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プロローグ


冴えない中年男「鍵屋」はゲームの世界ヴァナ・ディールで何を思うのか?
幾人もの来訪者を巻き込んで淡々と進む物語をお楽しみください。



◆◆◆第十話:されど雪は積らず消えて――


 ――きっかけは離れて暮らす娘がこのゲームをやっているという事を知って、やり始めてみたという事だった。
自分が同じゲームをやっていると知らせた事はないが、たまに出来る会話で意味ある頷きを出来る、それだけで
彼は十分であった。
 同じサーバーかどうかも確認することはなかったが、もしかしたら同じ世界に住む娘のキャラクターの為に、
アルザビの街を使いやすく捕虜救出の仕事をし始めた、と言えば間違いではなかっただろう。
 それが、鍵屋がそこにいる理由だった――

 不意に頭に痛みが走り、閉じてる目蓋にさらにしわが寄る。
 冷たい地面の上に寝ていて、そのうえで誰かに揺り起こされた事で意識が戻った事を鍵屋は自覚した。
(そうだ……あの不思議な色、夜色のインプは? ……あのハンマーは誰が投げたんだ? ……何故僕は、生きて
いるんだ?)
 死する事なく意識を取り戻した鍵屋は未だ朦朧とした意識の中、泡のように次から次へと膨れ上がる疑問で頭の
中が埋め尽くされていた。
 ここはどこだろうかと、彼は湿り気のある岩肌から頬を離す。焦点こそあわないが彼の瞳は曇り空の明るさを感じ
ていた。どこか別の場所に移動させられたというわけではなく、倒れた場所と寸分違わなかった。
 そして、四肢の感覚は指先まで問題なくあった為、彼はそのまま上体を起し自らの足で地面に立った。違和感や
痛みは側頭部だけだった。
 ――本当にそれだけか? 鍵屋の内から疑問が沸き起こる。
 違和感のようでもあり、記憶の錯綜、思い出せない何か、そのどれもでもあり、どれでもない、まるで暗闇の
中でそこにあるはずの照明のスイッチを探すような感覚であった。
 それと平行して戻ってきた男の視力は、不可解なものを捕らえていた。
 少し離れた場所に立っていて、彼を起こしたであろう人物は何て事はない――電車かバスにでも乗って通学
していて、どこにでもいそうな学生服姿の女の子だった――
(……いやいや、そんな事があるはずがない、ここはヴァナ・ディールだ)
 それは付近の景色からも間違いはなかった。重くのし掛かる雲や、静かに岩に砕かれる波、淀んだ風はアラ
パゴ暗礁域の他ではなかった。
 しっかりしろ、と鍵屋は自分に言い聞かせるように再度その女性を視界に入れる。
 海賊のような帽子に、フリルで飾られたジャケット、ショートスパッツに革のロングブーツ、そして腰にヘキサガン
と呼ばれる特殊な銃をさげている。これは紛れもなくコルセアと呼ばれる者達の容姿である。
 そしてジャケットの下に着ている白いシャツは首もとが緩められ、そこからネクタイが伸びている。そしてショート
スパッツの上にはプリーツスカートを穿いていた。それを鍵屋の男は学生服と判断したのだ。
 それは間違ってはいなかったのだが、現実世界から着た人間だとしても瞬時に判断できるものでもなかった。
 彼は無意識に記憶し、そして無意識に判別していたのだ。彼女の首にあるネクタイに小さく印された校章が、
プリーツスカートのチェックの柄が、たまに会う彼の娘の物と同じだということに。
 しかし、鍵屋はそれに気づく事はなかった。
(――うう……何がどうなっているんだ)
 自分を起こした人間に対して何かしらの感謝の意を口にしたいのだが、目の前にいる人物が何者なのか鍵屋は
未だ理解できないでいる。その所以は、自分以外の来訪者との接触が今までになかったからだ。
 否、彼は既に出会ってはいたが、彼我にとってそれは現実世界に来たばかりの頃であり、来訪者という認識が
互いになかった為、それはゲーム世界のワンシーンという記憶としか残っていなかったのだ。
 鍵屋の認識では、目の前の女性は背格好からみても、明らかに自分よりも年下で娘と同じぐらいの年頃の女の
子ではあるのだが、目深に被った帽子の下から見えるその瞳は少女と呼ぶには相応しくない光を湛えており、それ
は威圧と警戒を感じ取れる程だった。
 ここに居るはずのない女子校生という存在に対して、何と感謝の言葉をかけるべきか鍵屋は悩んでいた。それ
こそ頭の片隅では側頭部を強く打ったことによる幻覚ではないかとも考えていたぐらいだった。
 だが黙っているわけにはいかない、口から言葉を紡ごうとするも、
「あー……、あー……」
 と解れた語句が漏れるだけであった。それは目の前の現実とは別に、先ほどから胸の内で過ぎる違和感と呼べる
何かが喉元まで来ていて、忘れていた何かを思い出すように吐き出したく、その所為もあり、本来なら感謝の意で
ある『ありがとう』の一言が出ては来なかったのだ。
 それを見て呆れたのか彼女は軽く肩をすくめていた。そして、鍵屋本人も自分自身に呆れていた。
 本当に目の前にその何かのスイッチはあるのだ。暗がりの中で手を伸ばせば届く距離に。軽く響く心地よい音と
共に光が広がるはずのスイッチが……そんなイメージが彼の中に渦巻いていた。
(――何なんだこれは……どうすれば良いんだ)
 そんな中、腰にあるヘキサガンに手を添えて立っていた彼女が敵意すら感じさせる口調で喋りかけてきた。
「さて、オジサン。そこを動かずに答えて欲しい、ここアラパゴ暗礁域で何をしているんだい?」
