「嘘……こんなことありえない」
少女の形をした彼女は大きく目を見開いて呟いた。
それはあり得ない出来事のはずだった。そんなことはあってはならないはずだった。
だが、彼女の目の前の出来事は紛れもなく真実だった。
「何で……どうして?」
「ふん、お前、『
魔女』か」
彼女の目の前で、舞い上がった土煙の中、軽く左手を挙げた男は不適にも口元を歪めて言う。
その姿が彼女には限りなく邪悪なものに見えた。
恐怖、という彼女にはあってはならない感情が彼女の中で鎌首をあげる。
「面白い手品だ、もう一度やって見せろ」
彼女は絶叫し、もう一度同じことを……彼女の知る限りの最強の攻撃魔法による力の塊を男にぶつけた。
だが、結果は同じだった。
まるで同じ刻が繰り返されたかのように、男は再び軽く左手を挙げ、力の塊は脆い何かが砕かれたように四散して、大気の中へと消えていく。あとには砂埃だけが派手に舞うのみ。
「嘘……嘘……こんなわけ、ない」
それは彼女の渾身の力のはずだった。
これに直撃されて地上に存在する物質があるはずはないのである。
だというのに、目の前の男は傷一つなく彼女の前に立ちはだかっていた。
「やれやれ興醒めだな。栄華を誇りし、『
ハイダル・マリクの切り札』がこの程度とはな」
男は肩を竦め、彼女はその場に思わず座り込みそうになる。
「何者なのよ……何なのよ、貴方?」
「余の名前なら既に知っておろう」座り込んだ彼女を見下すように笑みを浮かべながら男は言う。「余の名は
メクセト。これより全てを統べる者だ」
彼女は恐怖に再び絶叫し、そして知る限りの、ありったけの魔法を男に叩き込んだ。