GUNSLINGER GIRL 2「第一話:雨と霧と」 //ヘンリエッタ,トリエラ,ジョゼ,ヒルシャー
 //573 //GUNSLINGER GIRL 2// ,Cont,Novelette,/Action/ 18130Byte/ Text// 2004-02-28


GUNSLINGER GIRL 2[第一話:雨と霧と]
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 英国領北アイルランドの首都、ベルファストのとある港は濃い夜霧に包まれていた。

 深夜の一時を過ぎた頃、港の暗い一角に一隻の小型レジャーボートが無灯火で近付きつつあった。

 埠頭の上にはワーゲン・ワゴンの姿があり、それには二人の男が乗っていた。ワーゲンの排気は夜霧に溶け、その黒い車体はほとんど闇の中に姿を消していた。

 まずボートから懐中電灯で合図があり、それに答えてワーゲンもパッシングで応じると、それを確認したボートから舫が投げられた。

 ボートは静かに岸壁に横付けされ、二人の男がそれぞれ一抱えずつの木箱を抱えて埠頭に上がってきた。

「ご苦労さん」とワーゲンから降りてきた鷲鼻の男が二人に声をかけた。

「遅れてすまなかった。工場にも十分な量が無くてな」とボートから出てきた年かさの方の男はそう言って、重そうな木箱をドシリと下に置いた。

「ウェインさん」とボートに乗っていた青年が年かさの男の方に声をかけた。「あと15分程でフェリーが寄港してきますよ」

 ウェインと呼ばれた男は頷いた。「わかっているさ、オブライエン、ボートのエンジンをかけておけ」

「二箱だけか。思っていたよりも少ないな」とワーゲンに乗っていたもう一方、修理工のつなぎを着た男がウェインに言った。

「これで十分だ。こいつは一ポンドもあればビッグ・ベンを吹き飛ばす。ここには全部で約八十オンスある。常温なら安定しているが、取り扱いには十分注意しろ。」とウェインは言った。

 ひゅうっ、と鷲鼻の男が口笛を吹いた。「市内は検問だらけなんだぜ。検問を通るたびに身分証明書代わりにこいつを突き出せってか?」

「モノは石膏の像で覆ってある。割ってまで確かめるようなことはしないはずだ」

「いざとなったら割ってもらうさ」と鷲鼻の男は言った。「相手がカトリックだろうとプロテスタントだろうと、警官と話すのは苦手なんでな。周囲二百ヤードを吹き飛ばして警棒で叩き折られた鎖骨の恨みを晴らしてやるよ」

 ボートのモーターが再始動する音が辺りに響いた。「さっさと積み込むぞ」とつなぎの男が言った。

 「待て」とウェインが短い警句を発した。男達はウェインを見た。

 間を置いて、コツンという硬い足音が聴こえた。男達は一斉にその方向を向いた。

 少し離れた大倉庫脇には薄暗い照明があり、その光の輪の下にブーツを履いた小さな脚が見えていた。その影が小さな足音と共に少しずつ明るみに姿を現すと、それは12歳前後の少女であった。少女は白のブラウスに上下そろいの黒いジャケットとスカートを身に付け、両手にはバイオリン・ケースを提げており、演奏会帰りか何かのように見えた。

 場所と時間に似つかわしくないその異様な光景に、男達は不吉なものを見たかのごとくその場に凍りついた。少女は薄暗い照明の下に立ち止まって男達の方を見つめていた。少女のかすかな白い息だけが電灯に照らされて踊っていた。

「参ったな」とつなぎの男が最初に口を開いた。「多分迷子だろう。近くに親がいると面倒だ。何とかしろ」とつなぎの男は鷲鼻の男に言った。

「幽霊だったらどうする?宗派でも訪ねるのか?」と鷲鼻の男は軽口を叩きながら少女の方に近付いていった。

 それを船上から見つめていたオブライエンは、一瞬あたかも自分の妹がそこに立っているかのように錯覚した。八年前にSASの家屋突入作戦の際に隊員の誤った判断によって撃ち殺された妹に似た面影をその少女の中に認めたのだ。オブライエンは無意識のうちに胸に下げたロケットをぎゅっと握り締めていた。

「おい、お嬢ちゃんどうした?迷子か?パパがいるようにでも見えたかい?」と鷲鼻の男は言いつつ近付いていった。

 少女は近付いてくる男を見上げる格好になった。少女は顔を上げるだけで、その場から動こうとする気配は無かった。少女のその表情に一切の戸惑いや不安の色は見えなかった。少女のショートにまとめられた栗毛色の髪の毛は霧の水滴を含んできらきらと光っていた。

