最終更新: gunsringergirl_ss2 2011年05月12日(木) 23:28:43履歴
COSCA 第四章 豹変 // トリエラ、オリジナルキャラクタ、アマデオ、クラエス
// HamDemon著(USA) // 訳143 // オリジナル設定
// http://www.fanfiction.net/s/5163477/4/Cosca
COSCA 第四章 豹変
トリエラは襲いくる怒りの視線に数秒間曝されて混乱した。私、何かした? どうやってこの状況を切り抜ければ?
少しの間を置いて彼女は、部屋を支配する沈黙という名の悪魔を追い払うために、二人のベッドの間を歩き抜けて、窓の前までやってきた――間を通るとき、さらに竦み上がったりしないようプレッシャーに耐えながら。ブラインドを開けると、即座に明るい光が差込み、部屋に渦巻く禍々しいオーラの呪いを解いてくれた。それがトリエラの社交性を復活させ、彼女はやっと自信を取り戻した。
彼女は改めて双子を仔細に観察した。いまだにトリエラを睨みつける形相が、彼女たちをじっくり見ていいものかどうか迷わせもしたが。双子は紛れもない一卵性で、二人とも驚くほど美しかった。人形のような、という表現では足りないほどだ。むしろ天使に近い――怒りに満ちた、おっかない、機械の体を持つ天使。
トリエラは近くにいる方の少女の頭を撫でたい衝動に駆られたが、手を失う恐怖に負けたのでやめておいた。極力フレンドリーに会話を続ける。「それで」 極力明るく。「二人は、セレスティアとキャスリーン、だよね」
「セレスティーナ」 近くにいた方が低く呟いた。
「カテリーナ」 遠くにいた方も、まったく同じトーンで正す。
やっちゃった! トリエラは内心自分を呪った。思わず一歩後ずさる。「ご、ごめんね。いつも名前はすぐ覚えるんだけど!」
大声で言い切った後、緊張からくる笑いで彼女は誤魔化そうとした。この双子の前だと、どうもいつも自分が保てない。集中できなくなる。私、もしかして本当に怯えさせられてる?
彼女の犯したミスと情けない取り繕いにも関わらず、双子の表情に変わりはなかった。まあ、少なくとも、これ以上は怒りようがないみたいね……
「あーもう」 遠くにいる方――カテリーナ?――が突然、呻いた。「ねえセル、もうこの人を脅かすのに飽きちゃったよ。簡単すぎるんだもん」 そしてしかめ面をやめ、トリエラに背中を向けてベッドに寝転がり、布団を被り直した。「彼女が出てったら起こして。いいよね、お姉ちゃん」
近くにいる方――セレスティーナがトリエラに向き直った。やはりもうしかめ面はしていない。申し訳なさそうにトリエラに微笑む。「ごめんなさい。あなたを脅かそうとしたのはカテリーナのアイディアなんです。きっと面白いと思ったの」
トリエラは呆然とするしかなかった。信じられない。冗談だったの? 悪ふざけだっていうの? 嫌われてるわけじゃなかったっていうの?
とにかく態度を正した今、セレスティーナの方は愛らしくて近づきやすい性格の持ち主のようだ。その発見に、トリエラは神への感謝を唱えた。一方、カテリーナときたら……
「わたしたち、運が悪かったみたい」 セレスティーナが言う。どういうわけか、優しく無垢な声のトーンに突如として、意地悪な響きが加わっている。「だって、思ってたよりずっと退屈だったんだもの。あなたの担当官としての能力が、人をもてなす能力よりマシなことを願うわ」
うわ。トリエラはただただ驚嘆した。驚きと歯痒さが膨らんでゆく。この子たち一体、どこの地獄の申し子よ?
なんとか気持ちを落ち着け、本来の自分を思い出した――過去にも彼女は、エルザ・デ・シーカの傲慢さにも屈したことがなかったのだということを。もちろん、自分の担当義体に膝を折るつもりもない。トリエラは、温和な態度を崩してはならないと自戒した。友好こそがトリエラのカードなのだ。
「よ、よし。みんな落ち着いて、最初からやり直そう。私はトリエラで、それから――」
「しばらくあたしたちの世話をすることになったんでしょ」 カテリーナが向き直ることさえせずに、臆面もなく言い放った。「そんなのとっくに知ってるよ。たださあ、あたしたちが思うのは、あんたなんていうか…… ビクつきすぎなんだよね。命令する立場のくせに」
今分かった。ただの悪ふざけじゃなかったんだ――トリエラはまた驚かされていた。私は試されたってわけだ!
