GENOウィルス蔓延中! うつらないうつさない  このWikiは2ちゃんねるBBSPINKの「金の力で困ってる女の子を助けてあげたい」スレのまとめサイトです

クリスマスも終わり、正月までもうすぐの頃。
そろそろ夜が訪れるかの時間で、俺は書類の山を片付けていた。

「ったく。人様が辞める前だってのに、なんでこんなに仕事を押し付けたのか」
「『辞める前のひと仕事をするから必要なら机の上に全部置いておけ』。
 そうおっしゃったのは社長本人ですよ?」
「だからってこの山は何だこの山は。いつもの三倍はあるぞ」
「それでももうすぐ終わるんですから社長は異常です」

机の上に積み重なった書類の山。山。山。
机越しにドアが見えないほどの書類ってどうよ。
まぁ、秘書の言うとおり、もうすぐ終わるんだけどさ。

「そもそも何でデータにしないんだ」
「社長のサインが必要な書類ばかりですので」
「……茶」
「かしこまりました」

秘書がドアの向こうに行ったのを確認して、休憩……出来る筈もなく。

「腱鞘炎確定か。もう、そんな事もなくなるが……」

何の感慨もなしに、そうつぶやく。

一つの目的があって建てたいくつもの会社。
紆余曲折があったにせよ、どの会社も大企業と肩を並べるまでに成長した。
この会社もその一つで、このまま順調にいけばほかの大企業と同様に肩を並べられるだろう。

「金が欲しくて建てたわけじゃないんだけどな……」
「なら社長はどういった理由でこの会社を創設なさったのですか?」
「ただの好奇心だよ。この会社ならどこまでいけるのか」

いつの間にか戻っていた秘書に驚くことなく、左手でトレイから緑茶を奪ってひとくち。
その間にも、目は活字を追って右手はペンを走らせる。

「……この茶ももうすぐ飲めなくなるな」
「ならやめなければいいじゃないですか」
「もうこの会社に対しての興味は失せた。会社にとってもそんな俺は害になるだけだ」
「社長らしいですね……」

諦めたように秘書はため息をひとつ。
そんなことは知らずに、俺は最後の一枚にサインを走らせた。

「さて、ようやく終わった。屋上でたばこを吸って帰るから。
 見送りはいらんと重役共に言っておいてくれ」
「かしこまりました。……どうかお元気で」
「何今生の挨拶かましてんだ。気が向いたらタバコでも吸いに来るから」

軽く苦笑をして、壁に掛けてあった上着を羽織り、社長室を出た。
気が向いても来ないであろう、屋上に向かって。

階段を昇るにつれ、だんだんと気温が下がってくる。

「コーヒーでも買ってくればよかった」

一人ごちりながらも、一歩一歩上を目指す。
もうすぐ屋上へのドアが見えるところで違和感が走る。

「いつもより寒い……開いてるのか?」

果たして、予感的中。
暖房代がもったいないと、会社を辞めたのにそう思った。

さらに違和感。
叫び声とどなり声がドアの向こうから聞こえる。

「ゆっくり煙草吸いたいんだがな……」

まぁ、辞めた身だ。
大人しく端の方で煙草でも吸いましょうかというところで。

「まだ期日まで時間があるじゃないですか!」
「その期日までに払えるのか!あぁ!?」
「それは……」

そんな会話が聞こえた。

「人様のビルで何やってんだか……」

そんなことを思いながらも、きっと知り合いの所だろうと踏みながらドアを抜ける。

「何してんだ?」
「あぁ!?テメェには関け……って旦那!?」
「旦那はやめろとあれ程。それより人のビルで何してんだ」

的中。
知り合いの組の人でしたよっと。
そんなことを片隅に思いながら話を進める。

「いえ、この女が借金を返すアテがないもんで。それより、ここのビルは旦那が?」
「ああ、たった今辞めたばかりだけどな。最後に煙草吸って帰ろうとした時にコレだ」
「それは……すいやせん。すぐ引っ込みますから」
「いや、それよりコーヒー買ってきてくれ。その間に話つけるから」
「……わかりやした」

そう言ってドアの向こうに消える……誰だっけ?

