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緑茶◆vUu2nK2xdY プロローグ1

プロローグ


冴えない中年男「鍵屋」はゲームの世界ヴァナ・ディールで何を思うのか?
幾人もの来訪者を巻き込んで淡々と進む物語をお楽しみください。


◆◆◆第一話:彼のもの未だ知る由もなく――


 街の一角にある茶屋に心地よい風が吹き込み、豆を煎った香りと共にサラサラと空へと流れていく。
 繁盛していないわけではないが、午前中の閑散としている店内では一人の女性が自室と言わんばかりに書き
損じの羊皮紙を散らかし、その土地に棲む桃色鳥の羽根で飾った筆を今も走らせていた。
 紙の上を踊る鮮やかな羽根とは対照的に、彼女の頭の上にある赤い帽子に付いている白い羽根は時折の風に
囁かれるばかりで静かに装飾品としての使命を全うしていた。
 しばらくして、筆が静かにフィナーレを迎えると、それまで閉じていた彼女の口が開いた。
「よ――やく書き終わったわ。我ながらこんなに長い話になるとは思わなかったわ……」
 集中と緊張が解れ、疲れをとるかのようにすらりとした四肢を伸ばす。
「お、良いタイミングだったかな?」
 店の入り口からやってきた人物の問いに対し彼女は、
「ええ、丁度終ったところで、これからお茶にするところよ。そっちはどうなの?」
 と上機嫌に返す。
「こっちも仕事の依頼を滞りなく終らせたところさ」
「じゃあ決まりね! 店長、いつものやつ〜、チャイとシュトラッチで〜」
「ボクはコーヒーでよろしく」
 茶屋の主人は常連客への対応も抜群で、狙い済ましたかのようにすぐさま注文した品が二人の前に運ばれた。
 ほどよく香りをたてるカップを口に運びつつ、二人の男女の間をテンポよく会話が飛び交う。
「さっき書き終わったらしいけど、結局のところ今度はどんな話なんだい?」
「んー、ちょっとした冴えない男の物語よ……んまぁ、あとで読ませてあげるわ」
 興味なさげに答える彼女は、問いの内容よりも甘味のそれを味わうことを満喫していた。
「そっちこそどうなのよ、例の彼女にはすんなり会えたの?」
シュトラッチを口に運ぶスプーンを止め、プラプラと泳がせる。
「ああ、結構あっさりと。ここらへんじゃ意外と有名みたいね、誰かさんと違って」
「誰かさんって誰かしら?」
「まぁ、それはさておき。聞いた通り、いや読んだ通りかな。色々と変わった娘だったよ。若いのに頑張るねー
とか思ったりもしてみたさ」
 コーヒーの揺らめく黒い水面に件の彼女の姿を思い出し彼は微笑んだ。
 それを見た女性は茶化すように、
「あら、ただの若作りかもしれないわよ? 女は見た目じゃわからないんだから。私だって着てみればきっと
似合うわ」
と、人差し指を立てウィンクをしてみせる。
「見た目じゃ、ってあの格好を見れば誰だって――って、着てみたいのか……」
 男は考えるように、見定めるように女性の方をみつめた。
「なッ、なによその眼は!? 私だって十分いけるわよッ! 見てみなさいよ、どれだけ食べたって太らないこの
スリムなボディライン、この腰のくびれっぷりとか最高じゃない? それに頭の上についた猫耳と、さわり心地の
良いこの尻尾! ほら、似合わない要素なんてこれっぽっちも無いじゃない。萌え要素の塊よッ」