 至極全うな質問である、暗礁域に棲むモンスターでもなければ、このような所で昼寝などしまい。だとすれば何か
しら他の目的があって彼は此処に居るのである。
 口にする前に鍵屋はどこから喋るべきかと考えた。今倒れていた理由は夜色のインプに出会って、その時に
どこからか飛んできたハンマーで気絶をしていただけだ。しかし、そんなことをする為に来たのではない。自分は
捕虜救出という目的の為にアラパゴ暗礁域まで来たのだ。事実既に一名アルザビの将軍を助け出している。
 自前のキーツールでの開錠には時間が掛かったが、不必要なモンスターとの接触もサイレントオイルとプリズム
パウダーを使い回避出来ていた。捕虜の居場所も難なく――
「そうか! 思い出した!」
 ――カチッ。
 そんな音のイメージと共に鍵屋の心の中でスイッチが入り記憶の回廊に光が広がる。
 このヴァナ・ディールに来てから自分が使えるようになった能力である広域スキャン、その発現の時の感覚に
酷似していたのだ。それは世界という名の歯車を感じ取る、世界という名のパズルパネルを上から俯瞰するような
感覚であった。
 しかし"それ"は似ているようで広域スキャンとはまた違っていた。鍵屋の男は更に自らの内を探る。
 『とんずら』の履行イメージとも異なる、ましてや『ぬすむ』や『かすめとる』でもない、ゲーム内であった自分が
使えそうなスキル、アビリティと今ある感覚を当てはめていく。『カモフラージュ』や『かくれる』よりも更に――
 『絶対回避』
(……これだ、この感覚と一致する)
 だが鍵屋にはモンスターからの物理的攻撃を全て避けきる等という身体的能力は勿論なかったし、今もあるとは
思えなかった。
 心の中の蟠りが解消されて、鍵屋の男はある事に気付いた。
 話かけてきた彼女に返事をするのをすっかり忘れていたのだ、それほど没頭していたのである。それでも、
返事が遅れたことを謝りつつ、捕虜救出をしている趣旨を説明すれば相手の満足の行く答えになるだろう。
 視界の中に居た彼女は未だこちらを見据えていた。それこそ囁くような風にスカートをなびかせる事すら
させないほど微動だにしていなかった。
(それは……おかしい……)
 鍵屋は彼女の異変に気付いた。じっとこちらを見つめ、一歩も動かないのは可能だが、風でなびいた衣服を
なびいたままの状態で止めることは不可能である。それは誰の目から見ても明らかな事であった。まるで
彼女がその瞬間に世界から切り取られたかのような状態であった。
 目の前の状況と似たような様子に鍵屋は心当たりがあった。
 それはR0(アールゼロ)と呼ばれる現象。そのネットゲームで回線不調になり、情報が正しく送受信できない
でいる状態になると、自分以外の動きの情報が自分には送られてこず、自分の動きは自分以外には送られて
いかない。即ち、世界と切り離された状態になることである。
 無精髭の生えた顎に手を添え彼は考える。恐る恐る彼女に歩み寄るも、その間何の反応もみせない。近寄っ
てみて分かったが、やはり彼女の目の焦点と自分が今いる位置が合っていなかった。
 どうしたものかと鍵屋が覗き込むと、どうやらヘキサガンを持つ彼女はR0状態から脱したようで、
「ッ……いつの間に!?」
 と驚愕の表情を残し、後ろに跳ねるように飛び間を空ける。
 その姿を見て彼は「なるほど、身のこなしがやっぱり若いな」と年の差を感じずにはいられなかった。
 彼女の動きはそれで終るものではなかった。後ろに退くと同時に腰にさげたヘキサガンを抜いて彼に狙いを
定め、躊躇なくトリガーを引く。
 ――カチッ。
 その硬質で澄み切った音が心の内のスイッチが響いたものだったのか、ヘキサガンのトリガーの音だったのかは
鍵屋の男自信にも定かではなかったが、
(そうか、なるほど……そういうことなのか)
 トリガーが引かれた、その瞬間ですら鍵屋には焦りや動揺はなく、一つ確かに分かったことがあった。
 どうやら彼の感じた絶対回避のスイッチには押す場所がなかったようである。それは広域スキャンと異なり、
任意のタイミングでの発動が出来ない事を意味していた。
 しかし、間違いなくスイッチは動き光が射した。それはまるでオートマティック、自動的に入るスイッチのようで
あった。
 本来ならば使用者がタイミングを見て発動できる能力がどこで間違ったのか、もしくはバグなのか、エラーなのか、
それは知る由もなかったが、鍵屋が見つけたものは自分の意志とは無関係に発動する絶対回避であった。
(パーフェクト・ドッジ・ATとでも言いましょうかね……なんとも頼りきれない所が僕に似てしまって……)
 そんな風に鍵屋が内心で苦笑するも、ヘキサガンのトリガーは引かれ、撃鉄が落ちる、銃口からは周囲に響く
発砲音と硝煙、そしてマズルフラッシュ、それらの全てが男の末路を物語るはずであった。
 その時点で彼に銃弾を避けきるという肉体的要素は確実になかった。無意識が彼の体を動かしたとしても、神経の
伝達速度や筋肉の伸縮速度を考えると、既に撃ち放たれた銃弾を避けるということは不可能だった。
 だが絶対回避を内包した鍵屋の男には、確信めいた感覚があった。
(そう……頼ることは出来ない。しかし、今この銃弾に当たることは――ない)
 銃撃音の残響が岩に染み入り辺りに静けさが戻った時、アラパゴ暗礁域の空からは死者の魂のような白い雪が
降り始めていた。積る事のない雪が降ったという事実は、その空の下に立つ二人が証人であった。