「……まぁいいか。で、あんたの借金はおいくら?」
「……あなたに話す必要はありますか?」
「救いかどうかは知らないが、差しのべられた手をはたくなら必要ないな。ただ、その手を握らないと闇に沈むのは目に見えている」
「……あなたは何者ですか?」
「話の下りでわかってくれるとありがたいんだが。この会社の元社長だよ」

煙草を取り出して、火を点ける。

「まぁ、手をはたくつもりならどっかに失せてもらえるとありがたい。この場所で吸う最後の機会なんでね。ゆっくり吸いたいのさ」
「……」

考えあぐねている様子。
薄い上着にぼさぼさの髪、ボロボロの手と痩せた体。
ずいぶんと苦労しているらしい。
年端もいかない娘だろうにと思いながら、紫煙を肺に入れる。

「……5億」
「ん?」
「5億……です」
「ふーん、5億ねぇ……まぁいいか」

胸のポケットから小切手とペンを取り出し、5をひとつ、0を8つ書いて渡す。

「ほれ、アイツに渡してとっとと消えろ」
「……受け取れません」
「アンタの事情なんか知らない。人様の事情になんか興味がない。物思いに浸るのに邪魔だ」
「……そんな理由で受け取れません」
「金持ちの道楽。理由はこれで十分だ。存在が邪魔だからとっとと失せろ」

吸い終わったたばこを携帯灰皿に入れて、小切手を強引に握らせる。
小さい、冷たい手だと思いながら。

「受け取れません!そんな理由で受け取れるほどの金額じゃないです!」

そう叫んだ少女は、小切手をビリビリに破いて捨てた。
小切手の欠片が、風に流されてゆくのを見ながら、
舐めたことをしてくれる、そう思った。

「調子に乗るなクソガキ。そんな事を言うなら、なぜ消えなかった?
 最初に言ったはずだ。差し出された手を握るかその手をはたいて闇に沈むかだと。
 そんな理由?ならアンタが納得のいく理由を言ってみろ。
 誰もが感動するような理由が欲しいなら小説でも読んでろ。
 この世界は、そんなくだらない道楽で廻っている。
 搾り取られるだけの弱者が、奇麗事を言ってる暇なんて無い程の速さでな」

もう一度小切手に同様の金額を書いて渡す。
煙草が吸いたいと、くだらないことを頭の片隅で思いながら。

「もう一度言う。アイツに渡してとっとと消えろ」
「……」

それでも、力なく首を振る少女。
そろそろ飽きてきたところで、組の……もう組員Aでいいや。
組員Aがやって来た。

「旦那。お待たせしてすいやせん」
「いや……丁度いいかね。悪いんだけど今から爺さんの所に行きたいんだ。車出してくれないか?」
「……どうしたんすか?」
「存外強情でさ。久しぶりだし爺さんに直接渡す」
「わかりやした。この女はどういたしやすか?」
「本人次第。アンタはどうするんだ。爺さん……組の会長の所に行くかい?」

俺が借金を払うことに対して、諦めたのだろう。
おずおずと、それでもしっかりと彼女はうなずいた。

シミ一つない畳。
金のかかってそうな掛け軸。
その下にはこれまた高価な壺。
真新しい障子の向こうには、何匹もの鯉が悠然と泳ぐ池。
年代物の座卓の上には茶が三つに小切手。
そんな金のかけすぎた部屋に、俺と爺さんと少女はいた。

服を着た悪鬼。
そんな二つ名をもつ爺さんに小切手を渡す。

「んじゃ、これで足りるよな?」
「ああ、借金分確かに受け取った。おめでとう譲ちゃん。これであんたは晴れて自由の身だ」
「ありがとう……ございます」

ぺこりと、頭を下げる少女。
そんな様子に、爺さんは笑う。
『服を着た悪鬼』なんて二つ名も仕事上での話だ。
内心、心苦しかったのだろう。
冷酷な笑みではなく、朗らかな明るい笑い方だった。

「しっかし……明日は槍が降るのぅ」
「いやいや、核の間違いだろう」
「違いない。病原菌とまで言われたお主がまさか、どこの馬の骨かもわからぬ女の借金を払うとはのぅ」
「固いこと言うなよ爺さん。鬼の目にも涙って言うだろうに」
「この場合、病原菌の情けじゃがな」
「だな。煙草吸うぞ」
「ああ、灰皿はそこにある」

