In Vino Veritas // ベルナルド、ヒルシャー
       // ID:/42569sF0 // Suspense,Dark //2011/11/07〜08




 ハコに入るとタルが待ってた。バーテンはソムリエ、客はオシャレ。照明はゆらちら揺れる蝋燭で、ピアノの
生演奏は艶っぽいラウンジジャズ。どこそこのなんとかって銘柄を入荷したって店主からメールが来たんだ、
とか何とか隣のドイツ人が楽しそうに薀蓄垂れてやがるが、おまえ、こりゃどう考えたってなんか違うだろ。
いかにも学歴過剰のゲシュタポ野郎が行きつけにしてそうなお上品バーではある。が、こんな本命彼女との
デート専用みたいなとこに野郎2人でむさ苦しく乗り込んでどうするつもりだ。今回は場合が場合なんで
店のチョイスを任せてみたが、やっぱりヒルシャーとは趣味が合わないんだってことだけは確かだ。俺が目指してた
のは要するに、農務省特選ものの乳をぶら下げたおねえちゃんたちがポールに絡み付いて踊ってるような
下世話な店でな、ぶっちゃけその中で一番美人だったやつの名前を義体の名前として採用しようかと思ってた。
名前なんざ何だっていいんだとさ、だから好きにしろとさ。思い入れがない方が身のためなんだとさ、
義体なんざ何年もしないうちに死んじまうもんだっていうからな。
「何だっていいって言うなら、別に僕を連れ出してまで相談する必要なかっただろ。目を閉じて電話帳をめくって
指差してみればいいだけの話だ」
 ヒルシャーが、奴には珍しく適当な調子で言い放った。どうやらご執心の一杯を心待ちにしてるらしく、
バーテンにテイスティングはいいから注いでくれ、なんて言ってそっちの方ばっかり見てやがる。
「そういう退屈なのは却下だね。これから辛苦を共にする相棒だぜ? 妹だっけ? 何だっていいや、
とにかくずっと一緒にいりゃ親身な情と一緒に、ああこいつ面倒くせえなあ、ってのも少なからず湧くと思う
んだよ。おまえがいい例である通りな。そんな時に思い出すのさ、そいつの名前がどんな楽しさの中で
生まれてきたのかってことを。それなのに皆口を揃えて条件付けされたみたいに同じことばっかり言いやがる。
ジャンの『男性名にしておけ』に始まって、ジョゼの『男性名がお勧めだ』だろ、マルコーまで『男性名が
お勧めらしい』ときたもんだ。ヒルシャー、おまえだけだ、『電話帳からランダムチョイスしろ』なんて言うのは。
他の3人よりひどい」
「とはいっても」 奴はワイングラスを受け取ってぐるぐる回し始めた。「名前だぞ? どうやって楽しめって
いうんだ」
 俺の前にもグラスが届いたもんで、ちょっと飲んでみた。さすがに味はいい。だがこういう渋っ辛いのは
好みじゃない。
「その辺はおまえさんがどれだけ参考にすべき楽しいエピソードをお持ちかによるね。さて、ぶっちゃけタイム
といこうぜ。トリエラって名前はどこから取った? 昔の女か? だろ?」
 ヒルシャーが肩を竦めた。「いや。僕の出身地」
 何だよそれ。「……つまんねえ」
「悪かったな」
「創造力のかけらもねえ」
「電話帳よりましだろ」
「彼女の素体を選んだ理由は? 何かあるんだろ? 二股かけられた昔の女を彷彿とさせるとか、ブロンドの
人妻とやらかした不倫がいまだに忘れられないとか、なんかこう、鬱々と女々しいのが」
 長い長い溜息。心底呆れました、みたいな。「要するにベルナルド、君は僕がトリエラに過去の女性の面影を
重ねて日々感傷に浸ってれば満足なんだな?」
「その通り。オペラの国イタリアへようこそ」
「分かった」 奴はえらくマニアックなチーズを注文しつつ、「こうしよう。君が昔付き合った大勢の女性の中から、