投稿日: 2008/03/12(水) 01:29:07.02



◆◆◆第十一話:死が二人を別つまで――


 アラパゴ暗礁域に二人の人間が対峙して立っている。
 その二人は来訪者と呼べる存在であり、このヴァナ・ディールの世界には本来ならば存在するはずのない人間
である。一人は使い込んではあるが良く手入れがされているコートを着た男であり、その無精髭面は冴えない優男
といった感じであった。そしてもう一人は海賊のような帽子を被り、学生服調のブラウスとネクタイにコルセアのジャ
ケットを重ねて着ている少し小柄な女性であった。
 そして彼女は目の前にいる男にヘキサガンと呼ばれる銃を突きつけている。既に六つある銃口の一つからは、
男に向けて銃弾が発射されていた。
「で、なんでオジサンとやらは撃たれたのに倒れた音がしないんだ? あれか。はずしたか?」
 二人の間の静寂を破ったのは、岩場に立つ二人のどちらでもなく、女性の方が耳につけているリンクパールという
アクセサリーからだった。
 彼には音を聞き取るのと、声を発する以外の感覚器官はない。しかし、彼にとってそれは然程問題のあることでは
なく、話しかける相手がいればそれで十分だった。それは今この場、銃撃直後の緊張した空気の中ですら変わること
はない。
「いや、銃口はぴったりと僕の眉間を狙っていたんだけどね」
 答えたのは彼の持ち主の女性ではなく撃たれた方の男だった。その口振りは自分が撃たれたというのに、まるで
最初から当たらないものを語るかのような余裕さを呈していた。
「……横弾になった」
 女性がポツリと弾が逸れた理由を口にする。
 そして今まで彼女にあった敵愾心が嘘のように霧散し、男に向けていた銃を下ろした。
「スムースボアかな? 発射された弾は乱回転して明後日の方向へ飛んでいったんじゃないかな」
 男はそう説明すると着ているコートを翻し、わかるはずもない銃弾の行方を業とらしく探って見せた。
 今し方、自分に向けて銃を撃った人間が目の前にいるのに何故そんな事をするのか彼自身もわからなかったが、
既に彼女に敵意がないことを男は感じ取っていたのだ。
「ははーん。なるほどねぇ、いくら財布が寒いからって安物銃弾使うからだな」
 男が言った"スムースボア"という単語は理解できなかったが、それでも女性の懐事情をしっていたパールは、
それっぽい茶々を彼女に入れた。
「やれやれ……今度から気をつけるよ」
 実際に横弾になった理由は現時点では彼女にも何とも言えない。だが、確かに先ほど撃った四番バレルは男が
言った通りのスムースボア、つまりバレル内にライフリングと呼ばれる螺旋状の溝のないものであり、元々命中精度
の高いものではなかった。それに加えてパールの言った安物銃弾の所為もあるかもしれない。
「まぁ、そのおかげで僕は助かったんだけどね」
 流れ弾の行方の捜索を一区切りした男が振り向きなおし、全く以って九死に一生を得た、などと言うには余程不釣
合いな軽い笑みで応えていた。
「……ってオイ。オジサンとやら。何で俺の声が聞こえてるんだ? これでも一般人には聞こえないのが俺様のチャーム
ポイントだったのによぉ」
 事実、今までに出会った人物の中では今この場にいる人間以外にはパールの言葉が聞こえたことはなく、聞こえ
ない人間にパールから喋りかけても『何か気味の悪いものがある』ぐらいの印象しか与えることはなかった。それは
詰まるところ、特定の条件下にいる者のみが彼の声の波動を直接聞くことが出来るのであろう。
 そして、そんな彼の声を初めて聞いたのがヘキサガンを持つ彼女であったのである。
「ああ……気付いてないフリしていたけど、今回の仕事の依頼者にも聞こえていたみたいだった」
「な、なんだってー!」
 しかしリンクパール自体が喋るという事実は、相手が持っているパールから声が聞こえてきただけでは想像が
つかないだろう。それは単に妙に音量が大きく良く声の通る人物が、その通信アイテムの先で喋っているとしか
思えないのだ――目の前の男がそうであるように。
「あー、何でリンクパールの向こうの人の声が僕にも聞こえるのかは分からないけど。取敢えず尋ねられた質問
に答えたいんだが……いいかな?」
「ああ、そういえば……どうぞ」
 数十秒前に彼女は男に『ここで何をしている?』と尋ねたのだが、それが昔のことのように感じるのは、一瞬の
間に男のイメージが二転三転したからだろうか。最初に男の姿を見たときと比べ、まるで別の人間を相手にして
いるような感覚ですらあった。
「こう見えても捕虜救出なんてことをしていて。まぁ、そこで気絶していたのは……ちょっとしたハプニングってやつ
でね」
 恥ずかしい所を見られたと、照れるように頭を掻きながら男は彼女からの質問にようやく答えた形になった。
しかし、落ち度を言うならば倒れていた男よりも、彼女の方がより大きかったのかもしれない。
「聞こえたか? 捕虜救出だってよ。どうするよ? ヘキサガンのお嬢ちゃんよ。へへへ」
「聞こえてるよ、これは……どうしたものかね」
 ため息混じりに彼女はぶらりと腕を垂らし地面に向けて握っていた銃を腰のホルスターに仕舞う。すると、今度