煙草に火をつける。
紫煙が肺を犯す感覚が体に満ちると同時に爺さんが話しかけてきた。

「で、どうするんだ?」
「なにを?」
「この娘。このまま家に帰すのも悪くないが、家はもうないぞ?」
「……は?」

驚いて少女の方を見る。
相も変わらず、彼女は自分の足元を見つめていた。
改めて爺さんの方に向きなおる。

「爺さんが?」
「いや、儂とは違う組の奴らじゃ。新参の若造どもが儂の領地を荒らしおった」
「……彼の悪鬼、老いて力を、衰わす。か」
「誰が老いた誰が」
「まずは鏡を見ろ。話はそれからだ」

所々禿げた白髪の頭。
皺がよりきって真っ直ぐなところがない肌。
儂口調。
さて、齢70以上のどこが老いていないというのか。
小一時間ほど問い詰めたいが、時間がないので割愛。

「で、どうするよ?それなりの家と真っ当な職、当面の生活費は保証してやれるけど?」
「偉くなったもんだのぅ坊主」
「偉くなったつもりはないが、これでも色々な企業を成功させたもんでね。……当初とは打って変ってだが」

遠い憧憬に思いをはせながら、煙草の火を消す。
……最近煙草を吸う本数が多くなってきたな。

「それより、坊主の家で侍従させるのはどうじゃ?」
「おいおい、冗談が厳しいんだが?」
「至極真っ当な意見のつもりじゃが?」

いけしゃあしゃあと、こんなことをのたまうジジイ。
俺のトラウマを知っているくせしやがって。
そんなことはつゆ知らず。
爺さんはつえを使って立ち上がる。

「どうした爺さん?」
「久しぶりに知人が来たんじゃ。それなりのもてなしはせにゃならん。
 準備にそれなりの時間がかかるから、その間に決めればいい」
「……へーよ」

ため息をひとつ……どうしろと。

障子の向こうに消える爺さんを尻目に、
俺は爺さんがいたところに移動する。

「で、どうするんだ?さっきも言ったとおり、それなりの家に真っ当な職、当面の生活費は保証してやれる。
 何か必要なものがあれば、その都度言ってくれれば用意できるしな」
「……」

少女は何も答えない。
ただただ、うつむいているだけだった。

「何か言ってくれないと始まらないんだが」
「……働かせて下さい」
「ん?ああ。どこで働くんだ?いろんなコネを持ってるからそれなりに選択肢は―――」
「―――あなたの所で、です」

……今何て言った?

「……ああ。さっきの会社か。辞めたばっかりだけどまぁ大―――」
「―――あなたの下で働かせて下さい」

顔をあげて力強く、少女はのたまった。

「……すまんが無理だ」
「何故、ですか」
「……精神的な問題。これの一言に尽きる。大体、もうちょっとマトモな選択肢があるだろう。
 OLとか、経営者とか、実力があるなら女子アナにもなれる。本音を言えば、これ以上アンタとかかわるつもりはないんだ」

二本目の煙草に火をつける。
もうすぐ無くなるな……後で買いに行くか。

「さっさと決めてくれ。そろそろ面倒になってきた」
「……働かせて下さい」
「あのなぁ……」

会社を降りて、久しぶりにゆっくりできると思ったのに……
こんなところで疲れるとは思わなかった。

「……ひとつ、昔話をしようか」




それはある日の憧憬。
いつか見た行動原理。
そして、俺というパズルを構成する一つのピース。



 ……ある所に、幸せな夫婦がおりました。
 そんな夫婦に、子供ができました。
 ですが、子供が出来たところで、夫婦はけんかになり、やがて離婚しました。
 子供は母にの下ですくすくと育ちました。
 ですが、子供が5歳になったとき、母は詐欺に引っ掛かりました。
 簡単に返せるような額ではなく、母は闇に沈み、
 子供は孤児院に引き取られました。
 その孤児院はひどい所でした。
 ぎりぎり餓死しない程度の食事を子供たちに与え、
 子供たちに重労働を背負わせました。