「はいはい、分かった分かった」 乾いた笑いを漏らし、受けたショックをひた隠しにする。「その通りだよ、それは認める。でも私たちはこれから一緒に働くわけだし、もう少しお互い仲良くしよ?」
セレスティーナが妹の背を盗み見た。(どうする? この人、追い払っちゃう?)
カテリーナがそのままの姿勢で答えた。(ううん。それも考えたけど、この人を追っ払ったら、もっと扱いにくい人が来るかもしれないよね。しばらく彼女でいいんじゃない?)
妹に同意し、セレスティーナがまとめに入った。「あのう?」 この結論を信頼することにし、トリエラに向き直る。「こんな目に遭わせたこと、本当に申し訳ないと思ってます。わたしたち、あなたを受け入れることにしました」 そして小さく、毒々しい天魔の笑みを浮かべる。「……今のところは」
はいはい、そうでしょうよ。トリエラは頭の中だけで自嘲した。しかしふとあることに気付き、混乱して声を高めた。
「ちょっと待って、いつそんなこと二人で話したの? どうしてそう決めたのよ?」
トリエラはすっかり懐疑的になっていた。これまでを通し、このアルヴィーゼ姉妹からは、人を操るのが上手で狡猾、いつも動機を隠している腹黒さが見えてきたからだ。
カテリーナが身を起こす。双子が同時にベッドから出る。そして、お互いに向かって同時に肩をすくめ、完璧なユニゾンでもって、トリエラの疑問を蹴散らした。『意味なんかないけど』
「よし、それじゃ」 診療所を抜けたところで、トリエラが言った。「二人とも新しい義肢に慣れるまでもう少しかかるし、今日は武器を選ぼうか。安全な使い方とメンテナンスもみっちり教えるからね」
トリエラのすぐ後ろを歩いていた双子は、顔を見合わせてうんざりした。カテリーナが抗議する。「あたしたち、基本的な銃の知識はもうあるんですけどぉ」
「その”基本的”っていうのがネックなんだ」と、トリエラは切り返し、「それに、さっきのはちょっと信じられないよ。ジャンさんはあなたたちが、まだ武器に関する条件付けはされてないって言ってたしね」
「”一緒に働く”から、”仲良くしたい”んじゃなかったの?」 セレスティーナが怒り交じりに問いただした。
トリエラはそれを受け流し、平淡に答えた。「勘違いしないで。私はあなたたちとちゃんと一緒に働きたいし、仲良くもしたいよ? でも、まだ私はあなたたちを信用できないし、あなたたちも私を信用してないでしょ。何の理由もなく無闇にそう思ってるわけじゃないって分かってね。だって二人とも、見た目は最高傑作の人形みたいなのに、なんていうか…… 振る舞いまで人外だし」
双子はまた顔を見合わせ、ぐるりと目を回してみせた。トリエラの「人形みたい」云々発言は双子の着ている服――事件の夜から持ち越された、お揃いのシルクのドレス――に触発されたものだったが、おかげで彼女たちは、すれ違う公社の職員たちの目を引きまくっていた。
第三者たちは、双子が本当に命ある人間なのか、技術部スタッフによる新しい実験作品なのか分かりかねているようだった。実際、どちらもある意味で正解だったが。
技術部棟を出、本館を抜けて中庭に出る。まだ早朝で、太陽は大きな灰色の雲の陰に隠れており、芝生は露に濡れていて、空気が冷たく肌を刺した。防寒機能がまるで備わっていない装いの双子は、その寒さに身震いした。
「よう、トリエラ!」
背後から男の声。呼びかけに振り返ると、黒革のジャケットとジーンズの男がこちらに近づいてくる。癖のない黒髪が、無精ひげで覆われた顔の輪郭を覆っている。
「アマデオさん」 トリエラが挨拶した。
男が笑った。最高の文言思いついちゃったぜと言わんばかりに。「おいおい見ろよ、まるで俺たちのお姫様が、二人のきれいなお女中を新しく見つけてきたってかんじだなぁ?」
それを聞いた途端、双子は再び顔を見合わせた。にやにや交わす笑みがいかにも邪悪だ。
それに気付き、トリエラが慌てた。誰にともなく喚く。「やめてくださいよ! どうして私をそんな風に呼ぶんですか!」
