激闘・アルテパ砂漠！
「うわーっ！な、なんなのよこれはーっ！」
「酷い砂嵐だね……早く何処かに避難しないと」
先程までとは打って変わって、酷い砂嵐の中で。
「特異点を確認した。仕掛けるぜっ！」
私達は、ソレと遭遇した。
そこに降ってきたのは、鉄塊と見まごうばかりの巨大な剣。
そして、赤く揺らめく鎧。
私はソレを知っている。その姿を、知っている。私の知識じゃないのに、何故か、知っている。
ＧＭ……違う。フェイト、だ。
砂塵に霞む視界の中、私は槍を構えた。恐らく、あれは敵だから。
「そっちも殺る気十分、って訳か。話が早くていい……っていうか、砂嵐止めろオイ！やりにくいんだよ！」
こっちに向かって口を開いたかと思ったら、なぜだかいきなり虚空に向かって叫んでる。
「何やってるんだろうねあの人？」
「さあ……？」
私もオボロも、お互い顔をつきあわせて困惑するばかり。
「何？天候の管理は管轄外！？……わかった、わかったよ、それで何とかする」
そこでようやく、ソレ（声からすると、多分男なんだろう）がこっちに振り向いて。
「いや、すまんな。俺は砂嵐は大嫌いでな。あちこち砂は入るわ視界は悪いわで……まあ、そんな話はともかくだ、そっちも構えてるって事は俺が何をしにきたか分かってるってことだな。じゃあ、行くぜ！」
砂の中に突き刺さっていた大剣を抜いて、こちらに向かって突っ込んできた。
「いまいち釈然としないけど……やるよオボロっ！」
「うんっ！」
振り降ろされた剣と、薙ぎ払おうとした槍が小さな火花を挙げた。
戦いは、思っていたよりもずっとこっちのペースで進んでいる。
元々が大きすぎる武器、何合か打ち合う内に必ず何処かに隙ができる。
その隙をオボロが体で、翼で突く。体勢が崩れれば、そこを貫く。
別に合図や作戦があった訳じゃない。竜騎士と飛竜の、生来のコンビネーション。
そんなことを、もう何度も何度も繰り返している。未だに衰えすら見せない相手に、僅かな焦りも感じていた。
本当に効いているのかすらも怪しい。だからこそ、ここは勝負に出よう。
鋭く突き込まれた剣をぎりぎりのところで逸して、そのまま槍を突き込む。
いつの間にか体に染みついてしまった槍の技。ペンタスラストの五連撃。
最後の一突きで、勢いに抗しきれなかったのか鎧ごと体が宙に浮く。
「今っ！」
「わかってる……燃え尽きろーっ！」
そこに、炎のブレスが追い打ちをかけた。
火だるまになりながら、砂の中へと落ちていく。
「効いた……のかな？」
起きあがってこない。
「手応えは、あったと思うよ」
「熱っちぃ、なぁ。……こう言うときばかりは痛覚まで取っ払ってる奴らが羨ましく思うよ」
ペンタスラスとの五連撃を受けて、オボロのブレスが直撃して。
それでも起きあがってきた。何事もなかったかのように。
「効いてない……？」
「いや、効いてるさ。少なくともすごい熱かった。この鎧って見た目通りと熱篭もりやすくて困るんだよ」
ダメージはあるのかも知れない。でも、どう見ても深手には見えない。
「しかし、ダメだな。重いし視界悪いしやってられないわ。職務規程違反ではあるんだが……まあ、こんなに視界が悪いんじゃ誰も見てないだろう」
兜に手をかけると、それを取り去った。その動作だけで瞬く間に全身の鎧が消えて。
残されたのは、一人の男。何も装備していないジョブチェンジの直後などでおなじみなあの姿で立っている。
「さあ、て。あんまり長々とやってると上から叱られるんだよ。なるべく力の行使は最小限に抑えるように、ってさ。」
指をゴキゴキと鳴らせて、首を回して、伸びをして。
その動きはあまりにも不自然な行動で。あまりにもリアルな行動だった。
何をするのかは分からない。でも、鎧を脱いだって事はきっと、防御力は下がってるって事だ。だとしたら、今度こそ攻撃は通る。
「さて、準備もできたし今度こそ、さっさと片づけて……「はぁぁぁぁっっ！！」
相手の台詞が終るより早く、私は飛んだ。それに合わせてオボロが男に飛び込んでいった。
砂嵐で荒れる視界の中で確かにその姿を捉えて槍を叩き込んだ。
でも、私達は知らなかったんだ。あいつらが、鎧を脱ぐことの意味を。
「おいおい、台詞くらいは最後まで言わせてくれよな？」
