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helpme_nini 2008年06月26日(木) 12:24:50履歴
今日もだめだった。昨日もだめだった。おとといもだめだった。一週間前もだめだった。一ヶ月前もだめだった。その前もだめだった。その前は始まらなかった。その前の前は終わりを知った。
私は病室のベットの隣にある飾り棚に真新しい花が一輪だけささった花瓶を置いた。
花の色を見て、美しさを確認する。きっとこの色も、この花も気に入ってくれるはず。だって一番大事にしていた妹が育ててくれたお花だよ。きっとそのことを知ったら嬉しくて、ありがとうって撫でてあげるよね。
悟史くんなら。
沙都子はまだ、悟史くんがここで眠り続けていることを知らない。
元気な姿で迎えにいかせてあげたい。監督の願いでもあったし、私の願いでもあった。そしてそれは悟史くん自身も望むことだと思う。
こんな姿のままで沙都子に出会うのはきっと悲しいだろう。沙都子を心配させるのはもう嫌だと思ってるに違いない。
だから沙都子は知らない。
でも知らせてあげたい。悟史くんが帰ってくるのをただひたすらに、一人でも、仲間たちに支えられて立派に成長している彼女のことを悟史くんにこうして伝えてあげているのに、悟史くんは起きてくれない。
状態は良好だといつも監督は言う。
じゃあ何で起きてくれないの？こんなにも待っている人たちがいるのに。私や沙都子だけじゃない、お姉や梨花ちゃま、レナさんに会ったことすらない前原圭一だって悟史くんのこと心配してる。
悟史くんが生きていることを知ったとき。私から零れて溢れていなくなっていったはずの悟史くんが戻りパズルが解けて、すべてのピースが当てはまって答えが見つかったような気がした。でもそれは始まりに過ぎなくて、私と悟史くんの出会いはまだまだ遠いそこから先へと続いていて今だ果たせないままだった。
私は焦る。焦る。焦る。もともと短気な性格というのもあるかもしれないけれど、焦る。待っていることが辛いわけじゃない、ただ寂しい。目をあけて、私を見て微笑んで、そしてむうって一言、私の頭を撫でてほしい。ただそれだけ。
ふと、悟史くんの枕元、隣にある大きなクマのぬいぐるみに目がいく。
それから視線を悟史くんの寝顔に戻して、少し暖かな手を包んで呟く。
「悟史くん、また沙都子の誕生日がくるよ。このぬいぐるみ、渡してあげるんでしょ･･･？」
もうすぐまた、沙都子の誕生日がくる時期だ。
沙都子だって気づいているけれど、何も言わない。口にすることで何かを思い出すのが嫌なのか、それとも“にーにー”が自分が欲しがったぬいぐるみを持って帰ってくることを心の底から信じているのか。
あの子のことだ、絶対に後者を信じてる。だから、私は悟史くんに早く帰ってきてほしい。
このところ、くるたびに私は真っ赤に目を染め上げて潤ませて、悟史くんの手に頬を寄せてすすり泣くことしかできなかった。声をあげることもできず、ただ嗚咽交じりに泣くだけ。私の心のほころびが始まる前に、どうかお願い。目を開けて。
「傾聴傾聴！今日はひっさしぶりになんと！あの！北条悟史が我らが部活に舞い戻り参戦することと相成った！さあ悟史、挨拶してよ、挨拶！」
「ええ？挨拶？う、うん、そうだね･･･ひ、久しぶりだから･･･ええ、えと、僕は北条･･･」
「あっまぁーい！」
魅音の指先が悟史の頬をぷにんっと押し潰す。見た感じ痛くはなさそうなのだがあれが結構痛いらしい。経験者が語っていた。
「悟史〜忘れちゃいないよね〜部活だよ、ぶ・か・つ！そんな甘っちょろい挨拶で皆が納得するとおもってんの？ここはでっかくかまさないと、でっかくね！」
