【親称】//ヒルシャー、ビアンキ、トリエラ
        //【】// Humor,//ナタレシリーズ3//2008/12/21




     【親称】


「こんにちは、ドットーレ(ドクター)・ビアンキ」
 公社の中庭で声を掛けられ、臨床心理を専門とする医師は振り返った。
「やあヒルシャー。その包みはナタレ(クリスマス)のプレゼント?」
「ええ」
 視線の先には、綺麗な包装紙にくるまれた包みを抱えた長身のドイツ人が立っている。
人当たりの良い微笑みを返しながらも、医師は男に対してちょっとした忠告めいた言葉を口にした。
「またいつものくまのぬいぐるみか? ぼくが口を出す筋合いじゃないかもしれんが、
たまには何か目先の変わった物も探してみたらどうだ?」
 この男が行事ごとに自分の担当する義体の少女に与える贈り物は、いつも決まってくまのぬいぐるみだ。
 ビアンキは以前、彼に何故そればかり選ぶのかと聞いたことがあった。至極真面目な顔で男が返した返答は、
「子供ならばぬいぐるみが好きだろうし、ぬいぐるみと言えばくまでしょう」というものだった。
この不器用で融通の利かないドイツ人と、最小限の洗脳しか施されていない優秀な少女が上手くやっていくのは、
なかなかに至難の業だろう。そんな感想を抱いたのを覚えている。
 しかし返ってきた男の言葉に医師はおや、と思った。
   いえ、これはトリエラのリクエストなんです」
 控えめながらもこの上なく嬉しそうな微笑みを浮かべて男は答えた。
「何でも、今まで贈ったくまには七人の小人の名前を付けていたそうで、このぬいぐるみでちょうど7人目になるんです」
「ほう、それは初耳だな」
 ドイツ人の説明に軽い驚きを感じながらも、医師はその日の午前中、“修理”した腕の検査を終えた彼のパートナーが
鼻歌混じりで機嫌良さそうに病棟から帰っていった姿を思い出していた。
「最近、トリエラは少し変わったな」
「変わった……と言いますと?」
「なんだ、自分のフラテッロなのに実感はないのか?」
「いえ。その…多少、態度が和らいだ様な気もしているのですが……」
 言葉を濁すのは自信のなさの現れだろう。無理もない。周囲から見ても、彼とその義体の関係は
とても良好なものには思えなかったのだから。
「なかなか、一回り半も年下の女の子というのは難しいです。
何が気にさわるのか、急にすねたり意固地になったりすることもしばしばで……」
 初めて“おねだり”されたプレゼントの包みを抱える男の指先が、
こころもとなさそうにすべすべとした青いシルクサテンのリボンを撫でている。
「……ふむ。まあトリエラは条件付けが緩い上に、年齢的にも反抗期だからなあ。
近くにいる人間の方が色々と難しいかも知れないが」
「反抗期…ですか」
「それにあの子はPMSの傾向があるからな。周期も不安定だから無理もないんだが……」
      は?」
 顎をつまんで思案する医師を男が見返した。男の反応に医師はちょっと眉をひそめる。
「なんだヒルシャー、PMSを知らないのか? 不勉強だぞ」
「あ、いえ。PMSは分かります。月経前症候群の略で、
女性の月経前後に起きる苛立ちや頭痛、腹痛などの諸症状を………え? いやでも       え?」
   おいヒルシャー。
まさかおまえ、トリエラに生理があることを知らなかったんじゃあるまいな」
「い、いえ、その……!」
 冷や汗を浮かべ返答に窮するヒルシャー。
無論、初めから知っていたならばともかく、この朴念仁がそんなことを考慮したことなどあるはずがない。
「……担当官失格だぞ、それは」
「いや!ですがドットーレ・ビアンキ、あの子はまだ子供ですよ!?」
 精神科医の冷たい視線に反駁する男の声は、狼狽のあまり裏返っている。
「きょうび、13、4才にもなれば大抵の子はすでに初潮を迎えてる。認識不足だぞ」
「は、はあ……」

    ひとしきり説教をされ恐縮しながら医師と別れた男は、
プレゼントの包みを小脇に抱えたまま寒空の下で途方に暮れたように呟いた。
「………子供だとばかり思っていたのにな……」
 ヒルシャーにとって、トリエラは“本来大人に保護されて然るべき『子供』である”と言う認識であった。
だからこそ同僚との会話の中で「うちの子に変な仕事はさせたくない」という発言が出てくるわけであるし、
行事ごとの贈り物も“子供ならば好きだろう”と思われるぬいぐるみであったのだ。
 しかしビアンキが言っていたような状態であるならば、これからはきちんと大人として扱ってやらなければならないだろう。
 しかつめらしい表情をした生真面目なドイツ人がついた溜息が、冬の空に白くけぶった。



 それ以来、男が自分のパートナーに呼びかける言葉は、『おまえ』から『君』へと変化した。
 呼ばれた少女は最初の内こそ物問いたげな視線を返していたが、
あくまでも真面目な担当官の様子に結局は肩をすくめてそのまま受け入れた。
 ただし贈り物については男は彼女が一度希望した言葉を尊重し、
それからも毎回変わらずくまのぬいぐるみを用意するのであった。



   ≪ Das Ende ≫   

     BGM // モーツァルト “魔笛”より『パパゲーノ』

コメントをかく


「http://」を含む投稿は禁止されています。

利用規約をご確認のうえご記入下さい

Wiki内検索

編集にはIDが必要です