 帽子の下からひょっこりと現れた猫耳と、お尻から出ている尻尾のそれはアクセサリーやエクステンションの
類ではなく、彼女自身のものである。
「どこのゲームの世界だよそりゃ……萌え要素って……」
「もちろん決まっているじゃない。このゲーム、Final Fantasy XIのヴァナ・ディールの世界よ」
 二十一世紀初頭、コンシューマ機で初めて発売された大規模ネットワーク対応型のそのゲームは多くの人々を
熱中させ人気を博した。そこには華やかな面だけではなく、いくつかの問題も抱えていた。しかし、その多くは同様
のオンラインゲームでも見ることができ、ある意味一般的な問題として処理されるに終っていた。
 そして真偽を測りかねる問題の一つとしてある噂があった。
 それはゲームのプレイヤーが突然ゲームの世界に迷い込んでしまうものである。あまりにも突飛なこの噂は、
単独でプレイするというゲーム環境もあり、見も蓋もない噂として終るはずだったが――。
「はいはい、ねこっちはゲームの世界に迷い込んだというのに気軽なもんですね」
 そう――この二人がいる場所は地球上のどこでもなかった。ゲーム世界の中、アトルガン皇国にあるアルザビ
という街の茶屋シャララトという店に二人は居るのである。
 しかし、彼らの表情からは悲壮感などは感じられない。敢えて言うならば、母国から遠く離れた海外にある異文
化の街に定住してしまったような落ち着き様である。
「気軽で結構じゃないの、こんな美味しいシュトラッチもあるし、そのコーヒーだって悪くないんでしょ? 私は苦い
の嫌いだけど……このヴァナ・ディールに不便はないじゃない。貴方は不満あるの……その身長とか?」
「この身長はタルタル族でゲームを始めたから仕方ないんだよ。って、わかって言っているでしょ……まったく……
とりあえず不満はないね、むしろ興味深いことばかりさ、魔法とかクリスタルとか僕ら自身とか、ね」
「さすが理系、研究熱心だこと」
「自分も理系だったでしょうに――話は戻るけど、例の彼女の持っている武器の構造も中々興味深いね、一回バラ
してみたいよ。えっと、名前は……なんて言ったかな」
 タルタル族と呼ばれる小人の彼が思考を巡らしている間、猫を模したミスラという種族の彼女は口を出さない、
二人の間には冷たい空気などはなく、これまでに築いてきた信頼関係がそうさせるのであった。
 そして彼らの境遇が来訪者と呼ばれるようになった今も、それは変わらずにいた。
「まずい、ど忘れした……銃口が無駄に六つもあって……あー、思い出した。そうだ、ヘキサガンだ」
「ヘキサガンねぇ。そのヘキサガンの彼女にも興味のあることや不満なことってあるのかしらね?」
 どこか面白くないと感じているミスラの彼女はタルタルの男に分かりうるはずも無い意地悪な質問をするが、
何事にも真剣に対応する性格からか男の方は真面目に答えようとしていた。
「どうだろうか、淡白な印象だったけど……う〜ん……」
「淡白な印象――それはどうかしら、女は見た目じゃわからないんだから」
 挑戦的な微笑みを作った彼女は、そう言ってシュトラッチの最後のひとさじを口に運んだ。
 時折吹く風が、散らばった羊皮紙を滑らせる。ミスラの彼女が書いたであろう走り書きのようなそのメモには
こう記されていた。