彼女が単に照れ隠しで騒いでいるものと勘違いし、アマデオはトリエラの肩に手を置いて笑い飛ばした。「落ち着けよ。そんなあだ名をつけられるほど皆に愛されてるってことなんだって」
トリエラは項垂れ、滑稽なくらい絶望しながら自分に言い聞かせた。気にしちゃだめ。アマデオさんは何も分かってないんだから。
アマデオがおかまいなしに続ける。「そういや、おまえの新しい仕事のこと聞いたぜ」
トリエラは双子を一瞥し、二人が今、何を企んでいるのか戦々恐々としながら答えた。「仕事っていうか、課題です。ほんとに」
「なんだって同じさ、がんばれよ。俺や他の平課員たちも皆言ってるぜ、一度に二人もの義体を指導するなんておまえにしかできないってな。おまえなら立派にやってのけるって」
「皆さんにありがとうと伝えてください。それから紹介が遅れましたが、この二人がセレスティーナとカテリーナです」
「わたしがセレスティーナの方なんですけどね」
「で、あたしがカテリーナね」 双子は無邪気な笑顔を作り上げ、正しい順番に自己紹介し直した。トリエラの紹介とは真逆だった。
再びミスを犯したトリエラは、「やっちゃった」顔のまましばし硬直した。消え入りそうな声でぼそぼそ呟く。「ええと、彼女たちは…… すごいんです。とてもじゃないけど私の手には負えないっていうか…… ほんとです」
「そりゃ最初はそうだろうよ」 アマデオはにこにこ笑って双子と握手しながら、「公社で一番の優等生に担当してもらえるなんて、君ら二人は本当にラッキーだな。何から何まで面倒見てもらえるぞ」
『重々承知ですわ』 双子が同時に微笑み返す。気持ち悪いほど甘い声音。
突然、カテリーナがトリエラの腕を掴み、彼女が最も恐れていた言葉を吐き出した。「行きましょ、お姫様! 銃について教えてくれるって約束したよね!」
セレスティーナが反対側の腕を掴んだ。「ありがたいご高説をぜひ聞きとうございますわ、お姫様!」
双子が悪魔の本性を天使の姿に包み隠すように、トリエラも挫けそうな心を腹の底に押し留め込んだ。
「ご、ごめんなさいアマデオさん。私これから、このチビっ子たちに抗議を――」 双子がトリエラの腕を揺さぶり、言葉を途中で遮る。特に”チビっ子”発言の辺りでは、千切れそうなほど強く。「――いえ、講義をしなきゃいけないんです。内なる魔物の制し方とか――じゃなかった、撃つための獲物の選び方とか!」 ”魔物”発言のあたりで更に激しい揺さぶりが加わる。
トリエラにしてみれば、腕を犠牲にしただけの価値はあったかもしれない。これでやっと、さっさと武器庫の方へ進むことができる――
アマデオは去り行く三人の姿を見守った。双子がトリエラの両腕を掴んで引きずるように引っ張りまわし、見当違いのいろんな方向へぐるぐる連れ回すのを見遣り、微笑ましく思って一人ごちた。「もうあんなに仲良くなっちゃって、さすがだね」
夕刻。太陽は自身が地平線の彼方へ隠れるために、世界のすべてをオレンジとピンクで満たす。月はすでにその全貌を現し、今や遅しと支配の時を待っている。
クラエスは自室のテーブルに着席し、淹れたての紅茶を前にして、茄子の栽培法について書かれた本を読んでいた。静かにカップを持ち上げ少しずつお茶を飲みながら、自由な方の手でページをめくる――それが最後のページだったことに少しだけ驚く。その本を置き、今度は茄子のレシピ本を手に取る。
いきなりドアが張り裂けるような勢いで開いた。千鳥足のトリエラが、よろよろと入ってきた。彼女はまっすぐ立つことさえできなかった――コンスタントに浴びせられる、わざとらしい馬鹿な質問に全部答えさせられた疲れと、数秒に一回必ず”お姫様”と呼ばれるフラストレーションで、完全に猫背の姿勢から回復できなくなっていた。自分の足を引きずり、クラエスの向かいの椅子を引いて座ろうとしたところで失敗し、硬い木の床に激しく自分の頭を打ち付ける。鈍い音。