全体重を込めて叩き込んだ、私の槍は。真正面から飛び込んでいったオボロの身体は。そのそれぞれが腕のたった一本ずつに止められていた。
槍はぴくりとも動かない。逆に、私の方がバランスを崩して空中から転げ落ちてしまったのだ。
「シェティっ！？」
「ほら、お前はこっち……だっ！」
慌てて離れようとしたオボロの身体に、何一つ纏わぬ拳が叩き込まれる。それだけで、オボロも同じく砂漠に倒れ伏し。
「ん？……今、この飛竜喋ったな？ま、いいか。俺の役目は特異点の排除。それがどんな現象だろうと……関係ないしな」
実感した。強い。これがフェイトなんだ。
明らかにこのゲームの仕様から逸脱した力。ただのキャラクターには、決して抗うことのできない力。
それでも、私は立ち上がる。この場所が、この世界が私の生きる場所だから。死ぬわけにはいかない。だから。
「行くよ、オボロ……」
槍を構える。それに応えるように、オボロも再び羽ばたいて。
「……うんっ！」
「やぁぁぁっ！！」
……ダメだった。できることは全部やったはずなのに。
私達の攻撃はことごとく、男の素手に受け止められ、受け流されてしまった。
そして繰り出される拳は兜を砕き、鎧を砕き、そして今、槍の穂先が崩れて落ちた。
私は今、砂嵐吹き荒れる砂漠の中に立っている。穂先をなくした槍を杖代わりにして。
オボロは、さっきからもう動かない。地に伏して、時折小さく翼が揺れるだけ。
「ぁ……っく。ぅ」
何処かが出血してるみたいだ。熱いものが何か、額から垂れてくる。
「……つまんねぇ。エリアダウンまで起こしたという事象の特異点が、こんな雑魚だったなんてな。こんなの下っ端に任せておけっての」
退屈そうに溜息一つ。それでも拳を構えて。
「予報じゃもうすぐ砂嵐も消えるらしい。そうなる前に……終らせるか」
拳を構えて、深く腰を落とす。その拳が、なにやら奇妙に光って見えた。
死ぬ。このままじゃあ、死ぬ。
そんなのは嫌だよ。死にたくない。死にたくないよ。
（シェティ……使って。僕の力を、使って）
声が聞こえる。オボロの声。力を、使う？
（でも、それじゃあオボロが……）
（僕は大丈夫だから、お願い）
（……うん）
私は、迫り来る拳を見つめながら。静かにその言葉を紡いだ。
「……竜剣」
子竜の力を借りて、自身に更なる力を与える技。竜剣。
だけどそれは、子竜の命を奪う、技。
その言葉を紡いだ瞬間、オボロの身体が青く光って。その光が私の中に飛び込んだ。
「何だ、飛竜を取り込んだってことは……竜剣なんだろうが。様子がおかしいな」
彼も管理者の一員である。各ジョブの仕様くらいは把握している。よって彼には、この行為が竜剣であると分かったのであるが……また、ただの竜剣とは違うことも感じていた。
何よりもまず、光が収まらないのだ。飛竜を取り込んだシェティが放つ、青い光が。それどころかますます強くなっている。
「なんだか知らないが……ようやく面白そうになってきたじゃないか」
この隙に攻撃してもいいが……それではつまらない。闘気で輝く双拳をかざしたまま。光の様子を窺っていたところ。
（何をやっているんです。再び謎のデータの増大が始まりましたよ。このままでは、またエリアダウンの危険性が……）
彼の耳にだけ聞こえる声、ＳＴＴのオペレーターからの通信。
「……なるほど、やっぱりさっきのデータの異常増大の原因はこいつらか。特異点はやっぱりこの女で間違いないらしいな」
一つ頷き、言葉を返す。
「安心しな。このデータの増大はもうすぐ終る。特異点をこれから、削除するからよ」
何が起こるか見届けたかったが、ここまで事が大きくなるなら仕方がない。かざした拳を、いまだに光を放ち続けるシェティに向ける。後は、それで撃ち抜くだけ。
その時。青い光が黒に染まった。そして……。
光が私の中に飛び込んできたとき、それと一緒に沢山の物が私の中に流れ込んできた。そのあまりの多さに、私の意識は霞んでいって。砂漠の景色が薄れていって。
気付けば、私は闇の中にいた。何もない闇の中に。
「どこなの……ここは？」
「ここは、我らの世界。我と、主の世界」
「うわっ！？」
その声は、背中からかけられた。不意のことで、私は驚いてしまったけど。
「だ、誰なの……？」
「我が名はアカツキ。主を護る、力」