 ――もし一人の人物の物語を書くならば、どの時点をプロローグにするのが最適だろうか。その世に命を授か
った瞬間だろうか、それとも彼を生んだ二人の出会いだろうか、はたまた一大事を成し遂げるきっかけだろうか。
一大事を成し遂げられる人間の話ならばそれでも良いだろう。ならば、目立った山も谷もない人生、どこへ行っ
ても他人の波に呑まれて揉まれて、とばっちりばかり受けている人間の物語はどこをプロローグにするべきか…
…まあ、そんな事は本人に決めてもらえば良いだろう。私が悩むべきは、その物語の書き出しをどのような文章
にするかだ――

投稿日: 2008/02/03(日) 02:31:14.72



◆◆◆第二話:禍福を糾う縄すら無しに――


 今日日ゲームをやるのは子供だけではない、あらゆる年代がディスプレイの前にいるのだ。つまり、来訪者と
なりうる者は若者だけではないということになる。数十万のプレイヤーの中から運の悪いことに、その草臥れた
中年の男も現実世界から迷い込んだ人間としてヴァナ・ディールの世界で日々を過ごしていた。
 男はモグハウスと呼ばれる一人に一戸充てられる部屋の中でベッドに腰掛けるようにうたた寝をしている。夢か
現かとも知れぬゲームの世界においても眠れば夢を見るのには変わりはなかった。
 来訪者となってしまった運の悪い男は、これまた運の悪いことに十年来見続ける悪夢を見ていた。
『ねぇパパッ! 今日のパパのお仕事はなぁに?』
 たったこれだけの娘からの言葉が幾年経とうとも忘れられずにトラウマとなり悪夢として今に至るのである。
 どんなに努力をしても覆すことの出来ない運の悪さが男の半生を転職という言葉で埋めていた。言うなれば、
己という名のパズルピースに当てはまる場所が現代社会のパズルパネルのどこにもない、一見ピタリと填って
いるように見えても周りが埋まっていくに従って、その差異が明確になってくるのである。
 そして弾き出された先が、このヴァナ・ディールという世界だった。
「夢……か、まったく何度も何度も同じ夢を……困ったものだ」
 無精髭の生えた口周りを呆れるように笑わせるが、内心は未だ動揺が抑えきれていない。握った拳と背中にベ
ットリとした汗が滲む。
 男の外見はその実年齢より若く見えるが、どこか冴えない印象のある容姿だった。
 視線の先にはモグハウスの扉がある、静まり返った室内にアルザビ市街地からのビシージによる喧騒が聞こえ
てくる。
 彼が今いる国、アトルガン皇国では獣人と呼ばれる異形の者達から魔笛と呼ばれる遺物を守るために籠城戦が
しばしば行われる。国に立ち寄った冒険者、傭兵、そして一般市民などが獣人と戦闘を繰り広げる。
 それがビシージである。
 男も冒険者や傭兵の肩書きを持つがビシージに戦いには出ない。それは現実社会とはかけはなれた世界に来て
間もなくの頃、現代日本では起こりえぬ市街地での戦闘で一人の女性と出会ってしまい、その結果として彼がビシ
ージの戦場に立つ事はなくなったのだ。
 扉の向こうの戦場で起こる炸裂音や爆発音、金属がぶつかり合う音が男の耳に届き脳裏に当時の記憶が蘇る。