クラエスは、一滴も紅茶を零すことなく、一筋の感情を見せることもなく、ただ静かにカップを置き、もう一組のカップに同じものを注いだ。向かいの席の、座り直したトリエラに渡す。トリエラがカップを受け取って一口啜るのを見遣り、おいしい茄子料理の作り方に集中を戻した。「お疲れね。大変な初日だったの?」
「想像をはるかに超えてすっ飛ぶと思うよ」 トリエラが疲労困憊で呆然と語りだした。「もう全滅、ぼろぼろだよ。あの双子…… あの子たち…… あの子たちときたら…… って、ちょっと待って、なんでクラエスが私の仕事のこと知ってるのよ?」 言いながら、トリエラの意識がいきなり復活したようだ。
「ジャンさんが私に伝えに来たのよ。あなたをしばらく煩わせるな、ですって」
トリエラの嘲笑。「ああそう。あの二人に会えば、私に噛み付く気力もなくなるよ」
「そんなにひどいの?」
「ひどいどころじゃないよ、あれはモンスターだよ!」 叫んだついでに、トリエラが早口でまくし立て始めた。「ぱっと見はカテリーナの方が感じ悪いの、だってあけっぴろげに横柄だし失礼だしね。でも個人的にはセレスティーナ、彼女の方がタチ悪いと思う! 無邪気なふりしてかわいこぶってるんだよ、人を侮辱するときでさえ口調だけは丁寧だしおしとやかだし、正直言って私――」
「分かったわ」 言葉と共に、クラエスは手のひら一つでトリエラを制止した。焦れていた。「あなたが大変な一日を過ごしてきたってことはね。でも頼むから、最初から順を追って話してちょうだい」
トリエラは椅子の背に反り返り、手を頭の後ろで組んだ。「ごめん」と呟き、短く息を吐いて頭を冷やし、しばしの間考えに浸る――なぜあの双子はあんな風に振舞うのだろう? 両方とも、無礼で、腐りきっていて、すべてにおいて小憎らしい。しかし、彼女たちの瞳の中に何か、場違いなものが潜んでいることもまた事実だ。トリエラは、あそこまで美しい目の持ち主が、あれほど腹黒くなれるものだろうかと訝った。目だけではない、彼女たちの長い髪は絹糸のように輝き、透けるような白い肌も柔らかくやっぱり輝き、あのドレスだってなんだかんだ輝き……
「なんでかなあ」 トリエラは静かに熟考した。「どうしてあの二人、あんなに怒ってるんだろう」
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COSCA 第四章 豹変
トリエラは襲いくる怒りの視線に数秒間曝されて混乱した。私、何かした? どうやってこの状況を切り抜ければ?
少しの間を置いて彼女は、部屋を支配する沈黙という名の悪魔を追い払うために、二人のベッドの間を歩き抜けて、窓の前までやってきた――間を通るとき、さらに竦み上がったりしないようプレッシャーに耐えながら。ブラインドを開けると、即座に明るい光が差込み、部屋に渦巻く禍々しいオーラの呪いを解いてくれた。それがトリエラの社交性を復活させ、彼女はやっと自信を取り戻した。
彼女は改めて双子を仔細に観察した。いまだにトリエラを睨みつける形相が、彼女たちをじっくり見ていいものかどうか迷わせもしたが。双子は紛れもない一卵性で、二人とも驚くほど美しかった。人形のような、という表現では足りないほどだ。むしろ天使に近い――怒りに満ちた、おっかない、機械の体を持つ天使。
トリエラは近くにいる方の少女の頭を撫でたい衝動に駆られたが、手を失う恐怖に負けたのでやめておいた。極力フレンドリーに会話を続ける。「それで」 極力明るく。「二人は、セレスティアとキャスリーン、だよね」
「セレスティーナ」 近くにいた方が低く呟いた。
「カテリーナ」 遠くにいた方も、まったく同じトーンで正す。
やっちゃった! トリエラは内心自分を呪った。思わず一歩後ずさる。「ご、ごめんね。いつも名前はすぐ覚えるんだけど!」
大声で言い切った後、緊張からくる笑いで彼女は誤魔化そうとした。この双子の前だと、どうもいつも自分が保てない。集中できなくなる。私、もしかして本当に怯えさせられてる?