「･･･ええ、挨拶ぐらいで･･･そんな、だって･･･」
悟史が困った様子で妹の沙都子を見るが、沙都子はニヤリと嬉しそうに笑って、
「魅音さんの言うとおりになさいまし！私、にーにーなら出来ると信じていますわ！」
最愛の妹に裏切られ、悟史は肩をがっくり落とす。そのがっかりした様子を、乱暴に抱き寄せて愉快に笑う男が一人。
「よぉし悟史。俺が挨拶っていうやつを教えてやるよ！でっかいやつを！男が変態で何が悪いんだ！？」
「け、圭一･･･変態って･･･何を教えてくれるつもりなんだよ？」
「はう！はうう！け、圭一くん、ふ、不潔だよ！悟史くんにそういうこと教えちゃだめぇぇ！」
すぱぱぱーん！目に見えない高速な何かが圭一の顔に華麗にヒットする。レナから繰り出された通称“れなぱん”が見事に圭一の顔すべてにヒットすると、レナは悟史の背後に周り身体をもじもじさせながら言う。
「はぅー☆緊張してもじもじするさ、さ、悟史くん！かぁいい、かぁいいね！？はう、レナがおもも、おんも、おもももお持ち帰りぃいーっ！！」
「みぃ。レナも十分不潔なのですよ、にぱー☆」
あれあれあれあれ？
なんだろうこれ？私は呆然としたまま、そこに立ちすくんでいた。目の前に繰り広げられる光景がただ信じられないと、そういう表情で。
「あっれー珍しく詩音が何も言わないじゃん？なんか言わないと悟史、本当にレナにおんもちかえりぃされちゃうよ？レナのこと甘くみないほうがいいよぉ？」
魅音が呆然とする私を見て話かける。思わず魅音の腕をつかんでしまう。
「？どったの、詩音。どっか具合悪い？」
「う･･･ううん･･･と、とくに悪くないです」
「詩音、大丈夫かい？」
悟史くんが心配そうに話しかけてくれる。悟史くんが、悟史、くんが･･･
「わ、私なんかより悟史くんのほうこそ大丈夫なんですか！？だ、だって、だって、あの！！！」
「僕は平気だよ。なんだか今日の詩音はちょっぴりおかしいなぁ」
あははと笑って悟史くんは言う。あの、悟史くんが、私が詩音としてここにいて、魅音がいて、圭一がいて、ありえないありえないありえない。どうして？なんで？それでも時は進む、進んでいく。耳の奥、頭の中、瞳の裏側で何かを刻みながら。
「むぅ･･･」
「よぉーし、今日の罰ゲームは悟史に決定！いやー、白熱したねぇ、とくに圭ちゃん！まさかあそこで革命返しするなんておじさん夢にも思わなかったよー！？」
「ふっふっふ、俺を舐めるなよ！？俺だって部活メンバーにもうそこそこ鍛えられてんだ！悟史なんか負けはしねぇぇぜー！！」
「あはは、負けちゃったよ･･･」
「はう〜悟史くんは頑張ったよー？」
「ボクがなでなでしあげますです☆かぁいそかぁいそですよー」
「にーにーはこういうゲームには向かないんでしてよ！今度わたくしがみっちり鍛えてさしあげますわぁ！」
悔しそうに沙都子が地団駄を踏んでいる。悟史くんはごめんね、といった様子で沙都子に頭を垂れる。沙都子はそんな顔されても困りますわっと素直じゃないいつもの調子でそっぽを向いてしまう。
目の前には皆が寄せた机。机の上に広がるのは部活で使い古してるトランプの山。目の前にいるのは悟史くん。周りにいるのは魅音自慢の部活メンバーたち。その中に悟史くんがいて、私がいる。
どういうこと？
だってまだ彼は目覚めていないんだよ。
沙都子だって、彼の存在を知らないんだよ？
「さぁて罰ゲームだけど、今回は１位がビリに命令するってやつだよね。んーと、おじさんは･･･3位かな？ん、圭ちゃんは？」
「俺は2位だな！優勝したとおもってたのによーくそぉー！誰だ１位は！」
「私は4位でしてよー！」
「僕は5位なのです。油断しましたのです」
「あれ？じゃあレナが1位？」
