COSCA 第十章 照準 // オリジナルキャラクタ、トリエラ、ヒルシャー
    // HamDemon著(USA) // 訳143 // オリジナル設定 
    // http://www.fanfiction.net/s/5163477/10/Cosca




COSCA 第十章 照準


 公社自前の、覆面用の白いバン。
隣に姉が、目の前にトリエラが座る後部座席で、カテリーナは、カウボーイスタイルを真似てマシン・ピストルをくるくる廻していた。同時に、落ち着かない様子で、しきりにぱたぱたと足裏で床板を踏み鳴らし――もちろん、これから起こる出来事にいろいろと期待を巡らせながら――バンの天井の片隅をぼけっと眺めていた。
皆無言だった。車内で聞こえる音は、カテリーナのブーツについた金具が擦れる音と、彼女の指周りで何度も何度も回転する銃の部品がかちかちいう音だけだ。

トリエラは不安げな面持ちで廻るTumaを見つめ、本能的に身を離した。ついに彼女は、心配と不快を露にしてカテリーナに釘を刺した。「それ、やめて」

 カテリーナは拳銃を廻すのをやめなかった。しかし、何もない空間からトリエラに視線を移し、少し不貞腐れて尋ねた。「なんで?」

トリエラの口調は説明するにつれ、厳格になっていった。「それが暴発したら、ここにいる全員が死ぬからよ」

(今の聞いた? 姫ってどんだけ子供だよ)
 カテリーナは旋回の途中で銃をキャッチし、昨夜トリエラとヒルシャーにもらったレザージャケットの内側に納めながら姉に話しかけた。
トリエラは昨日の夜外出し、彼女一流の着こなしに似た男の子用の服を買い込んで帰ってきた。双子はあまり嬉しくならず――二人が女の子だということをトリエラが知らない可能性も見えたので――素っ気無い感想を述べただけでその場を終わりにした。しかしながら、とにかく武器を隠せる上着が必要だった。いつものシルクドレスや流れるようなワンピースには、そんな機能はついていない。

(そんなにムカついたなら、どうして銃をしまったりしたの?) セレスティーナが悪賢そうに小声で返した。

 カテリーナは、ついさっき自分が、本物の担当官にそうするようにトリエラの命令に従ってしまったのだと自覚し、些か動揺した。
「あたしは、えっと……」 語尾がぼんやりと消え入る。彼女は、考えを頭の内側だけに留めることすら忘れていた。

「うん?」 トリエラが興味を惹かれたようだ。「あなたが、どうかした?」

「な、なんでもないよ」 カテリーナは慌てて頭をぶんぶん振りながら、少しも信憑性のない答えを押し返した。

 セレスティーナはZastavaのチェックに勤しんでいるふりをしながら一人、笑って頭を振った。
(わたしからは何も言うつもりはないわ)と言って、妹を安心させてやる。(だって、でっかいゲームが始まるんだもの。あなたをからかうのに余計なエネルギーは割けない。もうすぐ会えるかもしれない獲物の方が、あなたよりもずっと深い地獄を見るのに値するのよ)

(それ、ちょっと自重した方がよくない?) カテリーナが姉に警告した。(結局のとこ、任務があるんだしさ。やらなきゃいけないことが山ほどあるじゃん。ヘタ打ったら、ヒルシャーさんと姫が生きてカジノから出られなくなるし)

 セレスティーナは用心しながらも渋面を作った。妹が正しい、それは彼女にもよく分かっている。カテリーナが理性の声に耳を傾けるだなんて珍しいこともあるものだが、それを認めるのだって何の問題もない。彼女たちの第一優先事項は、トリエラとヒルシャーの正体がばれた場合、彼らを生きたまま脱出へ導くことだ。リノへ辿り着くことは、おまけでなくてはならない。それでもやはり、そのおまけこそがセレスティーナの大本命に他ならないのだ。

「ねえ」 トリエラが突然、声を静めて話しかけてきた。「二人とも、なんだか気が散ってるように見えるけど。本当にどうかしたの?」

(あらあら) セレスティーナが妹に語りかける。(彼女、本格的にわたしたちのことを理解し始めちゃったみたいよ)
 そして、説得力のないぶっきらぼうな大声で、トリエラの疑問に答えた。「いいえ、どうもしないわ」

 トリエラは強い眼差しで双子を見つめた。彼女たちの言うことが本心からではないという証拠を、その表情の中に探し出そうとしていた。しかし、そこには線も、溝も、場違いなものは何も見つけられない。
 それでも彼女は、黙想的に嘆息し、ほとんど独り言のように呟いた。
「バルダザーレのことを考えてるんだとしても責めないよ。本当に、こんなチャンスには滅多にお目にかかれないんだしね。多分、私たちの中にだって、ここまで肉薄した機会に巡り会えたことがある義体なんて一人もいないよ。でもね、あなたたちの姉として、これだけは言わせてもらうわ。集中しなさい」