は何やらバツの悪そうな会話をしていた彼女達に向かって男が尋ねる。
「僕からも質問いいかな? 君のそのネクタイやスカートは現実世界にある学校で使われている制服のようだし
……それに、いや……女性の顔の事を言うのは気が引けるんだが」
 ここで男は一度言葉を切って彼女を確認する。それはどう見間違う事もなく、このヴァナ・ディールでは見た
ことのない顔であった。
 彼が今まで出会ったり、街ですれちがった人間は冒険者や市民を問わず、正確に比べれば確かに違いはある
のだろうが大雑把には種族毎にいくつかの種類の顔しかなかったのだ。それを現実世界で例えるならば、国外の
交流のない人種において髪型や鼻や目などの顔のパーツが似ていた場合、無意識的には判別がつかなくなると
いった感じになるのだろう。
 そんな特殊な世界の中で明らかに他者と異なる顔は、彼の記憶が確かならば自分しかいなかったのだ。
 彼は彼オリジナルの顔、つまり現実世界での顔や肉体を、このヴァナ・ディールという世界においても使っていた
ということである。そして自分以外にもオリジナルを持つ人間が目の前に現れた。それが意味することは他には
なかった。
「まさか――君も現実世界からこの世界に来てしまった人間なのか?」
「そういうことになるね。けれど元の世界に戻る気はないし、"同郷"だからって馴れ合うつもりもないよ」
 男にとって実質初めて出会った同じ境遇にいる人物は、さらりとそう言ってみせた。
 彼女にとって来訪者として、この世界で生きる事は然して問題の無い、むしろそれは望んですらいたことでも
あった。仮に男が現実世界へ戻る方法を知っていたとしても、口にした通り彼女に帰る気はなく、逆に帰る方法を
探している者の手助けをする気もなかった。
 そんな彼女をフォローするようにパールが口を挟む。
「ま、こういう淡白なやつなんだ。察してくれオッサン。っと、そういやオッサン名前は?」
「あぁ僕の名前か……鍵屋とでも呼んでくれれば良いよ。ゲームをやっていた頃のキャラクター名は今のなりに
似合わないんでね」
 かつて自分が操作していたキャラクターにつけた名前を思い出すように遠くを見つめ、手で顎の無精ひげを
撫でる。男の表情からは、どれほど今のその容姿に似つかわしくない名前だったのかが色濃く表れていた。
「鍵屋か。変な名前だな。まぁ、"ヘキサガン"のお嬢ちゃん程じゃないけどな」
「別に自分でつけたわけじゃないし、名前なんて何でも良いんだよ」
「確かに……説得力あるな」
 彼女の言葉はパールをなるほどと唸らせた。その通り彼女はパールが知る限りヘキサガンと自分から名乗った
事はなかった。更に言えば初めて会った時に彼女がパールに対してつけた名前もそれきりで、「お前」や「こいつ」
と呼ばれていて、その名前で呼ばれた記憶が全くなかったのだ。
「そうか、ヘキサ君か。僕の方が年配だが、どうやらこの世界では君の方が先輩のようだね」
 鍵屋の取って付けたような社交辞令じみた台詞にも、彼女は憮然とした表情一つ崩さず、未だ疑惑の残る眼で
彼を見つめていた。
(参ったな……これだから、この年頃の女の子は苦手なんだ……)
 そんな彼に対して、ヘキサガンの彼女は疑惑の核心を躊躇無く訊き始めた。
「私も質問がある。最初に話しかけてから一瞬で詰め寄った、あの瞬間移動のようなものはなんだ?」
 彼女は冴えたようには見えない男の唯一納得の出来ない行動を問う。現実世界とは違い「魔法」すら存在する
この世界でもほとんど見たことのない、それこそ現実から来た人間が出来るものではなかったからだ。
「瞬間移動? ……ふむ、そうかR0になっていたのはヘキサ君の方ではなく僕の方なのか? ……あぁ、いや、
驚かせてしまったようで済まない。けれども僕の方もいまいち把握してなくてね。うまく説明できないんだ」
 もちろんそれは彼女にとって納得出来るはずのない答えだった。だが推測は出来た。
「……本来はこの世界にあるはずのない異質なモノ――その類か。こいつみたいに」
 彼女はコツコツと自分の耳に飾られたパールを指先で叩いてみせた。叩かれたパールは「へへへ」と、にやけた
ような笑い声をするだけだった。
 そしてヘキサガンの彼女は、立場を改めるように口調を変える。
「……さて、鍵屋のオジサン。私から発砲しておいてなんですが――捕虜救出にあたって何か手伝う事はあります
か? それが今日の私の仕事なので……」
「ってェ? 切り替え早ぇな嬢ちゃん、淡白にもほどがあるぜ。それとも仕事熱心と言っておくか? へへッ」
 呆れるパールとは対照的に、鍵屋の男は落ち着いて彼女の申し出に対し返事をした。
「いやいや、手伝ってくれるのはありがたいけど。現実世界からの人間が他にも居たとわかっただけでも僕にとって
は十分だよ。世界が広がった気分だ。だからと言っては何だけど、残る捕虜は僕が開放しておくさ」
「そうですか……さて……なら、私は先に帰らせてもらって遅いランチにでもするか」
 彼女にしてみれば、自分からやるといっている相手にやるなと言う程でもないし、むしろその方が面倒な仕事が
減って助かる。そして、依頼内容も一応は達成出来る。彼女がその申し出を断る理由はなかった。