君を特にこっぴどい目に遭わせた人物の名前を選ぶ。そうすれば君も道化師カニオよろしく毎日悲劇に
どっぷり浸れる。これぞイタリア。どうだ?」
 分かってねえな。「オペラってのは他人の不幸を見れるから楽しいんじゃねえか。自分で浸ってどうすんだよ」
「主人公になるさ。君の義体が嫌でもそうさせる」
 イヤな含蓄篭ったお言葉どうも。義体にとっては担当官が世界のすべてだっていうんだから、そりゃ担当官は
主役にならざるを得なくてそれは強制だ。条件付けもへったくれもなく無理矢理。ガキんちょをヒロインに
据える趣味なんかなくても、ヒロインがトリエラ並の糞生意気だとしても関係ない。俺が主人公、ヒロインは
義体、始まる前から配役確定。うまく立ち回らんと間違いなくプライベートに響くぞこりゃ。隣の野郎を
見てみろよ、ゲイじゃないのに彼女なし。いや、いるけど知られないようにしてるだけか? そういやこいつの
こと何も知らない。俺とは趣味が合わない元警官なんだってこと以外。要するにヒルシャーは、プライベートに
響かないように、仕事場じゃ私的なあれこれをひた隠しにしてるってことだ。トリエラだって職場でのヒルシャー
しか知らないだろう。よく呑みになんかついてきてくれたよ、ザルだって噂は本当か。
 ザル野郎は美味そうにグラスの中身を飲み干し、デキャンタで注文し直した。そんなにお気に召したのかね、
この渋っ辛いのが。「素体はどんな子なんだ?」
 いいのかそんなこと聞いて。せっかくの渋っ辛い酒が不味くなるぞ。「マルチェッラ・ベルトラーミってぴんと
こないか? 12歳、ローマ郊外在住」
 ヒルシャーが不意に、本当に渋っ辛い酒飲んでるみたいな面になった。「こないだ新聞に載った社長令嬢か。
自宅で何者かに襲われ意識不明の重体、警察は一時実父アントーニの関与を疑ったが、彼は何の取調べも
受けずに捜査の対象外になった。アントーニの会社は与党の資金源だから、当然のポリティクスが働いた
ってことは想像に難くない」
「ベリサリオ曰く、条件付けの新しい試みなんだとさ。俺が国立病院回って選んだんじゃなく、こんな珍しい
ケースの素体がいるから担当官をやってみないか、って課長に宛がわれたんだ。割と一方的に」
「新しい試みって?」
 どこから説明するかな。「マルチェッラは物心つく前からその何者かとやらに虐待を受けててな、おかげで
解離性同一性障害を患って、主人格のマルチェッラの他に交代人格をいっぱい抱えてる。分かってるだけ
でも4人だ。マルチェッラ自身は大人しくて人見知りで臆病、しかし何らかの刺激――暴力とかな、を受けると、
攻撃的な男の人格シルヴィオ、媚びる女の人格のチンツィア、多幸的で笑い上戸のアリアンナ、無感情で
外的要因に対し恐ろしく鈍感なベアトリーチェのいずれかが顔を出す。それらのうちどれかを残してあとは
封印してみよう、ってのがその新しい条件付けの試みなんだとさ」
 ヒルシャーが深々と溜息をついた。「まさに悲劇だな」
「悲劇的じゃない義体なんかいるのかよ」
「残す人格は君が?」
 頷いた。「慎重に選べとさ。できればマルチェッラを残してやりたいが、今のところベアトリーチェを考えてるよ。
うちの仕事をするなら多分それが一番いい」
「ベアトリーチェか」 奴は勝手に俺のグラスに渋辛を注ぎ足しつつ、「高貴な女性に多い名前だ。『神曲』の
中で主人公ダンテを助ける永遠の淑女でもある」
「永遠の淑女ね」 そりゃ俺だって知ってるさ、ダンテ・アリギエーリが幼少時から恋焦がれたベアトリーチェが、
他の男のものになった挙句にえらく若くして夭逝したってことくらいは。「ま、地名よりはましだな」