 その戦場で男はボウガンをやや遠距離から構え、蛮族軍と呼ばれる獣人や異形のモンスター達を相手に狙いを
つけていた。まだ若い頃は彼もモデルガンを手にし、実銃の知識を詰め込んだものだ。その時の憧れが蘇り押さえ
切れなかったのだろう。
 実際のゲーム上ではプレイヤーキャラが戦闘不能になり志半ばに倒れても、蘇生魔法やホームポイントと呼ば
れる所定位置に戻ることが可能だが、今の自分が戦闘不能になった場合に同様の結果を迎えるのか彼が知る由も
ない為、危険な戦闘などは回避するべきだった。だが未だかつて無い世界と戦場へ立つ高揚感は押さえきれず、
周囲を警戒しつつ出来る限りの安全な場所から戦闘へ介入していた。
 しかし、津波のように恐ってくる獣人の攻撃に安全な場所などありはしない。主戦場から一定の間隔を取るため
に後ずさりしている男の気付かぬ内に建物の死角から回り込んでいた敵の一体が彼に強打を浴びせた。
 男の口からは言葉にならない息が漏れる。
「……ゥァ……ッ!」
 久しく忘れていた痛みが現実感を伴って男の全身を駆け巡り呼吸が止まった。
 眼を開けているのか閉じているのか分からない瞬く間の暗闇に襲われる。
 だが、体が衝撃で地に落ちる間にも頭は全身の状態を確認しなければならない。押し出されるような攻撃には
骨が折れるような感覚はなかった、創傷もない、少し休んで息を整えれば問題ない。動けるはずだ。
 追撃を感知するべく目を開けなければならない。
 男の眼が光を感じた時、そこにはドラウガーと呼ばれる白骨化した動く躯が曲刀を振りかざしていた。遅かった。
このままでは眉間へと刃先が落ちる。
 男が動けぬ体を悔い、目を閉じるより早くドラウガーの腕が止まった。何者かが白骨化した手首を横から掴んで
いたのだ。
 男を助けたのは日本刀を帯びた黒髪の水着の女性。誰の目に見てもそうとしか言いようのない格好であった。
 驚くべきことに、彼女はドラウガーが動くよりも早く蹴撃を繰り出した。白骨の手とそれが握った曲刀を彼女の
掴んだ手に残し、ドラウガーの体は壁へと叩きつけられる。
「あ……ありがとう……」
 男は感謝の言葉を述べるが、彼女の方は耳にも入っていない様子で次々と襲い来る蛮族軍をまるで赤子の手を
捻るようにあしらっていく。
 躊躇することも、手加減することも、容赦することも無い鬼神の如く戦場を駆ける彼女に身を守るものなど何一つ
必要ではなかった。その水着姿も伊達ではないという事である。
(彼女は……僕とはまるでレベルが……いや、世界が違うようだ……)
 自分の持つ手札が全てジョーカーのカードでポーカーをするように、相手を選ぶことなく薙ぎ払っていく彼女の
オールマイティな姿に男は息を飲んで見とれていた。同時に彼女にとって赤子以下の存在である自分の声が彼女
に届かなかったのも納得がいってしまった。
 ふと、男の体が意識外に動き出し勝手に武器を構えだした。
 女性が敵をひきつけている内に体力の回復を待つはずが一体どうしたことだろうか、まるで操り人形のように
四肢が動き出す。
(……な、なんだ……これは。どうしたんだ!?)
 操り人形のようではなく、男は操り人形そのものになっていた。ラミアと呼ばれる合成獣人が踊るベリーダンス
は周囲の人間を傀儡とさせる。まさしく男がその術中にはまったのだ。
 ラミアは傀儡下の人間の攻撃目標を、孤軍奮闘な活躍を見せる先ほどの女性へと定める。
 男は操られながらも彼女と正面と向き合う。彼女の顔には先ほどまで味方だった者が敵に回って襲い来ること
に何の同様もない表情、それどころか薄っすらと笑みさえこぼれている。ここで初めて彼女は傍らにさげた日本
刀に手をかける。
 彼女の表情からは刀の間合いに入った者を躊躇い無く切り捨てる。それが男にも用意に想像できた。先ほど
助けられた彼女に、一寸を置かずに切り捨てられる。それは弱肉強食の戦場で最強に出会ってしまった不運と
しか言いようがなかった。
 考えてみれば、戦闘不能者が出ることなどゲーム中では日常茶飯事であった、一人二人ビシージの戦場で
戦闘不能になろうとも、それは全く問題のないことだった――が、男にとってはそうではない。戦闘不能の先に
待ち受けるものが何であるのか全く分からないのだ。
 男の思考に全身が冷たい汗を流すも、体はこの戦場で最強の彼女へと向かっていく。
 鼻先が間合いへと入った時、彼女は全身をしならせながら鞘から刀を走らせる。
 男の体を白刃がなでると思われたその瞬間、ビシージの勝敗は決しラミアをはじめとする残った死者の軍勢は
帰還の魔法を唱え撤退していき、それに伴い傀儡の効果はなくなっていた。
 戦場全てを武器ともする彼女が所持する唯一の刀は抜ききることなく、その刃は鞘の中へと納まっていた。
 男は言い知れぬ恐怖とも驚愕ともするものによって崩れるように、噴出す汗と共にしゃがみ込み半時ほど動く
ことが出来なかった。
 戦場に自分の居場所はない――それ以降、男が冒険者と名乗ることはなくなった。