「じゃあ、ヘキサ君、僕は先へ行くよ。また機会があればどこかで――」
 そう言うと鍵屋は少し進んだ所にある鉄格子を開けて、その先の闇に消えていった。
 それを見送った彼女は、どうやって帰ろうかと思考を一巡していた。するとパールが今更思い出したような質問を
彼女に訊いた。
「しかし、あれだな。何で一発しか撃たなかったんだ? 銃口六つなら、あと五発は撃てたんじゃないのか?」
 独立した六つのバレルがあるヘキサガンは、その一つ一つに銃弾が込められている。パールの質問は最もな
ものであった。
「深い理由はないけれど、何となく何発撃っても当たらないような気がしただけさ」
 根拠のない理由であり、今思えば残りの五発分をあの男が避けられるとは思えなかったが、結果論で言えば
仕事の対象相手だっただけではなく、肩代わりまで勝手にしてくれるのだ。パールに答える「撃たなかった理由」
など彼女にとって今や適当なものでよかったのだ。
「そんな理由かいよ。あの鍵屋のオッサンも運が良いんだか悪いんだか……なら嬢ちゃんよ、この際もっと性能の
良い新しいヤツに買い換えるってのはどうだ? 次会った時は一発で仕留められるようによ。へへへ」
「それは出来ないよ。これは大切なものだし、使い続けるって約束だから――」
 茶化し好きなパールは、その台詞を見逃さず。一番ありえなさそうな予想を立てる。
「ほほーう。さてはそのヘキサガンの銃、恋人からのプレゼントってやつか!?」
「そう」
「そう、俺にゃ分かってるぜ。お前みたいに薄情で淡白な女に、そんな恋人なんてのがいたわけが……は?」
 パールの驚愕を余所に、ヘキサガンの彼女は街への帰り道をナシュモ経由と決めて歩き始める。そして、
「空腹は最高のスパイスとも言うし、さて……昼食はどうするかな」
 の言葉を最後にアルザビへの帰路でパールの問いかけに何一つ応えることはなかった。
「おいィ? ちょ、え……恋人って? おいぃいい?」

