ナココとルーク８
今日も夢を見ました。召喚獣とルークと近づいた事でルークの世界のどこか一部を見ているとしたら・・・
ルークの世界での私は・・・私は・・・あまり幸せだとはいえないと思いました。
ぼんやりと霧がかかったような夢の中ではっきりと覚えている事は私が中年のヒュームの男性に暴言を吐きながら
部屋の中のものを手当たり次第に投げつけているシーン。男性は困り顔でそっと部屋から出て行きます。
そんな男性の背中に私はこう言い放つのです。
「あんたが殺たんだ！あんたがお母さんを殺したんだ！！」って・・・。
はぁ、かなり最悪の目覚めです。あまりあれがルークの世界での私とは思いたくはないですけれど・・・。
きっと・・・そうなんでしょうね・・・。
「ご主人様？暗い顔してどうしたクポ？」
モーグリが心配そうに着替えを抱えてこちらに飛んできました。
「ん、ちょっとやな夢見ただけ」
「モグが大嫌いなサンドリアカロットがいっぱい出てくる夢とかクポ！？」
「私はニンジン大丈夫だから・・・」
この世の終わりといった表情で怯えるモーグリがおかしくて、思わずクスリと微笑んだ後、
彼の頭を軽く撫でて着替えを受け取りました。
「んまぁ、夢は夢よね」
ルークの世界の私がどんな人でも私は私。あんまり気にしてもしょうがないです。
「？そうクポね」
「うん、そうだよね」
不思議そうに小首をかしげる彼の頭をもう一度撫でてあげると彼は気持ちよさそうに細い目をさらに細めました。
お見舞いの定番といったら果物！そう思った私は特産品店と調理ギルドを駆け回り、
妖精のリンゴとサルタオレンジをはじめとした様々な果物を鞄いっぱいに詰め込んで、ルークのレンタルハウスへと向かいウィンダス水の区北東の橋を歩いていました。
色とりどりの果物はどれもこれも瑞々しく美味しそうで、ウィンダスの太陽をいっぱいに浴びてつやつやと光っています。
これならきっとルークも喜んでくれるはずです。あ、でもあんまり長居したら安静にしていないといけないなら迷惑かな？
でも果物の皮をむいて「はい、ルーク。あーん」とかやるくらいなら、なーんて・・・そして最終的には果物より美味しく私までとか・・・
もう！やだぁ！そんなわけないじゃなぁい！うふふ・・・うふふふふふふふふふふふふふ・・・
いけないいけない・・・こんな道のど真ん中で妄想している場合じゃなかった。妄想の世界を走り回っている間に
いつの間にかウィンダス居住区の水の区入り口にと到着していました。あんまりにへらにへらしたままルークと合うのも微妙なので、
気を引き締めて怪しくない、可愛らしい笑顔を作り居住区へとつづくトンネルをくぐろうとした時です。
「お姉ちゃん！」
私には弟も妹もいないので背後で突然した声に振り向く必要は無かったのですが、その声があまりにも大きかったので思わず振り向いてしまいました。
私だけでなく近くにいた人達もみんな声の主のほうへと目を向けました。
「お姉ちゃん！お姉ちゃん！」
一人のミスラの少女が人々の好奇の視線と一緒に私へと向かってかけてきました。
「やっぱり、やっぱりお姉ちゃんだ！」
ミスラの少女は私の目の前で座り込んだかと思うと力いっぱい私を抱きしめました。その瞬間、私の口からはグエッというあまりきれいでないうめき声も漏れます。
「ちょ・・・ぢょっど・・・ぐ・・・ぐるじいでず・・・」
みしみしと肋骨が軋み肺にちっとも空気が入ってきませんが、ミスラさんはお構いなしでさらに腕に力を込めます。
「よかった、やっと会えた・・・よかった・・・よかったぁ・・・」
ほお擦りをする彼女の頬はどうやら涙で濡れているようですが泣きたいのは私です。死ねます。このままじゃ私死ねます。
なんだか目の前が霞んできていますもの。あ、もう・・・ダ・・・メ・・・・・・。
