【靴音】 // トリエラ、ヒルシャー
        // 【】 // General,Romance? // 【望み】 花に願いを3 //2012/04/13


  【靴音】


 舞い散る花びらを地面に落ちる前につかまえることができれば、願いがかなう。
そんなことを言い出したのはヘンリエッタだった。
 頬を染めて嬉しそうに話をする年下の仲間を可愛らしいと感じながらも、
いかにも女子供が好きそうな他愛もないおまじないだと思ってしまう自分は、
大人であるところの担当官から見ればきっと “可愛げのない子供” なのだろう。
 その可愛げのない子供の扱いに彼が苦慮していたことも薄々は分かっていた。
彼が口にする “模範的な大人” としての、時として義体の存在意義を否定するような画一的な指示が腹立たしくて、
私は彼に義体にあるまじき反抗的な物言いをぶつけたこともままあったのだから。
 けれど去年の冬、彼の過去の一端を――あるいはもしかすると自分の過去の一端を――知り、
行事ごとの贈り物が模範的な大人としての形式的な行動ではなく、彼の不器用な感情表現なのかもしれないと
思うようになった。
 だからなのかもしれない。それから私は、時折寮での日常を担当官に話すようになった。
『問わず、言わず』が当たり前だった礼儀正しい距離感に、ほんの少し変化を望むようになってきた。
担当官に従って公社の敷地を歩きながら、私は薄紅色の果樹の下で足を止め、ヘンリエッタの話をする。
手を伸ばし、舞い落ちる花びらを掴んだ。訓練された義体にとってそれは大して難しいことではない。
「こんなことで願いごとが叶うなら苦労はないですけれどね」
 そう言って花びらを見せた私に、担当官はそうだなと小さく苦笑する。
そして彼は同じように手をやり宙を舞うひとひらを掴む。けれどそれは彼の手のひらには留まらず、
指の間からするりと逃げ出した。
 その途端、彼は真剣な表情で花びらを追いだした。
懸命に手を伸ばし、風にあおられたそれに駆け寄って。つかみとったそれを今度は絶対に逃がすまいと
全力で握り締める。
「……そんなに必死にならなくたって」
 およそ模範的な大人の行動とは思えないその姿がおかしくて、私は思わず彼に声をかけた。
「子供のおまじないですよ?大人がそんなに真剣にすることじゃないでしょう」
 からかいを含んだ口調になった私を振り向き、彼は我に返ったような表情で数瞬私を見つめると、
また「そうだな」とつぶやき身体を弛緩させた。ゆるんだ指の間には薄紅色の小さな花弁がある。
 その時不意に、叩きつけるような突風が吹いた。
「あっ」
 突風は側頭で結んだ私の髪も一緒に巻き上げた。
その陰に隠されて、彼の手から再び離れたひとひらは一気に舞い上がった無数の花びらにまぎれてしまう。
「――どの花びらか分からなくなってしまいましたね」
「ああ。……だが、構わないよ」
「いいんですか?あんなに一生懸命に追いかけていたのに」
 苦笑する私に彼はどこかさっぱりとした表情でああ、とうなずいた。
そのまま彼の視線が私を見つめる。私はなんとなく落ち着かない気分になって花の枝に視線を移す。
背後で彼が笑った気配がした。――それが不愉快ではないのが、自分でも不思議だった。
「そろそろ行きましょう」
 そう言って、私は先に歩き出す。以前のように不毛な会話を切り上げるためではなく、
くすぐったいようなこの気持ちを彼に見透かされないように取っておくために。
 そうだな、といつもの短い返事と一緒に靴音が響きだす。
彼の革靴の音と、彼からもらった革靴の音が重なり、花びらがうっすらと積もった石畳を叩く。
お気に入りのその音を聞きながら、私は春の風の中を歩いていった。


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