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カトリーヌ・ド・クレーヴまたはカトリーヌ・ド・ヌヴェル (Catherine de Cleves or de Nevers、1548年−1633年)は、ギーズ公アンリの妃。1564年、ユー伯爵位(comtesse de Eu)を得た。

生涯

ヌヴェル公フランソワ1世とヴァンドーム公女マルグリット・ド・ブルボンの次女として生まれた。ヴァンドーム公アントワーヌからは姪にあたる。ユグノーの指導者アンリ・ド・ナヴァル(アンリ4世)の従姉にあたり、妹マリー・ド・クレーヴがやはりユグノー派のコンデ公アンリコンデ親王ルイの子)と結婚していたため、その義理の姉にあたる。ポーランド王妃ルドヴィーカ・マリアの大伯母。

1560年、12歳でポルシエン公アントワーヌと結婚したが、1567年に死別した。3年の喪が明けたのち、1570年10月、ギーズ公アンリと再婚した。夫アンリはユグノー戦争においてカトリック同盟を組織したカトリック派のリーダーであり、カトリーヌは2歳年下の夫との間に14人もの子供をもうけた。

カトリーヌとサン=メグランという若い貴族との密通は広く知られており、夫ギーズ公はサン=メグランを殺している。

三アンリの戦いで優位に立ったギーズ公アンリは、パリ民衆の支持を得て1588年5月9日、ポルト・サン・マルタンよりパリへ入った。国王アンリ3世はただちにフランス・スイス軍を入場させたが、すでに首都では国王が「カトリックに対するサンバルテルミの虐殺」を実行するという流言が飛び交っており、5月12日、パリ市民は王家への反抗の証としてバリケードを設けた(バリケードの日事件)。やがてギーズ公は「息もとまるほどの歓呼に迎えられて」パリに入った。このとき、強力なギーズ家に迎合する者が増え、カトリーヌの長子ギーズ公シャルル?をフランス王に推挙する声さえ挙がりだした。

しかし、1588年12月、国王アンリ3世は、同じ旧教徒でありながら政治路線の異なる夫ギーズ公アンリとその弟ルイ枢機卿を、近衛兵を差し向けて暗殺し、ユグノーとの共同戦線を形成しようと図った。国王アンリ3世はカトリーヌ・ド・クレーヴを「サン=メグランの妾」とあざけっていたこともあって、カトリーヌは、夫暗殺を指示した国王を決して許さなかった。彼女はカトリック同盟と行動をともにし、1589年にはアンリ3世の暗殺を周囲に主張している。

アンリ3世が暗殺によって死ぬと、従弟アンリ・ド・ナヴァルがアンリ4世として王位についたが、彼がカトリックに改宗するまで和解しなかった。アンリ4世が改宗するや、彼女はパリへ駆けつけ、王妃マリー・ド・メディシスに近い関係となって、名誉ある地位を占めた。1610年?のアンリ4世死後は、摂政となったマリーを支持し続け、ルイ13世が親政を開始するとカトリーヌは王太后マリーにしたがいブロワ城に蟄居した。マリーがルーヴル宮へ戻ると、ギーズ家の繁栄のため、マリー側近としてリシュリューに対する陰謀に加担した。

1633年5月11日、隠居城であるユー城に死去。85歳であった。

このページへのコメント

地名Euは、ユーではなく、ウーですよ。
(euをユーと発音するのは、avoirの過去分詞のときだけ)

それから、Comtesse de Euではなく、母音字省略が起きて
Comtesse d'Euになるはず。

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Posted by aigle 2011年01月21日(金) 14:37:10 返信

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