意識が飛ぶか飛ばないかといったところで彼女の腕の力が緩み、やっと胸いっぱいに空気を吸い込む事が出来てなんとか一命は取り留めました。
ぜーはーぜーはーとうずくまりながら必死に呼吸をする私を見て、
バサバサしたワイルドな銀髪を青い鉢巻のようなヘアバンドで押さえているミスラさんはあたふたと慌てながら口を開きました。
「ご、ごめんなさい！あ、あたしもう嬉しくて嬉しくてその、ついつい力んじゃったって言うか、その、あの・・・ごめんなさい！！」
ぺこぺこ頭を下げる彼女はきっと反省しているのでしょうが、それよりも姉に会えた事が嬉しいらしく表情は始終笑顔でした。
だけど、人違いなんですよね・・・。私には兄が一人いるけれども妹はいないですし、そもそもミスラさんが妹なはずがありません。種族が違います。
「その、言いづらいのですが私はあなたの姉じゃないですよ」
「え！？」
ミスラさんが尻尾と体をビクッとさせて全身でショックだと答えます。
「あなたはミスラですし、私はタルタルですから腹違いでも無い限り姉妹にはなりえません」
「で、でもナココさんですよね？」
「え、ええ・・・そうですけど・・・」
ま、まさかお父さんが浮気をしてミスラさんと子供を作ってしまって、それでもって彼女はまだ見ぬ腹違いの姉を探していたとか・・・！？
「なら、お姉ちゃんです」
・・・予感的中？いや、まさか・・・で、でもお父さんだし・・・いやでもさすがにお父さんでも・・・。
「あたしの名前、ニャミコだよ」
「ニャミコ？」
彼女の言いたい事が分からずに思わず聞き返してしまいました。
「お姉ちゃん・・・もしかして記憶が・・・？」
「あの、言いたい事がよく分からないんだけれども・・・」
彼女の真剣な表情はとても冗談を言っているようには思えませんが、一昨日の晩御飯の宴会で食べた物を全部思い出せるくらい記憶はバッチリです。
「お姉ちゃん、あたし達の世界の事もしかして何も覚えてないの！？」
「・・・あたし達の・・・世界？」
もしかしてこの人もルークと同じ、違う世界の人なの？そしてこの口ぶりだとまさか私も・・・？
「あの・・・立ち話もあれですから私の家まで来ませんか？」
まさかそんな事は・・・でも、昨日から見ている夢とか・・・私がルークの世界の人だとしたら納得もいくけれど・・・まさか私に限って・・・。
ニャミコさんのお話はこうでした。彼女はある日夢の中で姉の声に呼ばれ、気づくとヴァナ・ディールにいたそうです。
何日かヴァナ・ディールで生活した後、目が覚めると元の世界にいたので最初はただの夢だと思っていたそうですが、
同じようにヴァナ・ディールで生活する夢をその日から毎日見るようになったそうです。
彼女はこれは何かあるに違いないと思い、自分を呼んだ姉を探し出そうと決心したとのことです。
「つまり、ニャミコさんはこの世界が夢の世界だと言いたいんですか？」
私の質問に彼女は眉間に少ししわをよせ考え込むようにして自信なさげに答えました。
「あくまであたしの考えですが・・・」
「そう・・・」
私はすっかり冷たくなってしまった紅茶の入ったカップに口をつけました。
遊びのために作られた世界の次は夢の世界ですか・・・もう、何でもありですね・・・。
「あの、一つきいてもいいですか？」
「はい？」
「どうしてあなたの世界の私に直接その夢の事をきかなかったの？」
「え・・・あ・・・・・・その・・・あの・・・・・・」
彼女は視線を泳がせ急に袋小路に追い詰められたように困った顔になりました。
「その・・・・・・あたしの姉は・・・あなたは・・・・・・」
彼女は俯きどんどん小声になっていきます。
「・・・から」
「え？」
パッと突然彼女の顔と声が胡散臭いほど明るくなりました。その表情も声もものすごく嘘臭いのに、なにか必死な物がありました。
「夢の中であたしのこと呼んだ？って聞いたら大笑いされました！！」