「ママとパパとはどこではぐれた?何なら一緒に探してやろうか?」とさらに男は少女に尋ねた。とにかくこの場所からこの少女を離さなくてはいけない。

 少女はワーゲンの方に目線をやった。

「あの箱は何ですか?」と少女は訊いた。

 参ったな…、と男は逡巡した。

「マリア様が詰まってるのさ」と鷲鼻の男は答えた。「この国をハッピーにして下さるんだよ」

 男は少女の耳元からイヤホンが下がっていることに気付いた。迷子が呑気に音楽かよ、鷲鼻の男は訝しがった。

「なぁ、お嬢ちゃん…」と男は再び少女に話し掛けた。

「Si,Ho capito.(わかりました)」と少女は呟くように言った。

「何だって?」と鷲鼻の男は訊き返した。

 男の言葉と同時に、少女はバイオリン・ケースを地面に落とした。その替わりに彼女の右手には不吉な黒いシルエットが握られていた。男の脳裏には買い物袋を提げた女に街角で撃ち殺された仲間の姿がフラッシュバックのように閃いた。男は反射的に腰の拳銃に手を回した。

 サイレンサーに抑制された二発の銃声が控えめに響き、鷲鼻の男は腰に手を回したまま後方に倒れこんだ。その様子を見ていた男達は一瞬状況を飲み込む事ができなかった。

 少女が表情を変えずに倒れた男を踏み越えて来るのを見て、男達は弾かれたように銃を抜いたが、彼らはすぐに発砲することができなかった。

 少女は男達の躊躇をあらかじめ予測していたかのように、ゆっくりと正確な動作で銃を構え、トリガーを二度引いた。その銃弾は二発ともつなぎの男の胸に命中した。つなぎの男は後方のワーゲンにもたれかかるようにして倒れ、そのままずるずると滑り落ちて霧の中に座り込んだ。

「くそったれ!」と叫ぶとウェインは少女に向けて発砲した。少女はそれを避けるようにして左腕の中に顔を伏せると、銃口をウェインに向け、引き金を絞り込んだ。少女の銃のノズルが跳ね上がり、ウェインは自分の左腿と下腹部に唐突な衝撃と熱を感じた。

 幾つかの銃弾が少女の体に着弾し、それをものともせずに銃撃する光景をオブライエンは半ば放心して見ていた。彼の銃はセーフティが外されていないままだった。

 ウェインが脚を引きずりながら転がり込むようにしてボートに乗り込み「早く出せ!」とオブライエンに向かって叫んだ。オブライエンはその声で我に返り、操縦席に乗り込みスロットルに手をかけた。

 しかしボートはすぐさま前進しなかった。振り向くとロープが舫柱から解かれていなかった。ウェインがロープを切ろうと発砲したが、一、二発で弾切れになった。少女は呆然とした表情のウェインに容赦なくトリガーを引いた。二発撃ち、確認して、また二発撃った。

 少女は続けてオブライエンの背中を撃った。オブライエンは操船舵に叩きつけられ、床に座り込み、少女の方に振り返った。少女が狭い後部甲板に降り立ち、銃を構えて近付いてくるのが見えた。オブライエンは朦朧とした意識の中、右手で銃のセーフティを外した。そして左手で胸のロケットペンダントを握り締め、神の名と、妹の名を呟いた。





 辺りに再び波の音が戻り、フェリーの灯りが沖に見えてくる頃、夜霧は一層濃さを増していた。

「Lavoro e finito.(お仕事が終わりました)」と少女はレシーバーに向かって報告した。

「ご苦労、ヘンリエッタ」と若い男の声がそれに返答した。

 ヘンリエッタと呼ばれた少女はそれを聞いて、歳相応の愛らしい笑顔で微笑んだ。









 壁際に一組のベッドとサイドボード、そして中央に二脚の椅子と小さなテーブルが一つ置かれただけの簡素な部屋で、二人の少女は午後のひと時を過ごしていた。その日は朝から細かな雨が降り始め、それは陰鬱なことに午後になっても降り止まなかった。