 現実世界からの来訪者が巡り会い、そしてそれぞれの道へ歩いていった後には、淡く降っていた白い雪も止み、
あたりは何事もなかったかのように静かな波と、岩肌を走る風の音を取り戻していた。

投稿日:2008/03/15(土) 07:07:10.84



◆◆◆第十二話:憂える世界は此処では在らず――


 午後の日差しが降り注ぐアルザビの街は所狭しと冒険者が行き交っていた。ある者は仲間たちと新たな冒険へ
旅立ち、ある者は新しい武器防具を生産し、ある者は競売に並ぶ品物の値段と自らの財布を見比べていた。
 そんなアルザビの街角にある茶屋シャララトからも一組の男女の会話が聞こえてくる。
「なるほど……幾つか釈然としない部分はあるけど、こうして冴えない男は新しい第一歩を踏み出すわけか」
 束ねられた羊皮紙に綴られた物語を読んで感想を口にしたのはタルタルと呼ばれる小人種族の男であった。体
躯に見合った小さな手を一旦止めて、向かいに座っていた人物に一瞥する。
「えへへ〜。まだ途中だけど、中々面白くなってきたでしょ?」
 綴られた物語を書いたであろう人間は自尊気味に返事をした。彼女はミスラと呼ばれる猫似の種族であり、この
二人の外見がファンタジーやゲームの世界だと言う事を如実に表していた。
「ここまでじゃ何とも言えないけどね」
「いつもながら手厳しいわね」
 気心が知れた中だからこそ、彼らは甘えの無い率直な意見を言い合う。それは二人の住む場所が現実世界から
ヴァナ・ディールの世界の変わった今も続いていた。
「一つ気になるのがさ。この主人公の来訪者と出会った来訪者の二人、ボクらとは違うよね?」
 件の質問の内容が書いてある頁へと、パラパラと束ねられた羊皮紙を捲って行く。
「んー、何が? 身長とか?」
 ミスラの女性は床に散らばっている羊皮紙を拾い集めていて、彼の質問に適当に答える。
「いや、タルタルの身長については置いといて……いや、そういう事になるか」
 使い古されたネタを呆れるように溜息をつくも、その言葉に含まれる真意を汲み取ったのかタルタルの男は
一人納得していた。
「やっぱり身長……気にしてるのね」
「……そこじゃなくて。ボクらはさ、外見がタルタルにミスラで……まぁ、ポリゴンで出来た体という訳ではないけ
れど、このヴァナ・ディールで設定された体で動いているだろ?」
「ええ、そうね。私もこの猫耳や尻尾は気に入ってるわ」
 そう言って彼女はお尻に生えた毛並みの良い尻尾をユラユラと振ってみせる。
「でも今回の主人公は所謂現実世界の生身の体。だよね? 服とかもそのまま持ってきているみたいだし」
 タルタルの彼の問いの核心はそこであった。件の男女は自分達とは違いゲーム世界の体ではなく、現実世界
で使われている肉体をそのまま持ってきている、その差異は一体何であるのかと。
「うむ。良いところに気付いたぞ、少年」
 彼女は、まるでその質問されることを待っていた教授のように目をキラリと輝かせる。
「午前中に会ってきたヘキサガンの彼女もそうだったし、ここのところを……先生、説明をお願いします」
「よろしい。じゃあ、どこから説明しようかしらね……そうね、ウィルス進化論って知ってる?」
「――は?」
 空に流れる雲はまるで出来たての綿飴のようだ。茶屋の奥においてあるコーヒーサイフォンからは深く煎った
豆の香りが客を引きつけている。もし、この台詞が漫画であったならば、その一瞬は絵の変化も台詞もないコマ
が二つは続いただろう。タルタルの男は相方の突拍子さは十分承知していたが、それでも思考回路の回復には
それなりの時間を要した。
「……まーた、トンデモ理論持ち出してきて。まあ、知っているけどさ……それがどうしたって?」