彼女の犯したミスと情けない取り繕いにも関わらず、双子の表情に変わりはなかった。まあ、少なくとも、これ以上は怒りようがないみたいね……
「あーもう」 遠くにいる方――カテリーナ?――が突然、呻いた。「ねえセル、もうこの人を脅かすのに飽きちゃったよ。簡単すぎるんだもん」 そしてしかめ面をやめ、トリエラに背中を向けてベッドに寝転がり、布団を被り直した。「彼女が出てったら起こして。いいよね、お姉ちゃん」
近くにいる方――セレスティーナがトリエラに向き直った。やはりもうしかめ面はしていない。申し訳なさそうにトリエラに微笑む。「ごめんなさい。あなたを脅かそうとしたのはカテリーナのアイディアなんです。きっと面白いと思ったの」
トリエラは呆然とするしかなかった。信じられない。冗談だったの? 悪ふざけだっていうの? 嫌われてるわけじゃなかったっていうの?
とにかく態度を正した今、セレスティーナの方は愛らしくて近づきやすい性格の持ち主のようだ。その発見に、トリエラは神への感謝を唱えた。一方、カテリーナときたら……
「わたしたち、運が悪かったみたい」 セレスティーナが言う。どういうわけか、優しく無垢な声のトーンに突如として、意地悪な響きが加わっている。「だって、思ってたよりずっと退屈だったんだもの。あなたの担当官としての能力が、人をもてなす能力よりマシなことを願うわ」
うわ。トリエラはただただ驚嘆した。驚きと歯痒さが膨らんでゆく。この子たち一体、どこの地獄の申し子よ?
なんとか気持ちを落ち着け、本来の自分を思い出した――過去にも彼女は、エルザ・デ・シーカの傲慢さにも屈したことがなかったのだということを。もちろん、自分の担当義体に膝を折るつもりもない。トリエラは、温和な態度を崩してはならないと自戒した。友好こそがトリエラのカードなのだ。
「よ、よし。みんな落ち着いて、最初からやり直そう。私はトリエラで、それから――」
「しばらくあたしたちの世話をすることになったんでしょ」 カテリーナが向き直ることさえせずに、臆面もなく言い放った。「そんなのとっくに知ってるよ。たださあ、あたしたちが思うのは、あんたなんていうか…… ビクつきすぎなんだよね。命令する立場のくせに」
今分かった。ただの悪ふざけじゃなかったんだ――トリエラはまた驚かされていた。私は試されたってわけだ!
「はいはい、分かった分かった」 乾いた笑いを漏らし、受けたショックをひた隠しにする。「その通りだよ、それは認める。でも私たちはこれから一緒に働くわけだし、もう少しお互い仲良くしよ?」
セレスティーナが妹の背を盗み見た。(どうする? この人、追い払っちゃう?)
カテリーナがそのままの姿勢で答えた。(ううん。それも考えたけど、この人を追っ払ったら、もっと扱いにくい人が来るかもしれないよね。しばらく彼女でいいんじゃない?)
妹に同意し、セレスティーナがまとめに入った。「あのう?」 この結論を信頼することにし、トリエラに向き直る。「こんな目に遭わせたこと、本当に申し訳ないと思ってます。わたしたち、あなたを受け入れることにしました」 そして小さく、毒々しい天魔の笑みを浮かべる。「……今のところは」
はいはい、そうでしょうよ。トリエラは頭の中だけで自嘲した。しかしふとあることに気付き、混乱して声を高めた。
「ちょっと待って、いつそんなこと二人で話したの? どうしてそう決めたのよ?」
トリエラはすっかり懐疑的になっていた。これまでを通し、このアルヴィーゼ姉妹からは、人を操るのが上手で狡猾、いつも動機を隠している腹黒さが見えてきたからだ。
カテリーナが身を起こす。双子が同時にベッドから出る。そして、お互いに向かって同時に肩をすくめ、完璧なユニゾンでもって、トリエラの疑問を蹴散らした。『意味なんかないけど』
「よし、それじゃ」 診療所を抜けたところで、トリエラが言った。「二人とも新しい義肢に慣れるまでもう少しかかるし、今日は武器を選ぼうか。安全な使い方とメンテナンスもみっちり教えるからね」
トリエラのすぐ後ろを歩いていた双子は、顔を見合わせてうんざりした。カテリーナが抗議する。「あたしたち、基本的な銃の知識はもうあるんですけどぉ」