「僕の故郷を馬鹿にするなよ。いいとこだぞ」
「どうせライン川沿いのド田舎なんだろ? 喜べ、そんな田舎者の方をずっと見てる美人が後ろのテーブルに
いるぞ」
 ヒルシャーが、どれどれ、とばかりにちらっとそちらを振り返った。すると、背後のテーブル席に一人でいた
黒髪の女が婀娜っぽく微笑んで手を振り返してきた。谷間を覗いてくださいと言わんばかりの際どい胸元に、
金色のネックレスがたるんで挟まってる。正直そそる。
 ヒルシャーが俺の方に向き直った。「まあまあだな」
「だろ? 今日は彼女にしとくか?」
「遠慮しとくよ。欲しければ君にやる」
 おいおい。「信じられんね。おまえ、トリエラがいない所でも聖人君子気取りなのか?」
「隣のテーブルにいる帽子の男が見えるだろ」 確かにいる。ガラの悪いのが。「あれが彼女のポン引きだ。
僕は素人の方がいい」
 大変だね、元警官はいろんな余計なもんが見えちまって。「じゃあ俺がもらうぜ、遠慮なく」
「構わないが、ボられるぞ」
「足りなくなったら貸してくれ。その時は電話するよ」
 俺は自分のグラスを持ってヒルシャーの隣を離れ、美人の待つテーブルへと向かった。彼女は、あら、
彼じゃなくてあなたが来たの、みたいな表情に一瞬なりかけたが、すぐに元の媚びた微笑を浮かべて俺を
出迎えた。お上品バーで思わぬ拾い物だ。入店した瞬間に今夜はもうだめだと諦めたが、捨てる神あれば
何とやら、ってやつなんだろう、多分。
 いくらかかるか分からんが、役に立ってもらえるならよしとしよう。どうせ担当官になれば給料が跳ね上がる
んだ、その前祝にドカンといこうぜ、ドカンとな。


 郊外にぽつんと佇むこの豪邸。昔は貴族所有の屋敷だったとさ。貧乏庶民の夢の館だ、鷹狩りでもするのか
ってほどの広大な夢の前庭に、モーターショーでしかお目にかかれないような夢の車がずらっと無造作に
並んでいる。
 舞踏会でもするのかってほど広い玄関を抜け、床一面に敷き詰められた分厚いペルシャ絨毯を踏み抜いて、
豪華絢爛なフラスコ画だのルネサンス時代の調度品だので飾られた広い廊下を抜け、ウォークイン式の
冷蔵庫が何台もある贅沢なしつらえの広い台所にやってきた。広い広いって陳腐な表現になるのはご愛嬌だ。
そもそも、ここは俺ん家じゃないんでな。
 女を連れ込んだわけじゃない。あの美人にはたんまり弾んで帰ってもらった。俺が彼女と連れ立って店から
出て行くところをヒルシャーが見てる、それだけで彼女もヒルシャーも今夜のところはお役御免てわけだ。
あとで誰から何を言われても、みんな「ヒルシャーの言うことなら真実なんだろう」ってことで納得するだろう。
生真面目キャラはこういう時お得だね、俺は今更転向する気にはなれねえが、とか何とか考えつつ、俺は
キッチンの明かりをつけ、バケツにいっぱい水を溜めて、椅子に縛り付けた血塗れ痣だらけの男に
ぶっかけて叩き起こしてやった。
 目の焦点が俺に合った。それが起爆剤となり、気絶してたせいで弛緩してた身体が一気に緊張したんだろう、
四肢に力を取り戻した男が暴れ出した。「寄るな」とか「誰か助けてくれ」とか、そんなかんじの情けない悲鳴つき。
「まあまあ、落ち着けよ。冷静になって話をしよう」
 俺はじたばたする男の目の前に椅子を引っ張ってきて座り込んだ。
「せっかくだし、腹割っていこうぜ。俺をイカれてると思うか、アントーニ?」
 男――アントーニ・ベルトラーミは、少し暴れることができたおかげで我に返ったみたいで、憎悪と恐怖が
入り混じった目を真っ赤に充血させて俺を睨んできた。
「こんなことをして、タダで済むと思ってるのか?」