振り向くと、闇の中から何かが浮かんでくるのが見えた。それは黒い大きな塊で、次第にその姿が、一つの形を取り始めた。
そして、産まれた姿は……。
「黒い、子竜？」
裏世界で前に見たことがある。あの時は叶わぬ夢と知りながら、私はそれが欲しくてたまらなかった。その黒い子竜が今、私の目の前にいる。
「我は主を護る物。主に仇為す物全てを、屠る物」
「それって……アカツキ。君が私の……竜ってこと？」
「そうだ、我は主を護る。主は、我と共に戦うのだ」
話がすごい調子で進んでいる。正直言って、ちょっと展開についていけない節もある。それより、さっきまでの私はフェイトにやられて大ピンチだったはずなのだ。それよりなにより……。
「じゃあ、オボロは？……オボロは、どこに行ったの？」
「オボロは、我の内に在る。オボロは主の友として、常に主の側にある物」
「アカツキの内にって……それは、二重人格、ってこと？」
相手は子竜なのだから、人格というのもなんだか変だけど、そんなことを気にしている場合じゃない。
「……それが、一番近いのだろう。我はオボロにしてアカツキ。主の友にして主を護る物」子竜をかたちどる闇が、ゆっくりと私に近づいてくる。
「主よ、槍を取れ。今は問答の時ではない、戦うときだ」
「でも、私の槍はもう……」
そう、折られてしまった。私の槍は。
「案ずるな、我は、主に仇為す物を屠る物。そして今、我はそのための刃とならん。さあ、槍を取れ！」
気付けば、アカツキの姿に重なるように砕けた槍が浮いている。私は、それに手を伸ばした。
何処までも黒く、それでいて目が眩むほど眩い光が走った。その後には。
漆黒の闇に染まった、竜騎士の証たる鎧を纏い。
腰元までかからんという、長い黒髪をなびかせて。
竜の顎から刃が突き出ているような形状の突撃槍を構えて。
その場に、立っていたのは……。
（往くぞ、主よっ！）
「……うん、行くよっ！！」
漆黒の竜騎士、シェティの姿だった。
（この姿、長く保ってはいられぬ。速やかに奴を倒すのだ）
竜剣の効果時間は一分。こうして考えている内にも、時間は経っていく。
「黒い竜騎士……そんなもん、仕様になかったはずだがな。とにかくこれ以上、このエリアを滅茶苦茶にして貰うわけにはいかねぇんだ。今度こそ、狩る！」
男が再び拳を構える、私も、槍を構えて。
……５秒。
「……っ！せやぁぁっ！」
一足飛びに槍の間合いに飛び込むと、そのまま横薙ぎに槍を振るう。
明らかに仕様を、と言うよりも人間の限界を超越した動きだけど気にしない。それができるということは、きっとそう言うことなのだ。
「っ！何ぃっ！？」
振り抜いた槍は、男の身体を掠めもしなかった。だけど、穂先から生じた炎の波が男の身体を飲み込んだ。
……１０秒。
「っぐぁ……なめん、なっ！！」
炎の波に包まれながら、輝く腕を高く上げ、振り下ろした。
「両・断っ！」
手刀一閃、炎の波が二つに割れて。さほど堪えた様子もなくて。
（やはり、あの闘気の防御を貫かねば、致命的なダメージを与えるのは至難。……主っ！）
わかってる。この状態の竜騎士には、いかなる防御も貫く技がある。でも、それは一発限りの技。外すわけにはいかない。
……１５秒。
更なる攻撃のために槍を構えたとき、男がとうとう突っ込んできた。繰り出される光る拳、その一撃一撃を槍で受け、流す。一撃一撃が、重い。
……２５秒。
一撃一撃に必殺の威力の込められた拳を、懸命に受けている。さっきは全くついていけなかった動きに、今ならついていける。そして、僅かに男の体勢が崩れた。狙うなら、今！槍の穂先を地面に突き立てる。そこから炎の波が、周囲に広がっていく。すぐ間近で拳を振るっていた男も、確実に巻き込んだのだけれど。
「無駄、だぁぁっ！」
腕を交差させて、身を灼く炎の波を耐え、その腕を広げて、炎の波を打ち払う。
それでも、炎の波は一瞬男の視界を奪った。
……３５秒。
私は跳んだ。今までの跳躍よりも更に高く、速く私の身体が空に吸い上げられていく。
砂嵐を貫いて、雲に手が届くほど。そして、その頂上で身体が静止する。
……４０秒。
「っ！……あの女は、何処だっ！？」
眼下では、男が私を捜している。私が跳んだということはすぐに気付かれるだろうけど、もう遅い。