 その子供はそこで、人を信用することをやめて、
 道具に執着するようになり、不眠症を患いました。
 子供は15の少年になり、ようやく孤児院を出ようとしたところで、
 母方のおじいさんの遺言が見つかりました。
 100億を相続させること、お屋敷に住んでほしいとのことでした。
 孤児院の院長に5千万ほど渡し、少年はお屋敷に移りました。
 お屋敷に移って半年ほど過ぎたころ、
 院長は5000万を逃げて闇に消えたと、風の噂で聞きました。
 それから少年はお金が嫌いになりました。
 さらに周りは敵だらけ。少年は人間を敵だと思い込むようになりました。


 そして、ふと疑問に思いました。
 なぜ母は闇に沈んだのかと。
 それから彼はいくつもの会社を立ち上げます。
 到底上手くいくとは思えないような会社ばかりを。
 どうすれば母のように闇に沈む事が出来るのか。
 それが彼の行動原理でした。
 ですが、その会社は期待を裏切ります。
 到底上手くいくとは思えなかったその会社は、
 いまでは最大手の企業でした。
 子供のころに患った、不眠症と重労働の経験がこんな所で活きてしまいました。


 ある人は言いました。
 「そこまでお金を稼いで何に使うのか」と。
 彼は答えました
 「稼ぎたかったわけじゃない、むしろ闇に沈みたかった結果がこれだ」と
 ある人は責めました。
 「なぜ困っている人たちのために使わないのか」と。
 彼は答えました。
 「そんな貴方は困っている人たちのために何かしているのか」と
 ある人は嘲笑いました。
 「病気ではないのか」と
 彼は笑いました。
 「何を今さら、それに病気ではなく病原菌そのものだ」と。

ある人は呆け、ある人は口をつぐみ、ある人は彼を妬みました。
そんな事もあり、彼の人間不信と道具に対する執着は、一段と激しくなりましたとさ。
それでも彼は止まりません。
自身が闇に沈む、その日まで。


煙草はいつの間にか燃え尽きていた。
ずいぶん長くしゃべったようだった。
注がれていた茶を飲む。
温かった。ただただ……ぬるかった。

「俺はもう、人を…人間を信用しない。俺が信用できるのは……道具だけだ。
 それに、闇に沈みたがっている俺についてきたところで、明るい未来は望めない」
「……」

俺の心情の吐露に、少女は答えない。

「…最後だ、働きたい所を言ってくれ」
「……私は―――」

ようやく、まともな職を言うのかと思ったら違かった。

「―――あなたの道具になります。
 …私を、3千万で買って下さい。
 立花雫という『道具』を、3千万で買って下さい」

少女―――立花雫はこうのたまった。

「……勘弁してくれ。大体、アンタに三千万の価値があるのか?」
「三千万の価値か、1円にも満たぬ価値になるかは、あなたの使い方次第です」
「……何故、そんな簡単に道具になれる?こんな得体の知れない男の道具になるなんて、まずあり得ない選択肢のはずだ」
「ならなぜ貴方は、道具という選択肢をくださったのですか?」
「……病気じゃないか?最低でも、正気の沙汰じゃない」
「あなたが望むなら、私は道具にでも病気にでもなります」

俺は言い、責め、嘲笑う。
少女は、ただ笑って答えるのみ。

俺は呆け、口をつぐみ、そして―――

「……病気は俺だけで十分だ。
 俺の名前は星夜流。お前を三千万で買い取る。
 雫。今日からお前は俺の『モノ』だ」
「……よろしくお願いします」

―――笑って答えることのできる彼女を少しだけ……羨ましく思った。


携帯の小うるさい目覚まし音が、耳元で鳴いている。
枕もとをまさぐり、半分寝ている状態でボタンを押して目覚ましを止めた。

「……どこだ?」

まず視界に入って来たのは、見慣れぬ歪んだ天井。
歪んでいるのは天井ではなく、自分の目だと気付くのに時間はかからなかったが。

「……あー。爺さんの家か」

意識が覚醒していくにつれ、昨日何があったのか思い出してきた。

爺さんのもてなしを受けて、もうすぐ夜更けだからと泊まる事になった俺と雫。
風呂をもらった後、疲れて眠ってしまった雫を布団に移して、自分もほかの部屋に移った。
明日はいろいろ忙しくなるだろうと踏んで、目覚ましを切らずに自分も就寝。