「私は6位だよ！だから詩ぃちゃんが1位なんだよ、だよ☆はうう！さっすがぁ〜！」
「あー詩音かぁ･･･たしかに革命返ししたあとでも全然動じなかったしなぁ･･･」
全員の視線が急に私に集まる。まって、まってよ、私、部活に参加してた記憶なんてまるでないし･･･それに１位って、どういうこと？悟史くんも私を見ている。どうしよう、こんな展開初めてだよ、全然わからないよ･･･！
「んじゃー詩音が悟史になんでも命令できるってぇことで。あ、、ちなみに子供が見ているのでその範囲内で宜しくね、詩音」
「はう･･･魅ぃちゃんそれ･･･とても不潔だよぉ･･･」
いつもの私だったら魅音にそんなこと言わせない！だってちょっかいだすのは私の方だもん！何よーお姉のばかぁ！確かにここはお姉のテリトリー、か、もしれない、け･･･
気がつくと悟史くんが目の前にいて、恥ずかしそうに私の前で言う。
「僕がビリで、詩音が１位で･･･それで詩音が僕に命令していいんだって。何か、ある･･･かな？」
「え･･･え！ええっと･･･ええと、その･･えええっと････」
しどろもどろになる私、周りから注がれる視線。もう胸が張り裂けそうだ。でも、もし。悟史くんに命令なんてそんなことは言わない、お願いをして叶えてくれるならたった一つだけ。
「あのね･･･悟史くん」
「うん」
「私の･･･頭。撫でてくれますか？」
「うん？」
「えー！それ全然罰ゲームじゃないじゃん！だめ、それ却下、きゃっかぁー！」
「ちょっ･･･魅ぃちゃん空気読んで！！！」
ぶうぶうと文句を垂れるバカお姉をレナが引きずって教室の外へ。それをみて部活メンバーもいつの間にか教室の外へと消えていった。
悟史くんは皆がいなくなったのをなぜなんだろうときょとんとした顔で見ていたけれど、私の顔をもう一回見つめると、懐かしいその声で言った。
「それでいいの？詩音から僕への罰ゲーム」
「うん･･･いいの。でも･･･でも、もっとワガママをいうなら、これだけじゃなくて･･･！これからもずっと、私の頭を撫でてほしいの･･･！」
ほころびが。
私の心のほころびが始まって。それがもう戻らないところまできたからきっとこの夢を見ているのだと私は気づいてしまった。悟史くんの手が私の頭に向かって伸びる。ゆっくりと、そして触れる。私は目をぎゅっと閉じる。
夢なら醒めないで、溢れる気持ちが涙と一緒に零れ落ちる。
夢でもこのままで、やっと訪れた幸せをもう離したくない。
この撫でてもらった感触はきっと過去のもの。過去を思い出してあの日の暖かいあなたの手を思い出しているだけなんだね。きっと目を開いたら、そこには真っ白い病院の壁があるはず。
不意に自分の頭に手を当ててみた。誰かの手がある。
閉じていた自分の眼を開ける。
「･･･おはよう、詩音」
「･･･っ･････････！」
どうして？
夢なら醒めないでと、夢でもこのままでと願ったはずじゃない。どうして、どうして？ベッドの上の悟史くんが私の頭を優しく撫で続ける。
「ごめんね、気持ちよさそうに寝てたからずっとこうやってたんだ。･･･嫌だった？」
「ううっ･･･ううん、うううん！うううん！」
首を振る。瞳からぼろぼろと大粒の涙が零れ落ちて、首を振ると涙の雫が宙を舞った。
「おはよう･･･おかえり、なさい･･･！」
声をあげて久しぶりに泣いた。そして初めて抱きしめた。もうどこにもいってほしくない、そばにいて、お願いだから。私の悲鳴にも似た気持ちは悟史くんに届いてるだろうか？私に抱きしめられて戸惑っていた彼の手がゆっくりとまた私の頭を撫でながら、あの優しい暖かな声が聞こえた。
「ただいま、詩音。もうどこにもいかないよ。ありがとう、ずっと、そばにいてくれて･･･」
Thanks.
