256_Furcifer ◆MwNTY7GtwI ３２スレ目本編
211 名前：256_Furcifer ◆MwNTY7GtwI [Vasara◎,Mistress●,Mayakashi sage] 投稿日：2008/04/21(月) 01:32:35.39 ID:FutCrXot
口の中がピリピリするほど喉が渇いたように感じるのは、きっと炎のせいだけじゃない。
「剣をお引き下さい、お嬢様！ この方はファーロス様ではありませんか！」
これまでついぞ見たことのなかった、激昂するおじいさん。
血塗れの剣を構えたままの女性…エルリッドさんの事を、膝をついたまま睨み上げている。
その傍らでおじいさんに庇われるようにして、倒れ伏し微動だにせず、
音もなく血溜まりだけを緩やかに広げていくのは。
「ルー…ファス、さ…ん…？」
彼がこんな風に敗北し、死に瀕するなど、思えば想像したこともなかった。
出会ってまだ数日。
それだけの付き合いしかなかったというのに、私は知らず知らず、彼にそれだけの信頼を寄せていた。
「世迷言を！ うつけたのですか、マティエール！」
おじいさんの言葉にも臆することなく、逆に一喝するエルリッドさん。
その貌は、エルヴァーンにしてはあまりにも白すぎた。
まるで、さっきまでの"僕"のように。
どうして、エルリッドさんに何かをしたらしいGMもどきがそこに倒れているのに、
エルリッドさんはルーファスさんに敵意を向けたままなんだろう？
こういう精神操作の類って、術者が死んだら解けるのが定番なんじゃ…。
――魔法でさえない、世界を形作るためのルールを操作する法、だそうですよ。
どこまで…どこまで人間をバカにしたら気が済むのか…！
近くもなく遠くもないところで、憎しみを隠すこともなく"僕"がそう吐き捨てた。
212 名前：256_Furcifer ◆MwNTY7GtwI [sage] 投稿日：2008/04/21(月) 01:34:39.75 ID:FutCrXot
天井まで炎に舐められ、倉庫の壁や梁が、火の粉を纏って少しずつ崩れ落ちてくる。
「この方はファーロス様であり、同時にルーファスでもあるのです」
「お前が傍にいて、なぜ気づかないのです！ お兄様の体を、この男が動かしているという事を」
「全て終わったのです、お嬢様…全て、終わったのです」
自分を取り巻くそんな現象にも、言いすがるおじいさんにも、何一つ動揺を見せず、
エルリッドさんは剣を構えなおす。
これ以上聞くことはない、と言わんばかりに。
「いいえ、まだ終わっていません。兄の遺体はまだ動いている。…まだ、動かされている」
まるで人としての感情を感じさせないその言葉に、アオツキさんがハッとして、両腰の刀に手を伸ばした。
私も、ここにたどり着くまでに炎を散らしていたウィンドスタッフに、再び魔力を通す。
だけど、割って入れない。切っ掛けが掴めない。
「そこをお退きなさい、マティエール。これは、命令です」
「畏れながら…それはお聞きできません。剣をお引きください」
譲ることのないおじいさんのその言葉に、エルリッドさんの表情が変わる。
今や自分を完全に裏切った不忠な従者に、あるいは、ままならない世界そのものに対して、
怒りと絶望をないまぜにしたような表情で、剣先に殺気を萃めていく。
こんなのおかしい、そう思っても、正すことも止めることもできない。
空気すら燃えていると錯覚するほどに、この場はどこもかしこも熱いのに。
私の心だけが、無力さを自覚すると共に、染み込んでくる何かによって冷やされていく。
そのときふと、アオツキさんが天井を仰ぎ、私もそれにつられて、同じ方向を見上げた。
213 名前：256_Furcifer ◆MwNTY7GtwI [sage] 投稿日：2008/04/21(月) 01:36:29.71 ID:FutCrXot
不気味な音を立て、天井を支える役目を放棄しようとする梁。
その真下では、エルリッドさんが、今まさに剣をおじいさんに突き出そうとしている。
