最終更新: gunsringergirl_ss2 2009年08月05日(水) 18:20:16履歴
【悪夢】//トリエラ、ヒルシャー
//【】// General,Death//『喪失』//2008/11/23
【悪夢】
それは一瞬だった。
私の死角に彼の大きな背中が重なった刹那。
響いた銃声。
着弾に小刻みに震えた身体。
反射的に銃声の方向に応射する。硬い床に倒れ込む音が二つ。
ひとつはおそらく敵の。そしてもうひとつは。
「ヒルシャーさん?!」
仰向けに倒れた彼の胸には
「嘘、でしょう」
真っ赤な
「どうして……!」
血が
「ヒルシャーさんっ!!」
抱え起こした彼の身体から、急速に体温が失われていく。
冷たい。
冷たい、寒い、怖い。
やめて、やめて。
こんなのは嘘だと言って。
必死で傷口を圧迫する私の手から、命の源がどんどん溢れ出す。
怖い……怖い。
最悪の予感が頭をよぎる。
嘘だ。こんなのは嘘だ。
「……ト…リ……」
切れぎれのあなたの声が私を呼んだ。
私の頬にふれたあなたの大きな手は力無く。
「……すま…な……君…を……」
やめて。それ以上何も言わないで。
「……独り…に……」
やさしいはしばみ色の瞳から、光が消えた。
糸が切れたようにあなたの手がぽとりと落ちて。
「 ッッ!!!」
私は声にならない悲鳴を上げた。
ベッドの上で少女はがばりと跳ね起きた。
荒い呼吸に華奢な肩が上下する。冷たい夜気に少女の息はかすかに白くけぶる。
「夢……?」
呟いたトリエラは自分の言葉に唇をゆがめた。
いつものように、夢を見たという感覚はあっても夢の内容は何一つ覚えていない。
それなのに、何だろう。わずかに残された生身の臓器が根こそぎごっそりと引き抜かれたような、この感覚は。
少女の細い身体がぶるりとふるえる。ひどい恐怖感と焦燥感。そして 喪失感。
胸が痛い。早鐘のように打つ鼓動が静まらない。
二段ベッドの上段で同室者が寝返りをうつ気配がした。少女は頼りなげな視線で周囲を見回す。
ここは寮の自室で、自分と同室者のクラエスの他には誰もいるはずがない。
そう分かり切っているはずなのに、無意識に自分の担当官の姿を探している事に気付き、また胸がずきりと痛む。
何故だろう。理由も分からないまま、少女は今、無性に彼に会いたいと感じていた。
会って、彼がそこにいることを確認したいと思った。
声だけでもいいから聞きたい。けれど自分は彼の電話の番号すら知らない。
朝になれば、彼がいつものように始業時間のきっかり30分前にオフィスに現れることは知っている。
それは疑うべくもない日常の風景だ。
それなのに。
言いようのない不安感に少女は毛布をぎゅっと握りしめた。
何故だろう。すごく怖い。まるで世界の終わりを告げられたみたいに。
ぽつりと毛布にしみが広がった。訳も分からず涙が溢れてくる。
彼に、会いたい。けれどもそれは夜が明けるまでかなわない。
トリエラは寝間着の袖で涙を拭うと体の向きを変えた。
視線の先には枕元に置かれたくまのぬいぐるみがある。
ドク(先生)と名付けたそれは、去年のナタレ(クリスマス)に彼から贈られた物だった。
これを彼にねだったあの日、自分は初めて、
彼が自分に対して不器用な父性愛めいたものを向けてくれているのだと気付いた。
彼が行事ごとに自分に贈ってきたくまのぬいぐるみの数は、もう両の指に余る。
他のぬいぐるみはチェストや机に並べ時には仲間に貸すこともあったが、
このくまだけは常にベッドの一番奥に置いてあって、誰にもさわらせたことはない。
意図してそうしてきたわけではなかった。
だが、少女の中でこのぬいぐるみは特別な存在だったのだろう。
そっと手を伸ばし、やわらかなそれにふれる。
……これを抱きしめていれば、朝までどうにか耐えられそうな気がした。
こんなのは私らしくない。そう思いながらも少女は固くぬいぐるみを抱きしめた。
おびえた子供のように毛布の中で丸まって、小さな温もりを抱え込む。
「…ドク……」
ここにいない男の名前の代わりに、彼から与えられたぬいぐるみの名を呼んで、
少女は暗闇の中でぎゅっと目を閉じた。
早朝の駐車場に一台のドイツ車が停まる。
うっすらと白い息を吐きながら運転席から降りた男は、駐車場の片隅にたたずむ人影を目にして