 モグハウスで一人過去を振り返る男の耳に五将軍の勝ち鬨が聞こえた。ビシージでの勝敗が決したのだ。戦闘
に参加していた傭兵や冒険者達がそれぞれの目的へと戻るとアルザビは次の戦闘までの暫しの平穏を得ることが
できる。
 しかし、蛮族軍も手ぶらで帰ることは少ない。アルザビ市民や将軍を捕虜として拉致していくのだ。浚われた者を
囚われている牢獄から救い出しに行くのもまた冒険者の役割ではあったが、あまり日の当たらない、そして報酬の
少ない仕事であった為に率先して行くものは少なかった。
 男が好むと好まざると進んできた日陰の道は、このヴァナ・ディールにも当てはまった。しかし、誰にも言われる
ことなく自分のペースで活動をする、そんな日和見のない仕事でゲームの世界に迷い込んだ暇を潰すことも現実
世界で右往左往していた彼にとっては良い気晴らしになる。
 懐に忍ばせた数種類の鍵とピッキングツールに、現実世界から持ち込んだのか気付いた時には着ていた愛用の
コート、そして内ポケットには一箱の煙草が。それらを持って彼は囚われた人を救出すべく蛮族軍の本拠地へと
男は出かける。
「さて、今日も鍵屋のお仕事はじめるとしますかね」
 自らを鍵屋と名乗るその男は少し軋むモグハウスの扉を開けると、未だ喧騒の残るアルザビの街へと足を踏み
出した。

投稿日: 2008/02/07(木) 01:40:51.32



◆◆◆第三話:少女の夢見る瞳が揺蕩えど――


 エラジア大陸西部に建つアトルガン皇国は三つの蛮族軍と敵対している。
 ワジャーム樹林とバフラウ段丘に挟まれたマムークを本拠地とする鱗を持つ者達マムージャが築くマムージャ
蕃国軍。バフラウ段丘に囲まれるように聳える島のゼオルム火山を半ば要塞化しそこを拠点として活動する
トロール達によるハルブーン傭兵団。そして、アトルガン皇国アルザビの街から銀海と呼ばれる海を挟んだ先に
広がるアラパゴ諸島の暗礁域を拠点としラミアと呼ばれるキメラ達が率いる死者の軍団である。
 
