COSCA 第九章 良薬 // オリジナルキャラクタ、トリエラ、ヒルシャー、ジャン、ロレンツォ
    // HamDemon著(USA) // 訳143 // オリジナル設定 
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COSCA 第九章 良薬


(あいつが言ってた名前…… リノ…… なんでこんなに聞き覚えがあるように思えるんだろ?) カテリーナが深く考え込んでいた。

「聞き覚えなんかないわ」 セレスティーナは、クラエスから借りた植物図鑑を見るともなしに眺めながら、静かに返事をした。「その名前に意味があるんじゃなくて、あなたが意味づけに囚われているだけよ。リノなんて名前、わたしには何の意味もないし、あなたにだってそれは同じはずだわ」
 彼女は興味の沸かない数ページをめくって飛ばした。そして、ツイストブーケ状にまとまった白とピンクと血のような赤色のアネモネが描かれたページで手を止め、「ねえ見て、これ綺麗じゃない?」と、嬉しそうにカテリーナに差し出した。

 カテリーナは本を無視した。(違うよ、お姉ちゃん。あいつが言ったことの内容は絶対あたしたちに関係ある。ただ、なんでか分かんないだけなんだよ)

 セレスティーナは苛立って溜息をついた。「わたしはあなたの目の前にいるでしょ、おちびちゃん。少しは言葉を声に出す練習でもしたらどう?」

 この言葉にかちんときたカテリーナは、些細なことで片割れと喧嘩する際のテンションを煽られ、「おちびちゃんじゃないもん!」と、幼稚な気勢で対抗した。

「そのどの辺がおちびじゃないっていうのよ?」  セレスティーナはいたずらっぽい微笑で喧嘩を受けて立った。

 カテリーナが言い返す直前――言い返せる言葉など本当はなかったが――ドアが軽く二度ほどノックされ、トリエラがゆっくりと、慎重に入室してきた。彼女は入ってきた時と同じような丁寧さでドアを閉め、簡単な挨拶をおずおずと投げかけた。「……やあ」

「あら、これは僥倖」 セレスティーナは馬鹿にした嬉しさを表現してみせた。「せっかく来てくださったんですから、何も心配することなんかないんだってことを、わたくしの被害妄想症の妹めに納得させてやってくださいません?」

「そうだね……」 トリエラは自分の発する言葉を信じていないかのように話し始めた。「あなたたち二人には、何も心配いらないって言いたい…… でも、慎重にならなきゃいけないの」

『どうして?』 双子は完璧なユニゾンで尋ねたが、各々のトーンは違っていた。セレスティーナは疑い深く防御し。カテリーナは困り果て不安に。

 トリエラは説明を始める前に、一度だけ深呼吸をした。もう後戻りはできない。
「そうだね」 彼女はもう一度、ゆっくりと言った。「あなたたちも知ってる通り、公社は、義体が過去を知ることを防ぐためなら何だってやるの。そうすれば、トラウマの復活や精神不安定を避けられるから。そして、これもあなたたちの知ってる通りだけど、公社は、誰だろうが関係なく、“不要な情報”を知ってしまった義体には問答無用で条件付けのリセットをかける」

 二人は同時に頷いた。もどかしげに眉を顰めながら、今や遅しと聞き入る。『それで……?』

 トリエラはもう一度深呼吸しなおし、双子たち自身のことについて最初から語り始めた。
「あなたたち二人は、テルニで暗躍してた人身・ドラッグ売買組織のボス、ピオ・アルヴィーゼの実の娘なの。彼は――」

「要点だけ先にまとめてくれない?」 セレスティーナは苛立って担当官を急かした。

「そんなに冷たく当たるもんじゃないよ、セル」 カテリーナが姉に向かってトリエラを弁護した。「姫はただ、やんわり伝えようとしてくれてるだけじゃん」

「わたしは冷たくなんかないわ」 セレスティーナは反射的に言い返した。「わたしは宙ぶらりんの状態が嫌いなだけよ。それに加えて姫、あなたの命令の仕方は従いにくいし、あなたの話は飛び飛びで聞いてられないの。いくら控えめに言ってもそうよ」

