朝鮮人戦時動員、いわゆる強制連行に関するウィキです。

「滞日は『自由意思』 朝鮮人 戦時徴用はわずか 外務省発表」



外務省は十二日在日朝鮮人の渡来および引揚げについてのいきさつとくに戦時中の徴用労務者の実情を発表した。これは最近北朝鮮帰還問題に関連して、現在日本に居住している朝鮮人の大部分は日本政府が強制的に労働させるためにつれてきたものであるという誤解や中傷が、韓国などから国際的に流され、一部に好ましくない影響を与えているので、これに反論するため行われたものである。


外務省はこの中でとくに在日朝鮮人の中で戦時中の徴用労務者として来たものは二百四十五人にすぎず、またこの人たちを含めて総数約六十一万人はみな自分の自由意思によって日本にとどまった者、または日本生まれの者で本人の意思に反して日本にとどめているような朝鮮人は犯罪者を除き一人もいないことを強調している。
発表の要旨つぎのとおり。


一、第二次大戦中内地に渡来した朝鮮人、現在日本に居住している朝鮮人の実情はつぎのとおりである。


(1)一九三九年末現在日本内地に居住していた朝鮮人の総数は約百万人であったが、一九四五年終戦直前には約二百万人に達した。この間ふえた約百万人のうち約七十万人は自ら内地に職を求めて来た個別渡航と出生による自然増加で、残りの三十万人の大部分は鉱工業土木事業など自由契約にもとづき内地に来たもので、国民徴用令で導入された労務者はごく小部分である。

(2)本来国民徴用令は朝鮮人(当時日本国民)だけに限らず、日本国民全般を対象にしたもので、内地では一九三九年七月に施行されたが、朝鮮への適用はさしひかえ、一九四四年九月はじめて朝鮮から内地へ送り出される労務者について実施された。こうしていわゆる朝鮮人徴用労務者が導入されたのは一九四四年九月―四五年三月(それ以降は交通が絶え、中止)の短期間であった。


一、終戦後在日朝鮮人の約七五パーセントが引揚げた状況はつぎのとおり。

(1)一九四五年八月―四六年三月の間に日本政府の配船で約九十万人、個別的に約五十万人計約百四十万人が引揚げ、復員軍人、軍属、動員労務者は優先された。

(2)日本政府は連合国最高司令官の指令により一九四六年三月残留朝鮮人の全員約六十五万人について帰還希望者の有無を調べ、その結果帰還希望者は約五十万人ということだったが、実際に引揚げたのは八万人にすぎず、残りは日本に残留する道をえらんだ。

(3)一九四六年三月の米ソ協定にもとづき一九四七年三月連合国最高司令官の指令により北朝鮮引揚計画がたてられ、約一万人が申込んだが、実際に北朝鮮へ帰還したものは三百五十人にすぎなかった。

一、現在登録されている在日朝鮮人の総数は約六十一万人であるが、最近関係当局で渡来の実情を調べたところ戦時中に徴用労務者として来たものは二百四十五人にすぎないことが明らかになった。
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