 双子は同時に、言葉をなくして硬直した。どうやってかトリエラは、彼女たちの考えをピンポイントで見抜いてみせていた。しかし二人は、すっとぼけ通すことを決意した――トリエラがだんだん自分たちの急所に近づいてきたことなんて、トリエラに知らせるわけにはいかないのだ。ということで、姉妹は上っ面の平静を保持した。

「なに言ってんの? そんな奴のことなんかどうでもいいよ」 カテリーナはわけが分からないといった風に苦笑してみせた。

「わたしたち、彼がどんな風貌かさえ知らないわ」 セレスティーナが付け加えた。

 トリエラは眉を顰め、もう一度生徒たちの顔をじっくり観察した。やはり、二人の表情の中には嘘や誤魔化しは見受けられない。それもさっきと同じだった。
 そんなことに関係なく、彼女は申し出た。「彼は大柄で、不細工で、粗野っぽくて、黒髪をオールバックにしてるよ」

 本当にわけが分からなくなり、双子は頭を振った。
「どうしてそんなこと教えてくれるの?」 カテリーナが当惑して尋ねた。

 セレスティーナも、同じくらい狼狽していた。「たった今自分で、リノのことは忘れて任務に集中しろって言わなかった?」

 トリエラは微笑んだ――双子に試合開始を宣言したのは、他でもない自分であることを自覚しながら。そして、答えてやった。
「彼を忘れろだなんて言ってないよ。彼を殺して欲しいとは思ってるけどね。それがあなたたち二人のためになるはずだから。ただ、撃ち合いが始まったら、必ずそこから私を逃がすことだけは忘れないで」

 カテリーナとセレスティーナは視線を交わし合い、どちらがこの言葉を言うべきかを巡って、頭の中だけで取っ組み合いの争いを繰り広げた。最終的にどちらも折れ、二人でトリエラに向き直り、しぶしぶ諦めて溜息をついた。
『ありがと…… お姫様』
 最後の単語は、二人がプライドを保つための嫌悪感と共に吐き出された。うまくいかなかったが。

 トリエラが優しい笑い声を立てた。それはまるで、母親が子供たちの悪戯を目の当たりにしたような笑い方だった。
「二人とも、どうもいたしまして」 そして、にこやかに続ける。「でもね、これがあなたたち二人のためだけじゃないってこと、言わなかったよね。結局、バルダザーレは、あなたたちみたいなモンスターを私の膝の上に運んできた元凶だってことよ。私にとっても、きっちりお礼をしなきゃいけない相手なのさ」

 双子は苦悩顔を見合わせた。明らかにトリエラが生徒の飼い馴らし方を習得してしまっている。だから、アルヴィーゼ姉妹はお互いに誓い合った――この任務が終わったら、掛け金をつり上げよう。






 リノ・バルダザーレはカジノ・レジオの警備事務所で、フロアを見下ろす監視モニターの列を気だるく眺めていた。カジノフロアは偽物の大理石でできた柱とアーチで飾られ、安っぽくていかにも居丈高だ。唸りを上げるスロットマシンと、混雑するルーレットテーブルと、罪なき善良な肉の盾どもで、カーペットが埋め尽くされている。
過激派テロリストに転身したヤクザの元子分兼カジノ警備員は、片方の拳で自分の頭をまっすぐ起こしてみた。もう片方の手の指先でしきりに机を叩き、居眠りをしないための戦いに挑んでいた。明らかな負け戦――全身が陥落しかかっている。

「おいこら、リノ!」 からかう気満々の気さくな声が、突然彼を現実に引き戻した。「寝てんじゃねーよ、この悪党!」

 リノは椅子を旋回させた。カジノの入り口を監視するモニターが背後に回り、彼は四人の団体客が入ってくるのを見逃した。高価なレザージャケットを着た少女が三人と、ブランドもののスーツを着た男が一人。彼らの頭部はそこかしこを見回すように動き、周囲のあらゆるものを目で追って確認している。リノはもちろん、それに気付かなかった。

「交代しに来てくれたのか、ニノ?」 バルダザーレは声をかけてきた男に尋ねた。
 その男、ニノは、背が高く、全身これ筋肉といった体つきをしており、イタチに似た顔立ちをしている。目はビーズのように丸く小さく、鼻っ柱が長く突き出ていて、口元はいつも笑みを浮かべた形に凝り固まっている。

 ニノは笑って答えた。「ちげーよ。これ持ってきてやったんだ」 そしてリノに、淹れたてのコーヒーの香りが蓋の飲み口から漂う紙コップを渡してやる。「おまえのシフトはまだ終わってねえだろ、怠け者のうすら馬鹿がよ」 言って、ニノは再び笑った。

 エゴイスティックな返答を打ち返す前に、リノはコーヒーを啜って、唇から垂れる滴を舌と手の甲で拭い取った。
「笑えること言ってくれるじゃねえか。だが俺にしてみりゃ、てめえに怠け者呼ばわりされる筋合いはないぜ。何もかも、このゴミ溜めみてえなカジノがこんな時間まで開いてやがるのが悪い」