私は槍の穂先を、照準を合わせるように男に向けて。足で空気を蹴った。
落ちていく、自由落下よりも速く、重力を追い抜いて。そして……。
「上……っぐぁぁぁぁっっ！！！」
突き刺した。
……４５秒。
男が纏った闘気の鎧と、私の槍がぶつかって。でも、天より降る私の槍は、全ての防御を砕く槍。闘気の鎧は、ひび割れていき。
「この俺の……鎧が、破られるだとっ！？」
「砕け……ろぉぉぉっ！！」
ガラスが割れるような音と共に、闘気の鎧が砕けて散った。
……５０秒。
私は再び砂漠に降り立つ。砂嵐はもう、殆ど姿を消している。
「まさか、俺の鎧を砕くとは……だが、負けるかぁっ！！」
一際強く、男の右の拳が輝く。直感的に分かる。全ての力を集中させているのだ、と。
私も、槍を突き出しチャージの構えをとって。
（主、もう時間が……）
（大丈夫、これで決まるよ）
「行くぞ……」
「……ええ」
そして、再び拳と槍がぶつかった。
……５５秒。
その拳の圧に耐えかねて、私の槍は弾かれた。好機、と見たのだろう。そのまま拳を突き出す男。次の瞬間。
私の槍が、男の腹を深々と貫いていたのだった。
槍が弾かれたとき、私はその勢いに逆らわず、身を捻り。それと同時に手の中で槍をくるりと回転させて、穂先を後ろに持ち替えて。身を捻る勢いを乗せて、槍の二打目を叩き付けたのだ。
竜騎士の技に、インパルスドライヴがある。丁度動きとしてはそれと同じ、ただ、二度目に叩き付けるのもまた穂先となっているだけで。
「っがはぁっ！？……な、馬鹿な」
男の口から鮮血が飛び出る。槍を握る手に力が篭もる。再び、穂先に炎が宿る。
後はこのまま、焼き尽くすだけ………。
「だめぇっ！！」
私は槍を、引き抜いた。
……６０秒。
黒い鎧が、内側から食い破られるように弾けて散った。
そして気がつけば、私はいつもの装備のまま、砂漠の真ん中に立っていた。
吹き荒れていた砂嵐は、もう、ない。
でも、私が握っている槍だけは、あの時変化した槍そのままで。
だからこれは全部、夢でも幻でもないんだと、分かる。
「何故……殺さない」
掠れた声。その声の主はあの男、私達の、敵。
「殺さないよ。だって、貴方は私と同じでしょ？なら、ここで私が貴方を殺したら、本当に貴方は死んでしまうから」
普通はそうじゃないのかな？わざわざ好きこのんで人殺しがしたい人なんて……。とそこまで考えて、エアーズロックで出会った忍者の三人組のことを思い出す。
確かに、そう言う人達は居た。でも、私はいやだ。殺さなくていいなら、殺したくなんかない。
「……なんで、だよ。そんなことが……っぐぁ。理由になんか、ならねぇ、だろっ。くそっ……こんな甘チャンに俺が負けたのかよ。……っくそ」
大地に身を投げ出して、苦しそうに声を上げている。
少なくともあれだけ喋れるなら、今すぐどうこうなるとは思えない。それに、あの男がフェイトなら……多分そう簡単には死なないはず。
そうとだけ信じて、私はその場を立ち去ろうとした。その背中に奇妙な音が、投げかけられた。何かが砕けるような音、そして、潰れるような音。
振り向くとそこには……自らの拳で、自らの胸板を打ち砕いた男の姿があった。
「っ！……どうしてっ！？」
「うぐ……職務規程違反に、無許可の制限解放。そしてその末の敗北。戻ったところでどうせ……俺は消されるんだよ」
にぃ、と歪められた唇の端から、次々に血が漏れだし砂漠に吸いこまれていく。
「ふふ……ふはは、フハハハハハっ！！」
狂ったように笑い出す男。溢れ出す赤い血液、響く高笑い。その声はやがて、壊れかけた電子音のようになり。
「フェイトを屠りシ来訪者ァっ！貴様にモう逃ゲ場は無いっ！世界はお前ヲ駆り立テ、追い詰メ、いずレその首を掻ッ斬るダろう！恐レろ！喚け！藻掻けッ！……ソれがお前ノ、運命ダ……ハハハ、ヒャーッハッハッハッハッハッハ！！」
耳障りな高笑いと、まるで何かの呪いのような言葉を発しながらその男の姿は消えていった。流れていた血の痕さえも、全てを道連れにして。
……もしかしたら、それは、本当に呪いだったのかもしれない。
この日この時から、世界は変わってしまったのだから。
私が生きるべき世界から、私を排除しようとする世界へと……。
