権を握り、後に「グレフ・ディ・モズルによる改革」と呼ばれる政治改革が始まった。
しかし、彼の改革案は、酒の製造・販売の中止や売春宿の廃止等、国教の経典に非常に原理主義的かつ理想論が先行しすぎていたため、当初から否定的な意見や批判が多く、各種の法律が施行されたにも関わらず、当初これを守るものは少なかった。
そこで、彼は憲兵騎士団を組織して、これを違反する者の摘発に乗り出したが、これは帝国各地において傭兵団や地元の在郷勢力をはじめとした各種勢力との衝突を招くこととなり国内治安をさらに悪化させる要因になってしまった。また、摘発を厳しくすれば厳しくするほどこれらの商売は地下に潜って巧妙化することとなり、各種の武装犯罪組織を産み出す土壌になった。
改革は始まってより15年後、グレフ・ディ・モズルが後ろ盾とするロズゴール�契い�事故で死亡したことにより頓挫し、この改革の後に新たな国内政治の改革の為に抜擢されたのは、皮肉にも彼が禁止した各種商売を闇で巧妙かつ組織的に行っていた豪商のマグドゥール・ドゥ・ギボンであった。

奈落にて、カーズガンとの再会

地獄の門を塞ぐため、カーズガンは奈落を下る。
その最深部で彼が出会ったのは、邪神となったハルバンデフだった。

「……知っている。
  俺は貴様を知っているぞ! カーズガァンッッ!!!!」

「―――ハルバンデフッ!!」

地獄にて。

名前の由来

ハルバンデフの部族では、子供が生まれた時に最初に入ってきたものを子供の名前にするしきたりが在った。
ハルバンデフが産まれた時に、驢馬係の従者が間違えて幕舎に入ってきてしまった為、
草の民の言葉で「驢馬係の従者」を意味する『ハルバンデフ』という名前が付けられた。
従者は其の後、親父に縊り殺されたらしい。

その他

風の王

ハルバンデフが死んだ数百年後、軍指揮者としての彼の研究が行われる。

研究者の一人、イヴン・アムズハンが『諸王における戦略・戦術論?』の中でハルバンデフをこう評してから、称号として広まった。

人生論の指針としてのハルバンデフ

イパフィト・アムズハンは弟イヴン?が研究し解き明かした通りに『風の王』ハルバンデフの
生き方、行動原理を模倣した。そうして彼は人生の勝利者となった。

軍旗

ハルバンデフの軍旗は、獅子の首を掲げた巨人というものだったが、これはハイダル・マリクを滅ぼしたメクセトを象徴しているという説がある。

単眼の巨人

草の民をはじめて統一したハルバンデフはたいへん大柄で頑強な体格をしていた。
そんな彼は戦場ではいつも「一つ目」をあしらった兜をかぶっていた。

ハルバンデフを単眼の巨人とする伝承はここからきているのだろう。

暴君としての評価

「歴史にはゴロツキが英雄に勝つ場合も存在する。『少女宰相』とは反対の意味で存在する。大はハルバンデフであり、小はギュンターである」

ハルバンデフを由来とする言葉

ハルバンデフィン
【ハルバンデフィン】
草の民の王ハルバンデフに憧れ、その格好を真似る若者達のこと。

必殺技

ニガヨモギの炎
魔王ハルバンデフの必殺技。
すべてのユニットのHPを1/3奪う暗黒系攻撃。
暗黒系耐性によって減少率を抑えられるが、そのためハルバンデフ自身には一切ダメージが入らない。
攻略法のひとつとして、回復に徹しながらハルバンデフの暗黒耐性を落とし続けることで
自滅を待つという手もある。

魔王ハルバンデフ

大魔王。
人類の3分の1を殺戮し、
遺産の3分の1を相続税として奪い、
税金の3分の1を軍事費につぎ込んだ、
史上最悪の暴君。
世界を制圧するかに思われたが、最果ての二人の活躍により、
世界の3分の1を手にしたまま滅びる。

大いなる魔王ハルバンデフ、かの者は「魔法」なり。

関連リンク

其の他のリンク

アマゾンアソシエイト

管理人連絡先

amogaataあっとまーくyahoo.co.jp

紹介サイト


メンバーのみ編集できます

広告募集中

メンバー募集!