 笑っちゃうね。だから、笑ってやったよ。「まさか。思っちゃいないさ。あんたは与党のシュガーダディで、
言ってみりゃこの国のボスも同然だ。こんなことがバレたら俺の首がすっ飛ぶどころか、何も知らない俺の
仲間もまとめて一巻の終わりだよ。だがな、別にあんたを痛めつけて楽しもうってわけじゃない。ここには
話を聞きに来てるだけだ。さて、ぶっちゃけタイムといこうぜ。なんで自分の娘を殺そうとした?」
 奴は寝耳に水とばかりに目を大きく見開いた。「何だって? 殺そうとなんかしていない」
「馬用の鞭や火かき棒でぶん殴ったり、葉巻の火を押し付けたりしといてか? その後手篭めにして、
バスタブでのリストカットに追い込むのもか?」
「あれは躾だ。悪いことをしたら多少叩いたり、部屋に閉じ込めたりはするが、私の実の娘だぞ? 殺したり
なんかするものか」
 ま、ありがちな生かさず殺さずってやつだな。「子供を虐待する親ってのは何らかの精神疾患、例えば、
自分自身が子供の頃虐待を受けて心的外傷を負ったとか、そういうやつを少なからず抱えてるもんだ。
しかしあんたにそんな診断書を書いた医者はいなかった。ここで謎なのが、正気の人間がなんでそんなことを
やってのけてたのかってことだ。娘が生まれてからずっとな。言えよ」
 アントーニが、半分潰れかけの目で必死に助けを求めてきた。「本当に躾なんだ。マルチェッラにああすれば、
他のガキどもが同じことをされないように言うことをきくから」
 他のガキどもね。そりゃPTSDの診断がないわけだ。サイコパスってのは傍目には至って普通の人間にしか
見えない。でもこの屋敷の敷地を掘り返してみろ、その他のガキどもとやらのホトケがいっぱい出てくる
だろう。それが表沙汰にならないってことは、お金様の力がどれだけ偉大かってことだ。羨ましいね。
「だから女房はいつでも旅行、使用人は他の屋敷にかかりっきりってわけか」
「おまえに何の関係がある? 私が一声かければこの場に内務省と国防省の治安部隊全員を呼んでやる
ことだってできるんだぞ。だが、今ここで私を放せば、おまえが望むものを何だってくれてやる。何からだって
逃がしてやれる。本当だ」
 与党のスポンサーってことは、さっきも言った通りこの国のトップらを思うまま牛耳ってる真の親玉ってことで、
要するにこいつは俺の大大大ボスってことだ。公社みたいな超法機関で働いてりゃそのうち、業務関連で
保護した子供をこいつに提出するような仕事まで回ってくる可能性もないとは言い切れない。間違いない
のは、こいつが与党を手懐けてる金の他に、きちんと模範生として納めてる莫大な税金が公社の潤沢な
資金の中でもけっこうな額を占めるだろうってことだ。これから跳ね上がる俺の給料もこいつの金。娘を
殺人マシンに改造するのもこいつの金。
「関係あるんだなこれが。あんたの娘はこれから俺が面倒見ることになった。残念ながらあの子はそう長くは
生きないが、でき得る限りは可愛がってやるつもりだよ。だから、はじめましての挨拶代わりといっちゃ
なんだが、まずは最初のプレゼントをあの子に用意しようかと思ってな。花と、サイコ親父の反省だか後悔だか
更正だか死亡記録だかを。マルチェッラはどれが一番喜ぶと思う?」
「そういうことか」 アントーニが吹っ切れたように高々と笑った。「そういうことか。分かったぞ。おまえは
内閣府直属の社会福祉公社とかって組織の人間か。うちの娘は義体とやらになるんだな、そうだろ? 見ろ、
貴様らのやっていることは何だ? 死にかけの子供を体のいい道具として再利用することが福祉か? 
テロリストに私的な復讐を果たすための盾として不運な子供たちを使い捨てることが福祉だっていうのか?
