【アガペー】 //プリシッラ、アマデオ
        //【】// General, Humor,//【新年】プリシッラside//2009/02/14





    【アガペー】


 静かな祈りの鐘が遠く響くナタレ(クリスマス)の夜。
 職員用の食堂で書類を片手に夜食のパニーニにかぶりつく若い女性
課員を目にして、アマデオは声を掛けた。
「プリシッラ、何やってんだよおまえ」
「見りゃ分かるでしょ。残業よ、残業」
 書類の束を振って見せながら、情報分析担当の課員は答える。
「ナタレだってのに家族の所へ帰らないのか?」
「しょーがないじゃん、仕事たまってんだから。それに、極右勢力のレッテル
貼られて財務警察追われた娘が一緒じゃ、ミサに行ったって親兄弟が肩身の
狭い思いするだけだしね」
 ストローをくわえながら言う同僚の台詞に男は一瞬言葉に詰まる。だが彼女は
くるんと身体ごと向き直ると、男の鼻先にきれいに塗られたピンク色の爪を
ぴしっと向けて言う。
「そーゆーアマデオこそ、ナタレだってのに公社で何してんのよ」
「俺は当直なんだからしょうがねえだろ」
「相っ変わらずクジ運悪いわね〜」
 けらけらと笑う彼女に深刻さは微塵も感じられない。こいつはいつだって
そうなんだよな、とアマデオは思う。
 彼女が陽気に振る舞うのは他人に気を使うからだ。明るく軽い雰囲気を
不真面目だと誤解されることもしばしばだが、時折見せる内に秘めた情熱と
芯の強さは、数年来の同僚であるアマデオでも驚かされることがある。
 訳ありの人間ばかりが集められた作戦2課ではあるが、それでも彼女が
先程のように自分の過去を口に出すことは稀だ。
 一応、その程度には信頼してくれてるのかね。創設当時からの課員同士で
あり、じゃれ合いのような友人関係を続けている女性の笑顔に、アマデオは
そんな感慨めいた思いを抱く。
「そういや、確かあんた年末年始も出勤だったんじゃないの?」
「……ありゃポーカーの負けと引き換えに、アルフォンソと勤務交代したんだ
よ」
「あーあ、ご愁傷様。それじゃ31日の夜、第1会議室でカウントダウン
パーティーをやるからさ。良かったら来なさいよ」
「年越しパーティー? 良くそんな企画に許可が下りたな」
「ジョゼさん経由で課長にお伺いを立ててもらったら、一発OKよ」
 へへんと胸を反らすプリシッラ。2課きっての優男の顔を思い出しながら、
男は呆れ気味の感想を漏らす。
「課長もジョゼさんにゃ甘いよな〜」
「ジョゼさんの発案って事にしておけば、ジャンさんもそんなに厳しいこと
言わないしね。   あ、料理は一人一品持ち寄りね。あとマグとフォークと
取り皿を持参のこと。酒も最低一本は持って来なさいよ!」
「へいへい。ま、年越しは賑やかな方が良いに決まってるからな」
「そういうこと。さっき子供達にもナタレのプレゼントに赤い下着を配って
きたんだ。さすがにシルクって訳にはいかなかったけど、上下そろいの
可愛いのを見つけたんだよね」
 “赤い下着で年越しをすると来年は良い年になる”。イタリアの験担ぎだ。
ちゃんと寄せて上げるブラなんだから。フンパツしたんだよ!と力説する愛の
堕天使に、男は苦笑する。
 あの子供達に訪れる『良いこと』なんて、所詮鳥籠の中のささやかな
幸せでしかないだろうが、それでもこんな風に一生懸命幸せを願ってくれる
優しい女性が身近にいるという事は、いないよりもずっと幸せなことなんだろう。

 愛の堕天使だと自身を称するプリシッラだが、彼女が子供達に与えるのは
いつだってアガペー   無償の愛だ。
 見返りを期待しない、与えるだけの優しい愛情。それは多分、この女性の
本質なのだろう。自身がいわれのない中傷に傷つけられてつらい思いをして
きたから、子供達にはやさしくしてやりたいと言う。そんな彼女は自分と違って、
きっと本来こんな職場には不向きな人間だ。
「……おまえホント、いい女だよ」
「ホントの事言ったってお世辞にはなんないよ」
 男の言葉にプリシッラはおどけて答える。
「義体の嬢ちゃん達にそんなに貢いじまって、自分はどうするんだよ」
「あたしだって新調したわよ。あんたには見せてやんないけどね」
 そいつは残念と肩をすくめると、愛の伝道師はやさしい堕天使に説法をたれる。
「おまえもさ、そろそろイイ年なんだから、来年は下着を見せる相手を見つけろよ
な」
「よけーなお世話よっ!!」
 格闘訓練の成果を腹にくらい、口の過ぎる伝道師は大げさなうめき声を上げて
床にうずくまった。


   ≪ Das Ende ≫   

     BGM // シューベルト 『アヴェ・マリア』

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