軽く驚きの表情を浮かべた。
「トリエラ。どうしたんだ、こんな所で」
「 おはようございます、ヒルシャーさん」
後ろ手を組んだまま微笑んだ彼のパートナーが今日はどこか弱々しく見えて、男は問う。
「どうした。何かあったのか?」
「何もないです。ただ昨日少し眠れなかったので、目覚ましの散歩がてらあなたのお出迎えを、と思って」
「眠れなかった? 体調が悪いのか」
「いいえ」
頭を振った少女は、よく見れば後ろ手に彼が与えたぬいぐるみを持っていた。
彼女らしからぬその姿が、まるで夜中に枕を抱えて両親の部屋を訪れた幼子のように見えて、
男は思わず問いかけた。
「悪い夢でも見たのか」
すぐさま自分の言葉に後悔する。
洗脳のために行われた強力な催眠による副作用なのか、この子達が夢の内容を覚えていることはほとんどない。
そんなことは良く知っているのに。だが。
「 分かりません。でも…多分、そうなんです」
「トリエラ?」
少女はきゅっと唇をかみしめた。
「夢の内容なんて覚えていません。でも…とても怖かったんです」
青い瞳が自分を見上げる。
「おかしいでしょう? 理由も分からないのに。
小さな子供みたいにぬいぐるみを抱えて手放せないなんて」
すみません。子供っぽいことをするなと、あなたに言われているのに。
手にしたぬいぐるみを男に見せながら少女は無理に作った笑顔で言う。
唇が、少しふるえているように見えた。
「トリエラ 」
何かしてやらなければならないと思った。
今、何かこの子に対応してやらなければ。
けれど男には何をどうしてやればいいのか分からない。悪夢を見たと
泣いて寝室に来た幼子ならば、ベッドに入れて一緒に眠ってやればいいのだろう。
だがここは寝室ではないし、彼女は幼子でもない。
「おかしい、ですよね。こんなに怖かったのに、理由が分からないなんて。
理由を、思い出すこともできないなんて」
「……トリエラ」
ぬいぐるみのくまを持つ手は、関節が白く浮き上がるほど強くそれを握りしめている。
痛々しいようなその姿に、他にどうしてやりようも無くて、男は少女の冷たい褐色の頬に手をふれた。
一瞬びくっと強張った少女が、もう一度男の顔をすがるような視線で見つめる。
くしゃり、と、トリエラは泣き笑いの表情を浮かべた。
「 っだいじょうぶ、です」
自分自身に言い聞かせるように、少女は小さく呟いた。
「……大丈夫です」
やさしいはしばみ色の瞳は、心配げに彼女を見つめていた。
「きっと…こんなの、どうってことはないんです」
遠慮がちに触れた大きな手から、じんわりとその温もりがしみてくる。
「 ただの、夢なんですから」
まだ少し眉根を寄せたまま、けれどどこかほっとした表情で少女はそう呟いた。
「……そうか」
ふれた手をどう収めて良いのかと迷いながら、男はぎこちなく少女の頬から手を離し、
二、三度軽くその頭をなでた。
ふれたときと同じようにそっと離れていった男の手を少女は目で追う。
生きて、動いているその手の存在が、今日は何故か彼女に大きな安心感を与えた。
両手で握りしめように持っていたぬいぐるみを、横抱きにして小脇に抱え直す。
「 寝不足で、少し神経質になっていたみたいです。すみません、お引き留めして」
「……いや、気にしなくていい。だが、それなら散歩なんかしていないで寮に戻って休みなさい。
寝不足のままでは午後の訓練にひびくぞ」
「はい、ありがとうございます」
不器用ないたわりの言葉に礼を言うと、少女はもう一度男の名を呼んだ。
「あの、ヒルシャーさん」
「何だ?」
「……本部棟の手前まで、一緒に歩いて行ってもいいですか」
「? どうせそこまでは同じ方向だろう。かまわないよ」
わざわざ断りを入れる必要もないことを確認する少女に、男は戸惑ったように答えた。
「ありがとうございます」
いつものように男の傍らに立ち、いつものように連れ立って歩き始める。
何故か今日は、そんな日常の光景を確認したいと少女は感じていた。
石畳をコツコツ叩く二人分の革靴の音が、彼らが毎日を過ごす公社の建物に向かって響き出す。
本部棟の手前まで行けば、少女は寮に戻り男はオフィスへと向かう。
けれど午後にはまた、射撃訓練場で合流する事ができる。
任務も訓練も、彼らは常に共に行動するのだから。
朝の太陽のまぶしさに少女は目を細めた。