「分かった」 トリエラは宥めるように言った。「そのことについては悪かったよ。私もちょっとピリピリきてたんだ。だから少し落ち着いて、ゆっくりいこう。ね? 今から話すことは、ここにいる誰にとっても簡単なことじゃないから」

「それで結構よ」 セレスティーナは敢えて不本意を飲み込んだ。「だから、ねえ、早くして!」

 トリエラは要望通りに話を続けた。先刻よりも上手く順を追って、脱線しないように努めながら。彼女の脳裏はさまざまな情報で入り乱れており、何一つ判然とした形にまとめ切れるものがない。
「ピオ・アルヴィーゼの右腕はリノ・バルダザーレって男だった。公社があなたたち二人を救出した夜は、あなたたちの両親が彼によって殺された日だったの」

 双子はトリエラをぽかんと見つめた。この知らせをどう受け止めていいか分からなかった。今、話題に上がっているのは、自分たちの実の父親のことだ。自分たちを育てた男を殺した人間がいる、ということだ。それにも関わらず、二人は完全に、少しも、まったく何も感じなかった。ピオの名前もリノの名前も、どちらも何の閃きももたらさない。記憶が奔流になって押し寄せてくることもない。それらの名前に、顔や声を思い出して一致させることさえできないのだ。

 この状況にどんな反応を示していいか分からず、セレスティーナはあざ笑った。「ははっ……」 大笑い寸前のような声が漏れる。「これって……」 彼女は最後まで考え通すこともできなかった。

「あなた、笑ってるの?」 トリエラは今目にしているものが信じられずに叫んだ。彼女はこの呆然とした気持ちを分かち合えるかと思い、カテリーナを振り返った。

 カテリーナは唇を噛み締めていた。彼女の目は狭められ、トリエラにも目尻に溜まる涙が見えた。肩は震え、手はワンピースの裾を握り締めている。
突然、カテリーナは目を閉じた。そして口を大きく開け、げらげらと盛大に笑い出した。まるで誰かが彼女の目の前で赤っ恥でも晒したかのような笑いぶりだ。それに姉が加わり、笑い声が倍増し、とうとう彼女たちは、横腹を抱えて転げ始めた。

 トリエラはあんぐりと口を開けた。「二人とも、一体どうしちゃったのよ?」 彼女は、怒りと安心が奇妙に綯い交ぜになるのを感じながら叫んだ。「あなたたちが歩んできた人生の話なのに!」

 セレスティーナは涙を拭い、笑いを止めようと試みた。なんとか喘ぎながら返事を搾り出す。「もう失くした人生のことでしょ。わたしたちには何の関係もなくなった人生のことよ」

 カテリーナも苦心し、なかなか言葉にならなかった声をやっとまとめ上げた。「どれだけ苦しくなるかと思ったよ。世界で一番痛いことだと思ってた。昔を思い出すってことはさ。でもさ、いざそれが起きてみるとさ……」 彼女は、その続きを考えるためというより、引き続き笑うために言葉尻をなくした。

 その時、トリエラは理解した。これは、注射を怖がっていた子供が針の痛みをあまり感じなかった時の反応と同じだ。寸前まで、落ちて死ぬことしか考えられなかったバンジージャンプ未経験者が、引き上げられた後に野次を飛ばしながらバカ笑いしているのと同じだ。いろいろな意味で、これは双子が初任務の直後に示した反応と同じだった――すべてを失っていたかもしれない状況に投げ込まれたのに、終わってみたら何事もなかったという。危機一髪のきわどさは、いつだって可笑しいものなのだ。間違いなく。

 そうじゃなければ、と、トリエラは考えた。驚いていた。彼女自身もまた、カテリーナとセレスティーナと一緒になって笑っていたのだった。
 そうじゃなければ、この子たちただ、頭がおかしいだけなのかも。多分、私たちみんな頭がおかしいのかも。どっちにしろ、こうして笑ってる方が、泣いたりするよりずっといい。