「た、たしかに普通そうなるわね・・・」
「そう！そうなんです！だからあなたに会いたかったんです！あなたならこっちの世界の人だからあなたが呼んだんじゃないかって！」
「だけど、私は本当にあなたの世界の事は何も覚えていないし、呼んだ覚えもないの・・・」
「いえ、いいの。そのうち思い出すと思うから・・・きっと・・・」
なんだか、自分の事なのに違う世界の自分と言うと別人のように感じていまいち実感がわかないです。
「あ、もう一ついいです？」
「ええ、あたしに分かる事なら」
なんだか同じ別の世界から来た人なのに、ルークとはなんだかいろいろと事情が違いそうです。
共通点が『人探し』くらいしかありません。
「私の知り合いは10日立ったら帰れなくなりそうなんです。あなたの話を聞いているとそんな感じが全然しないのだけど、あなたは帰れなくなるってことはないの？」
「え？あたしは全然そんなことないですよ。あっちの世界で眠ればいつの間にかこっちにいて、
あっちの世界で目が覚めるとこっちの世界の私は多分いなくなっているんだと思います」
「じゃあ、10日立つと帰れないって言うのはありえないってこと？」
永遠にルークが私達と一緒にいられなくなる可能性も・・・ってだめじゃない！彼を帰してあげるのが私のやるべきことなのに！
それに、たまにでいいから顔を出してさえくれれば私はそれで十分だし・・・。
「もし・・・もしもその人が10日後にあたしの世界で目覚めなくなるような事があるのならありえると思います・・・」
「え・・・」
「眠っている間だけ触れられる世界なら・・・きっと・・・そうじゃないのかなって・・・」
背筋がカップの中の紅茶のように冷たくなりました。ルークが、死ぬ？でも・・・だけど・・・。
「で！でも！あたしの予想ですから！！そうならないかもしれないですよ！！」
別の世界の私の知らないルークが死んでしまったとしても。私がいる世界の私の大好きなルークは永遠にこの世界に残る・・・。
そう、あと8日ルークをこの世界に縛り付ける事が出来ればルークは永遠にこの世界の、私達のものになるんだ・・・。
「ナ、ナココさん？どうしたんですか怖い顔して・・・」
「え！？ううん、ちょっとビックリしただけ」
違う、違う・・・。私はルークのために、ルーク達の幸せのためにルークを元の世界に帰すって決めたんです。
迷いなんて持つべきではないですし、たとえ別の世界でもルークを死なせるわけには行かないんです。
それに、ニャミコさんのお話が的外れの可能性だってあるんですから。
「あ・・・そろそろ帰る時間みたいです」
ニャミコさんのまぶたがとろんと下がってきました。
「帰るってあなたの世界に？」
「はい」
声が眠たげでぼやけた感じになった彼女の体が少しずつぶれていき、だんだんと彼女の後ろの背景が透けて見えてきました。
その様子はまるで背景に彼女が溶け込んで行くような不思議な光景でした。
「おねえちゃん、また来るから。今度こそ帰ってきて・・・」
眠たかったからなのか、それとも別の理由でなのか、彼女のは切なげな鼻声でこの言葉を残して消えていきました。
そして、私の中にはもやっとしたモノが残されていました。
私はあの後、彼のお見舞いに行きました。彼はすっかり回復していて、早く息吹を集めたいと少しイライラしている感じもしましたが、
いつも通りの優しくて落ち着いているルークでした。
私は彼に手料理を振舞ってみたり色んなことを話したり、彼が忘れている思い出話なんかを聞かせてみせたりしました。
だけど、ニャミコさんの話は何も言っていません。
でも、私達が絶対に彼の植物状態の妹を見つけ出してルークを帰してあげるんです。それは絶対に成功させるからルークの記憶が全て消えるなんて自体は起きません。
だからわざわざ彼に言う必要なんてありません。
「ご主人様、武器のお手入れなんて珍しいクポ」