冷えた身体は、少しずつ暖まり始めたようだった。
≪ Das Ende ≫
BGM // ヘンデル “アルチーナ”より『メヌエット ト短調』
//【】// General,Death//『喪失』//2008/11/23
【悪夢】
それは一瞬だった。
私の死角に彼の大きな背中が重なった刹那。
響いた銃声。
着弾に小刻みに震えた身体。
反射的に銃声の方向に応射する。硬い床に倒れ込む音が二つ。
ひとつはおそらく敵の。そしてもうひとつは。
「ヒルシャーさん?!」
仰向けに倒れた彼の胸には
「嘘、でしょう」
真っ赤な
「どうして……!」
血が
「ヒルシャーさんっ!!」
抱え起こした彼の身体から、急速に体温が失われていく。
冷たい。
冷たい、寒い、怖い。
やめて、やめて。
こんなのは嘘だと言って。
必死で傷口を圧迫する私の手から、命の源がどんどん溢れ出す。
怖い……怖い。
最悪の予感が頭をよぎる。
嘘だ。こんなのは嘘だ。
「……ト…リ……」
切れぎれのあなたの声が私を呼んだ。
私の頬にふれたあなたの大きな手は力無く。
「……すま…な……君…を……」
やめて。それ以上何も言わないで。
「……独り…に……」
やさしいはしばみ色の瞳から、光が消えた。
糸が切れたようにあなたの手がぽとりと落ちて。
「
私は声にならない悲鳴を上げた。
ベッドの上で少女はがばりと跳ね起きた。
荒い呼吸に華奢な肩が上下する。冷たい夜気に少女の息はかすかに白くけぶる。
「夢……?」
呟いたトリエラは自分の言葉に唇をゆがめた。
いつものように、夢を見たという感覚はあっても夢の内容は何一つ覚えていない。
それなのに、何だろう。わずかに残された生身の臓器が根こそぎごっそりと引き抜かれたような、この感覚は。
少女の細い身体がぶるりとふるえる。ひどい恐怖感と焦燥感。そして
胸が痛い。早鐘のように打つ鼓動が静まらない。
二段ベッドの上段で同室者が寝返りをうつ気配がした。少女は頼りなげな視線で周囲を見回す。
ここは寮の自室で、自分と同室者のクラエスの他には誰もいるはずがない。
そう分かり切っているはずなのに、無意識に自分の担当官の姿を探している事に気付き、また胸がずきりと痛む。
何故だろう。理由も分からないまま、少女は今、無性に彼に会いたいと感じていた。
会って、彼がそこにいることを確認したいと思った。
声だけでもいいから聞きたい。けれど自分は彼の電話の番号すら知らない。
朝になれば、彼がいつものように始業時間のきっかり30分前にオフィスに現れることは知っている。
それは疑うべくもない日常の風景だ。
それなのに。
言いようのない不安感に少女は毛布をぎゅっと握りしめた。
何故だろう。すごく怖い。まるで世界の終わりを告げられたみたいに。
ぽつりと毛布にしみが広がった。訳も分からず涙が溢れてくる。
彼に、会いたい。けれどもそれは夜が明けるまでかなわない。
トリエラは寝間着の袖で涙を拭うと体の向きを変えた。
視線の先には枕元に置かれたくまのぬいぐるみがある。
ドク(先生)と名付けたそれは、去年のナタレ(クリスマス)に彼から贈られた物だった。
これを彼にねだったあの日、自分は初めて、
彼が自分に対して不器用な父性愛めいたものを向けてくれているのだと気付いた。
彼が行事ごとに自分に贈ってきたくまのぬいぐるみの数は、もう両の指に余る。
他のぬいぐるみはチェストや机に並べ時には仲間に貸すこともあったが、
このくまだけは常にベッドの一番奥に置いてあって、誰にもさわらせたことはない。
意図してそうしてきたわけではなかった。
だが、少女の中でこのぬいぐるみは特別な存在だったのだろう。
そっと手を伸ばし、やわらかなそれにふれる。
……これを抱きしめていれば、朝までどうにか耐えられそうな気がした。
こんなのは私らしくない。そう思いながらも少女は固くぬいぐるみを抱きしめた。
おびえた子供のように毛布の中で丸まって、小さな温もりを抱え込む。
「…ドク……」
ここにいない男の名前の代わりに、彼から与えられたぬいぐるみの名を呼んで、
少女は暗闇の中でぎゅっと目を閉じた。
早朝の駐車場に一台のドイツ車が停まる。
うっすらと白い息を吐きながら運転席から降りた男は、駐車場の片隅にたたずむ人影を目にして