このままだと、崩落する天井は二人に降り注ぐ。痛いじゃ済まない。
「二人とも、上です！」
叫ぶと同時に、私がそうしようと考えるより速く、空間に満ちる全てが一瞬で、
今呼び起こせるあらゆる現象を表す、意味ある式となって私へと繋がった。
"僕"の連続魔か、そう意識する前に、落ちてくる梁を暴風のハンマーが弾き飛ばし、
床の石畳を貫き屹立する土の柱が、次に崩れてきた一際大きな天井の破片を受け止める。
それでもなお後から降ってくる瓦礫を、寸断し吹き散らし――
そうして、崩落の勢いが緩んだ束の間、晴れていく火の粉と塵の向こうに見えたのは、
腹を押さえ、片膝をつくおじいさんと、赤く濡れた剣を振り、血糊を払うエルリッドさん、だった。
バカなことを、そう毒づいたのは私だったのか"僕"だったのか、それから一体何に対してだったのか。
ともかく、おじいさんが倒れた以上、もう彼女を説得するのは不可能に近い。
なんとか力ずくでも大人しくなって貰わなきゃ…連続魔の効果はまだ続いている。
けれど精霊の印を刻もうとしたそのとき、また建物が軋む音が耳に届いた。
「……っ」
杖を構えたまま、周囲に視界を巡らせる。
二人がかりでエルリッドさんを止めても、もう一度そのとき崩落が来たら…。
「アオツキさん」
呼びかけた言葉が、そのまま茜色の風となってアオツキさんの周囲を廻る。
214 名前：256_Furcifer ◆MwNTY7GtwI [sage] 投稿日：2008/04/21(月) 01:38:51.85 ID:FutCrXot
「三人をお願いします！」
杖を構えなおす私の横で、アオツキさんが片手刀を鞘走らせる音がした。
「分かった、でもコンバートは使わないで！」
弾丸のように駆け出す後姿を見送り、バファイを張りながら穴が開いた天井を見上げる。
理論的には、燃えてるところから崩れてくる前に外に向けて壊していけば、
とりあえず内部の、私達に向けての崩落の危険は免れる、と思った…けれど…。
「……コンバートなしとか、どう考えてもMP足りないんですが」
ユニクロエル赤なめんな。
いきなり半分主導権を持っていって、ペース無視で精霊をぶちかました"僕"に、
思わず恨みがましい意識を向けてしまう。
――そのための、"二人分"ですよ。
認識のズレもどうやら解消されたみたいですし、こっそりやりますからキミは心配無用です。
あっけらかんとそう答える声に、少しだけ釈然としないものを感じる私だった。
それはともかく、玄翁で角材から薄ベニヤを剥がすようなイメージで、
垂れ下がった屋根だか天井に向けて、空に向けて掬い上げるようにウィンドスタッフを振りぬく。
ズドバァン、と景気のいい音を立てて、暗い空があらわになったところで、もう一振り、二振り。
ふと、外に人がいて、ぶっとばした破片が当たったりしたらどうしよう、とも思ったけれど、
まず人よりも自分達の心配をしなければならなかったわけで、やっぱりそれは考えなかったことにした。
黒魔道士なら、この倉庫の燃え続けているそこかしこに、いっぺんに水を走らせて、
火を消してしまうこともできたんだろうか。
215 名前：256_Furcifer ◆MwNTY7GtwI [sage] 投稿日：2008/04/21(月) 01:40:16.71 ID:FutCrXot
次は水…と思ったところで、大分魔力が目減りしていたのか、乾いて軋むような感覚をおぼえた。
呼吸を整え、MP装備に切り替えるため、口の中でぶちぶちとマクロの文句をつぶやきながら、
ふと、三人はどうなったかと、エルリッドさんと切り結ぶアオツキさんに視線をやる。
と、その瞬間大きな盾で張り飛ばされ、軽く宙に浮くアオツキさんの姿が目に飛び込んできたわけで。
「なーー！？」
「今ので37！？表示バグってない！？」
思わず声が出てしまう私をよそに、衝撃に逆らわず着地から数歩下がるアオツキさん。