「ウィルスの影響もしくは、ウィルスの遺伝子が宿主となる生物の細胞に取り込まれ、それらを原因に劇的な
進化を呈するってやつね」
 全ての生物は適正進化、即ち環境に対応できた可能性を持つ個体が自然の中で取捨選択され進化を続け
今に至るというものが世の一般論であるのだが、それに異を唱えるのがウィルス進化論である、その代表例
としてあるのが――
「キリンの首は何故長い……か。ここだとダルメルかな」
 首の短いキリンと、長いキリンのどちらもが化石として発見されているのだが、その間となる中間の長さの
化石が発見されない、そこにあった劇的な変化を説明するのがウィルス進化論なのである。
「流石理系。分かってらっしゃる」
「理系は……あんまり関係ないんじゃないかな、ボクの専攻と全く違うし」
「で。この何だか良く分からないヴァナ・ディールの世界を一つの生物として考えると、世界に住む一人一人は
細胞として動いているわけよ。私たちも含めてね」
 その時点でタルタルの男の脳裏に淀んでいた謎の点と点が線で結ばれ閃きの快感が訪れた。それは一つの
結論へと導かれた証でもある。
「あ〜、なるほど。話が見えてきた。つまり、ボクらは現実世界の人間の精神だか魂だかのウィルス遺伝子的な
ものが、この世界の細胞となるように設定されているキャラクター、つまりこの体に寄生したってことか」
「そして、今回の二人は体の外からやってきたウィルスそのもの、どちらかというと適正進化の要因かしら? 
でも、どちらも進化を促す外的要因として基本的には変わりない。そういう事になるわね」
 一つの結論は新たな疑問を生む。タルタルの男はそれを率直に投げかける。
「二つの可能性ということか。まぁ、進化というよりも局所的な突然変異に近いような気もするけど?」
「そうね、実際にはこの方法じゃ世界全体の方向性を定める事は出来ないし、何より内的要因からも突然変異
は起こっているわ」
 異質なモノとも規格外なモノとも言われる突然変異はタルタルの彼も実際にその目で見たことがあり、それは
手にしている束ねられた文章の中にも書かれていた。
「例えばこの夜色のインプみたいなバグモンスターにバグアイテム。それに今回の彼が手にしたバグアビリティ
……は外的要因かな?」
「プログラムで言えば重度の高いエラー。生物で言えば異常細胞や悪性腫瘍、癌って言った所かしらね」
「癌――か、そう言えば実際に目にするまでは信じられなかったけど、君が書いた物語の中にそんな名前の喋る
……まあ、それは今はいいや。それよりも、何で世界は進化や突然変異を促したいんだろうか」
 自分の台詞に反してタルタルの男には現状の世界は進化を促すというよりも、目的もなく闇雲に変化だけを
求めているような気もしていた。
「それは簡単な話よ。誰かも言っていたように、この世界そのものが壮大な実験と考えれば、何十匹も素体になる
生物が泳いでいるんだからそのうち何匹かは無茶な外的要因を加えて実験してみたくなるでしょ?」
「誰がそんな実験してるんだ――まぁ、大きな迷惑と言うには既にこの世界での生活をエンジョイしてしまっている
けど……それに泳いでるって? ……あぁ、なるほど」
 彼の脳裏に、煌めく電子の海の中を泳ぐ神獣や幻獣の名前を冠された青光りする魚が泳いだのだろう、彼女の
言う生物達に心当たりがあったようだった。
「んでもって、この世界に住まわせて貰っている以上、悪性腫瘍を見過ごすわけにはいかないから私達はバグ退治
やバグ処理に動いているって訳ね」
(それならボクらは、ウィルスよりワクチンに相当するのでは……)
 とタルタルの男は思ったが、しかし、それでは納得が行かない点が多々ある。来訪者と呼ばれる者たちが悪性
腫瘍たるバグに対してこの世界に呼ばれたにしては使命感が無さ過ぎる所だった。