 ニノは愛想よく苦笑した。「自分に打ち勝ちな! あの強盗はもう先週のことだろ。そっからこっちダレ切りやがって、あれからおまえ、何もしてねえじゃねえか」

 バルダザーレは再びコーヒーを啜ってから、乱暴にカップをデスクに叩き付けた。頭を振る。
「カルロの野郎が金の洗濯をもっと急いでたら、多分今頃俺たちは、本物のゴトに取り掛かってた」 語気が荒くなる。「だが、それをやる代わりにあの野郎は万年シエスタを決め込んでやがる。おかげで俺たちは、酔っ払い観光客相手の警備に東奔西走ってわけだ!」

 カジノフロアでは、四人組が二手に分かれていた。年上の少女は男と共に部屋の隅に行き、化粧室のあたりをうろついている。若い方の少女二人はブラックジャックテーブルの前に立ち、まるで自分自身の運命を占うように一心不乱にゲームを眺めている。そんな四人の怪しい動きもやはり、リノにとっては忘却の彼方にあるものだった。

「平常心だぜ、リノ」 ニノが宥めた。「すぐに次のヤマが張れるって。今度は政治家センセイにどデカい花火を仕掛けるんだ、今のおまえに必要なのは――っと、こりゃサイコーだ。見ろよ、どっかのガキんちょが、パパとママにおイタしようとしてるぞ」

「何?」 リノはモニターを振り返った。画面の中で、ブラックジャックテーブルの前にいる二人の少女のうち一人が、近くにいるプレイヤーの腕の下に手を伸ばし、そのポケットから何枚かのチップを掠め取っていた。
「確かに傑作だ。どれ、俺が行ってベビーシッターの…… 代わりに……」
 彼の言葉は失速してゆき、二人の少女が監視カメラに振り向いたところで、最終的に絶句した。
彼の視界が、そっくりな二つの顔を捉えていた。彼の目は彼女たちに釘付けになり、年上の少女と男が“関係者以外立ち入り禁止”の看板が掲げられたエリアに忍び込むのを見逃した。

「おい、どうかしたか?」 ニノが問いただした。「気分でも悪いのか? 他の警備員に電話するか? 何なんだ?」

 脳裏に沸き上がったある考えに、バルダザーレは自分自身の気を揺さぶって集中に導いた。
 屋外の通りを見下ろしている監視モニターに目をつけた時、彼は顔から血の気が引くのを感じた。分散して停められている何台かの白いバン。その黒塗りの窓。
 やるべきことは分かっていた。リノはモニターに背を向け、引き出しを開けて拳銃を取り出した。チャンバーを確認し、セーフティをオンにして、背中に突っ込む。そしてモニターの前から立ち上がり、ニノの肩を掴んで、険しい声音で真剣に言い聞かせた。
「トラブルだ。まずいことになりやがった。警備部隊を完全武装させて、総動員しろ」

 ニノは友人を奇妙な目で見返した。「なんでだよ? 女子供二人にか?」

「ただの女子供じゃねえんだよ、ニノ。パダーニャの古株どもが言ってた話を思い出さねえか? 政府の機関がガキを鉄砲玉に鍛え上げてるって話を?」

「まさか本物がここに?」 ニノが取り乱し始めた。彼はそんなホラー話を信じたいと思ったことがなかった。しかしその話は広範囲に知れ渡っており、各方面で承認もされていて、信じなければならないことだけは理解していた。「金を取り戻しに来たんだと思うか?」

「知らねえよ。いいから修羅場に備えろ」

 ニノは数秒物思いに沈んだ。五共和国派の上層部なら、どんな命令を下すか考えようとしていた。
「おれが金をトラックに積む」 彼は決断した。「おまえはフロアで部隊を指揮しろ。民間人の客については……」

「客のことなんか構ってられるか」 リノが口を挟んだ。「急いでここを出て幹部に知らせろ。もし、どの組織のもんでもねえ丸腰のホトケが出たら、そりゃお気の毒ってやつだ」

 ニノが突然冷笑した。「おれもそう思ってたよ」 意地悪く言い切る。「じゃ、トラックの準備ができたら電話するからな」
 そして、彼は警備事務所を出て、カジノフロアとは反対方向に廊下を進んでいった。

 リノも同じく事務所を出たが、ニノとは別のルートを辿った。確かに、リノは動揺していた。毎日幽霊を見るわけではないのだ。実際彼は、アルヴィーゼ家のことなんか、皆殺しにした夜以来思い出しもしなかった。それでもなお、彼の全神経は今、戻ってきた少女たちにすべて注がれていた。逆もまた然りであることが彼には分かる――彼女たちは、リノに全神経のすべてを注いでいるからこそ、ここに来たのだと。





トップページ 海外SSサイト作品

コメントをかく


「http://」を含む投稿は禁止されています。

利用規約をご確認のうえご記入下さい

Wiki内検索

編集にはIDが必要です