合成によって作られた武器にはクリスタルの加護があるためエンチャントのような物を除く基本性能はまったく劣化しません。
長い間水中に放置されたり激しく損傷した場合は例外ですが、基本的に傷んだ刃も自然と直っていくものです。
だから、武器防具の手入れにはさほど意味なんてないんです。
「少し、気合を入れなおしたくなってね」
私はカンパニーソードの汚れや古い油を拭った紙をひとまず机の上に置いた後、打粉をぶして丁寧に新しい紙で刀身を磨きました。
「いくら痛まなくても、汚れまでは取れないしね」
何度も何度も拭って行くと刀身にぼやけて映っていた私の顔が少しずつはっきりとしてきました。
じっと私が剣の中の私の瞳を見つめると、剣の中の私も私の瞳を見つめ返してきます。
「ねえモーグリ。私ってお姉ちゃんだったらしいね」
「お昼の話を気にしてるクポ？モグには信じられないクポ」
「・・・私も信じられないな。ごめん、変な事言って」
家で一人(正確には一人と一匹)になった途端、いろんなことが頭の中をめぐります。
そのどれもがなんだかニャミコさんの言葉を肯定するような事柄ばかりで、だんだん自分が分からなくなってきました。
違う世界の夢を見ている私。そんな夢を見るのは違う世界の記憶があるから？
あんな夢を見るようになったのは本当に召喚獣に会って、向こうの世界のルークの記憶に触れたから？
もしかして、違う世界のルークの側にいて失ったはずの違う世界の記憶が引きずり出されているだけ？
「あーー！もう！私もう寝る！」
中途半端に手入れをしたカンパニーソードを金庫に適当に押し込んでテキパキと寝巻きに着替えて布団を被りました。
「ど、どうしたクポ？何事クポ？」
「なんか疲れちゃったの。おやすみ、モーグリ」
温かい布団の中なのに、やっぱりなんだかいろんな事を考えてしまってぐっすり眠れませんでした。
ルークの世界での私は・・・私は・・・あまり幸せだとはいえないと思いました。
ぼんやりと霧がかかったような夢の中ではっきりと覚えている事は私が中年のヒュームの男性に暴言を吐きながら
部屋の中のものを手当たり次第に投げつけているシーン。男性は困り顔でそっと部屋から出て行きます。
そんな男性の背中に私はこう言い放つのです。
「あんたが殺たんだ！あんたがお母さんを殺したんだ！！」って・・・。
はぁ、かなり最悪の目覚めです。あまりあれがルークの世界での私とは思いたくはないですけれど・・・。
きっと・・・そうなんでしょうね・・・。
「ご主人様？暗い顔してどうしたクポ？」
モーグリが心配そうに着替えを抱えてこちらに飛んできました。
「ん、ちょっとやな夢見ただけ」
「モグが大嫌いなサンドリアカロットがいっぱい出てくる夢とかクポ！？」
「私はニンジン大丈夫だから・・・」
この世の終わりといった表情で怯えるモーグリがおかしくて、思わずクスリと微笑んだ後、
彼の頭を軽く撫でて着替えを受け取りました。
「んまぁ、夢は夢よね」
ルークの世界の私がどんな人でも私は私。あんまり気にしてもしょうがないです。
「？そうクポね」
「うん、そうだよね」
不思議そうに小首をかしげる彼の頭をもう一度撫でてあげると彼は気持ちよさそうに細い目をさらに細めました。
お見舞いの定番といったら果物！そう思った私は特産品店と調理ギルドを駆け回り、
妖精のリンゴとサルタオレンジをはじめとした様々な果物を鞄いっぱいに詰め込んで、ルークのレンタルハウスへと向かいウィンダス水の区北東の橋を歩いていました。
色とりどりの果物はどれもこれも瑞々しく美味しそうで、ウィンダスの太陽をいっぱいに浴びてつやつやと光っています。
これならきっとルークも喜んでくれるはずです。あ、でもあんまり長居したら安静にしていないといけないなら迷惑かな？