 それこそ漫画やアニメの主人公宜しく謎の天の声でも聞いていればまだしも、ヴァナ・ディールに放り出された
来訪者達は皆野放し状態であった。
 他にも心当たりは山ほどあるが、推測をいくら並べても世界はそれに応えないので彼は思考をそこで止めた。
 実際に動くことで彼らは世界の行く末と見ようとしているのだ……と、言うほど格好の良いものではなく、実際
には単純にやる事がなく暇になったので、同じような境遇の来訪者を集めてボランティア的に動いているに過ぎ
なかった。
「まぁ、主に動いているのは君以外だけどね……今も行ってもらってるし」
「そうなんだけどさ。良いのよ、あの"お兄ちゃん娘"は。どうせここに居たって『理系の人の話は難しくてツマンナイ』
って言うだろうし。きっと今頃は元気にハンマーでも振り回してるわ。それに、さっきみたいにお土産を見繕うのが
好きみたいだしね」
「その白魔道士の娘や君の友達もそうだけど、適材適所ってやつ……なのか、なぁ……これは……」
 確かに目の前のミスラの彼女には人を上手く配置する能力があった。しかし、それは結果的に見て上手くいって
いるのであって、その過程は行き当たりばったりとしか思えない勝手気ままなものであり、タルタルの男は毎度不安
を募らせていた。
「そんなに心配しなくても大丈夫よ、あの娘にはオートマトンも付き添わせているし。それにこれからまた一人共犯者
も増えることだしね。その為に今こうやって片付けてるんじゃない」
「あぁ、そうだったね……って、共犯者って何さ! 共犯者って」
「んもー、ちょっとした言葉の綾よ」
 手をプラプラとさせて許しを請う彼女の、どこまでが冗談なのか分からない言動もタルタルの彼の不安材料の
一つであるのは言うまでもないだろう。
「はぁ……大分話はそれたけど彼らがボクらとは違う外見の理由、ある程度納得いったよ」
「それは良かったわ。今適当に考えた理由としては中々の出来ね」
 これから来客があるならばとタルタルの彼は散らばった羊皮紙の整理を手伝おうと思っていたのだが、その
台詞を聞くや否や、シャララトの店員に新しいコーヒーを一杯注文し、彼女が一人で片付け終わるまで豆の薫り
を愉しむことにしたのだった。
 一方、ミスラの彼女の方は散乱していた羊皮紙を束ねた紙の山を睨んでいた。これに綴られた物語の大半は
途中まで書きかけたものの、書いている本人、つまり彼女自身が『これはどうやら面白くない』と途中でサジを
投げてしまったものであった。
「それにしても面白そうなフリーの来訪者は案外少ないものね……チェーンスペルを使って手当たり次第に探す
のも実際にこうして書いてみないと中身がわからないし、その上で誘導するのも結構面倒なのよね……さて、
どうしたものかしら」
 そんな事を呟きながら茶席に敷いてあるクッションの上であぐらをかき、下唇を指で撫でている。これは彼女が
何かを考える時の癖であった。
「う〜ん……ま、いっか。とりあえず片付けてから考えましょう。その頃にはそんな些細な悩みもきっと忘れている
ことだろうし一石二鳥ってやつね」
 しばらくして散らばった羊皮紙は綺麗に整理整頓され、ミスラの彼女もシャララトの店員に『いつもの一杯』を
頼んでいた。もちろん、その頃には既に気にしていた悩みなどとうに忘れて、割と平和なアルザビの午後を満喫
していたのだった。

投稿日: 2008/03/29(土) 07:44:33.78

>>続きを読む第十三話 
2008年08月28日(木) 19:24:47 Modified by hexagun




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