「酷い砂嵐だね……早く何処かに避難しないと」
先程までとは打って変わって、酷い砂嵐の中で。
「特異点を確認した。仕掛けるぜっ！」
私達は、ソレと遭遇した。
そこに降ってきたのは、鉄塊と見まごうばかりの巨大な剣。
そして、赤く揺らめく鎧。
私はソレを知っている。その姿を、知っている。私の知識じゃないのに、何故か、知っている。
ＧＭ……違う。フェイト、だ。
砂塵に霞む視界の中、私は槍を構えた。恐らく、あれは敵だから。
「そっちも殺る気十分、って訳か。話が早くていい……っていうか、砂嵐止めろオイ！やりにくいんだよ！」
こっちに向かって口を開いたかと思ったら、なぜだかいきなり虚空に向かって叫んでる。
「何やってるんだろうねあの人？」
「さあ……？」
私もオボロも、お互い顔をつきあわせて困惑するばかり。
「何？天候の管理は管轄外！？……わかった、わかったよ、それで何とかする」
そこでようやく、ソレ（声からすると、多分男なんだろう）がこっちに振り向いて。
「いや、すまんな。俺は砂嵐は大嫌いでな。あちこち砂は入るわ視界は悪いわで……まあ、そんな話はともかくだ、そっちも構えてるって事は俺が何をしにきたか分かってるってことだな。じゃあ、行くぜ！」
砂の中に突き刺さっていた大剣を抜いて、こちらに向かって突っ込んできた。
「いまいち釈然としないけど……やるよオボロっ！」
「うんっ！」
振り降ろされた剣と、薙ぎ払おうとした槍が小さな火花を挙げた。
戦いは、思っていたよりもずっとこっちのペースで進んでいる。
元々が大きすぎる武器、何合か打ち合う内に必ず何処かに隙ができる。
その隙をオボロが体で、翼で突く。体勢が崩れれば、そこを貫く。
別に合図や作戦があった訳じゃない。竜騎士と飛竜の、生来のコンビネーション。
そんなことを、もう何度も何度も繰り返している。未だに衰えすら見せない相手に、僅かな焦りも感じていた。
本当に効いているのかすらも怪しい。だからこそ、ここは勝負に出よう。
鋭く突き込まれた剣をぎりぎりのところで逸して、そのまま槍を突き込む。
いつの間にか体に染みついてしまった槍の技。ペンタスラストの五連撃。
最後の一突きで、勢いに抗しきれなかったのか鎧ごと体が宙に浮く。
「今っ！」
「わかってる……燃え尽きろーっ！」
そこに、炎のブレスが追い打ちをかけた。
火だるまになりながら、砂の中へと落ちていく。
「効いた……のかな？」
起きあがってこない。
「手応えは、あったと思うよ」
「熱っちぃ、なぁ。……こう言うときばかりは痛覚まで取っ払ってる奴らが羨ましく思うよ」
ペンタスラスとの五連撃を受けて、オボロのブレスが直撃して。
それでも起きあがってきた。何事もなかったかのように。
「効いてない……？」
「いや、効いてるさ。少なくともすごい熱かった。この鎧って見た目通りと熱篭もりやすくて困るんだよ」
ダメージはあるのかも知れない。でも、どう見ても深手には見えない。
「しかし、ダメだな。重いし視界悪いしやってられないわ。職務規程違反ではあるんだが……まあ、こんなに視界が悪いんじゃ誰も見てないだろう」
兜に手をかけると、それを取り去った。その動作だけで瞬く間に全身の鎧が消えて。
残されたのは、一人の男。何も装備していないジョブチェンジの直後などでおなじみなあの姿で立っている。
「さあ、て。あんまり長々とやってると上から叱られるんだよ。なるべく力の行使は最小限に抑えるように、ってさ。」
指をゴキゴキと鳴らせて、首を回して、伸びをして。
その動きはあまりにも不自然な行動で。あまりにもリアルな行動だった。
何をするのかは分からない。でも、鎧を脱いだって事はきっと、防御力は下がってるって事だ。だとしたら、今度こそ攻撃は通る。
「さて、準備もできたし今度こそ、さっさと片づけて……「はぁぁぁぁっっ！！」
相手の台詞が終るより早く、私は飛んだ。それに合わせてオボロが男に飛び込んでいった。
砂嵐で荒れる視界の中で確かにその姿を捉えて槍を叩き込んだ。
でも、私達は知らなかったんだ。あいつらが、鎧を脱ぐことの意味を。
「おいおい、台詞くらいは最後まで言わせてくれよな？」
全体重を込めて叩き込んだ、私の槍は。真正面から飛び込んでいったオボロの身体は。そのそれぞれが腕のたった一本ずつに止められていた。