 銀海の洋上をアラパゴへと走る汽船の甲板の上に鍵屋の男は立っていた。
 潮風にコートが煽られるのも心地よいほどであり。時には海鳥らしき鳥や、鯨に似た巨大な魚が潮を吹きながら
船と並走する。それらを見て彼は現代世界のコンクリートジャングルに比べ余程このゲーム世界の方が自然に
溢れているとも感じていた。
 今の彼に何か不満があるとすれば、船旅中に軽く会話を交わせるような同船者が居ないことだろう。それは今回
ばかりではなく、運の悪いことに未だかつてこの銀海航路の汽船で一度も人と会話したことがなかった。   
 もちろん汽船を操縦している操舵士はいる。が、嫌な顔一つせずにただ黙々と船を走らせているそんな彼に声を
かける程、鍵屋の男は人恋しいというわけではなく、いつものように海に浮かぶゼオルム火山や、謎の遺構である
アルザダール海底遺跡群を船上から遠くに見て船旅の時間を潰していた。
 受け取る人の居ない独白は瞬く間に波の音と風の音にかき消され、彼の孤独感を否応なしに強める。
「オートマトンでは話し相手にもならないし……いつもの様に大海原を満喫するしかないか。やれやれ」
 その日の船には珍しく船倉の片隅にオートマトンと呼ばれる機械人形がおもむろに置かれていた。
 機械人形と言えど操る主人が居なければ動きもしなければ喋りもしないものであり、他に乗船者がいないこと
から、荷物の一つとして輸送されているということは明確である。しかし、包装も梱包もされずに置かれているその
オートマトンを見て、何故か鍵屋は猫や犬が昼寝の場所を決めるように自らの意思でそこに居るような気がして
ならなかった。
 あまりに漠然として子供っぽいイメージだったが、気持ち良く寝ているオートマトンを起こしてはいけないと、彼に
は手を触れず鍵屋は海を眺めていた。
「おっと、大海原を満喫するのも程ほどにして。先ほど貰った謝礼品を確認しておくか」
 ビシージ戦で捕虜になった者を助けると、アルザビに無事戻れた際助けた者から謝礼品を受け取れる、所謂それ
が捕虜救出の報酬となるのだが、国全体の景気が良いとは言い切れないアトルガン皇国のアルザビ市民にとって
出せる謝礼は自ずと相応の物となり、冒険者が欲しがるようなものは多くは無かった。
 鍵屋が懐から取り出したのは、先ほどアルザビの街を出る前に、以前救出した市民からの謝礼品のひとつであった
賢者の石である。古代ヨーロッパの世界では哲学者の石、天上の石、大エリクシル、赤きティンクトゥラ、第五実体とも
呼ばれる賢者の石ではあるが、このヴァナ・ディールの世界の賢者の石が特別噂に名だたる力を持っていると彼は
考えておらず、競売に出せばいくらかのギルと呼ばれるヴァナ・ディール内の通貨に換金する以外の使い道を見出せ
なかった。もし男に黒魔術や錬金術の興味があったとすれば、賢者の石は人工生命体の核にも成り得えたのだが、
如何せんその可能性はこれまでもこれからも皆無だった。
「兎も角。まとまったお金になりそうなのは、この賢者の石だけですかね。それでも当分食べるには問題なさそうです
けどそれにしても、まさかファンタジーなゲームの世界でも税金対策をしなければならないなんて……これも生活の
一部って事なのですかねぇ……はぁ……困ったもんだ」
 誰に言でもなく、鍵屋は船首の作る白線のような潮がただひたすらと伸びるばかりの海へと愚痴を溢す。
 このヴァナ・ディールには冒険者などが使う流通システムである競売がある、基本的には質屋市に近いもので
出品者が物に値段を決め競売に出し、規定日以内に落札者が居れば出品者の元へ落札代が届くというものだ。
その際に出品者は競売組合に手数料を払わなければならないのだが、これは人が集まる街の競売所ほど高く
設定されている。彼が今向かっているのは港町ナシュモである。一時期捨てられていた街だけあって、競売手数
料は他と比べて安くなっているのだ。人々の集まるアルザビで賢者の石を出品するよりも、ナシュモで出品した
ほうが売値は同じでも手数料は少なくて済むということである。転職生活をするうちに培った節約生活は、この
ヴァナ・ディールにおいても忘れることなく生活の一部として根付いていた。
 船はアラパゴ諸島の玄関口であるナシュモへと向かっている。眩しい日差しと爽やかな潮風、空を流れる雲は
どこまでも続いているかのようだった。手練の釣り師ならば迷うことなく竿を振りかざす、そんな気持ちの良い、
何の問題もなく終る船旅のはずである。しかし忘れてはならない、今この船に乗っているのは紛うことなき運の悪い
男であることに――
 船体が横波に当てられたのか大きく揺れる。賢者の石が男の手を離れ甲板を転がる、このまま甲板の上を滑り
海に投げ出された賢者の石は海の藻屑に……とは流石にならず、ほぼ甲板中央で、その赤い石は転がるのを止め、
何事もなかったかのように拾われた。
