// トリエラ、リコ、クラエス
        // 蘇芳 ◆Ecz190JxdQ // Serious // 2011/05/14



タイトル:嘘

「遺言ですよ。言っておかないと後でヒルシャーさんが苦しむから。」
彼に言った言葉は、すべてが本当ってわけじゃない。
私は強がりだ。
強がることをやめたら、きっとそれはもう私ではない。
私が条件付けのリセットを容認するのは、怖いからだ。
マリオ=ボッシに聞いた私の過去。
私には目覚めることもできなくなるほどのトラウマがある。
条件付けが切れたら、私はヒルシャーさんに別れを言うことすらできないまま眠り続けるかもしれない。
それは嫌だ。
何より怖い。
だから、もう私は条件付けを、公社を、恨まない。
ただ眠り続けて死ぬだけの命よりは、短くても生きたのだから。
トラウマが何の代償もなく消えればそれが一番よかったけど、それは都合がよすぎるから。
だから私は受け入れよう。
恐怖する自分も、私で実験した公社も。


「私は苦手なので、嘘はジャンさんの担当です」
私は嘘は苦手。
だけど私には「言っちゃいけないこと」がたくさんある。
パパやママの顔を覚えていること。
私は夢を覚えていること。
他にもたくさん、ジャンさんに教わった。
私は「半端な義体」だから。
ジャンさんは「実験中の技術」は信用できないから、できるだけ条件付けの要らない子を選んだといっていた。
ジャンさんは絶対成功しないといけないから、って。
私は嘘は苦手。
だから嘘はつかない。
代わりに黙ってにこにこするだけ。
ジャンさんはそれでいいと言ってくれたから。
みんなを騙しても、ジャンさんがそれで喜ぶなら。
私はずっと笑っていよう。


「トリエラは死が怖いのね。私には日々の暮らししかないから」
日々の暮らししかないから、なんなのだろう。
私だって死ぬのは怖いのに。
トリエラだけが怖がっているような言い方をしてしまった。
私はうそつきだ。
覚えていないけれど、私の心の底には誰かがいて、その誰かを失った悲しみは澱になって私の心に沈んでいる。
条件付けで表面的には忘れても、心の底の澱までは消せない。
だから私がいなくなれば、トリエラやヘンリエッタやリコの心に澱が残るはず。
それが怖い。
残された人の心を思い悩むことはできるのに、自分自身のこととして死を怖いと感じない私が怖い。
けれど、恐怖は口に出したら広がるばかりだから。
せめて私だけは泰然としていよう。




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