社会福祉公社技術部保管庫 - 【行動チェック】
【行動チェック】 // ジョゼ、ジャン、リコ、ヘンリエッタ、(ヒルシャー)
        //【】// Humor //2013/07/17



   【行動チェック】


 過ごしやすい初夏の陽気から一気に温度が上がり、
公社の中庭の青葉もその濃さを増している。
木陰で涼をとりながら物騒な案件について話す僕とジャンの前では、
対照的に二人のフラテッロが草花の間で蝶とたわむれていた。
「ねえリコ、花冠を作るから、花をつむのを手伝ってくれない?」
「うん、いいよ」
 花束の茎を絡めて編み始めたヘンリエッタに応え、リコも花を摘みだす。
バッタがいるだのカマキリが出ただのと脱線しつつも
せっせとクローバーを集めていたリコが、また声を上げた。
「あれ、この虫なんだろう」
     と、いきなりジャンの姿が消える。
 ごん。
 鈍い音がした方を見れば高速の右フックを決めたジャンの姿と
尻もちをついて目をぱちくりさせているリコ。
いつもながら義体を殴って平気だとかどんだけ鉄拳なんだよ。
 両手を口元に当て驚愕の視線で見上げるヘンリエッタを気にもとめず、
こぶしを握ったままジャンはおどろおどろしい声音で言う。
「……カメムシを素手でつまむ奴があるか」
 よくよくよく目を凝らしてみれば、さっきまでリコがしゃがみこんでいた草むらに
のこのこ歩く五角形の小さな昆虫が。
おいおい、この距離であれに気付くとか兄さん視力も義体並か。
と言うか僕としゃべりながらどこまでリコの行動をチェックしてるんだこの人。
「カメムシは不用意に触ると悪臭の液を出す。触るな。臭いがつく」
「はい。すみません、ジャンさん」
 こんな下らんことで皮膚交換なんぞしたら許さんぞとか言ってるし。
いやいやいや、それはないから。ヒルシャー並にいらん心配だから。
 ああでも考えてみれば、義体の行動チェック率では兄さんとヒルシャーって
意外といい勝負なんだよなあ。言葉数が少なくて行動が暴力的に直接的なのと、
いらん言葉数が多くて行動が無駄に婉曲的なのとの差だけで。 
コワい兄とウザい兄とどっちがましなのかって言えば僕はどっちもご免だけど。

 短い説教が終わると兄さんは何事もなかったように僕の隣に戻ってきた。
リコも何事もなかったように花を摘み始める。もちろんカメムシには触らないようにして。
やや呆然としていたヘンリエッタも気を取り直して花冠を編み始め、
僕も平然とさっきの話の続きを始める。
 カメムシ枝に這い、なべて世はこともなし、だ。
眺めやった夏の午後の草むらでは、神の知ろしめし青空の下
そよ風が少女たちの髪を揺らしていた。


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