 鍵屋は拾い上げられた賢者の石を、そして賢者の石を拾い上げた主を見つめていた。
 ――そう、石を拾い上げたのは鍵屋でもなければ船を走らせている操舵士でもない、体全体を水生生物特有の
膜に覆われ、タコのような軟体生物特有の触手をエイのような体から伸ばしているモンスターであった。大人二人
分はあろうかというその巨体は空中を泳いでいるようにしか見えず、まさしくここが現実ではないファンタジーな世界
ということを物語っていた。
(これは……初めて見るモンスターだな……ううむ、どうしたものか)
 出来うる限り彼はモンスターとは戦いたくなかった。特に未知の相手では唯我の強さが比較できないからだ。
しかし、この狭い船上では逃げ場などなく、追い詰められてしまったら戦う以外に手は無くなる。ましてや、あの
モンスターの触手には明日の食事代とも言うべき賢者の石が握られているのだ、そうそう見逃すも逃げるも出来
ない状況だった。
(話して通じる相手ではなさそうだが、幸い此方には気付いてないようだな……)
 鍵屋は大きくモンスターの背後へと回りこむ。腰のナイフを抜き、息を潜めて気を伺う。
 彼は不意打ちをしかけ、その一瞬の隙に賢者の石を奪い返す算段を踏んだのだ。
 モンスターは物色するかのように赤い石、賢者の石を触手で絡ませていた。もちろんモンスターと言えど無脊椎
動物であるクラーケン族に賢者の石の価値なども分かるはずもなく、唯単に何の気なしに船に乗ったところ何やら
興味のひくものがあったので手に取ってみた。と、それぐらいのものであった。
 いざとなった時の為に男の懐には切り札が隠されている。万が一勝てない相手でも、その先の手段は残されて
いた。だが今はまだその時ではない。
 現実世界に居た頃はナイフなど殆ど握ったことはなかったが、この世界に少しでも順応するために手前の自己流
ではあるが振るえるようにはなっていた。何度かは今と同じようにモンスターとも対峙したことがある。この相手に
どこまで通じるか分からないが呼吸とタイミングとを合わせ距離を詰める。
 クラーケン族は今でこそ船の甲板上を泳いでいるが、もちろん水中を泳ぐことも出来る。光の届かない深海へと
潜ることもあるため、その感覚は視覚よりも聴覚を頼りに活動しているといっても過言ではない。
 何の気なしに手にした石に気を取られていたが、背後から急速に詰め寄ってくる足音に気付く。振り返れば低い
姿勢のままナイフを手に突っ込んでくる人間がいた。
「気付かれたのかッ!? ……しまった。当たり前だ」
 クラーケン族は聴覚感知であることはディスプレイの前でこのゲームをやっていた時から知っていたことだった。
それがどうしてこの重要な場面で出てこなかったのか、しかし今更後悔しても後には引けない。
 石を持っている触手だけでも切り落とせられれば――
 刃を自分に向ける人間がいる。モンスターにとってはそれだけのことであり、自らの自衛本能にしたがって数ある
内の二本の触手を縦横に撫でる。
 縦に振られた触手を男は重心をずらして避ける。連続で繰り出される十字攻撃。次なる横薙ぎを避けきるのは
不可能だった。どれだけの攻撃力か、どれだけのダメージを受けるか分からない、出来るだけ防御しなければなら
なかった。男は伸ばしたナイフの切っ先を戻しナイフの腹を使って触手による攻撃を受け流す。
 なんとかモンスターの攻撃を無傷でやり過ごすも、これ以上近距離での深追いは出来ず距離を取らなければ
追撃の危険がある。一歩距離を置くと男とモンスターの間には一瞬の間が生まれる。賢者の石は依然、触手の先に
握られている。
 男にはビシージの戦場で出会ったあのオールマイティの女性ほど戦闘力がないことは承知している。不意打ちが
不成功に終った時点で、この場の勝機はほぼ無くなってしまった。さらに相手が襲ってくるならば切り札を使わざるを
得なくなる。
 男が悩んだ一瞬をついて動いたのはクラーケン……ではなかった。
『ナシュモに到着いたします』と、それまで黙々と船を走らせていた操舵士が操舵室にあった伝声管で定時業務の
アナウンスをした。いつのまにか付近はアラパゴ諸島特有の濃い霧に包まれ、船上にはナシュモの街からの光が
差し込んだ。街の人々の気配の所為かモンスターはその触手に石を持ったまま海へと逃げ去っていった。
「ああ。僕の明日の食事代が……こんなことなら手数料が高くてもアルザビ競売に出しておけば……」
 船がナシュモ港へと接岸する頃には甲板でうな垂れた男がナイフを手にし呆然と立っていただけだった。

投稿日: 2008/02/08(金) 04:27:11.38

>>続きを読む第四話 
2008年03月04日(火) 17:48:40 Modified by hexagun




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