「お茶の時間だよ、ヘンリエッタ」と金髪で亜褐色の肌をした少女は言うと、両手で掲げた銀色のお盆をテーブルに置いた。

「ありがとう、トリエラ」とそこに座った少女は言った。

「どういたしまして」とトリエラと呼ばれた少女は言いながら正面の椅子を引いた。「ケーキは無いけどね」

「公社にいた頃はクラエスがケーキを焼いてくれたのにね」とヘンリエッタは言った。

「じゃあ今度一緒に作ろうよ」とトリエラは言った。「クラエスに負けないくらいとびっきり美味しいやつをね」

「あ、それいいね。…でも私、自信ないなぁ。」と言いながらヘンリエッタは紅茶に砂糖を足した。

「おまえには期待してないよ、砂糖女さん」

「うぅ、トリエラぁ…」

「ごめんごめん、冗談よ。ヘンリエッタってからかうと面白いから、ついね」とトリエラはにやりと笑って紅茶を飲んだ。

「もぅ、クラエス何とか言ってよ」とヘンリエッタは言った。

 トリエラは思わず顔を上げた。ベッドの上で本のページをめくるクラエスの姿が本当にそこにあるような気がした。しかしそこには陰鬱な壁紙のしみがあるだけで、当然誰の姿も無かった。

「…なんてね」とヘンリエッタは言って、溶けきらないカップの底の砂糖をかき回していた。

 二人の間にはしばらくの沈黙が降りた。雨音がそっと忍び込んできて、部屋の中に満ちた。不在の証明のように雨音は鳴り続けた。









 〜『イギリス陸軍・義体試験運用計画要綱』及び『定期報告書』より概要抜粋〜



『義体プロジェクトはイタリア・アメリカ両政府との協約の下行われるものであり、義体技術の軍事的応用を目指す。プロジェクトの実行にあたっては選抜された政府要人、軍関係者がこれにあたる。

 イタリアから供与された義体はクレデンヒルで一ヶ月の基礎訓練を経た後、SP(CRW中隊)下に特設小隊(当該義体二体、士官二名)を置き、これに配属、以降北アイルランドのCRW任務に従事させる。作戦にあたっては第14情報社との連携を密にし、先制攻撃任務、家屋急襲任務を積極的に担わせるものとする。

 平行してイタリアから供与された技術、データを基に義体研究を独自に進め、義体の運用成果の推移を見ながら本格的な開発・運用を模索する。

 計画の概要は国家重要最高機密とし、SAS隊内においても一部隊員を除きこれを秘匿、厳重な緘口令を敷く。

 なお、現場における義体の実際的運用に関する権限は全て特設小隊士官に一任、イタリアの当該機関において各義体の担当官を任されていた人物をこれに任ずる。』









 ヘンリエッタはSAS流の黒で統一された装備をまとい、何万と言う銃痕が壁に刻まれた屋内、その廊下の中央を素早く移動すると、突き当たりにある広めの部屋に突入した。室内には射撃目標が各所に配置されていた。ガラスのはめられていない窓から強い光が差し込み、室内に落ちた陰影の幻惑がそれらの目標を認識させにくくさせていた。

 ヘンリエッタは目標を素早く確認し、拳銃のトリガーを引いていった。絶え間なく移動しながら射撃しているにも関わらず、銃弾は全ての目標頭部を正確に貫通していた。

 ヘンリエッタは目標を次々に打ち抜き、チェンバーが空になる最後の排莢と同時に弾倉を交換し、素早くスライドを引いて最奥の目標に銃弾を命中させた。

ヘンリエッタはくまなく室内を見渡し「クリアー」とレシーバーに報告した。



「いい腕をしている」とそれらの様子を別室でモニターしていた上級のSAS隊員らしき男は言った。

 若い男がそれに頷きながら、ヘンリエッタに返答した。

「ひとまず終了だ、ヘンリエッタ。休憩していなさい」

 部屋には三人の男がおり、先の二人の他にもう一人関係者らしき男が壁に寄りかかり立っていた。

「ヒルシャー君、データを見る限りじゃあ君の義体の戦果の方が優秀だが、なかなかどうしてこっちのお嬢さんもやるじゃないか」とSAS隊員はその男に話しかけた。

「トリエラはヘンリエッタに比べて担当した作戦の数が多かっただけです。そもそも戦闘技術についてはジョゼの方が私よりも詳しいですから、トリエラの方がヘンリエッタよりも優秀だとは言い切れませんよ、スペンサーさん」とヒルシャーは答えた。

「それなりに訓練を積んだ義体ならこの位はできて当然です」と若い男がヒルシャーの言葉を継いで言った。「一度教えただけでこの子達はすぐにそれをものにする」

「しかも銃弾を跳ね返すらしいじゃないか。まさに理想の兵士だね。現場の隊員が全員義体なら、我々としても要らぬ気苦労をせずに済むんだがね」とスペンサーは言った。

「現時点での義体化技術は神経系の発達段階が途上にある若年者にしか適用できません」とヒルシャーは言った。

「もちろんそれは知っているよ、ヒルシャー君。しかし我々はその障壁がそのうち取り除かれることを望んでいるんだよ。現状のままではイギリスの労働法には反するしね」とスペンサーは答えた。