メニューが見えてるらしい彼女は、どうやらダメージの方も数値で把握できているらしい。
けれどそんな事を思う間に、崩れた態勢を立て直せないでいる彼女を屠るべく、
エルリッドさんが低く水平に、剣を構えて半身を下げた。
咄嗟にアイススタッフを喚び、イメージを結ぶ。
巻きつき、固まれ。凍りつけ。そこから…動くな！
「"凍れる足枷と成せ"」
果たしてイメージした願いに応え、踏み込み、蹴り出そうとした足が、そのまま床に張り付く。
もう一歩を踏み出せず、致命の剣先はその鋭さを失った。
さらにその自由を完全に奪ってしまおうと、態勢を取り戻したアオツキさんが鈎縄を引っ張り出す。
絡み付いていく捕縄の術を、まるで理性をどこかに攫われてしまったかのような咆哮を上げて、
振りほどこうとするエルリッドさんと目があったところで、私は体から力が急速に抜け落ちるのを感じた。
どうにか属性杖の宝珠を黒く染め替えながら、片手が"僕"の意志でもって精霊の印を刻み、
口が勝手に、搾り出したMPで組み上げた魔法を解き放つのを見送るのが、私に出来た最後の仕事だった。
216 名前：Furcifer ◆MwNTY7GtwI [Vasara◎,Fate●,Kuro-Maku sage] 投稿日：2008/04/21(月) 01:42:26.47 ID:FutCrXot
杖の石突を床に突き立て、膝が砕け体が崩れ落ちそうになるのをどうにか堪える。
コンバートをし損ねたまま魔法を使わされたお陰で、久しく感じることのなかった、
限界まで魔力を使い尽くしたあとの虚脱感が、重く全身に圧し掛かっていた。
それを散らそうと深く息をつくと、焦げ付いた空気にまた噎せそうになる。
そうしているうちに、倒れ伏したエルリッド嬢を目の前に、
隣に並んだアオツキさんがふとこちらを振り向く。その顔は、どこか不満げにも見えて。
「…危なかったですね」
「最初からこうすればよかったのに」
僕が声をかけると、そんな風に手厳しい返事を返されてしまう。
「そうもいきませんよ。…でも、アオツキさんのお陰で崩落には随分時間を稼げました。
エルリッドさんは眠っているだけですから、念のため縛っちゃってもらえますか？」
「分かった。マティエールさんとルーファスさんをお願いするね」
そう請合ったアオツキさんがエルリッド嬢に駆け寄り、するすると鈎縄を伸ばしだすのを横目に、
僕はそこから少し離れたところで倒れているルーファス殿と、
傍らに膝をつくマティエール老の元へと歩み寄った。
地面と彼と、ルーファス殿の間で、生命力そのものとでもいうような流れが循環している。
アルテパで見せられたものと似て、けれどあれよりは遙かに理解しやすい力の動き。
それでもって、僕たちが戦っている間に二人の命を繋いだらしい。
「…どうやら、ケアルは必要なさそうですね」
「いやはや、ご心配をおかけ致しました」
217 名前：Furcifer ◆MwNTY7GtwI [sage] 投稿日：2008/04/21(月) 01:44:53.93 ID:FutCrXot
なんでもないようにそう答えるけれど、マティエール老の顔にもまた、疲労が滲んでいた。
僕は、エルリッド嬢が振るっていた剣を蹴り飛ばすアオツキさんを背後にちらりと見やり、
それから自分の内を緩やかに巡っている、肉体的な活力を支える流れのようなものを、
意味ある言葉によって、枯渇しきる寸前になっていた魔力が巡る側へと繋ぎ換えた。
もしかしたら、もう少し違うイメージを持って、この力を行使している赤魔道士の人もいるんだろう。
ふとそんなとりとめもない事を考えながら、満たされた魔力で自分へと向けて高位のケアルを詠唱する。
そうして人心地ついたところで、近くもなく遠くもないところで、ざわめく気配がした。
――ルーファスさん…どこ行ったの？
"私"がそんな突拍子もないことを言い出したので、僕は思わず頭を抑えて、それからもう一度、
床に横たわるルーファス殿をよく見てみた。
……あの龍を模した赤い篭手が、外れて無くなっている。
