【夜天投影都市・浮世】は観光都市として安定していた。投影された幻光灯籠の群れは金を落としてくれる観光客を呼び寄せ、トラブルも【運営船】が未然に防いでいた。それ故貧しき者も明日の暮らしを不安に思うことなく幻想を投影できたのだ。
その状況が一変したのは、夜歩くものたち、つまり
吸血鬼族の流入による。
一般に、吸血鬼族は娯楽に飢えている。劇場などの大衆文化は昼に花開き、夜にはしんと静まっている。彼らが興じることが出来るのは、読書くらいであった。吸血鬼族に知的なイメージが伴うのも、読書家が多いためであろう。それでも彼らは昼のきらびやかな娯楽に憧れていた。
彼らの欲求を満たしたのが【夜天投影都市・浮世】であった。夜天の幻想はどんな書物よりも美しく、きらびやかであった。吸血鬼らはこの都市に通いつめるようになり、そして次第に定住していった。幾晩かで去っていく観光客という、格好の吸血相手がいたことも吸血鬼の定住を進めた。
しかし、いつの時代も吸血鬼は排斥され易い。観光客からの度重なる吸血被害の報告もあり、【運営船】は都市への吸血鬼立ち入りを禁止した。これにより不満が爆発したのが、当の吸血鬼ではなく、幻光灯篭の投影者たちであった。投影者たちにとって、毎夜足しげく通ってくれ、おひねりを惜しまない吸血鬼は、すっかり上客になっていたのだ。
吸血鬼立ち入り禁止を【運営船】が発表してから11日後の昼。数万に膨れ上がったデモ隊は【運営船】を占拠し、市長など要職についていた者を都市から放逐した。その日の内に吸血鬼立ち入りの禁は解かれ、夜にはそれを祝う幻光が多く投影された。街はお祭り騒ぎであった。
これが、【夜天投影都市・浮世】と吸血鬼の歴史である。