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シャルル9世(Charles IX de France、1550年−1574年、在位1561年−1574年)はヴァロワ朝第12代フランス王。アンリ2世の第2子。兄フランソワ2世死去後に10歳で即位。躁鬱質で内向的な性格で、弟アンジュー公アンリ(のちのアンリ3世)を溺愛する母カトリーヌ・ド・メディシスとのあいだにはしばしば葛藤があったとされる。

生涯

生い立ち

シャルル9世は、1550年6月27日、パリのサン・ジェルマン(サン・ジェルマン・アン・レー城)で生まれた。父はアンリ2世、母はカトリーヌ・ド・メディシス。のちに国王となるフランソワ2世の同母弟、ヴァロワ朝最後の王アンリ3世の同母兄にあたる。生後まもなく1560年までオルレアン公を称した。幼少のころ結核に罹り、病弱であった。

即位

兄フランソワは即位1年にして持病の悪化により夭逝した。シャルルはその後を継ぎ、1561年にわずか10歳で即位したが、母后カトリーヌ・ド・メディシスが摂政として実権を握っていた。治世は宗教戦争(ユグノー戦争)前半期に相当する。彼はプロテスタントであるガスパール・ド・コリニーを登用し、父以上に慕っていたといわれている。1570年、神聖ローマ皇帝マクシミリアン2世の娘エリザベートと結婚、1572年には一人娘マリー・エリザベートが生まれたが、1578年に夭逝した。なお、弟のちのアンリ(アンリ3世)、アンリ・ド・ナヴァル(のちのアンリ4世)、ギーズ公アンリは、シャルル9世の宮廷で育った幼なじみであった。

治世

第3次ユグノー戦争を終結させた1570年サン・ジェルマンの和議および妹のマルグリット・ド・ヴァロワと新教徒のアンリ・ド・ナヴァルとの結婚を通してカトリックとユグノーの平和共存を図ることを目ざしたが、母后やギーズ一門、反ユグノー運動の圧力に屈して、1572年8月、サン・バルテルミの虐殺を断行した。この虐殺では敬愛するコリニー提督が暗殺され、彼はそのショックに耐え切れず「全員殺せ」と叫んでいたと伝えられている。

その後この事件を引き起こした責任と良心の呵責に耐えかねて、2年後の1574年5月30日、消耗の果てにこの世を去った。23歳であった。

暦の改訂

1564年、シャルル9世はルーシヨン勅令を発し、それまで復活祭前日(3月25日ころ)であった一年の始まりを、キリスト割礼の祝日にあたる1月1日に変更した。これに反発したフランス国民が、4月1日を「嘘の新年」とし、馬鹿騒ぎをはじめたことがエイプリルフールの始まりであるとする俗説がある。それによれば、シャルル9世は町で「嘘の新年」を祝っていた人々を逮捕し、片っ端から処刑することを命令、フランスの人々は、この事件に非常にショックを受け、フランス王への抗議と、この事件を忘れないために、その後も毎年4月1日になると盛大に「嘘の新年」を祝うようになったというが、信憑性に欠ける。

古代ローマでは、カエサルのユリウス暦にしたがって1月1日を年始としていたが、12世紀にローマ教会が復活祭の前日を新年の始まりと定め、14世紀になると国王文書の日付にもこれが採用されるようになった。ところが、復活祭は春分後の最初の満月の次の日曜にあたり、年によって年始の日付が移動し、1年の日数も一定ではなく不便をきたしていた。

この改暦は、当初、高等法院の反対にあったがしだいに定着し、1582年にはグレゴリオ暦の採用で現行の暦法の成立をみている。ただし。フランス以外の国では年始の変更は遅れた。

侍医ノストラダムス

ノストラダムス1555年に出版した『諸世紀』が4年後の父アンリ2世の非業の事故死を予言したとされ、のちに母カトリーヌによって招かれ、シャルル9世の侍医となった。

『王妃マルゴ』

デュマの歴史小説『王妃マルゴ』では、妹マルゴ(マルグリット・ド・ヴァロワ)への屈折した愛情、母カトリーヌ・ド・メディシス、および弟のアンジュー公アンリ、アランソン公フランソワとのあいだの葛藤とともに、マルゴの夫アンリ・ド・ナヴァル(のちのアンリ4世)との友情が描かれている。

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