けれど、僕からみたところ、彼自身は確固とした姿を持って、ここに存在しているように思える。
「マティエール殿」
「…どうか、なさいましたか？」
「いえ…、なんでもありません。そうだ、エルリッドさんは…」
一体僕達がたどり着くまでに何があったのか…そう尋ねようかと思ったけれど、
今ここで直截尋ねるのは何だか憚られて、つい少しだけ、自分から話をずらしてしまった。
「お嬢様は彼奴めが倒されてもなお、ルーファス様こそが兄上の仇という認識を崩さずにおりました。
次にお目覚めになったときには、こちらの話に耳を傾けてくださるとよいのですが」
マティエール老は僕の逡巡には気づかなかったかのようにそう答え、表情をわずかに曇らせる。
218 名前：Furcifer ◆MwNTY7GtwI [sage] 投稿日：2008/04/21(月) 01:46:28.96 ID:FutCrXot
思えば、万事においてどことなく余裕めいた構えでいた、この従者のそんな表情を見たのは、
初めてのような気がした。
まるで、世界を縛っていた忌まわしき存在の側に立つものじゃなく、
友人や家族のことで心配したり思い悩んだりする、普通の人間みたいじゃないか。
そんな思いにつられて、つい祈るだけに留めていた気持ちが零れてしまう。
「そうですね……記憶と認識は歪められても事実までは歪められていない、
それがよすがとなってくれる事を、願いましょうか」
なにしろ、二人はああして刃を交える羽目になりながら、どちらも命を失わずに済んだのだから。
そういえば、とエルリッド嬢の事を任せていたアオツキさんの方を振り返る。
丁度、手足それぞれを鉤縄で縛り終えたらしい。
「どうですか？」
「こんなもんでどうかな」
小走りに歩み寄って、具合を確かめる。これなら途中で目覚められても、そうそう解けないかな？
…人智を超えた力か何かで、引きちぎられたりなんかしたら分からないけれど。
「……眠らせただけなのに、動かないね。大丈夫かな」
「心配だけど、今は好都合ですね。それじゃここが崩れる前に運び出しましょう。
足の方、お願いできますか？」
いつのまにか色を取り戻した、エルリッド嬢の穏やかな貌を覗き込むアオツキさんにそう声をかけると。
「運び出す？ エルヴァーンの女の人を、甲冑着せたまま？ 冗談でしょ？」
なんだかそんな風に、不服そうな物言いをされてしまった。
219 名前：Furcifer ◆MwNTY7GtwI [sage] 投稿日：2008/04/21(月) 02:01:36.14 ID:FutCrXot
さすがにそれは、"私"じゃなくて僕でも無理。というか、手甲足甲の上から縛られてるわけですが…。
そういうことで、胴や脚部の鎧の留め具を外していく。
意匠だけはどことなく、かつてあの天空の遺跡で出会った存在が纏っていたものと似ているけれど、
さっきまで感じていたプレッシャーのようなものは、今はない。
胸甲部分を脇に除けたところで、外からざくざくと駆け込んでくる足音。
振り返ると、音とかすかに揺らぐ空気が目の前までやってきて、ふわりと解けた。
包み隠されていたヒロさんの姿があらわになる。
息をつく彼が床に寝かされている二人に目をとめ、こちらに何かを問うてくる前に、
マティエール老が簡潔に答えた。
「お二方とも、無事でございます」
「シュムザサは？」
「彼奴めは死にましてございます」
それを聞いて、ヒロさんはふむ、と考え込む。
もしかしたら生きているあの裁定者に何か聞きだしたいことがあったのかも知れない。
でも、いまさら詮無いことだし、なにより時間が動き出している今、ここに長居もしていられない。
「ともかくここを出ましょう。火災の具合はどうです？」
「まだ燃えてる。消防の連中が来ていたから、今なら怪我人を搬送するのに紛れ込めるかもしれないな」
僕の問いにヒロさんはそう答え、僕らは各々の姿を省みる。
黒かったり赤かったり青かったり鎧だったり…ちょっと、溶け込むには厳しそうな…。