槍はぴくりとも動かない。逆に、私の方がバランスを崩して空中から転げ落ちてしまったのだ。
「シェティっ！？」
「ほら、お前はこっち……だっ！」
慌てて離れようとしたオボロの身体に、何一つ纏わぬ拳が叩き込まれる。それだけで、オボロも同じく砂漠に倒れ伏し。
「ん？……今、この飛竜喋ったな？ま、いいか。俺の役目は特異点の排除。それがどんな現象だろうと……関係ないしな」
実感した。強い。これがフェイトなんだ。
明らかにこのゲームの仕様から逸脱した力。ただのキャラクターには、決して抗うことのできない力。
それでも、私は立ち上がる。この場所が、この世界が私の生きる場所だから。死ぬわけにはいかない。だから。
「行くよ、オボロ……」
槍を構える。それに応えるように、オボロも再び羽ばたいて。
「……うんっ！」
「やぁぁぁっ！！」
……ダメだった。できることは全部やったはずなのに。
私達の攻撃はことごとく、男の素手に受け止められ、受け流されてしまった。
そして繰り出される拳は兜を砕き、鎧を砕き、そして今、槍の穂先が崩れて落ちた。
私は今、砂嵐吹き荒れる砂漠の中に立っている。穂先をなくした槍を杖代わりにして。
オボロは、さっきからもう動かない。地に伏して、時折小さく翼が揺れるだけ。
「ぁ……っく。ぅ」
何処かが出血してるみたいだ。熱いものが何か、額から垂れてくる。
「……つまんねぇ。エリアダウンまで起こしたという事象の特異点が、こんな雑魚だったなんてな。こんなの下っ端に任せておけっての」
退屈そうに溜息一つ。それでも拳を構えて。
「予報じゃもうすぐ砂嵐も消えるらしい。そうなる前に……終らせるか」
拳を構えて、深く腰を落とす。その拳が、なにやら奇妙に光って見えた。
死ぬ。このままじゃあ、死ぬ。
そんなのは嫌だよ。死にたくない。死にたくないよ。
（シェティ……使って。僕の力を、使って）
声が聞こえる。オボロの声。力を、使う？
（でも、それじゃあオボロが……）
（僕は大丈夫だから、お願い）
（……うん）
私は、迫り来る拳を見つめながら。静かにその言葉を紡いだ。
「……竜剣」
子竜の力を借りて、自身に更なる力を与える技。竜剣。
だけどそれは、子竜の命を奪う、技。
その言葉を紡いだ瞬間、オボロの身体が青く光って。その光が私の中に飛び込んだ。
「何だ、飛竜を取り込んだってことは……竜剣なんだろうが。様子がおかしいな」
彼も管理者の一員である。各ジョブの仕様くらいは把握している。よって彼には、この行為が竜剣であると分かったのであるが……また、ただの竜剣とは違うことも感じていた。
何よりもまず、光が収まらないのだ。飛竜を取り込んだシェティが放つ、青い光が。それどころかますます強くなっている。
「なんだか知らないが……ようやく面白そうになってきたじゃないか」
この隙に攻撃してもいいが……それではつまらない。闘気で輝く双拳をかざしたまま。光の様子を窺っていたところ。
（何をやっているんです。再び謎のデータの増大が始まりましたよ。このままでは、またエリアダウンの危険性が……）
彼の耳にだけ聞こえる声、ＳＴＴのオペレーターからの通信。
「……なるほど、やっぱりさっきのデータの異常増大の原因はこいつらか。特異点はやっぱりこの女で間違いないらしいな」
一つ頷き、言葉を返す。
「安心しな。このデータの増大はもうすぐ終る。特異点をこれから、削除するからよ」
何が起こるか見届けたかったが、ここまで事が大きくなるなら仕方がない。かざした拳を、いまだに光を放ち続けるシェティに向ける。後は、それで撃ち抜くだけ。
その時。青い光が黒に染まった。そして……。
光が私の中に飛び込んできたとき、それと一緒に沢山の物が私の中に流れ込んできた。そのあまりの多さに、私の意識は霞んでいって。砂漠の景色が薄れていって。
気付けば、私は闇の中にいた。何もない闇の中に。
「どこなの……ここは？」
「ここは、我らの世界。我と、主の世界」
「うわっ！？」
その声は、背中からかけられた。不意のことで、私は驚いてしまったけど。
「だ、誰なの……？」
「我が名はアカツキ。主を護る、力」
振り向くと、闇の中から何かが浮かんでくるのが見えた。それは黒い大きな塊で、次第にその姿が、一つの形を取り始めた。
