井奥まさきの資料集 - 総務省のガイドライン策定に向けて 公立病院の論点

公立病院の経営についての論点


11月7日に川田事務所と共催で「虹と緑」がおこなった「国ー地方政策研究会」及び高砂市での病院特別委員会の議論から公立病院についての論点をまとめます。
不足の点、間違い指摘等ぜひご意見もお寄せ下さい。(長文です)

PDF版はこちら
http://iokumasaki.ddo.jp/gazou/hospital_kaizen.pdf


------------- 1)悪化する公立病院の経営
赤字病院は全体の3/4
2)自治体財政健全化法を目の前に「ガイドライン」を策定
来年度中に策定/数値目標など
3)総務省の狙いは「公立病院統廃合」
独立行政法人化や再編ネットワーク化をすすめるが…
4)医師不足の原因は厚生労働省の政策ミス その1 医師数抑制
5)医師不足の原因 その2 臨床研修医制度
マッチング結果は要チェック
http://www.mhlw.go.jp/houdou/2007/10/dl/h1018-1b.p...
6)自治体病院改善の論点

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1)悪化する公立病院の経営

まず現状認識として平成18年度決算ベースで各地で苦しい経営となっていることがあります。
平成17年度で2/3の病院が赤字から、平成18年度ベースでは3/4の病院が赤字の状態です。
累積欠損が膨れ上がり、不良債務も増大しています。
総務省はこの原因を「効率の悪い公立病院の仕組み」にしています。「自治体病院と私的病院との経営状況比較」によれば、100床あたりの医業収益はほぼ同じなのに、費用は給与費と減価償却費で公立が多いというのです。
減価償却費は必要な豪華な施設づくりが原因と指摘します。これは賛成。
人件費に関してはさまざまな議論があるでしょうが、総務省のアドバイザーは看護師の給与などに「公務員の人件費体系全体がそうだが、年功序列の弊害がある」」と指摘し続けています。(月刊ガバナンス2006年9月など)
今回の説明もその流れの一環です。他に調達の問題も指摘されています。
2)自治体財政健全化法を目の前に「ガイドライン」を策定

総務省は一方で「自治体財政健全化法」の実務にかかっています。連結的な決算や企業会計単独の決算結果で「警告」を出すこのシステムは今年度の決算から公表されていきます。
悪化の原因として「病院事業会計」があることに総務省なりに手を打とうとしているのが「ガイドライン」の策定です。
現在「公立病院改革懇談会」
http://www.soumu.go.jp/c-zaisei/hospital/index.htm...
にて議論されていますが、12月中には結論を出し、総務省も方針を出すこととなりました。
上のURLで第四回に案が示されています。ぜひ一読ください。
要約として朝日新聞の報道は以下のものです。
「病床利用率、70%下回れば削減も 公立病院改革」
http://www.asahi.com/health/news/TKY200710250415.h...

ガイドラインの内容は
・来年度中に策定(3〜5年目標年次)
・数値目標を設定することとなっている
(民間の病院も財務諸表を公開することになっているので、民間とも比較しなさいとのこと)
・朝日の表題にもあるように病床数の削減の目安を設ける(3年連続70%未満)
・経営責任者を明確化
・点検/評価/公表のシステムを設ける 例えば学識経験者の委員会の監視等
・毎年、遅くとも2年後の時点で目標との違いを修正

というようなものになっています。ガイドラインは法律ではなく、強制力は今のところありませんが、全国一斉の公表により実質的に追い込まれて行くでしょう。また、強制力を持たせる法律化も来年度の通常国会などで議論になるかもしれません。
3)総務省の狙いは「公立病院統廃合」

以前から総務省は「独立行政法人化」をしきりにすすめてきます。他にも「公営企業全部適用/指定管理者/PFI/民間譲渡」などの方式への経営形態のメリットを力説します。
ただ後でも述べるような厳しい状況の中で果たして経営形態の見直しだけでうまくいくのかは若干説得力がありません。『給与体系が変更できる」というのはまあわかるとして、「公務員の数が(見かけ上)減る」というのはえらく内向きな説明です。
もう一つよく言われるのが「再編/ネットワーク化」です。医療圏域単位で役割分担をしようというのです。例えば再編して中小病院5つを大病院1つと小病院4つにする・・・というような考えです。ただ市民の「大病院志向」や「法体系上、2次や3次(本来は紹介先として位置づけられている)であっても1次的な外来を拒否できない」という点からすると、そんなにうまくいきそうもありません。