どこかで瓦礫が崩される音。喧騒が、少しずつ近づいてきていた。
口の中がピリピリするほど喉が渇いたように感じるのは、きっと炎のせいだけじゃない。
「剣をお引き下さい、お嬢様！ この方はファーロス様ではありませんか！」
これまでついぞ見たことのなかった、激昂するおじいさん。
血塗れの剣を構えたままの女性…エルリッドさんの事を、膝をついたまま睨み上げている。
その傍らでおじいさんに庇われるようにして、倒れ伏し微動だにせず、
音もなく血溜まりだけを緩やかに広げていくのは。
「ルー…ファス、さ…ん…？」
彼がこんな風に敗北し、死に瀕するなど、思えば想像したこともなかった。
出会ってまだ数日。
それだけの付き合いしかなかったというのに、私は知らず知らず、彼にそれだけの信頼を寄せていた。
「世迷言を！ うつけたのですか、マティエール！」
おじいさんの言葉にも臆することなく、逆に一喝するエルリッドさん。
その貌は、エルヴァーンにしてはあまりにも白すぎた。
まるで、さっきまでの"僕"のように。
どうして、エルリッドさんに何かをしたらしいGMもどきがそこに倒れているのに、
エルリッドさんはルーファスさんに敵意を向けたままなんだろう？
こういう精神操作の類って、術者が死んだら解けるのが定番なんじゃ…。
――魔法でさえない、世界を形作るためのルールを操作する法、だそうですよ。
どこまで…どこまで人間をバカにしたら気が済むのか…！
近くもなく遠くもないところで、憎しみを隠すこともなく"僕"がそう吐き捨てた。
212 名前：256_Furcifer ◆MwNTY7GtwI [sage] 投稿日：2008/04/21(月) 01:34:39.75 ID:FutCrXot
天井まで炎に舐められ、倉庫の壁や梁が、火の粉を纏って少しずつ崩れ落ちてくる。
「この方はファーロス様であり、同時にルーファスでもあるのです」
「お前が傍にいて、なぜ気づかないのです！ お兄様の体を、この男が動かしているという事を」
「全て終わったのです、お嬢様…全て、終わったのです」
自分を取り巻くそんな現象にも、言いすがるおじいさんにも、何一つ動揺を見せず、
エルリッドさんは剣を構えなおす。
これ以上聞くことはない、と言わんばかりに。
「いいえ、まだ終わっていません。兄の遺体はまだ動いている。…まだ、動かされている」
まるで人としての感情を感じさせないその言葉に、アオツキさんがハッとして、両腰の刀に手を伸ばした。
私も、ここにたどり着くまでに炎を散らしていたウィンドスタッフに、再び魔力を通す。
だけど、割って入れない。切っ掛けが掴めない。
「そこをお退きなさい、マティエール。これは、命令です」
「畏れながら…それはお聞きできません。剣をお引きください」
譲ることのないおじいさんのその言葉に、エルリッドさんの表情が変わる。
今や自分を完全に裏切った不忠な従者に、あるいは、ままならない世界そのものに対して、
怒りと絶望をないまぜにしたような表情で、剣先に殺気を萃めていく。
こんなのおかしい、そう思っても、正すことも止めることもできない。
空気すら燃えていると錯覚するほどに、この場はどこもかしこも熱いのに。
私の心だけが、無力さを自覚すると共に、染み込んでくる何かによって冷やされていく。
そのときふと、アオツキさんが天井を仰ぎ、私もそれにつられて、同じ方向を見上げた。
213 名前：256_Furcifer ◆MwNTY7GtwI [sage] 投稿日：2008/04/21(月) 01:36:29.71 ID:FutCrXot
不気味な音を立て、天井を支える役目を放棄しようとする梁。
その真下では、エルリッドさんが、今まさに剣をおじいさんに突き出そうとしている。
このままだと、崩落する天井は二人に降り注ぐ。痛いじゃ済まない。
「二人とも、上です！」
叫ぶと同時に、私がそうしようと考えるより速く、空間に満ちる全てが一瞬で、
