クマのぬいぐるみと、スーツ //トリエラ、ヒルシャー、ベルナルド
         // 蘇芳 ◆Ecz190JxdQ // General //2011/11/03



「ヒルシャー、呑みに行こうぜ」
「こっちの状況を見てくれよ…
どうみてもそんな余裕無いのわかるだろ」
「なんだよ、可愛いトリエラが一緒だから呑みには行けないってことか」
「ベルナルド、頼むから笑えない冗談はやめてくれ…
イタリア人は冗談が上手いんだろう?」
「ああ、でもそれ以上に女の子を口説くのが上手いんだぜ」
「とにかく、今日はこの資料を訳さないといけないんだ。
トリエラは翻訳の手伝いだ。
ちなみにこれは課長には内密にな…
義体に書類仕事を手伝わせるのは…」
「ヒルシャーお前も隅に置けないな」
「そういう意味じゃない。
とにかく黙っていてくれ」

ベルナルドさんは公社の大人とは思えない人だ。
私はどうしても「上」の立場であるはずの大人の課員を名前で呼ぶのに抵抗がある。
条件付けのせいか、私の性格か、わからないけれど。
ジョゼさんとジャンさんは苗字が同じだから仕方ないにしても…
それなのに、ベルナルドさんは絶対に名前で呼べと私に迫る。
条件付けで義体は公社の大人に本気で逆らうことはできないのを知っているくせに、どうしても必要な命令以外であんなに頑なになる人はベルナルドさんだけだ。
けれど、その頑なさはヒルシャーさんのそれとはあまりに違い、それがどこか面白い。
嵐のようなベルナルドさんが去って、ヒルシャーさんはため息をつく。
でもその溜息はどこか楽しそうだ。
そして、なぜか感じる、胸の奥の小さな痛み。

「なんだか嬉しそうですね」
「嬉しい、というよりは羨ましい、だな」
ヒルシャーさんはいつもの何か諦めた笑顔で笑う。
「ベルナルドは僕に生きられない人生を生きている。
僕にないものを持っている。
ああいう風に生まれついていたら、と思う時があるよ」
「今からでもなったらいいじゃないですか」
私と違って長生きも可能なのだから。
その一言を飲み込んだのは、きっと、条件付けのせい。
「そうはいかないよ。
今更ああはなれないさ。
生き方を真逆に変えるのは、失うものが多すぎるよ。
今ある大切なものを全て捨てることになるからね。
そしてベルナルドみたいなやつは案外、一番大切なものだけは捨てないし、繋がりだけはああ見えて大切にしてるのさ」
「私にはよくわかりません」
「そうかな。
確かに、今のところそこまでトリエラとかけ離れた人格の義体はいないから、そんなものかもしれないな」

そんなベルナルドさんが担当官になると言う。
義体の名前を決めるために呑みに行こう!とヒルシャーさんに迫って、またヒルシャーさんは嬉しそうに困っている。
私がヒルシャーさんを困らせた時は、寂しそうなのに。
同じ苦笑いでも、どうしてこんなに違うんだろう。

「古典文学でも、オペラでも、昔の彼女の名前でも好きにしてくれよ。
僕はまだ仕事があるんだ」
「おお、ヒルシャーの昔の女の話を聞かせてくれよ。
俺の昔の女じゃ数が多すぎて候補が絞れねえよ」
「僕の昔の女の子は、ガラスの靴を履いて逃げて行ってしまったよ」
「なんだそりゃ
でもまぁ逃げられたってところはヒルシャーらしいな」
僕の昔の女の子。
その響きに、また胸の奥が疼く。
「ヒルシャーさん。
行ってきたらどうですか。
明日の座学はどうせ独作文です。
この資料翻訳もドイツ語なんですから、座学の時間でやればいいじゃないですか」
「おお、トリエラは気が回るな。
じゃ、ヒルシャーは借りていくぞ」
「本当は明日のテキストはもうレジュメまで刷ってあるんだが…
明日は頑張って両方終わらせよう」

そしてヒルシャーさんはまた嬉しそうにベルナルドさんに引きずられていく。
ベルナルドさんと組む義体はどんな子なのだろう。
その子との「繋がり」もベルナルドさんは大切にするんだろうか。
私とヒルシャーさんの「繋がり」はベルナルドさんにはどう見えているんだろうか。

今のところ、私とヒルシャーさんを繋ぐのは、クマのぬいぐるみと、スーツ。
あまりにアンバランスで、まさに今の私たちのよう。
スーツを着る年齢になったらぬいぐるみでは遊ばないし、ぬいぐるみを抱いて寝る子供はスーツは着ない。
それでも、この組み合わせが今の私たちで。
フラテッロ。
これが私たちの繋がりの名前。
私たちは絶対兄妹には見えないけれど。
それでも私たちはフラテッロ。
だから、私は諦めない。
いつか、ヒルシャーさんが嬉しそうに困ってくれるその日まで。





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