「……5時半? 」
「正確に言うと5時32分ですね」
「そりゃどうも。早いんだな雫」
「持ち主様だって早いじゃないですか」
「そりゃ、今日はいろいろと忙しくなると踏んだからな。
 それよりいくつか質問があるんだが、なんでここにいるんだ雫? 」

借りた寝間着を着たまま、雫は俺の横でただ座っていた。
……寒そうに体を軽くふるわせて。

「持ち主様がここにいると聞いたので。
 道具である以上、持ち主様のそばを離れるわけにはいきません」
「それはご苦労なこって……持ち主様って何だ? 」
「私は道具、あなたが持ち主様です」
「……ご苦労なこって。さて、疑問が解けたところで」
「?……キャ! 」

布団から抜け出し、逆に雫を無理やり布団に押し込む。

「何寒そうな格好して座ってんだタコ。今日はお前の用事で色々と駆けずり回るのに、
 自分から体調崩すようなマネをするんじゃねーよ」
「……私の用事…ですか? 」
「俺の道具になるにあたって、当面必要なものの買い出しだ。
 下着や洋服、学校で必要な道具だのお前が仕事するための道具だのと。
 自分の状況をよく考えてみろ。文字通り身一つだろうが」

爺さん曰く、雫の家は燃やされている。
本人はそのことを黙っていたが、黙っているって事は本当のことなのだろう。
さっきも言ったとおり、文字通り身一つなわけで。
今日は色々と駆けずり回る日になるだろう。

「とりあえず俺が戻ってくるまで布団の中で待機。持ち主の言うことは絶対だ。わかったな? 」
「はい……」

軽くうなだれて布団にもぐりこむ雫を背に、俺は居間へと向かった。


特にやる事もなく時間が過ぎてゆき、爺さんの家で朝食を済ませた後、
俺と雫は組員Aもとい、烏丸に送られてある大型百貨店についた。

「それじゃ、用があったら電話下さい」
「ああ、悪かったな」
「ありがとうございました」

車の窓ガラス越しに頭を下げて、烏丸はカーブの向こうに消えた。

「とりあえず社長室に向かうぞ」
「社長室…ですか?」

不思議そうに首を傾げる雫。
……そういえば言ってなかったな。

「このデパートの名前をひっくり返してみろ」
「えっと、夜星……星夜…あ」
「そうゆうことだ」

大型百貨店『夜星』。
ここが星夜流の出発点。
自分の苗字を使うのは面白くない。
でも自分が建てたという意味は残したい。
安直な考えではあるが、それくらいが丁度いい。

「首が挿げ替えられたって言うニュースはまだ聞いてないからな。たぶん俺の元秘書、現社長がいる筈だ」
「元秘書……ですか」
「なかなか有用な奴がいなかったからな。俺の仕事についてこれたのがあいつだけだから後釜に座らせただけだ。
 ……ああ、一つ言い忘れていたが。役立たずな道具はいらない。意味はわかるよな?」
「はい……」
「精々がんばりな。あの時素直に金を受け取らなかったこと、後悔させてやるよ」

不味いな。スイッチが入っちまった。
経営者としての星夜流になっちまった。
……あれ?どこがまずいんだっけ?

鬼が悪戯を思い付いたらこんな顔になるんだろう。
凶悪な笑みが顔面からはがれない。

「……精々、頑張らせていただきます。あの時私を拾った甲斐があると、
 絶対に思わせて見せますから」

一瞬、凶悪な笑みが凍った。
次に浮かんだのは、挑戦的な笑みだった。

「ほぉ、言うねぇ……その言葉、絶対に忘れるなよ」

絶対に後悔させてやる。
……アレ?オレコンナニサドダッタッケ?

「……まぁいいか」
「?」
「ああ、独り言。今日は記念日だ。好きな物を好きなだけ買っていい。好きなだけ贅沢に溺れろ」
「いいんですか!? 」
「ああ、今日という日を楽しめ」
「ありがとうございます! 」

気楽にはしゃぐ雫を見て、ある言葉を飲み込んだ。
明日からは……地獄の方が生温い日々が続く。
そんな言葉を。




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