今呼び起こせるあらゆる現象を表す、意味ある式となって私へと繋がった。
"僕"の連続魔か、そう意識する前に、落ちてくる梁を暴風のハンマーが弾き飛ばし、
床の石畳を貫き屹立する土の柱が、次に崩れてきた一際大きな天井の破片を受け止める。
それでもなお後から降ってくる瓦礫を、寸断し吹き散らし――
そうして、崩落の勢いが緩んだ束の間、晴れていく火の粉と塵の向こうに見えたのは、
腹を押さえ、片膝をつくおじいさんと、赤く濡れた剣を振り、血糊を払うエルリッドさん、だった。
バカなことを、そう毒づいたのは私だったのか"僕"だったのか、それから一体何に対してだったのか。
ともかく、おじいさんが倒れた以上、もう彼女を説得するのは不可能に近い。
なんとか力ずくでも大人しくなって貰わなきゃ…連続魔の効果はまだ続いている。
けれど精霊の印を刻もうとしたそのとき、また建物が軋む音が耳に届いた。
「……っ」
杖を構えたまま、周囲に視界を巡らせる。
二人がかりでエルリッドさんを止めても、もう一度そのとき崩落が来たら…。
「アオツキさん」
呼びかけた言葉が、そのまま茜色の風となってアオツキさんの周囲を廻る。
214 名前：256_Furcifer ◆MwNTY7GtwI [sage] 投稿日：2008/04/21(月) 01:38:51.85 ID:FutCrXot
「三人をお願いします！」
杖を構えなおす私の横で、アオツキさんが片手刀を鞘走らせる音がした。
「分かった、でもコンバートは使わないで！」
弾丸のように駆け出す後姿を見送り、バファイを張りながら穴が開いた天井を見上げる。
理論的には、燃えてるところから崩れてくる前に外に向けて壊していけば、
とりあえず内部の、私達に向けての崩落の危険は免れる、と思った…けれど…。
「……コンバートなしとか、どう考えてもMP足りないんですが」
ユニクロエル赤なめんな。
いきなり半分主導権を持っていって、ペース無視で精霊をぶちかました"僕"に、
思わず恨みがましい意識を向けてしまう。
――そのための、"二人分"ですよ。
認識のズレもどうやら解消されたみたいですし、こっそりやりますからキミは心配無用です。
あっけらかんとそう答える声に、少しだけ釈然としないものを感じる私だった。
それはともかく、玄翁で角材から薄ベニヤを剥がすようなイメージで、
垂れ下がった屋根だか天井に向けて、空に向けて掬い上げるようにウィンドスタッフを振りぬく。
ズドバァン、と景気のいい音を立てて、暗い空があらわになったところで、もう一振り、二振り。
ふと、外に人がいて、ぶっとばした破片が当たったりしたらどうしよう、とも思ったけれど、
まず人よりも自分達の心配をしなければならなかったわけで、やっぱりそれは考えなかったことにした。
黒魔道士なら、この倉庫の燃え続けているそこかしこに、いっぺんに水を走らせて、
火を消してしまうこともできたんだろうか。
215 名前：256_Furcifer ◆MwNTY7GtwI [sage] 投稿日：2008/04/21(月) 01:40:16.71 ID:FutCrXot
次は水…と思ったところで、大分魔力が目減りしていたのか、乾いて軋むような感覚をおぼえた。
呼吸を整え、MP装備に切り替えるため、口の中でぶちぶちとマクロの文句をつぶやきながら、
ふと、三人はどうなったかと、エルリッドさんと切り結ぶアオツキさんに視線をやる。
と、その瞬間大きな盾で張り飛ばされ、軽く宙に浮くアオツキさんの姿が目に飛び込んできたわけで。
「なーー！？」
「今ので37！？表示バグってない！？」
思わず声が出てしまう私をよそに、衝撃に逆らわず着地から数歩下がるアオツキさん。
メニューが見えてるらしい彼女は、どうやらダメージの方も数値で把握できているらしい。
けれどそんな事を思う間に、崩れた態勢を立て直せないでいる彼女を屠るべく、
エルリッドさんが低く水平に、剣を構えて半身を下げた。
