人は振り子。
暁と黄昏を、そして栄華と衰退を行き来する振り子。
全てを支配するのはラプラスの竜か、それともシュレディンガーの猫か?
確かなことは、その後の物語は歴史や伝承の語るとおりだということ。
圧倒的な力を誇る神々との戦いに
メクセトは敗れ、そして捕らえられた。
形ばかりの裁判による判決は処刑による死。
敗者は運命を選べない、とかつて彼は自ら嘯いたが、それは自身も例外ではなかった。
かつてその地には
ハイダル・マリクと呼ばれた都市国家があり、メクセトという男の宮殿があった。
だが、今、更地になったその場所にあるのは広大な処刑場だった。
そこで処刑されるのはただ一人、かつて地上を統べた男……そして神に叛いた男。
刑場に集まった群衆の王であった男だった。
勝者のみが敗者を裁くことが許されるというのなら、その罪は突き詰めれば戦いに敗れたこと……そしてその罰は同じ人間の手による処刑。
刑場に集まった群衆は、かつて自らもその戦いに熱狂したというのにそれを忘れたかのように、否、そうすることで自らの行為を忘れようとするかのごとく、罪人が姿を現す前から口々に男を詰った。
それは王であった男にとって限りなく惨めなことのはずだった。
だが、刑場に引き出された男は俯くことなく堂々と真正面を見据えて、そしてその顔には薄笑いすら浮かべていた。
堂々たる体躯の隅々に再生防止のための魔術刺青をされ、腕には幾重もの呪術縄が巻き付いて食い込み、その肌には体を弱らせるための拷問の跡が生々しく残り、未だ鮮血を滲ませていた。
だというのに、その顔には苦痛の表情はなく、口々に自らを罵る群衆にも怯む態度を見せず、目の前に迫る確実なる死の運命にも恐怖すら見せていなかった。この期に及んでも尚、彼は王だったのだ。
だが、それを認めないようにするためか、人々はそんな男に罵声を浴びせ、石もて投げ打つ。
石つぶての雨は容赦なく彼を打ち据えたが、彼はまるでそれらを雨粒程にしか感じていないのかその表情を変えない。
やがて、彼は処刑台に跪かされ、処刑吏は彼に末期の水を勧めたが「いらぬ」と彼は答えた。
神官が現れ、彼に懺悔を求めたが「せぬ」と彼は答える。
神官はその言葉に眉を顰め、「最期の言葉は?」と聞いたが「ない」と彼は言った。
やがて処刑は始まった。
足の小指から始まり、両手の指、両の瞳と、処刑は彼が苦しむように行われたが、彼は呻き声一つあげず、また表情一つ変えない。その顔には全てを嘲笑するかのごとく笑みがあった。
やがて、手足も切り落とされ、芋虫のようになった彼はついにその首を切り落とされることになった。
その時になり、彼は突然顔を上げた。
そしてその口には歯もなく、既に舌も切り落とされたというのに、人々は確かに聞いたのだ、あの高笑いを……
それはメクセトを知る人ならば誰もが知る、彼の高笑いに他ならなかった。
「最高だ、お前ら!」
続いて聞こえたその声に人々は驚愕する。
「余はお前らを愛しているぞ!」
そして、その首は斬り落とされた。
この目的だけのために神より授かった【神々の斧】によって……それで切られた物は何人の手をもってすら再生できない、その神具によって……
メクセトの首は宙を舞い、そして地を跳ね、それきり動かなくなった。