経営形態の見直しには財政支援措置も考えるということですので、メリットやデメリット、そして地域の事情を考えて判断することになるでしょう。

いじわるに考えれば、「独立行政法人化」もようは「次の廃止に向けてのステップ」とも言えます。独立行政非公務員型は完全な民間労働者扱いです。ストも認められますが、首切りも民間なみの扱いです。
同じ経営体制で経営形態だけを変えるのでは、すぐにゆきずまることが目に見えています。
せっかくの経営形態の変更であればそれだけのメリットがある体制づくりが必要です。
4)医師不足の原因は厚生労働省の政策ミス その1 医師数抑制

総務省の限界は、経営の悪化の一番の原因が「医師不足」であることをきっちり言い切れないことです。
例えば私の高砂市では51人いた意思が36人まで減少しました。医師一人あたりで年1億円〜1.5億円が収益増となるのですから、赤字になるのは当たり前です。
そして、この部分について厚生労働省に抜本的に切り込めていないことです。

厚生労働省は大きく二つのミスをおかしました。一つは根本的なミスです。
医療費削減=医師数抑制という政策が間違っていました。医学部の定員を抑制したことは大失敗でした。
前回のレクで厚生労働省は「医師数は減っていない」「全国偏在はほとんどなく、あるとしたら都道府県単位の偏在」と強弁しデータも示しました。
しかし、医師数全体は確かに減っていないかもしれませんが、1)法医学や基礎研究、介護施設など多様化する医師のニーズにより医療活動をする医師数の相対的減少があることが計算に入れていない 2)子育て支援策が貧弱な中、女性医師の割合が3割程度と増えていることが相対的に夜勤ができる医師数減少につながっている 3)民間病院の方が初期の給与水準や待遇が良く、過酷な公立病院勤務から逃げ出す という事実を無視しています。
現実には、特に公立病院には勤務医がいなくなっているのです。
5)医師不足の原因 その2 臨床研修医制度

もう一つの政策は、方向性としては良いものであったかもしれませんが、状況を見ずにおこなった結果として最悪の結果となりました。2004年から始まった臨床研修医制度です。
おおむね2年間を指導医のいる病院で研修医として過ごし、さまざまな診療科を経験(スーパーローテ)することが義務化されたというものです。
意思向上や大学の医局の透明化をめざしたこの制度は本来はいい方向です。しかし、「徒弟関係」でかろうじてつなげていた「嫌な病院でも先輩の命令で行く」という習慣を決定的に破壊しました。
また、大学の医局に残る医者が少なくなり(今までは努力義務の中、なんとなく医局に2年間残っていた)、大学がかろうじて言うことの聞く医師を医局に呼び戻すという現象も生じました。
結果、地域から医者がいなくなっていくのです。
当初は2年間たてば戻ってくるという期待もありましたが、特に地方では厳しい状況にあります。
2006年、2007年の研修医の行き先が全病院ベースで厚生労働省のHPに掲載されています。

平成19年度 研修プログラム別マッチング結果(2007.10.18)
http://www.mhlw.go.jp/houdou/2007/10/dl/h1018-1b.p...
平成18年度 研修プログラム別マッチング結果
http://www.mhlw.go.jp/houdou/2006/10/dl/h1019-1b.p...

マッチングとは研修希望先と受け入れ病院の「仲人」みたいなもので、来年度から研修医がどれくらいくるかが上の表で明らかになります。
ちなみに高砂市では18年度が希望3名で2名。19年度は希望3名で0名と厳しいものがあります。

ちなみに、法律で決められた臨床研修医(2年が多い)の後は「後期臨床研修医」(この名称は俗称らしい)として3年の研修を受けることが多いようです。この「後期臨床研修医」をどれだけ受け入れるかが3年後の医師数の目安となります。後期研修を受けた病院にそのまま居続けることが期待できるからです。

一方、高砂市のように研修医(後期も含む)が来てくれない自治体病院は5年間は苦戦が予測されます。新しい医師は5年間はどこかに研修で張り付き、来ない訳ですから。
5年後に研修から自由になった医師が来てくれるのを期待するしかありません。