そして、産まれた姿は……。
「黒い、子竜？」
裏世界で前に見たことがある。あの時は叶わぬ夢と知りながら、私はそれが欲しくてたまらなかった。その黒い子竜が今、私の目の前にいる。
「我は主を護る物。主に仇為す物全てを、屠る物」
「それって……アカツキ。君が私の……竜ってこと？」
「そうだ、我は主を護る。主は、我と共に戦うのだ」
話がすごい調子で進んでいる。正直言って、ちょっと展開についていけない節もある。それより、さっきまでの私はフェイトにやられて大ピンチだったはずなのだ。それよりなにより……。
「じゃあ、オボロは？……オボロは、どこに行ったの？」
「オボロは、我の内に在る。オボロは主の友として、常に主の側にある物」
「アカツキの内にって……それは、二重人格、ってこと？」
相手は子竜なのだから、人格というのもなんだか変だけど、そんなことを気にしている場合じゃない。
「……それが、一番近いのだろう。我はオボロにしてアカツキ。主の友にして主を護る物」子竜をかたちどる闇が、ゆっくりと私に近づいてくる。
「主よ、槍を取れ。今は問答の時ではない、戦うときだ」
「でも、私の槍はもう……」
そう、折られてしまった。私の槍は。
「案ずるな、我は、主に仇為す物を屠る物。そして今、我はそのための刃とならん。さあ、槍を取れ！」
気付けば、アカツキの姿に重なるように砕けた槍が浮いている。私は、それに手を伸ばした。
何処までも黒く、それでいて目が眩むほど眩い光が走った。その後には。
漆黒の闇に染まった、竜騎士の証たる鎧を纏い。
腰元までかからんという、長い黒髪をなびかせて。
竜の顎から刃が突き出ているような形状の突撃槍を構えて。
その場に、立っていたのは……。
（往くぞ、主よっ！）
「……うん、行くよっ！！」
漆黒の竜騎士、シェティの姿だった。
（この姿、長く保ってはいられぬ。速やかに奴を倒すのだ）
竜剣の効果時間は一分。こうして考えている内にも、時間は経っていく。
「黒い竜騎士……そんなもん、仕様になかったはずだがな。とにかくこれ以上、このエリアを滅茶苦茶にして貰うわけにはいかねぇんだ。今度こそ、狩る！」
男が再び拳を構える、私も、槍を構えて。
……５秒。
「……っ！せやぁぁっ！」
一足飛びに槍の間合いに飛び込むと、そのまま横薙ぎに槍を振るう。
明らかに仕様を、と言うよりも人間の限界を超越した動きだけど気にしない。それができるということは、きっとそう言うことなのだ。
「っ！何ぃっ！？」
振り抜いた槍は、男の身体を掠めもしなかった。だけど、穂先から生じた炎の波が男の身体を飲み込んだ。
……１０秒。
「っぐぁ……なめん、なっ！！」
炎の波に包まれながら、輝く腕を高く上げ、振り下ろした。
「両・断っ！」
手刀一閃、炎の波が二つに割れて。さほど堪えた様子もなくて。
（やはり、あの闘気の防御を貫かねば、致命的なダメージを与えるのは至難。……主っ！）
わかってる。この状態の竜騎士には、いかなる防御も貫く技がある。でも、それは一発限りの技。外すわけにはいかない。
……１５秒。
更なる攻撃のために槍を構えたとき、男がとうとう突っ込んできた。繰り出される光る拳、その一撃一撃を槍で受け、流す。一撃一撃が、重い。
……２５秒。
一撃一撃に必殺の威力の込められた拳を、懸命に受けている。さっきは全くついていけなかった動きに、今ならついていける。そして、僅かに男の体勢が崩れた。狙うなら、今！槍の穂先を地面に突き立てる。そこから炎の波が、周囲に広がっていく。すぐ間近で拳を振るっていた男も、確実に巻き込んだのだけれど。
「無駄、だぁぁっ！」
腕を交差させて、身を灼く炎の波を耐え、その腕を広げて、炎の波を打ち払う。
それでも、炎の波は一瞬男の視界を奪った。
……３５秒。
私は跳んだ。今までの跳躍よりも更に高く、速く私の身体が空に吸い上げられていく。
砂嵐を貫いて、雲に手が届くほど。そして、その頂上で身体が静止する。
……４０秒。
「っ！……あの女は、何処だっ！？」
眼下では、男が私を捜している。私が跳んだということはすぐに気付かれるだろうけど、もう遅い。
私は槍の穂先を、照準を合わせるように男に向けて。足で空気を蹴った。
