◆小説二巻第三章「日々の名残」

「絆創膏? 首のケガ、まだふさがってないんですか?」
「ち、ち、血が! 額から血が!」
「さ、先に消毒です! ここ、椅子に座ってください!」
「いったいどうしたんです? 妙に狭い範囲のケガですね」
「私を無視してあんな女にちょっかい出すからばちが当たったんです」
「それで、千景さんはどうだったんです?」
「ファザコンですか」
「ダークですか」
「むー、結局最後の大番長・星影番長さんもずいぶん経ってからですけど家族に問題を抱えてしまったんですねー。番長って因果です」
「やっぱり悲しくて、さびしかったんじゃないんですか?」
「だから番長を目指したんですよ。番長はたくさんの仲間を守り、慕われて立つ父親みたいなものですから。
 そうやって擬似的な『自分の家族』を作って、悲しさを乗り越えようとしたんじゃないですかね」
「いえ、これは私のオリジナルです」
「支持するも何も、鋼鉄番長さんは自殺です。他殺説の千景さんがおかしいんですよ」
「鳴海さん、鋼鉄番長さんの事件ファイルは読んだんですよね?」
「どうです、どうにかなる事件ですか?」
「簡単に言っちゃいますね。いつも弱気な鳴海さんらしくもない」
「普通いくらでもできませんよ。それより疑問点なんかありましたか?」
「立てられるんだったら千景さんに教えてあげればいいじゃないですか。あの人の望みは鋼鉄番長さんの密室を開けることなんでしょう?」
「ほんとに、いつもはのらくらしてるくせに変なとこだけ熱くなるんですから。もちろんそれがなければただのいじけたうっとーしー人なんですけどねー」
「事実を無視して成長はありませんよ」
「はい?」
「本編の内容自体は変わってませんよ。誤字脱字の修正や仮名遣いの改変はありましたけど、物語の感動はそのままです」
「番長時代から半世紀近く経ちましたからね、名だたる番長さん達のその後を調べた章がひとつ作られています。
 星影番長さんはヴァザーリの社長さんですし、
 魔法番長さんは結婚して島淑子と名前が変わりましたけど衆院選に四期連続当選、日本初の女性総理大臣なるかとも言われる政治家ですし、
 ピストル番長さんは世界各地の紛争地帯を回って世界的な評価を受けるジャーナリスト、R・アイザワとして活躍しておられます」
「いえ、あとひとつ。これが増補改訂版を出した一番の理由だそうですけど、グレゴリー・マクドナルドさんへのインタビューが載ってるんです」
「はい、もう九十歳近いんですけどまだアメリカで生きておられたんです。
 菅村軍平先生が学会でアメリカに行かれた時、偶然見つけられてインタビューに成功されたんですよ。世の中には劇的な出来事があるものです」
「うーん、悔いておられることは悔いておられます。
 実はマクドナルドさん、鋼鉄番長さんを捨てるつもりは全くなかったそうなんです」
「そこなんです。事実はアメリカでの住まいや仕事を整えてから鋼鉄番長さんをアメリカに呼ぶ予定だったんです。
 鋼鉄番長さんは当時中学二年生で、今後のためにも義務教育は日本で終わらせておいたほうがよかったですし、
 マクドナルドさんもアメリカでの仕事がうまくいくかわからなかったので連れて行く自信がなかったんですよ」
「それも当初はマクドナルドさんおひとりで帰るつもりだったんですけど、
 鋼鉄番長さんが『俺はひとりでも大丈夫さ。ダディの方が大変だろう、おふくろと一緒に行けよ。ひとりよりふたりがいいだろ』と泣かせることを言って二人を送り出したんです。
 だからほら、鋼鉄番長さんの手許にいきなり生活に困らないだけのお金が残ってたんですよ」
「はい、マクドナルドさんはアメリカに着いてからも週に一度は鋼鉄番長さんに手紙を出して、できるだけお金も送っていたんですけど、
 半年ほど経った時、仕事関連でマフィアのいざこざに巻き込まれて」
「そんなこんなで手紙や仕送りどころか、自分と歌子さんを守るのが精一杯の逃亡生活を強いられたんです。
 どうにかトラブルを乗り切って、連絡の途絶えた愛するマイ・サンを探しに日本に戻れたのは、鋼鉄番長さんが自殺されてから五年後のことでした」
「はい、当時住んでいたアパートの近所の方に尋ねたらすぐに息子さんの劇的な死について教えてもらえたそうです。
 運の悪いことに稲葉弘志さんはその時どこかに引っ越して結局会えずじまいになり、遺骨の行方も知ることができなかったそうです」
「マクドナルドさんは最後にこう答えておられます。
 『息子は立派に仲間を守り、英雄として名を残した。仲間を見捨てて名を墜とした私にはまぶし過ぎて罪悪感さえ覚えるほどだ。バカな私の当てつけにさえ思えるよ。
 だがひとりの父親としてはどんな汚名を受けても生きていてほしかった。ああ、サブロウタ、どうして愚かに自殺などしたのだ』と」
「そういうふうに言うのはよくないと思いますよ?」
「あのですね、鳴海さん」
「私をいつでも言うことを聞く召使いか何かと思ってません?」
「(うううっ)」
2006年06月25日(日) 23:11:55 Modified by hiyono_serifu




スマートフォン版で見る