「その”基本的”っていうのがネックなんだ」と、トリエラは切り返し、「それに、さっきのはちょっと信じられないよ。ジャンさんはあなたたちが、まだ武器に関する条件付けはされてないって言ってたしね」
「”一緒に働く”から、”仲良くしたい”んじゃなかったの?」 セレスティーナが怒り交じりに問いただした。
トリエラはそれを受け流し、平淡に答えた。「勘違いしないで。私はあなたたちとちゃんと一緒に働きたいし、仲良くもしたいよ? でも、まだ私はあなたたちを信用できないし、あなたたちも私を信用してないでしょ。何の理由もなく無闇にそう思ってるわけじゃないって分かってね。だって二人とも、見た目は最高傑作の人形みたいなのに、なんていうか…… 振る舞いまで人外だし」
双子はまた顔を見合わせ、ぐるりと目を回してみせた。トリエラの「人形みたい」云々発言は双子の着ている服――事件の夜から持ち越された、お揃いのシルクのドレス――に触発されたものだったが、おかげで彼女たちは、すれ違う公社の職員たちの目を引きまくっていた。
第三者たちは、双子が本当に命ある人間なのか、技術部スタッフによる新しい実験作品なのか分かりかねているようだった。実際、どちらもある意味で正解だったが。
技術部棟を出、本館を抜けて中庭に出る。まだ早朝で、太陽は大きな灰色の雲の陰に隠れており、芝生は露に濡れていて、空気が冷たく肌を刺した。防寒機能がまるで備わっていない装いの双子は、その寒さに身震いした。
「よう、トリエラ!」
背後から男の声。呼びかけに振り返ると、黒革のジャケットとジーンズの男がこちらに近づいてくる。癖のない黒髪が、無精ひげで覆われた顔の輪郭を覆っている。
「アマデオさん」 トリエラが挨拶した。
男が笑った。最高の文言思いついちゃったぜと言わんばかりに。「おいおい見ろよ、まるで俺たちのお姫様が、二人のきれいなお女中を新しく見つけてきたってかんじだなぁ?」
それを聞いた途端、双子は再び顔を見合わせた。にやにや交わす笑みがいかにも邪悪だ。
それに気付き、トリエラが慌てた。誰にともなく喚く。「やめてくださいよ! どうして私をそんな風に呼ぶんですか!」
彼女が単に照れ隠しで騒いでいるものと勘違いし、アマデオはトリエラの肩に手を置いて笑い飛ばした。「落ち着けよ。そんなあだ名をつけられるほど皆に愛されてるってことなんだって」
トリエラは項垂れ、滑稽なくらい絶望しながら自分に言い聞かせた。気にしちゃだめ。アマデオさんは何も分かってないんだから。
アマデオがおかまいなしに続ける。「そういや、おまえの新しい仕事のこと聞いたぜ」
トリエラは双子を一瞥し、二人が今、何を企んでいるのか戦々恐々としながら答えた。「仕事っていうか、課題です。ほんとに」
「なんだって同じさ、がんばれよ。俺や他の平課員たちも皆言ってるぜ、一度に二人もの義体を指導するなんておまえにしかできないってな。おまえなら立派にやってのけるって」
「皆さんにありがとうと伝えてください。それから紹介が遅れましたが、この二人がセレスティーナとカテリーナです」
「わたしがセレスティーナの方なんですけどね」
「で、あたしがカテリーナね」 双子は無邪気な笑顔を作り上げ、正しい順番に自己紹介し直した。トリエラの紹介とは真逆だった。
再びミスを犯したトリエラは、「やっちゃった」顔のまましばし硬直した。消え入りそうな声でぼそぼそ呟く。「ええと、彼女たちは…… すごいんです。とてもじゃないけど私の手には負えないっていうか…… ほんとです」
「そりゃ最初はそうだろうよ」 アマデオはにこにこ笑って双子と握手しながら、「公社で一番の優等生に担当してもらえるなんて、君ら二人は本当にラッキーだな。何から何まで面倒見てもらえるぞ」
『重々承知ですわ』 双子が同時に微笑み返す。気持ち悪いほど甘い声音。
突然、カテリーナがトリエラの腕を掴み、彼女が最も恐れていた言葉を吐き出した。「行きましょ、お姫様! 銃について教えてくれるって約束したよね!」
セレスティーナが反対側の腕を掴んだ。「ありがたいご高説をぜひ聞きとうございますわ、お姫様!」
双子が悪魔の本性を天使の姿に包み隠すように、トリエラも挫けそうな心を腹の底に押し留め込んだ。