でも果物の皮をむいて「はい、ルーク。あーん」とかやるくらいなら、なーんて・・・そして最終的には果物より美味しく私までとか・・・
もう！やだぁ！そんなわけないじゃなぁい！うふふ・・・うふふふふふふふふふふふふふ・・・
いけないいけない・・・こんな道のど真ん中で妄想している場合じゃなかった。妄想の世界を走り回っている間に
いつの間にかウィンダス居住区の水の区入り口にと到着していました。あんまりにへらにへらしたままルークと合うのも微妙なので、
気を引き締めて怪しくない、可愛らしい笑顔を作り居住区へとつづくトンネルをくぐろうとした時です。
「お姉ちゃん！」
私には弟も妹もいないので背後で突然した声に振り向く必要は無かったのですが、その声があまりにも大きかったので思わず振り向いてしまいました。
私だけでなく近くにいた人達もみんな声の主のほうへと目を向けました。
「お姉ちゃん！お姉ちゃん！」
一人のミスラの少女が人々の好奇の視線と一緒に私へと向かってかけてきました。
「やっぱり、やっぱりお姉ちゃんだ！」
ミスラの少女は私の目の前で座り込んだかと思うと力いっぱい私を抱きしめました。その瞬間、私の口からはグエッというあまりきれいでないうめき声も漏れます。
「ちょ・・・ぢょっど・・・ぐ・・・ぐるじいでず・・・」
みしみしと肋骨が軋み肺にちっとも空気が入ってきませんが、ミスラさんはお構いなしでさらに腕に力を込めます。
「よかった、やっと会えた・・・よかった・・・よかったぁ・・・」
ほお擦りをする彼女の頬はどうやら涙で濡れているようですが泣きたいのは私です。死ねます。このままじゃ私死ねます。
なんだか目の前が霞んできていますもの。あ、もう・・・ダ・・・メ・・・・・・。
意識が飛ぶか飛ばないかといったところで彼女の腕の力が緩み、やっと胸いっぱいに空気を吸い込む事が出来てなんとか一命は取り留めました。
ぜーはーぜーはーとうずくまりながら必死に呼吸をする私を見て、
バサバサしたワイルドな銀髪を青い鉢巻のようなヘアバンドで押さえているミスラさんはあたふたと慌てながら口を開きました。
「ご、ごめんなさい！あ、あたしもう嬉しくて嬉しくてその、ついつい力んじゃったって言うか、その、あの・・・ごめんなさい！！」
ぺこぺこ頭を下げる彼女はきっと反省しているのでしょうが、それよりも姉に会えた事が嬉しいらしく表情は始終笑顔でした。
だけど、人違いなんですよね・・・。私には兄が一人いるけれども妹はいないですし、そもそもミスラさんが妹なはずがありません。種族が違います。
「その、言いづらいのですが私はあなたの姉じゃないですよ」
「え！？」
ミスラさんが尻尾と体をビクッとさせて全身でショックだと答えます。
「あなたはミスラですし、私はタルタルですから腹違いでも無い限り姉妹にはなりえません」
「で、でもナココさんですよね？」
「え、ええ・・・そうですけど・・・」
ま、まさかお父さんが浮気をしてミスラさんと子供を作ってしまって、それでもって彼女はまだ見ぬ腹違いの姉を探していたとか・・・！？
「なら、お姉ちゃんです」
・・・予感的中？いや、まさか・・・で、でもお父さんだし・・・いやでもさすがにお父さんでも・・・。
「あたしの名前、ニャミコだよ」
「ニャミコ？」
彼女の言いたい事が分からずに思わず聞き返してしまいました。
「お姉ちゃん・・・もしかして記憶が・・・？」
「あの、言いたい事がよく分からないんだけれども・・・」
彼女の真剣な表情はとても冗談を言っているようには思えませんが、一昨日の晩御飯の宴会で食べた物を全部思い出せるくらい記憶はバッチリです。
「お姉ちゃん、あたし達の世界の事もしかして何も覚えてないの！？」
「・・・あたし達の・・・世界？」
もしかしてこの人もルークと同じ、違う世界の人なの？そしてこの口ぶりだとまさか私も・・・？
「あの・・・立ち話もあれですから私の家まで来ませんか？」
