◆小説一巻第一章「剣鬼」

「なーるーみーさん!」
「ちょっと! なんでまた眠ろうとするんですか!」
「ひどい、冷たいですっ。いつまでたっても新聞部の部室に来ないから、いっぱい捜したんですよ!」
「約束しなきゃ鳴海さんと会えないんですか?」
「何にもありませんけどいいじゃないですか!
 だいたい鳴海さん、いつもいっつもお兄さんのことばかり考えてるから、
 心がきゅうって狭くなってつまらなそうな顔しかできなくなるんですよっ。
 そんなんじゃ人生楽しくないです!」
「なにおじいさんみたいな事言ってるんです?
 せっかくの青春時代ですよ、かわいい女の子と二人きりでおしゃべりしたり、映画を見に行ったり、お買い物したり、旅行に行ったり、
 いろんな事ができるじゃないですか」
「どこが大変なんです?」
「もういいです!
 鳴海さんなんか、辻斬りに襲われるとかひどい目にあっちゃえばいいんです!」
「男の人は黒峰キリコ先生。二年の女子体育を受け持ってる人です。二十七歳って言ってました。
 見てのとおり剣道部で顧問みたいなことしてます。
 女の子は一年C組の桜咲緋芽子さんですね。
 剣道部には入ってませんけど、中学の時は全国で三位まで行ったくらいの腕前です」
「父親方にヨーロッパ系の血が混じってて、お父さんが好んでそういう名前をつけたって聞きました。
 有名な芸術家にあやかったとか」
「これくらい常識です」
「確か七ヶ月か八ヶ月前だったと思いますけど、緋芽子さんのお兄様が殺害される事件があったんです。
 当時その犯人とされたのが、キリコ先生です」
「証拠不十分っていうのもありましたし、殺し方に奇妙な所もあって、結局警察は詰めきれなかったそうです」
「はい。緋芽子さんのお兄さん、桜咲健吾さんは胸に杭を打たれた焼死体として発見されたんです」
「強いなんてもんじゃないです。
 高校時代から『氷の剣鬼』と呼ばれ、全国大会では必ず上位入賞。
 大学、社会人になっても変わらず名前を馳せ、世界大会でもベスト4にも入ったくらいなんですよ」
「はい、キリコ先生と互角に戦えたのは、同年代でも緋芽子さんのお兄様だけだったと言います」
「あら、鳴海さん。このまま帰っちゃうんですか?」
「ほら、かわいい女の子との出会いのチャンスですよ。
 打ちひしがれた彼女に『どうしたんだい、ボクが力になってあげるよ』って言ってみたらどうです?」
「む」
「わかりました! なんだか腹が立つからやらないでください!」
「誰のせいだと思ってるんです?」
「鳴海さん、おかしくありませんか?」
「どうして部室で二人きりでいるのに黙々と雑誌なんか読むんですか!」
「見ながら作ればいいんですっ。
 せっかく一緒にいるんだから、昨日のテレビの話とか、授業中のおもしろ話とか、数学でわからない問題があるから教えてー、
 とかおしゃべりしましょうよ!」
「だったら『ひよのちゃん、日頃ボクのために尽くしてくれてありがとう。お礼にピアノ・ソナタを弾いてあげるよ』でもいいんですよ?」
「私は鳴海さんのピアノが聴きたいんです! 昔は天才少年とか呼ばれてたんでしょ!」
「普通の人間でもいいから聴かせてください」
「ふみゅうー」
「わかってますよっ」
「はい、そうですけど?」
「はい?」
「や、やっぱりってなんですか! 人を極悪人みたいに! やってませんよ!
 たまにかわいいお願いを聞いてもらうのに特別情報で脅しちゃったりしますけど、人生狂わせたりしません!
 そんなの犯罪じゃないですか!」
「にしても、お兄様が殺されたのはずいぶん前ですし、警察が捜査を打ち切ったのも何ヶ月も前ですよ。
 どうし今頃仇討ちなんて言い出したんです?」
「あ。ひとつ確実に仇を討てる方法がありました!」
「簡単なことじゃないですか。キリコ先生は殺人を犯したんですよね?
 なら警察に捕まればいいんです。これなら合法的ですし、正々堂々としてます」
「警察なんか頼りにしてません。新聞部には一発逆転の秘密兵器があるんです。この人に見覚えありませんか?」
「はい、つい最近学園で起こった二つの殺人事件を解決した方です」
「この方は鳴海歩さんといって、この前の殺人事件を解決した実績といい、すっごく使える人ですよ?
 義理のお姉さんは現職の刑事をしておられますし、実のお兄さんはなんと警視庁で名探偵と呼ばれるほど活躍してたすごい人なんです」
「私が保証します。この方なら警察が放り出した事件も見事解決してくれます。
 推理の限りを尽くして必ずキリコ先生の犯罪を立証してくださいますよ」
「えー、ホントのことじゃないですか」
「違いますよぉ。
 最近の鳴海さん、お兄さんのことでうじうじしてるから、
 ここは全く関係のない事件に挑戦してみるのもいい気分転換になるじゃないですか」
「でも何かの謎や問題に取り組んでる鳴海さんって、かっこよくて楽しそうですよ?」
「緋芽子さんがかわいそうじゃないですか」
2006年06月25日(日) 22:59:08 Modified by hiyono_serifu




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