落ちていく、自由落下よりも速く、重力を追い抜いて。そして……。
「上……っぐぁぁぁぁっっ！！！」
突き刺した。
……４５秒。
男が纏った闘気の鎧と、私の槍がぶつかって。でも、天より降る私の槍は、全ての防御を砕く槍。闘気の鎧は、ひび割れていき。
「この俺の……鎧が、破られるだとっ！？」
「砕け……ろぉぉぉっ！！」
ガラスが割れるような音と共に、闘気の鎧が砕けて散った。
……５０秒。
私は再び砂漠に降り立つ。砂嵐はもう、殆ど姿を消している。
「まさか、俺の鎧を砕くとは……だが、負けるかぁっ！！」
一際強く、男の右の拳が輝く。直感的に分かる。全ての力を集中させているのだ、と。
私も、槍を突き出しチャージの構えをとって。
（主、もう時間が……）
（大丈夫、これで決まるよ）
「行くぞ……」
「……ええ」
そして、再び拳と槍がぶつかった。
……５５秒。
その拳の圧に耐えかねて、私の槍は弾かれた。好機、と見たのだろう。そのまま拳を突き出す男。次の瞬間。
私の槍が、男の腹を深々と貫いていたのだった。
槍が弾かれたとき、私はその勢いに逆らわず、身を捻り。それと同時に手の中で槍をくるりと回転させて、穂先を後ろに持ち替えて。身を捻る勢いを乗せて、槍の二打目を叩き付けたのだ。
竜騎士の技に、インパルスドライヴがある。丁度動きとしてはそれと同じ、ただ、二度目に叩き付けるのもまた穂先となっているだけで。
「っがはぁっ！？……な、馬鹿な」
男の口から鮮血が飛び出る。槍を握る手に力が篭もる。再び、穂先に炎が宿る。
後はこのまま、焼き尽くすだけ………。
「だめぇっ！！」
私は槍を、引き抜いた。
……６０秒。
黒い鎧が、内側から食い破られるように弾けて散った。
そして気がつけば、私はいつもの装備のまま、砂漠の真ん中に立っていた。
吹き荒れていた砂嵐は、もう、ない。
でも、私が握っている槍だけは、あの時変化した槍そのままで。
だからこれは全部、夢でも幻でもないんだと、分かる。
「何故……殺さない」
掠れた声。その声の主はあの男、私達の、敵。
「殺さないよ。だって、貴方は私と同じでしょ？なら、ここで私が貴方を殺したら、本当に貴方は死んでしまうから」
普通はそうじゃないのかな？わざわざ好きこのんで人殺しがしたい人なんて……。とそこまで考えて、エアーズロックで出会った忍者の三人組のことを思い出す。
確かに、そう言う人達は居た。でも、私はいやだ。殺さなくていいなら、殺したくなんかない。
「……なんで、だよ。そんなことが……っぐぁ。理由になんか、ならねぇ、だろっ。くそっ……こんな甘チャンに俺が負けたのかよ。……っくそ」
大地に身を投げ出して、苦しそうに声を上げている。
少なくともあれだけ喋れるなら、今すぐどうこうなるとは思えない。それに、あの男がフェイトなら……多分そう簡単には死なないはず。
そうとだけ信じて、私はその場を立ち去ろうとした。その背中に奇妙な音が、投げかけられた。何かが砕けるような音、そして、潰れるような音。
振り向くとそこには……自らの拳で、自らの胸板を打ち砕いた男の姿があった。
「っ！……どうしてっ！？」
「うぐ……職務規程違反に、無許可の制限解放。そしてその末の敗北。戻ったところでどうせ……俺は消されるんだよ」
にぃ、と歪められた唇の端から、次々に血が漏れだし砂漠に吸いこまれていく。
「ふふ……ふはは、フハハハハハっ！！」
狂ったように笑い出す男。溢れ出す赤い血液、響く高笑い。その声はやがて、壊れかけた電子音のようになり。
「フェイトを屠りシ来訪者ァっ！貴様にモう逃ゲ場は無いっ！世界はお前ヲ駆り立テ、追い詰メ、いずレその首を掻ッ斬るダろう！恐レろ！喚け！藻掻けッ！……ソれがお前ノ、運命ダ……ハハハ、ヒャーッハッハッハッハッハッハ！！」
耳障りな高笑いと、まるで何かの呪いのような言葉を発しながらその男の姿は消えていった。流れていた血の痕さえも、全てを道連れにして。
……もしかしたら、それは、本当に呪いだったのかもしれない。
この日この時から、世界は変わってしまったのだから。
私が生きるべき世界から、私を排除しようとする世界へと……。
2008年09月29日(月) 09:16:08 Modified by gungnir18