締め切られて届かないはずの病室にふっと暖かな不思議な風が舞い込んだ。
私は病室のベットの隣にある飾り棚に真新しい花が一輪だけささった花瓶を置いた。
花の色を見て、美しさを確認する。きっとこの色も、この花も気に入ってくれるはず。だって一番大事にしていた妹が育ててくれたお花だよ。きっとそのことを知ったら嬉しくて、ありがとうって撫でてあげるよね。
悟史くんなら。
沙都子はまだ、悟史くんがここで眠り続けていることを知らない。
元気な姿で迎えにいかせてあげたい。監督の願いでもあったし、私の願いでもあった。そしてそれは悟史くん自身も望むことだと思う。
こんな姿のままで沙都子に出会うのはきっと悲しいだろう。沙都子を心配させるのはもう嫌だと思ってるに違いない。
だから沙都子は知らない。
でも知らせてあげたい。悟史くんが帰ってくるのをただひたすらに、一人でも、仲間たちに支えられて立派に成長している彼女のことを悟史くんにこうして伝えてあげているのに、悟史くんは起きてくれない。
状態は良好だといつも監督は言う。
じゃあ何で起きてくれないの？こんなにも待っている人たちがいるのに。私や沙都子だけじゃない、お姉や梨花ちゃま、レナさんに会ったことすらない前原圭一だって悟史くんのこと心配してる。
悟史くんが生きていることを知ったとき。私から零れて溢れていなくなっていったはずの悟史くんが戻りパズルが解けて、すべてのピースが当てはまって答えが見つかったような気がした。でもそれは始まりに過ぎなくて、私と悟史くんの出会いはまだまだ遠いそこから先へと続いていて今だ果たせないままだった。
私は焦る。焦る。焦る。もともと短気な性格というのもあるかもしれないけれど、焦る。待っていることが辛いわけじゃない、ただ寂しい。目をあけて、私を見て微笑んで、そしてむうって一言、私の頭を撫でてほしい。ただそれだけ。
ふと、悟史くんの枕元、隣にある大きなクマのぬいぐるみに目がいく。
それから視線を悟史くんの寝顔に戻して、少し暖かな手を包んで呟く。
「悟史くん、また沙都子の誕生日がくるよ。このぬいぐるみ、渡してあげるんでしょ･･･？」
もうすぐまた、沙都子の誕生日がくる時期だ。
沙都子だって気づいているけれど、何も言わない。口にすることで何かを思い出すのが嫌なのか、それとも“にーにー”が自分が欲しがったぬいぐるみを持って帰ってくることを心の底から信じているのか。
あの子のことだ、絶対に後者を信じてる。だから、私は悟史くんに早く帰ってきてほしい。
このところ、くるたびに私は真っ赤に目を染め上げて潤ませて、悟史くんの手に頬を寄せてすすり泣くことしかできなかった。声をあげることもできず、ただ嗚咽交じりに泣くだけ。私の心のほころびが始まる前に、どうかお願い。目を開けて。
「傾聴傾聴！今日はひっさしぶりになんと！あの！北条悟史が我らが部活に舞い戻り参戦することと相成った！さあ悟史、挨拶してよ、挨拶！」
「ええ？挨拶？う、うん、そうだね･･･ひ、久しぶりだから･･･ええ、えと、僕は北条･･･」
「あっまぁーい！」
魅音の指先が悟史の頬をぷにんっと押し潰す。見た感じ痛くはなさそうなのだがあれが結構痛いらしい。経験者が語っていた。
「悟史〜忘れちゃいないよね〜部活だよ、ぶ・か・つ！そんな甘っちょろい挨拶で皆が納得するとおもってんの？ここはでっかくかまさないと、でっかくね！」
「･･･ええ、挨拶ぐらいで･･･そんな、だって･･･」
悟史が困った様子で妹の沙都子を見るが、沙都子はニヤリと嬉しそうに笑って、
「魅音さんの言うとおりになさいまし！私、にーにーなら出来ると信じていますわ！」