咄嗟にアイススタッフを喚び、イメージを結ぶ。
巻きつき、固まれ。凍りつけ。そこから…動くな！
「"凍れる足枷と成せ"」
果たしてイメージした願いに応え、踏み込み、蹴り出そうとした足が、そのまま床に張り付く。
もう一歩を踏み出せず、致命の剣先はその鋭さを失った。
さらにその自由を完全に奪ってしまおうと、態勢を取り戻したアオツキさんが鈎縄を引っ張り出す。
絡み付いていく捕縄の術を、まるで理性をどこかに攫われてしまったかのような咆哮を上げて、
振りほどこうとするエルリッドさんと目があったところで、私は体から力が急速に抜け落ちるのを感じた。
どうにか属性杖の宝珠を黒く染め替えながら、片手が"僕"の意志でもって精霊の印を刻み、
口が勝手に、搾り出したMPで組み上げた魔法を解き放つのを見送るのが、私に出来た最後の仕事だった。
216 名前：Furcifer ◆MwNTY7GtwI [Vasara◎,Fate●,Kuro-Maku sage] 投稿日：2008/04/21(月) 01:42:26.47 ID:FutCrXot
杖の石突を床に突き立て、膝が砕け体が崩れ落ちそうになるのをどうにか堪える。
コンバートをし損ねたまま魔法を使わされたお陰で、久しく感じることのなかった、
限界まで魔力を使い尽くしたあとの虚脱感が、重く全身に圧し掛かっていた。
それを散らそうと深く息をつくと、焦げ付いた空気にまた噎せそうになる。
そうしているうちに、倒れ伏したエルリッド嬢を目の前に、
隣に並んだアオツキさんがふとこちらを振り向く。その顔は、どこか不満げにも見えて。
「…危なかったですね」
「最初からこうすればよかったのに」
僕が声をかけると、そんな風に手厳しい返事を返されてしまう。
「そうもいきませんよ。…でも、アオツキさんのお陰で崩落には随分時間を稼げました。
エルリッドさんは眠っているだけですから、念のため縛っちゃってもらえますか？」
「分かった。マティエールさんとルーファスさんをお願いするね」
そう請合ったアオツキさんがエルリッド嬢に駆け寄り、するすると鈎縄を伸ばしだすのを横目に、
僕はそこから少し離れたところで倒れているルーファス殿と、
傍らに膝をつくマティエール老の元へと歩み寄った。
地面と彼と、ルーファス殿の間で、生命力そのものとでもいうような流れが循環している。
アルテパで見せられたものと似て、けれどあれよりは遙かに理解しやすい力の動き。
それでもって、僕たちが戦っている間に二人の命を繋いだらしい。
「…どうやら、ケアルは必要なさそうですね」
「いやはや、ご心配をおかけ致しました」
217 名前：Furcifer ◆MwNTY7GtwI [sage] 投稿日：2008/04/21(月) 01:44:53.93 ID:FutCrXot
なんでもないようにそう答えるけれど、マティエール老の顔にもまた、疲労が滲んでいた。
僕は、エルリッド嬢が振るっていた剣を蹴り飛ばすアオツキさんを背後にちらりと見やり、
それから自分の内を緩やかに巡っている、肉体的な活力を支える流れのようなものを、
意味ある言葉によって、枯渇しきる寸前になっていた魔力が巡る側へと繋ぎ換えた。
もしかしたら、もう少し違うイメージを持って、この力を行使している赤魔道士の人もいるんだろう。
ふとそんなとりとめもない事を考えながら、満たされた魔力で自分へと向けて高位のケアルを詠唱する。
そうして人心地ついたところで、近くもなく遠くもないところで、ざわめく気配がした。
――ルーファスさん…どこ行ったの？
"私"がそんな突拍子もないことを言い出したので、僕は思わず頭を抑えて、それからもう一度、
床に横たわるルーファス殿をよく見てみた。
……あの龍を模した赤い篭手が、外れて無くなっている。
けれど、僕からみたところ、彼自身は確固とした姿を持って、ここに存在しているように思える。
「マティエール殿」
「…どうか、なさいましたか？」
「いえ…、なんでもありません。そうだ、エルリッドさんは…」