一体どっちが虐待だっていうんだ! 私が一言、そんな人道に背く組織は即刻排除しろと首相に声をかけ
れば、明日からおまえは路頭に迷う。そうなりたくなければ――」
 俺はジェリコの銃口をサイコ野郎の眉間に向けた。「そうはならんさ」
 アントーニは会心の笑みを俺に返した。「いずれ分かる」



 窓を締め切り、ガスの元栓を全開にして管を抜き、俺は屋敷を後にした。殊更ゆっくり歩き、前庭を抜けた
ところで振り返り、台所のあたりを狙って9 パラを一発ぶち込む。すると、凄まじい轟音をあげて紅蓮の炎が
満天の星空を突き、木屑やら石屑やらガラスの破片やらを飛散させて、貧乏庶民の夢の館は跡形もなく
吹っ飛んだ。
 外門を出たところにヒルシャーがいた。奴は自前のメルセデスに寄りかかって、暇そうに燃え盛る屋敷の
残骸を見ていたが、俺が出てきたのに気付くと、俺が普段吸わないお高めの煙草の箱を投げ寄越してきた。
「一箱全部吸っておけ。ガス臭い」
 箱を開けて早速最初の一本を頂戴する。一口目で分かったがワインと一緒で好みに合わない。いつもの
俺の安煙草の方がいい。
「おいおい、飲酒運転で俺のストークかよ。執行猶予つき保護観察2年プラス俺への接近禁止命令は硬いぞ」
「僕のストーカー行為から逃げ回ってたってことにするか? それとも、金が足りなくてあの黒髪の彼女を逃し、
不貞腐れて僕の家で飲み明かしたってことにするか?」
 趣味は合わないが気は利く野郎だ。ヒルシャーのことはまだよくは知らないが、どうやら生真面目一辺倒
ってわけでもないらしい。トリエラとたびたびギスつくのはあれだ、ティーン少女の扱いが分かってないだけ
ってことなんだろう。大人のことなら分かってる。俺のことも。同じ野郎同士遠慮はいらねえってことなら、
俺だって遠慮なく奴の家に転がり込むくらいのことはやらせてもらったっていい。
「ワインはもういい。テキーラあるか? ショットガンやっても悪酔いしない上物、できればパトロン」
「あるわけないだろ。ライムもない。途中で買っていけばいい。塩ならある」
「カードは?」
「僕に勝てると思ってるなら甘いぞ」
「女は?」
「連れ込みたいなら自宅まで送る」
 俺は笑いながらメルセデスの助手席へ滑り込んだ。俺が乗ってきた車は適当にギってきた盗難車だから
当然ここへ乗り捨てて行く事にする。明日は不運な誰かが手柄を急く警察にたっぷりこってり搾られ、
やってもいない罪を白状させられるだろう。今回ばかりは獲物が巨大だ。すべての人間の目が眩む。
ある意味俺の目も。
 ヒルシャーが素早くイグニションのキーを回し、発車させつつ、笑ってる俺を横目で見た。
「何か可笑しいことでも?」
「いや、おまえって、見かけによらず付き合いいいなと思ってさ」
 溜息。「自分でも信じられない。呑みに付き合うだけの予定だったのに。明日は早出で今日できなかった
仕事を片付けなければいけないんだ」
「多分、その調子でおまえは、地獄の果てまで付き合ってくれるんだろうな。女の子を義体になんか改造して
汚れ仕事をやらせるような俺たちのこった、行き着く先は皆一緒だろうさ」
 奴は正面に向き直り、本人は全然そのつもりはないんだろうが、俺から見たら十分キザったらしく見える
笑いを漏らした。「道連れができて何よりだよ」
 ヒルシャーがお上品バーで言ってた言葉が脳裏に蘇る。ベアトリーチェ、高貴な女性に多い名前、ダンテを
助ける永遠の淑女。呑み直すには十分な肴、なかなか上等な名前に思える。それに夢中になるために、
これから大量に酒を買い込むとするか。サイコ野郎の言葉を洗いざらいヒルシャーにぶちまけても笑って
いられるくらいの量が欲しい。そんなもんでヘコんでる暇はないほどフラテッロってのは大変なんだぞって
いう先輩の言葉を真摯に受け止められるくらいの量が欲しい。


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