最愛の妹に裏切られ、悟史は肩をがっくり落とす。そのがっかりした様子を、乱暴に抱き寄せて愉快に笑う男が一人。
「よぉし悟史。俺が挨拶っていうやつを教えてやるよ！でっかいやつを！男が変態で何が悪いんだ！？」
「け、圭一･･･変態って･･･何を教えてくれるつもりなんだよ？」
「はう！はうう！け、圭一くん、ふ、不潔だよ！悟史くんにそういうこと教えちゃだめぇぇ！」
すぱぱぱーん！目に見えない高速な何かが圭一の顔に華麗にヒットする。レナから繰り出された通称“れなぱん”が見事に圭一の顔すべてにヒットすると、レナは悟史の背後に周り身体をもじもじさせながら言う。
「はぅー☆緊張してもじもじするさ、さ、悟史くん！かぁいい、かぁいいね！？はう、レナがおもも、おんも、おもももお持ち帰りぃいーっ！！」
「みぃ。レナも十分不潔なのですよ、にぱー☆」
あれあれあれあれ？
なんだろうこれ？私は呆然としたまま、そこに立ちすくんでいた。目の前に繰り広げられる光景がただ信じられないと、そういう表情で。
「あっれー珍しく詩音が何も言わないじゃん？なんか言わないと悟史、本当にレナにおんもちかえりぃされちゃうよ？レナのこと甘くみないほうがいいよぉ？」
魅音が呆然とする私を見て話かける。思わず魅音の腕をつかんでしまう。
「？どったの、詩音。どっか具合悪い？」
「う･･･ううん･･･と、とくに悪くないです」
「詩音、大丈夫かい？」
悟史くんが心配そうに話しかけてくれる。悟史くんが、悟史、くんが･･･
「わ、私なんかより悟史くんのほうこそ大丈夫なんですか！？だ、だって、だって、あの！！！」
「僕は平気だよ。なんだか今日の詩音はちょっぴりおかしいなぁ」
あははと笑って悟史くんは言う。あの、悟史くんが、私が詩音としてここにいて、魅音がいて、圭一がいて、ありえないありえないありえない。どうして？なんで？それでも時は進む、進んでいく。耳の奥、頭の中、瞳の裏側で何かを刻みながら。
「むぅ･･･」
「よぉーし、今日の罰ゲームは悟史に決定！いやー、白熱したねぇ、とくに圭ちゃん！まさかあそこで革命返しするなんておじさん夢にも思わなかったよー！？」
「ふっふっふ、俺を舐めるなよ！？俺だって部活メンバーにもうそこそこ鍛えられてんだ！悟史なんか負けはしねぇぇぜー！！」
「あはは、負けちゃったよ･･･」
「はう〜悟史くんは頑張ったよー？」
「ボクがなでなでしあげますです☆かぁいそかぁいそですよー」
「にーにーはこういうゲームには向かないんでしてよ！今度わたくしがみっちり鍛えてさしあげますわぁ！」
悔しそうに沙都子が地団駄を踏んでいる。悟史くんはごめんね、といった様子で沙都子に頭を垂れる。沙都子はそんな顔されても困りますわっと素直じゃないいつもの調子でそっぽを向いてしまう。
目の前には皆が寄せた机。机の上に広がるのは部活で使い古してるトランプの山。目の前にいるのは悟史くん。周りにいるのは魅音自慢の部活メンバーたち。その中に悟史くんがいて、私がいる。
どういうこと？
だってまだ彼は目覚めていないんだよ。
沙都子だって、彼の存在を知らないんだよ？
「さぁて罰ゲームだけど、今回は１位がビリに命令するってやつだよね。んーと、おじさんは･･･3位かな？ん、圭ちゃんは？」
「俺は2位だな！優勝したとおもってたのによーくそぉー！誰だ１位は！」
「私は4位でしてよー！」
「僕は5位なのです。油断しましたのです」
「あれ？じゃあレナが1位？」
「私は6位だよ！だから詩ぃちゃんが1位なんだよ、だよ☆はうう！さっすがぁ〜！」
「あー詩音かぁ･･･たしかに革命返ししたあとでも全然動じなかったしなぁ･･･」