 実を言えば、他のことにもトリエラは驚かされていた――二人の精神力が、見た目よりも遥かに強靭だったことに。さもなければ彼女たちは、怒りと憎しみを瓶詰めにして後々まで保存していただろう。私がこの子たちだったらそうしたかな…… と、トリエラは自分と比較して考えた。

 やがて、アルヴィーゼ姉妹は笑い納めて静まり始めた。深く息を吸い、呼吸を正す。
セレスティーナが、咳払いをしてからトリエラに尋ねた。「写真ある?」

 トリエラは鼻を啜り、目から涙を拭き取った。「誰の? お父さん?」

「と、リノね」 カテリーナが付け足した。

「もちろんだよ。あなたたちの資料ファイルの中にある。持ってくるね」
 トリエラはテーブルから立ち上がった。彼女は出口の方に向かったが、ドアノブに手をかけようとしたその時、扉がほとんど自動的に開いて、途中で止まった。
外に立っていたのはジャンだった。彼はいつもの威圧的な眼差しで部屋の中を見回し、真下にいたトリエラを見つけ、見下ろしたところで視線を止めた。
彼女は驚きと嫌な予兆に数回目をしばたたかせた。もしかして、今までのことが全部バレた?

「ついて来い」 ジャンが静かに命令した。
 トリエラは従った。が、部屋を去る直前、振り返って双子を見るのも忘れなかった――にこやかに笑っている二人を。

「あなたの魂に、神の憐れみがありますように」 セレスティーナが冗談めかして言った。
 トリエラにはちっとも面白く聞こえなかった。






 ジャンはトリエラをロレンツォ課長のオフィスまで連れて来た。そこには、考えうる限り、社会福祉公社に在籍するすべての義体担当官が集合していた。彼女はしばしの間入り口に立ち尽くし、この小さな、溢れんばかりの人でごった返す空間の中に、自分が入り込める隙間を探した。
 ヒルシャーが部屋の隅に一人で立っていた。トリエラが見つけた時、彼は、傍に来るよう彼女に合図を送っていた。

「それで、どうなった?」 彼は期待を滲ませた声で囁いた。

 彼女の答え。「あの子たちに真実を話しました」

「泣いてたのか?」 ヒルシャーは、トリエラの頬に残る細い涙の筋跡を見咎めた。その上、彼女の目がまだ赤いことも。

「い、いいえ」 彼女は慌てて袖で顔をこすりながら説明した。「笑ってたんです」

 ヒルシャーがトリエラに経緯を尋ねる前に、課長がオフィスに入ってきて、デスクの向こう側に着席した。即座に部屋中の会話がすべて止まり、彼に注目が集まる。この反応が多大な影響力の賜物であることは疑いようがないが、ロレンツォが自らの権力を誇示したことはない。ただ、毎回自発的にそうなる。それだけだ。

 課長は机上で両手の指を組み合わせた。
「今日皆を集めたのは、次の作戦について話し合うためだ。知っての通り、これは最近死んだ捕虜から割り出した情報に関連する。その死人によると、数日前に現金輸送車から奪われた金は、ロンダリング目的でカジノ・レジオに移送された。そして今も、高確率でそこに保管されていることが予想される。しかしながら、そのカジノは経営自体が五共和国派によって為されており、警備部隊も奴らの仲間だ。作戦内容は侵入と拉致。盗まれた金の奪還と、カジノ所有者の身柄の拘束を目的とする」

 ロレンツォ課長はそこで一旦話を区切り、担当官同士で話し合う時間を設けてやった。通常、侵入は警察の仕事だが、作戦の概念は至極清廉だ。しかしながら、金とカジノオーナーが、五共和国派への訴訟を有利に進めるためのカードとしてあれば便利、くらいのおまけに過ぎないことは、ここにいる誰もが理解していた――本当の目的は実際のところ、ある匿名の政治家によって依頼された“とある貴重品”の入手だということも。この場合、“とある貴重品”とは、その政治家のキャリアと人生のすべてをトイレに流しかねない、パブリシティに不利に動く特定の物品を示す。見たところ、その政治家は、自身の個人的なツテを頼って、その物品を銀行金庫の奥深くに封印しようとしていたようだ。そして明らかに、その物品は銀行まで届かなかった。