軽く驚きの表情を浮かべた。
「トリエラ。どうしたんだ、こんな所で」
「
後ろ手を組んだまま微笑んだ彼のパートナーが今日はどこか弱々しく見えて、男は問う。
「どうした。何かあったのか?」
「何もないです。ただ昨日少し眠れなかったので、目覚ましの散歩がてらあなたのお出迎えを、と思って」
「眠れなかった? 体調が悪いのか」
「いいえ」
頭を振った少女は、よく見れば後ろ手に彼が与えたぬいぐるみを持っていた。
彼女らしからぬその姿が、まるで夜中に枕を抱えて両親の部屋を訪れた幼子のように見えて、
男は思わず問いかけた。
「悪い夢でも見たのか」
すぐさま自分の言葉に後悔する。
洗脳のために行われた強力な催眠による副作用なのか、この子達が夢の内容を覚えていることはほとんどない。
そんなことは良く知っているのに。だが。
「
「トリエラ?」
少女はきゅっと唇をかみしめた。
「夢の内容なんて覚えていません。でも…とても怖かったんです」
青い瞳が自分を見上げる。
「おかしいでしょう? 理由も分からないのに。
小さな子供みたいにぬいぐるみを抱えて手放せないなんて」
すみません。子供っぽいことをするなと、あなたに言われているのに。
手にしたぬいぐるみを男に見せながら少女は無理に作った笑顔で言う。
唇が、少しふるえているように見えた。
「トリエラ
何かしてやらなければならないと思った。
今、何かこの子に対応してやらなければ。
けれど男には何をどうしてやればいいのか分からない。悪夢を見たと
泣いて寝室に来た幼子ならば、ベッドに入れて一緒に眠ってやればいいのだろう。
だがここは寝室ではないし、彼女は幼子でもない。
「おかしい、ですよね。こんなに怖かったのに、理由が分からないなんて。
理由を、思い出すこともできないなんて」
「……トリエラ」
ぬいぐるみのくまを持つ手は、関節が白く浮き上がるほど強くそれを握りしめている。
痛々しいようなその姿に、他にどうしてやりようも無くて、男は少女の冷たい褐色の頬に手をふれた。
一瞬びくっと強張った少女が、もう一度男の顔をすがるような視線で見つめる。
「
自分自身に言い聞かせるように、少女は小さく呟いた。
「……大丈夫です」
やさしいはしばみ色の瞳は、心配げに彼女を見つめていた。
「きっと…こんなの、どうってことはないんです」
遠慮がちに触れた大きな手から、じんわりとその温もりがしみてくる。
「
まだ少し眉根を寄せたまま、けれどどこかほっとした表情で少女はそう呟いた。
「……そうか」
ふれた手をどう収めて良いのかと迷いながら、男はぎこちなく少女の頬から手を離し、
二、三度軽くその頭をなでた。
ふれたときと同じようにそっと離れていった男の手を少女は目で追う。
生きて、動いているその手の存在が、今日は何故か彼女に大きな安心感を与えた。
両手で握りしめように持っていたぬいぐるみを、横抱きにして小脇に抱え直す。
「
「……いや、気にしなくていい。だが、それなら散歩なんかしていないで寮に戻って休みなさい。
寝不足のままでは午後の訓練にひびくぞ」
「はい、ありがとうございます」
不器用ないたわりの言葉に礼を言うと、少女はもう一度男の名を呼んだ。
「あの、ヒルシャーさん」
「何だ?」
「……本部棟の手前まで、一緒に歩いて行ってもいいですか」
「? どうせそこまでは同じ方向だろう。かまわないよ」
わざわざ断りを入れる必要もないことを確認する少女に、男は戸惑ったように答えた。
「ありがとうございます」
いつものように男の傍らに立ち、いつものように連れ立って歩き始める。
何故か今日は、そんな日常の光景を確認したいと少女は感じていた。
石畳をコツコツ叩く二人分の革靴の音が、彼らが毎日を過ごす公社の建物に向かって響き出す。
本部棟の手前まで行けば、少女は寮に戻り男はオフィスへと向かう。
けれど午後にはまた、射撃訓練場で合流する事ができる。
任務も訓練も、彼らは常に共に行動するのだから。
朝の太陽のまぶしさに少女は目を細めた。
冷えた身体は、少しずつ暖まり始めたようだった。
≪ Das Ende ≫
BGM // ヘンデル “アルチーナ”より『メヌエット ト短調』
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