マッチングの意味、研修制度の変遷については
http://air.ap.teacup.com/awatenai/435.html
平方 眞(ひらかたまこと)「がんになってもあわてない」著者
諏訪中央病院緩和ケア科
6)自治体病院改善の論点

最後に、各自治体病院で問題になっているだろう点を高砂市の事例をもとに書きます。

■市民への広報

総務省のガイドラインは「根本的な議論を逃げている」点は腹立たしいですが、基本的にはよく出来ていると思います。
どうせ来年度に策定する方向が出るのですから、今から先取りすることが必要です。
共産党は「国の方針が間違っている中で各自治体で医療の安心を守れ」と言いますが、一般会計からの繰り入れには限界があると思います。そして、その議論をするためにも、現状と将来の見通しについてガイドラインを基準にした情報公開と市民への広報が必要です。
高砂市では「院長と市長による市民集会」を提言しています。

なお、病院会計は企業会計ですので毎月速報が出ます。今年度の経営状況も半年分は十分でますので、資料として提出させてください。高砂市では毎月の特別委員会で前々月分くらいはださせて議論しています。

■新規事業への厳しい議論

ガイドラインにあるような「目標値」はもちろん、「新規事業」についても規模、手法について厳しい議論が必要だと思います。医師不足の項目に書いたような厳しい状況の中、拡大路線が正しいかどうかについて行政は「説明責任」を徹底的に果たすべきです。
議会での指摘に対して「説明責任」も果たせないような事業実施はいくら儲かりそうでも、医師確保につながりそうでもやめる勇気が必要です。
今までの「減価償却費」の動き、同種の病院平均と減価償却費がどうかという点はチェックすべきです。また、マッチング結果は将来の医師数の目安となり、現在の病院の人気も現れています。
ぜひ自身の病院や医療圏域の病院をチェックしてみてください。

■責任者の明確化

一部適用や全部適用でも管理者不在の自治体は「市長」と「院長」との間で責任があいまいになりがちです。例えば病院再建計画の提出者は誰なのか、そうした点からも責任をもっと明確化すべきです。

■勤務医への視点をもった医師確保

医師といえども、公立病院の勤務医はもはや「労働者」です。36時間勤務や徹夜明けの手術等は患者にとっても危険です。医師確保を報酬だけに頼るのはもはや限界で、勤務条件の緩和や職場環境の充実(女性の場合、特に育児施設)という手も必要です。
とにかく、医師確保にはあらゆる手をつぎ込む必要があります。

■病床数削減、規模の縮小、診療科廃止も地域事情によっては必要

医師数が全体的に少ない中、すべてに手を出そうとすると全部が台無しになります。
「病床数を守らないと復活しない」という意見には「将来、それでは医師数が増える見込みがあるのか」という点をきっちりと議論しなくてはいけません。
診療科も産科/小児科はそもそも不足なのですから維持することはかなりの犠牲が伴います。
例えば他に病院がない場合は「いくらお金をつぎこんでも」となりますが、そのバランスが問われます。

■不良債務は単年度ごとに議論して解消あるいは無利子貸し付けを

高砂市のように不良債務を抱えているとその借金の利子だけで年4000万円というような事態になります。(平成19年度末の25億円不良債務ベース)
本来、不良債務は単年度ごとにきちんと議論して、一般会計から投入するか次年度の自己解消を求めるかをすべきです。そして、高砂市のように悪化した場合はいずれにしても緊急避難的に無利子や低利子での貸し付けをしないと出血が止まりません。

■委託費や材料費の節減、部門の民営化も

高砂市でも委託費には随意契約が多くみられます。一度決算で全リストを出させたのですが、高落札や随意契約の多さにびっくりしました。
また、患者数が減る見込みなのに委託費が前年度並みという項目も多く、見直しが必要でした。
他にも、窓口業務など部門の民営化など歳出削減の検討が必要です。

■専門家の審議会設立と経営形態変更議論も

医療はかなり特殊な世界ですので、専門家の英知が必要です。
ガイドラインにも盛り込まれていますし、専門家の意見を聞く場を設けるべきでしょう。
外部監査も考える余地はあります。
また経営形態変更議論はメリット、デメリットや国の支援の動向など注目が必要です。少なくとも事例検討や視察など研究はすべきでしょう。