 ジョゼが挙手した。課長は相談をやめるよう合図を出した――すぐさま部屋が静まり返った。
「ここまで多くのフラテッロがこの作戦に必要ですか?」 ジョゼが質問する。

 課長が説明する。「すべての警備人員がパダーニャのテロリストだという事実から考えても、いつも通りフラテッロを2、3組送るだけというのは危険な賭けだ。面が割れた場合のことを想定すると、できるだけ多くの手勢が必要になる」

 ジャンが付け加えた。「この作戦には民間人の死傷者を出す危険性が伴いますが。一般人目撃者の命の保障についても、言うまでもないことです」

「運がよければ」と、課長が答える。「銃撃戦が勃発した場合、爆発するスロットマシンがパニックと混乱を招いて、一般人を追い払ってくれるはずだ」
 そのジョークを受けて担当官たちが一斉に笑った。もちろん彼らは、もれなく面が割れるような現場には、課長がフラテッロを派遣しないことくらい知っていた。課長に、カジノの警備員の注意を引かないようスムーズに作戦を進める策があることも知っていた。最悪の事態は、何かがひどくおかしな方向へ突き進まない限り起こり得ないのだ。

 ロレンツォがまとめに入った。「では、これ以上質問がないなら解散だ。作戦は明日0800きっかりに開始する」
 担当官たちが退散を始めると、彼は群集に向かって声をかけた。「トリエラ、おまえはここで少し待て。話がある」

 トリエラは言われた通り部屋に留まり、デスク前の椅子に腰掛けた。外からオフィスの扉が閉められると、課長はファイルフォルダを取り出して流し読みを始めた。

 課長が何のつもりかを想像し、トリエラは一気に緊張して強張った。もしかして、死んだ密告屋とリノ・バルダザーレの関係がバレちゃった? それか、もう既に課長は、バルダザーレがカジノの警備員として、パダーニャのために働いてるだろうことを突き止めてるとか?

「私の理解するところでは」 課長は書類から目を離しもせずに言った。「カテリーナとセレスティーナは重圧下でも非常によく動ける。そうだな?」

 トリエラは恐々と頷き、口ごもった。「は、はい、課長。訓練をしているうちに、二人は何か縛りを与えられた方がより迅速に、効率的に動けることが分かりました。例えば…… 時間制限とか」

「ロトンダ広場での事件は言わずもがな、だな」 課長が付け加えた。おかげでトリエラはかちこちに固まった。しかし彼は、彼女を安心させるように言った。「心配するな。またどやし付けようってわけじゃない。現場で想定外のことが起こることは私も理解している。そして、その環境下で、おまえの義体たちが殊の外優秀に働いたことも」

「それでは…… 彼女たちに何をさせるおつもりで?」

 ロレンツォ課長はフォルダを閉じ、トリエラの目を見た。何よりも形式的行為のつもりで。「私の見解では、アルヴィーゼ姉妹は優れた遊撃チームになると考えて間違いない。明日の作戦では、あの子らにカジノのフロアを徘徊する偵察役を課したい。もし何かあった場合、彼女らの任務は、敵の警備部隊を掻き退けて、内部にいるフラテッロの脱出を助けることへ変更される。もちろん、あの子らにはそれができると、おまえが太鼓判を押せればの話だが?」

 トリエラの緊張が少しだけほぐれた。今までの懸念事項があまりにも些細だったことを知り、彼女は思わずほっとしていた。何より、姉妹を現場に出すために、課長がトリエラの許可を求めていることへの驚きが大きかった。
「もし、そのフロアにあの姉妹が理解できるものがあったら――ええと、カジノの遊び方的な意味で」 トリエラは、寮でのひとときを思い出しながら答えた。「全部めちゃくちゃになります」



COSCA 第十章 照準



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