「ところでジョゼ君、先日のベルファスト港での作戦では思いもかけず大捕り物だったそうじゃないか」

「ご存知のようにIRA工作員を四名射殺し、彼らが輸送しようとしていた大量の爆発物を押収しました。この件はあなた方情報社が引き継いだのではないのですか」とジョゼと呼ばれた若い男は答えた。

「そうとも、確かに社(Company)が捜査中だよ。どうやら大規模なテロを計画していたようだ。強力な爆発物を製造する工場がどこかにあることもはっきりした。残念ながら糸は途切れてしまったがね」

「義体が遂行する作戦において、目標は必ず殲滅しなければならないのです。そもそもそのような情報は事前に我々に提供されていなかった」とヒルシャーは言った。

「これはデリケートな仕事なんだよ。手違いも起こるし、状況も目まぐるしく変化する。そんな仕事だからこそ用心深さが要求されるんだ。君らの義体は人を殺すことにかけては一流のようだが、我々は時に手心を加えなければならない」

「何を仰りたいのですか」とジョゼは尋ねた。

「我々の仕事とお人形遊びを混同しないで欲しいってことさ」とスペンサーは言った。「君ら外国人には関係ないことだろうが、これは俺達と奴らの戦争なのさ。血反吐を吐いてキルハウスでのたうち回っている連中は、この戦争に自分の金玉を賭けているんだ。上の奴らが何を考えていようと関係ないね。あのお嬢さんたちがイタリアのチンピラどもを何人殺したか知らんが、その程度でいい気になるなよ。この戦場で流れた血は俺達の血なんだからな」

 ジョゼとヒルシャーは黙ってそれを聞いていたが、ヒルシャーはスペンサーが言葉を言い終えると同時に部屋を出た。

「あなたの言いたいことは良く分かりました。それでも我々は間違いなくこの国で仕事を任されたのです。我々も賭けているのですよ、その戦争に」ジャンはそう言うと、席を立った。

「君らがこの国で人を殺す前に俺達に一声かけるのを忘れちゃ困るぜ」とスペンサーは立ち去ろうとするジョゼの背中に声をかけた。

「ここは俺達の狩場なんだからな」









 窓の外はまだ雨が降り続いていた。トリエラは自分の寝室のサイドボードの上にクマのぬいぐるみを並べていた。

「ハロー、スニージー」とトリエラはクマのぬいぐるみに声をかけた。「おまえたち、英語は分かるのかな?」

「アウグストゥスは分からないんじゃない」と椅子に座ってその様子を眺めていたヘンリエッタが言った。

「ヘンリエッタもね」とトリエラは振り返って言った。

「ソンナコトアリマセーン(Non, THat is nOht riGHht.)」とヘンリエッタは英語で答えた。

「アクセントが違うわよ、それ」

「うぅん、そう?お仕事で必要になるだろうから早く覚えなくっちゃ…」

「へぇ、いつに無くやる気じゃない、ヘンリエッタ。それなら私が付きっきりでレッスンしてあげるわよ」

「いいよ、ここでも少しだけど座学の時間があるし」とヘンリエッタは言った。

「ははーん、ヘンリエッタはジョゼさんに習う方がいいか」

「もぉっ、トリエラ!」

「怒らない、怒らない。だって本当のことでしょ?」とトリエラはぬいぐるみのリボンを結びなおしながら言った。

「だからジョゼさんは関係なくて…」とヘンリエッタは赤くなりながら反論しようとした。

「さぁて、どうだか」とトリエラは腰に手を当てて並び終えたぬいぐるみを眺めながら微笑んだ。それぞれに色違いのリボンを着けて貰い綺麗に並べられたぬいぐるみは、それまで殺風景だったトリエラの部屋を女の子らしく華やいだものに変えた。

「これでやっとトリエラの部屋らしくなったね」とヘンリエッタは話題を切り替えるようにして言った。

「Who dares wins.」とトリエラは言った。

「え、何?」とヘンリエッタは訊き返した。

「前向きに生きるのは素晴らしいってことよ」とトリエラは答えた。「腹をくくれ、覚悟を決めろってね」

 トリエラはぬいぐるみの頭をぽんっと優しく叩くとヘンリエッタの方を向いた。

「よし、明日はケーキでも作ろうか」

 ヘンリエッタはにこっと笑ってそれに頷いた。







第一話・了

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