「ご、ごめんなさいアマデオさん。私これから、このチビっ子たちに抗議を――」 双子がトリエラの腕を揺さぶり、言葉を途中で遮る。特に”チビっ子”発言の辺りでは、千切れそうなほど強く。「――いえ、講義をしなきゃいけないんです。内なる魔物の制し方とか――じゃなかった、撃つための獲物の選び方とか!」 ”魔物”発言のあたりで更に激しい揺さぶりが加わる。
トリエラにしてみれば、腕を犠牲にしただけの価値はあったかもしれない。これでやっと、さっさと武器庫の方へ進むことができる――
アマデオは去り行く三人の姿を見守った。双子がトリエラの両腕を掴んで引きずるように引っ張りまわし、見当違いのいろんな方向へぐるぐる連れ回すのを見遣り、微笑ましく思って一人ごちた。「もうあんなに仲良くなっちゃって、さすがだね」
夕刻。太陽は自身が地平線の彼方へ隠れるために、世界のすべてをオレンジとピンクで満たす。月はすでにその全貌を現し、今や遅しと支配の時を待っている。
クラエスは自室のテーブルに着席し、淹れたての紅茶を前にして、茄子の栽培法について書かれた本を読んでいた。静かにカップを持ち上げ少しずつお茶を飲みながら、自由な方の手でページをめくる――それが最後のページだったことに少しだけ驚く。その本を置き、今度は茄子のレシピ本を手に取る。
いきなりドアが張り裂けるような勢いで開いた。千鳥足のトリエラが、よろよろと入ってきた。彼女はまっすぐ立つことさえできなかった――コンスタントに浴びせられる、わざとらしい馬鹿な質問に全部答えさせられた疲れと、数秒に一回必ず”お姫様”と呼ばれるフラストレーションで、完全に猫背の姿勢から回復できなくなっていた。自分の足を引きずり、クラエスの向かいの椅子を引いて座ろうとしたところで失敗し、硬い木の床に激しく自分の頭を打ち付ける。鈍い音。
クラエスは、一滴も紅茶を零すことなく、一筋の感情を見せることもなく、ただ静かにカップを置き、もう一組のカップに同じものを注いだ。向かいの席の、座り直したトリエラに渡す。トリエラがカップを受け取って一口啜るのを見遣り、おいしい茄子料理の作り方に集中を戻した。「お疲れね。大変な初日だったの?」
「想像をはるかに超えてすっ飛ぶと思うよ」 トリエラが疲労困憊で呆然と語りだした。「もう全滅、ぼろぼろだよ。あの双子…… あの子たち…… あの子たちときたら…… って、ちょっと待って、なんでクラエスが私の仕事のこと知ってるのよ?」 言いながら、トリエラの意識がいきなり復活したようだ。
「ジャンさんが私に伝えに来たのよ。あなたをしばらく煩わせるな、ですって」
トリエラの嘲笑。「ああそう。あの二人に会えば、私に噛み付く気力もなくなるよ」
「そんなにひどいの?」
「ひどいどころじゃないよ、あれはモンスターだよ!」 叫んだついでに、トリエラが早口でまくし立て始めた。「ぱっと見はカテリーナの方が感じ悪いの、だってあけっぴろげに横柄だし失礼だしね。でも個人的にはセレスティーナ、彼女の方がタチ悪いと思う! 無邪気なふりしてかわいこぶってるんだよ、人を侮辱するときでさえ口調だけは丁寧だしおしとやかだし、正直言って私――」
「分かったわ」 言葉と共に、クラエスは手のひら一つでトリエラを制止した。焦れていた。「あなたが大変な一日を過ごしてきたってことはね。でも頼むから、最初から順を追って話してちょうだい」
トリエラは椅子の背に反り返り、手を頭の後ろで組んだ。「ごめん」と呟き、短く息を吐いて頭を冷やし、しばしの間考えに浸る――なぜあの双子はあんな風に振舞うのだろう? 両方とも、無礼で、腐りきっていて、すべてにおいて小憎らしい。しかし、彼女たちの瞳の中に何か、場違いなものが潜んでいることもまた事実だ。トリエラは、あそこまで美しい目の持ち主が、あれほど腹黒くなれるものだろうかと訝った。目だけではない、彼女たちの長い髪は絹糸のように輝き、透けるような白い肌も柔らかくやっぱり輝き、あのドレスだってなんだかんだ輝き……
「なんでかなあ」 トリエラは静かに熟考した。「どうしてあの二人、あんなに怒ってるんだろう」
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