全員の視線が急に私に集まる。まって、まってよ、私、部活に参加してた記憶なんてまるでないし･･･それに１位って、どういうこと？悟史くんも私を見ている。どうしよう、こんな展開初めてだよ、全然わからないよ･･･！
「んじゃー詩音が悟史になんでも命令できるってぇことで。あ、、ちなみに子供が見ているのでその範囲内で宜しくね、詩音」
「はう･･･魅ぃちゃんそれ･･･とても不潔だよぉ･･･」
いつもの私だったら魅音にそんなこと言わせない！だってちょっかいだすのは私の方だもん！何よーお姉のばかぁ！確かにここはお姉のテリトリー、か、もしれない、け･･･
気がつくと悟史くんが目の前にいて、恥ずかしそうに私の前で言う。
「僕がビリで、詩音が１位で･･･それで詩音が僕に命令していいんだって。何か、ある･･･かな？」
「え･･･え！ええっと･･･ええと、その･･えええっと････」
しどろもどろになる私、周りから注がれる視線。もう胸が張り裂けそうだ。でも、もし。悟史くんに命令なんてそんなことは言わない、お願いをして叶えてくれるならたった一つだけ。
「あのね･･･悟史くん」
「うん」
「私の･･･頭。撫でてくれますか？」
「うん？」
「えー！それ全然罰ゲームじゃないじゃん！だめ、それ却下、きゃっかぁー！」
「ちょっ･･･魅ぃちゃん空気読んで！！！」
ぶうぶうと文句を垂れるバカお姉をレナが引きずって教室の外へ。それをみて部活メンバーもいつの間にか教室の外へと消えていった。
悟史くんは皆がいなくなったのをなぜなんだろうときょとんとした顔で見ていたけれど、私の顔をもう一回見つめると、懐かしいその声で言った。
「それでいいの？詩音から僕への罰ゲーム」
「うん･･･いいの。でも･･･でも、もっとワガママをいうなら、これだけじゃなくて･･･！これからもずっと、私の頭を撫でてほしいの･･･！」
ほころびが。
私の心のほころびが始まって。それがもう戻らないところまできたからきっとこの夢を見ているのだと私は気づいてしまった。悟史くんの手が私の頭に向かって伸びる。ゆっくりと、そして触れる。私は目をぎゅっと閉じる。
夢なら醒めないで、溢れる気持ちが涙と一緒に零れ落ちる。
夢でもこのままで、やっと訪れた幸せをもう離したくない。
この撫でてもらった感触はきっと過去のもの。過去を思い出してあの日の暖かいあなたの手を思い出しているだけなんだね。きっと目を開いたら、そこには真っ白い病院の壁があるはず。
不意に自分の頭に手を当ててみた。誰かの手がある。
閉じていた自分の眼を開ける。
「･･･おはよう、詩音」
「･･･っ･････････！」
どうして？
夢なら醒めないでと、夢でもこのままでと願ったはずじゃない。どうして、どうして？ベッドの上の悟史くんが私の頭を優しく撫で続ける。
「ごめんね、気持ちよさそうに寝てたからずっとこうやってたんだ。･･･嫌だった？」
「ううっ･･･ううん、うううん！うううん！」
首を振る。瞳からぼろぼろと大粒の涙が零れ落ちて、首を振ると涙の雫が宙を舞った。
「おはよう･･･おかえり、なさい･･･！」
声をあげて久しぶりに泣いた。そして初めて抱きしめた。もうどこにもいってほしくない、そばにいて、お願いだから。私の悲鳴にも似た気持ちは悟史くんに届いてるだろうか？私に抱きしめられて戸惑っていた彼の手がゆっくりとまた私の頭を撫でながら、あの優しい暖かな声が聞こえた。
「ただいま、詩音。もうどこにもいかないよ。ありがとう、ずっと、そばにいてくれて･･･」
Thanks.
締め切られて届かないはずの病室にふっと暖かな不思議な風が舞い込んだ。
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