【留守番】//ビーチェ、クラエス
        //【】//General,Humor,//2009/04/19



   【留守番】


   ベアトリーチェ、今、手は空いてる?」
 眼鏡の少女に声を掛けられ、ベアトリーチェは振り返った。
「クラエス……何?」
「ハーブに水をやるの。   手伝ってもらえない?」
「うん」
 感情の起伏の少ない栗色の髪の少女は、年上の少女に依頼されるままこくりとうなずいた。
ありがとう、助かるわ。物静かな年上の少女はおだやかな微笑みを浮かべて礼を言う。
 先に歩き出したクラエスの後ろについて、ベアトリーチェもてくてくと歩いてゆく。
義体棟の出入り口に一番近い水道にはじょうろとバケツが置いてある。
大きめのじょうろとバケツになみなみと水をくめば相当な重さになるが、
少女達は軽々とそれを持ち上げ、それぞれ両手にひとつずつ容器を持って花壇まで歩き出した。
「……昨日も、水をやっていたんじゃなかったの」
 歩行の振動で水がこぼれぬように両腕を浮かせてバケツを持ちながら、ベアトリーチェは問いかけた。
「この時期は毎日水をやらないとしおれてしまうのよ。
   もちろん、植物によってはあまり水をやらない方がいい物もあるけれど。
真夏になれば、朝と夕方の二回水をやるようになるわ」
「ふうん」
 中庭に作られた手作りの花壇には青々とした草花が風になびいている。
   水は真上からかけないで。葉の上を流れていってしまって、肝心の根本に水が届かないから」
「うん」
 花壇にしゃがみ込み、片手で葉をよけながらそうっと植物の根に水を注ぐクラエスの様子に
ベアトリーチェも見よう見まねでじょうろを傾ける。
「あ」
 液体自体の重さ勢いよく流れ出た水に、じょうろの注ぎ口がはずれた。
反射的に手首を上に返せば、反動でばしゃんと水が溢れる。
「………あ」
 どうして良いのか分からず、じょうろを持ったまま動きが止まる。
袖口と顔からぽたぽたと滴を垂らしながら固まっている年下の少女に、クラエスはじょうろを置いてハンカチを取り出した。 
   ベアトリーチェ。大丈夫?」
「うん」
「一端、じょうろを置いて。このハンカチを使ってちょうだい。
   水が多い時は重さで勢いがつくから、気を付けて」
「…うん」
 イニシャルが刺繍されたハンカチを受け取り、顔を拭く。
その様子を見て、クラエスはまたバケツの水をじょうろにつぎ足すと、水やりを再開した。
 顔と袖を拭き、ハンカチを軽く絞ってまたベアトリーチェは動きを止める。
これは、このまま返せばいいのか、それとも洗って返すべきなんだろうか。
わからない事は確認する。教えられた基本通り、彼女は年上の少女に問いかける。
「クラエス。これは洗って返せばいいの」
「そのままでいいわ。   こちらへちょうだい」
「うん」
 ハンカチを返し、また作業に戻る。今度は水流に注意して注ぐ。
 ぬれた土の匂いとハーブの香りが入り混じって少女の鼻孔をくすぐった。
嗅覚を強化された少女はそれが習い性のように、くんくんと匂いをかぐ。
   いい匂いでしょう」
 クラエスの言葉に、無言でこくりとうなずく。
「それはレモングラス。   気分をリラックスさせる効果があるの」
「これも、毎日水をやらないと、枯れるの?」
「今はまだ大丈夫だけど、夏は   そうね」
「それじゃあ、仕事で何日もいなくなる私には、育てられないね」
 ベアトリーチェの言葉に、クラエスは眼鏡の奥にほんの少し意外そうな表情を浮かべた。
「育てたいの?」
「さあ」
 ほとんど感情の起伏を持たない少女は、ハーブを見つめたまま首を傾げる。
育てたい、と明確に希望するほど強い感情ではないのだろうが、
普段の彼女からすれば興味を持ったと言うだけでも珍しい反応だ。
 だから、クラエスもそんな提案をする気になった。
    あなたがいない間、私が水をやることはできるわよ。ベアトリーチェ」
 振り返った少女にクラエスが微笑む。
「え?」
「私はあなた達と違って、公社の外に出ることはないから。   留守番なら、するわよ」
 ベアトリーチェは年上の少女を見上げてしばしその目を見つめると、やがて、こっくりとうなずいた。
「…育ててみる」
   そう。じゃあ、植木鉢を持ってくるわ。植え替えて、あなたの部屋に置きましょう」
「うん」
 そこで待っていてね。そう声を掛けてクラエスは自室へ向かった。

 年上の少女の姿が寮の建物に消えるまで見送ると、少女はまた香草の前にしゃがみ込み、
くん、と爽やかな香りを吸い込んだ。


<< Das Ende >>




トップページ 保管作品名一覧

コメントをかく


「http://」を含む投稿は禁止されています。

利用規約をご確認のうえご記入下さい

Wiki内検索

編集にはIDが必要です