まさかそんな事は・・・でも、昨日から見ている夢とか・・・私がルークの世界の人だとしたら納得もいくけれど・・・まさか私に限って・・・。
ニャミコさんのお話はこうでした。彼女はある日夢の中で姉の声に呼ばれ、気づくとヴァナ・ディールにいたそうです。
何日かヴァナ・ディールで生活した後、目が覚めると元の世界にいたので最初はただの夢だと思っていたそうですが、
同じようにヴァナ・ディールで生活する夢をその日から毎日見るようになったそうです。
彼女はこれは何かあるに違いないと思い、自分を呼んだ姉を探し出そうと決心したとのことです。
「つまり、ニャミコさんはこの世界が夢の世界だと言いたいんですか？」
私の質問に彼女は眉間に少ししわをよせ考え込むようにして自信なさげに答えました。
「あくまであたしの考えですが・・・」
「そう・・・」
私はすっかり冷たくなってしまった紅茶の入ったカップに口をつけました。
遊びのために作られた世界の次は夢の世界ですか・・・もう、何でもありですね・・・。
「あの、一つきいてもいいですか？」
「はい？」
「どうしてあなたの世界の私に直接その夢の事をきかなかったの？」
「え・・・あ・・・・・・その・・・あの・・・・・・」
彼女は視線を泳がせ急に袋小路に追い詰められたように困った顔になりました。
「その・・・・・・あたしの姉は・・・あなたは・・・・・・」
彼女は俯きどんどん小声になっていきます。
「・・・から」
「え？」
パッと突然彼女の顔と声が胡散臭いほど明るくなりました。その表情も声もものすごく嘘臭いのに、なにか必死な物がありました。
「夢の中であたしのこと呼んだ？って聞いたら大笑いされました！！」
「た、たしかに普通そうなるわね・・・」
「そう！そうなんです！だからあなたに会いたかったんです！あなたならこっちの世界の人だからあなたが呼んだんじゃないかって！」
「だけど、私は本当にあなたの世界の事は何も覚えていないし、呼んだ覚えもないの・・・」
「いえ、いいの。そのうち思い出すと思うから・・・きっと・・・」
なんだか、自分の事なのに違う世界の自分と言うと別人のように感じていまいち実感がわかないです。
「あ、もう一ついいです？」
「ええ、あたしに分かる事なら」
なんだか同じ別の世界から来た人なのに、ルークとはなんだかいろいろと事情が違いそうです。
共通点が『人探し』くらいしかありません。
「私の知り合いは10日立ったら帰れなくなりそうなんです。あなたの話を聞いているとそんな感じが全然しないのだけど、あなたは帰れなくなるってことはないの？」
「え？あたしは全然そんなことないですよ。あっちの世界で眠ればいつの間にかこっちにいて、
あっちの世界で目が覚めるとこっちの世界の私は多分いなくなっているんだと思います」
「じゃあ、10日立つと帰れないって言うのはありえないってこと？」
永遠にルークが私達と一緒にいられなくなる可能性も・・・ってだめじゃない！彼を帰してあげるのが私のやるべきことなのに！
それに、たまにでいいから顔を出してさえくれれば私はそれで十分だし・・・。
「もし・・・もしもその人が10日後にあたしの世界で目覚めなくなるような事があるのならありえると思います・・・」
「え・・・」
「眠っている間だけ触れられる世界なら・・・きっと・・・そうじゃないのかなって・・・」
背筋がカップの中の紅茶のように冷たくなりました。ルークが、死ぬ？でも・・・だけど・・・。
「で！でも！あたしの予想ですから！！そうならないかもしれないですよ！！」
別の世界の私の知らないルークが死んでしまったとしても。私がいる世界の私の大好きなルークは永遠にこの世界に残る・・・。
そう、あと8日ルークをこの世界に縛り付ける事が出来ればルークは永遠にこの世界の、私達のものになるんだ・・・。
