◆小説一巻第四章「最後の勝利者」

「すいません。役に立ちそうなことはほとんどわかりませんでした」
「だって本当のことなんですからどうしようもありませんよ! だいたいキリコ先生って面白みがなさすぎます!」
「友達付き合いをしてる人は全然いませんし、特別こだわってる趣味も知ってる人はいませんし、ペットは飼ってないし、
 他に見るべきところと言えば、高校の時の学校成績は体育以外も高くて学年で十位に入っていて、大学はスポーツ推薦じゃなく一般勇姿で通ってるとか、
 とにかく私生活が見えませんよ!」
「わかってますけど、だいたい緋芽子さんが話してくださったことの域を出ません」
「中学二年の時から不敗の連続、高校になったら滅多なことでは一本も取らせない試合運びで勝ち続け、『氷の剣鬼』の異名を取ります。
 特に一度でも対戦した人は、キリコ先生に剣先を向けられるだけで、もう負けた気になったっていいますよ。
 最初の対戦で徹底的な敗北感を与えられちゃうせいですね」
「はい、国内の公式戦ではそうです。
 大学の東西大会決勝で、一本先攻するんですけどその後は力で押し切られて負けてるんです。
 でもこの後の大会では左右にさばいて勝ち続けてますから、まぐれ以外なにものでもありません」
「それどころか年齢区分をなくしても、現在キリコ先生に勝てる人はないって。互いに戦えるのが五人いるかどうか、ってくらいですよ。
 世界大会準決勝の敗退は、その前に健吾さんと戦って両腕を痛めたのが原因というのが大方の意見です。
 それがなければ優勝もありえたんです」
「私、思ったんですけど、キリコ先生、健吾さんを殺したのは後を継ぐ、継がないよりむしろ怖かったからじゃないでしょうか?」
「健吾さんが剣道界で尊敬されてるのは、キリコ先生に何度も叩きのめされながらも、怯えたり立ちすくんだことがないっていうのもあるんです。
 逆に戦うたびに前に向かっていって、一度きりでも勝ってるんですから、すごいことだと思いません?」
「ですね」
「ねぇ、鳴海さん。どうしてわからないんですか? これまではどんなことでも簡単に解決してきたのに」
「結局、うまい理由がないんですよね?」
「いえ、なんとなく」
「花を買って行ってるのも変ですしね」
「ど、どうしたんです?」
「え、えっと、『語りえぬこともある』って質問をつっぱねてますけど」
「本当ですか!」
「は、はいっ!」
「いけません。鳴海さんが戦うって決めたんです」
「わかりませんよ。鳴海さんは運に頼って戦う人じゃありません。だから理にかなったチャンスと必勝法があるんです」
「はい。例えば、キリコ先生の攻撃を推理して防御するとか」
「もう、えらそうですね」
「事件の真相がわかったんじゃないんですか? どうして話してあげないんです?」
「じゃあキリコ先生にどうして勝てたんです? まぐれなんかじゃなくてちゃんと理由があるんですよね?」
2006年06月25日(日) 23:01:53 Modified by hiyono_serifu




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