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タグ検索でフランス絶対王政7件見つかりました。

コルベール

コルベールは、フランス王国の財務総監で[[ルイ14世]]の財務総監として活躍した。商人出身。 *生涯 [[ジュール・マザラン]]の推薦により、ルイ14世親政時代に重商主義政策を積極的に推進した。1日16時間、一心不乱に働いたが、しだいに軍事的栄光を求めるルイ14世の寵をうしなった。 *履歴 -本記事の履歴を参照。 **著作権者 -Greenland4…

https://seesaawiki.jp/w/greenland4/d/%a5%b3%a5%eb%... - 2009年03月06日更新

ジュール・マザラン

ジュール・マザラン枢機卿は、17世紀中葉の[[ルイ14世]]統治下のフランス王国の宰相。ルイ14世の母后[[アンヌ・ドートリッシュ]]と協力して幼王ルイ14世をささえ、[[フロンドの乱]]の鎮圧に功績があった。 *生涯 [[リシュリュー]]に認められてその後継者となり、1642年から1661年にかけて宰相の地位にあった。1648年、[[三十年戦争]]後の[[ウェストファリア条約]]ではアルザスなどを獲得したが、同年にはフロンドの乱を誘発した。しかし、卓越した外交手腕はフランスの対外的な地位を向上させ、絶…

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リシュリュー

リシュリュー(1585年−1642年)は、[[ルイ13世]]を補佐したことで知られるフランスの宰相。中流貴族出身。当初はルイ13世の母[[マリー・ド・メディシス]]の側近であった。宮廷陰謀をくぐりぬけて「シェフ・ドゥ・コンセイユ」(国務会議長、宰相)の肩書きを得た。 *生涯 ルイ13世と母后マリー・ド・メディシスの対立はマリーの死まで続いたが、ふたりのバランスをとる形で頭角をあらわした。もともとマリーの側近であったが、母子の紛争を調停するなかで王からの全幅の信頼を得るようになった。 リシュリューの政治…

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ルイ14世

le Roi Soleil」と称された。フランス絶対王政最盛期の王。「朕は国家なり」のことばで知られる。 *生い立ち 太陽王ルイは、[[ルイ13世]]と[[アンヌ・ドートリッシュ]]の第一王子として1638年10月5日に生まれた。わずか5歳で即位したため、気高い美しさで知られた母后アンヌ・ドートリッシュが摂政となり、宰相にイタリア人[[マザラン]]を登用した。王が10歳のときパリ高等法院の反抗に発する貴族の反乱([[フロンドの乱]])に直面してパリを脱出、パリ入城には難儀して国内を転々とせざるをえなかっ…

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フロンドの乱

フロンドの乱(1648年−1653年)とは、[[ルイ14世]]の時代に起こった貴族の反乱。3つの局面に分かれる。 *概要 「フロンド」とは「投石遊び」のことで、この乱を揶揄した表現である。当時子どもたちのあいだで玩具を用いて流行したが、危ないからという理由で警察はこの遊びを禁じていた。 その直接の原因は[[三十年戦争]]における財政難のため、政府が新しい税を賦課したり、売官制の機構や方式を変更したことにある。そこには、政治的発言力の後退に焦慮の念をいだく伝統的な貴族階級、既得権益を侵されることに対して…

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ポーレット法

''ポーレット法''とは、1604年に[[アンリ4世]]が施行した官職売買制度にかかわる法令。これにより、売官制に完全な法的承認があたえられた。 *概要 [[ナントの勅令]]を発して[[ユグノー戦争]]を終息させた[[ブルボン朝]]のアンリ4世はすぐれた求心力で臣下のみならず、台頭いちじるしい大都市の新興ブルジョアジーの支持を獲得するにいたった。 [[ルイ12世]]以来、王権は、財政的必要から官職を新増設してこれを売り出し臨時収入を得ていたが、この法令により、官職売買制度が法的承認のもと確立し、ブルジ…

https://seesaawiki.jp/w/greenland4/d/%a5%dd%a1%bc%... - 2009年02月19日更新

ルイ13世

ルイ13世(1601年−1643年、在位1610年−1643年)は、[[ブルボン朝]]2代目のフランス国王。[[アンリ4世]]と[[マリー・ド・メディシス]]の長子。 *生涯 1610年父王が暗殺されると8歳で王位についたが母后が摂政となり、1614年成人したのちも政治から遠ざけられた。そのいらだちで母后のお気に入りであったコンチニーの暗殺を導いたが、国王と母后の骨肉の争いは1631年までつづいた。コンチニー暗殺後は自分の配下リュイヌの権力濫用を被った。 宰相リシュリューとの長い信頼関係は1624年か…

https://seesaawiki.jp/w/greenland4/d/%a5%eb%a5%a41... - 2009年02月18日更新

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