「ナ、ナココさん？どうしたんですか怖い顔して・・・」
「え！？ううん、ちょっとビックリしただけ」
違う、違う・・・。私はルークのために、ルーク達の幸せのためにルークを元の世界に帰すって決めたんです。
迷いなんて持つべきではないですし、たとえ別の世界でもルークを死なせるわけには行かないんです。
それに、ニャミコさんのお話が的外れの可能性だってあるんですから。
「あ・・・そろそろ帰る時間みたいです」
ニャミコさんのまぶたがとろんと下がってきました。
「帰るってあなたの世界に？」
「はい」
声が眠たげでぼやけた感じになった彼女の体が少しずつぶれていき、だんだんと彼女の後ろの背景が透けて見えてきました。
その様子はまるで背景に彼女が溶け込んで行くような不思議な光景でした。
「おねえちゃん、また来るから。今度こそ帰ってきて・・・」
眠たかったからなのか、それとも別の理由でなのか、彼女のは切なげな鼻声でこの言葉を残して消えていきました。
そして、私の中にはもやっとしたモノが残されていました。
私はあの後、彼のお見舞いに行きました。彼はすっかり回復していて、早く息吹を集めたいと少しイライラしている感じもしましたが、
いつも通りの優しくて落ち着いているルークでした。
私は彼に手料理を振舞ってみたり色んなことを話したり、彼が忘れている思い出話なんかを聞かせてみせたりしました。
だけど、ニャミコさんの話は何も言っていません。
- 帰れなかったら死ぬんだなんていえません。確かに、全てはニャミコさんの想像かもしれませんが、
でも、私達が絶対に彼の植物状態の妹を見つけ出してルークを帰してあげるんです。それは絶対に成功させるからルークの記憶が全て消えるなんて自体は起きません。
だからわざわざ彼に言う必要なんてありません。
「ご主人様、武器のお手入れなんて珍しいクポ」
合成によって作られた武器にはクリスタルの加護があるためエンチャントのような物を除く基本性能はまったく劣化しません。
長い間水中に放置されたり激しく損傷した場合は例外ですが、基本的に傷んだ刃も自然と直っていくものです。
だから、武器防具の手入れにはさほど意味なんてないんです。
「少し、気合を入れなおしたくなってね」
私はカンパニーソードの汚れや古い油を拭った紙をひとまず机の上に置いた後、打粉をぶして丁寧に新しい紙で刀身を磨きました。
「いくら痛まなくても、汚れまでは取れないしね」
何度も何度も拭って行くと刀身にぼやけて映っていた私の顔が少しずつはっきりとしてきました。
じっと私が剣の中の私の瞳を見つめると、剣の中の私も私の瞳を見つめ返してきます。
「ねえモーグリ。私ってお姉ちゃんだったらしいね」
「お昼の話を気にしてるクポ？モグには信じられないクポ」
「・・・私も信じられないな。ごめん、変な事言って」
家で一人(正確には一人と一匹)になった途端、いろんなことが頭の中をめぐります。
そのどれもがなんだかニャミコさんの言葉を肯定するような事柄ばかりで、だんだん自分が分からなくなってきました。
違う世界の夢を見ている私。そんな夢を見るのは違う世界の記憶があるから？
あんな夢を見るようになったのは本当に召喚獣に会って、向こうの世界のルークの記憶に触れたから？
もしかして、違う世界のルークの側にいて失ったはずの違う世界の記憶が引きずり出されているだけ？
「あーー！もう！私もう寝る！」
中途半端に手入れをしたカンパニーソードを金庫に適当に押し込んでテキパキと寝巻きに着替えて布団を被りました。
「ど、どうしたクポ？何事クポ？」
「なんか疲れちゃったの。おやすみ、モーグリ」
温かい布団の中なのに、やっぱりなんだかいろんな事を考えてしまってぐっすり眠れませんでした。
2008年01月10日(木) 22:39:29 Modified by nacoco2007