一体僕達がたどり着くまでに何があったのか…そう尋ねようかと思ったけれど、
今ここで直截尋ねるのは何だか憚られて、つい少しだけ、自分から話をずらしてしまった。
「お嬢様は彼奴めが倒されてもなお、ルーファス様こそが兄上の仇という認識を崩さずにおりました。
次にお目覚めになったときには、こちらの話に耳を傾けてくださるとよいのですが」
マティエール老は僕の逡巡には気づかなかったかのようにそう答え、表情をわずかに曇らせる。
218 名前：Furcifer ◆MwNTY7GtwI [sage] 投稿日：2008/04/21(月) 01:46:28.96 ID:FutCrXot
思えば、万事においてどことなく余裕めいた構えでいた、この従者のそんな表情を見たのは、
初めてのような気がした。
まるで、世界を縛っていた忌まわしき存在の側に立つものじゃなく、
友人や家族のことで心配したり思い悩んだりする、普通の人間みたいじゃないか。
そんな思いにつられて、つい祈るだけに留めていた気持ちが零れてしまう。
「そうですね……記憶と認識は歪められても事実までは歪められていない、
それがよすがとなってくれる事を、願いましょうか」
なにしろ、二人はああして刃を交える羽目になりながら、どちらも命を失わずに済んだのだから。
そういえば、とエルリッド嬢の事を任せていたアオツキさんの方を振り返る。
丁度、手足それぞれを鉤縄で縛り終えたらしい。
「どうですか？」
「こんなもんでどうかな」
小走りに歩み寄って、具合を確かめる。これなら途中で目覚められても、そうそう解けないかな？
…人智を超えた力か何かで、引きちぎられたりなんかしたら分からないけれど。
「……眠らせただけなのに、動かないね。大丈夫かな」
「心配だけど、今は好都合ですね。それじゃここが崩れる前に運び出しましょう。
足の方、お願いできますか？」
いつのまにか色を取り戻した、エルリッド嬢の穏やかな貌を覗き込むアオツキさんにそう声をかけると。
「運び出す？ エルヴァーンの女の人を、甲冑着せたまま？ 冗談でしょ？」
なんだかそんな風に、不服そうな物言いをされてしまった。
219 名前：Furcifer ◆MwNTY7GtwI [sage] 投稿日：2008/04/21(月) 02:01:36.14 ID:FutCrXot
さすがにそれは、"私"じゃなくて僕でも無理。というか、手甲足甲の上から縛られてるわけですが…。
そういうことで、胴や脚部の鎧の留め具を外していく。
意匠だけはどことなく、かつてあの天空の遺跡で出会った存在が纏っていたものと似ているけれど、
さっきまで感じていたプレッシャーのようなものは、今はない。
胸甲部分を脇に除けたところで、外からざくざくと駆け込んでくる足音。
振り返ると、音とかすかに揺らぐ空気が目の前までやってきて、ふわりと解けた。
包み隠されていたヒロさんの姿があらわになる。
息をつく彼が床に寝かされている二人に目をとめ、こちらに何かを問うてくる前に、
マティエール老が簡潔に答えた。
「お二方とも、無事でございます」
「シュムザサは？」
「彼奴めは死にましてございます」
それを聞いて、ヒロさんはふむ、と考え込む。
もしかしたら生きているあの裁定者に何か聞きだしたいことがあったのかも知れない。
でも、いまさら詮無いことだし、なにより時間が動き出している今、ここに長居もしていられない。
「ともかくここを出ましょう。火災の具合はどうです？」
「まだ燃えてる。消防の連中が来ていたから、今なら怪我人を搬送するのに紛れ込めるかもしれないな」
僕の問いにヒロさんはそう答え、僕らは各々の姿を省みる。
黒かったり赤かったり青かったり鎧だったり…ちょっと、溶け込むには厳しそうな…。
どこかで瓦礫が崩される音。喧騒が、少しずつ近づいてきていた。
2008年07月28日(月) 23:40:26 Modified by raindrop0207