Kiesel ◆nu123wJPbk ２８．５スレ目本編
140 名前： ◆nu123wJPbk 投稿日： 2008/01/19(土) 23:43:59.26 ID:xBMCISAH
これは夢だと、思った。
白い寝台に横たわるのは、金髪の少年。その細い首に両手をかける。
虚ろな青い瞳はここではないどこかを見つめ、心すらもどこかへやっているかのようだった。
ぐ、と力を込める。何の感情もない瞳はわずかにも揺れず、ただ虚ろなまま。
薄く開いた唇から吐息がこぼれ、そして、とまる。死んだ。と、感覚で理解する。
そっとその唇に己の唇を重ねる。わずかに血の味がした。
狂おしいほどに愛おしくて、知らず笑みが浮かんだ。
「・・・は、は」
乾いた笑声。
ああ、はは。手に入れた。手に入れた。すべてを。彼のすべてを。
もう彼は、誰かを見ることもない。誰かに話しかけることもない。誰かを思うこともない。そう、誰のものにもならない。
彼？
知らず、宝石のような青の瞳に映る、己の姿を確かめた。
そこに映っていたのは、虚ろな青い瞳の、金髪の
141 名前： Kiesel ◆nu123wJPbk [Cion:Vasara◎,Mayakashi,Mistress●] 投稿日： 2008/01/19(土) 23:49:04.05 ID:xBMCISAH
「ッ・・・！！」
目が覚めてしばらく、私は目が覚めたことを理解できなかった。
襟元に手をやり、触れたシグネットを確かめる。魔法によって刻まれた名前は私のもの。ユーリ・フェルシオン。シオン。
私はここにいる。私は私だ。じゃあ、あの夢は？・・・夢？
「夢・・・」
感触が手のひらに残っている。呼吸によって蠢く喉の感触も、その感触が弱くなっていくのも。
生々しい、と言えるほどの感覚ではなかった。はっきり、そう、まるで現実にそうしたかのような。
「・・・顔。洗ってこよう・・・」
わざと口に出して、気分を無理矢理にでも変えることにした。
それは決して成功してはいなかったし、実際に洗ったのは顔だけではなかったけれど、それでもせめて、言い知れぬ不安と不吉な感覚を拭うことに、少しは成功した気がする。
そして、途中でカイに会ったことも、気分転換になった。
「おはよう、シオン。・・・どうしたの？具合悪い？」
おっとりと問う彼は、朝食の支度を終えたところか、シャツの上からギルド支給ではないエプロンをかけていた。
エルヴァーンの男としては低くて、それでも高い背を少し屈め、私の顔を覗き込むようにし至極無難な言葉を選んで問うてくる。
彼はいつもこの調子だ。少女のようにおっとりして、子供のように疑うことを恐れる。いさかいも疑心も、彼の恐れるものだ。
何故だろうと、考えたことはない。そういう忌避すべきものは誰にでもある。
だから私は、カイの身の上を聞いたこともなかった。
「朝食は？」
「あ、うん。支度はできてるんだけど、キーゼルさんたちがまだ起きてこなくて」
少し困ったように笑う。実際にはさほど困ってはいないだろう。別に何か、急ぎの用事があるわけでもない。
142 名前： Kiesel ◆nu123wJPbk [Cion:Vasara◎,Mayakashi,Mistress●] 投稿日： 2008/01/19(土) 23:51:50.91 ID:xBMCISAH
けれど、何故か気になった。起きてこないとは、どちらのキーゼルのことだろう。
『たち』と言うことは両方か。あいつらのことだ、きっと夜更かしでもしたのだろうけれど。
「起こせば起きないわけでもないだろうに。起こしに行くぞ」
「え、でも、キーゼルさんたち、昨日帰るの遅かったみたいだから」
「知るか」
果たしてキーゼルたちは、確かにまだ眠っていた。
『たち』、というのは、双子のようによく似た彼らは、ひとつのベッドにふたりで、身を寄せ合って眠っていたのだ。
同じ顔立ちなのに、よくよく見れば違う。けれどそれもわずかな差で、気のせいかと思ってしまうくらいのもの。
来訪者たちの言う『自キャラ』になってしまった者は多いが、こうして『自キャラ』と分かれてしまった来訪者は他にいるのだろうか。
いるとしたら、彼らもまたこのように酷似した外見なのだろう。そして互いに違和感を感じるのだろうか。
「・・・ん・・・」
小さな声がこぼれ、一方が身じろぐ。その瞬間、私の思考は切り替わった。
いつの間に潜り込んだかとか、大体何故わざわざ狭いベッドにふたりで寝ているのかとか、そんなことはどうでもよくなった。
ただただ、その幸せそうな寝顔が腹立たしく。
「お前ら、とっとと起きろッ！！」
284 名前： Kiesel ◆nu123wJPbk [Cion:Vasara◎,Mayakashi,Mistress●] 投稿日： 2008/01/30(水) 12:17:47.02 ID:fBV4fKU/
ふたりの少年が、テーブルについている。
ひとりは不機嫌そうにお茶を飲み、もうひとりは不可解を隠さずに私を見ていた。
「シオン、怒ってる？」
「怒ってなんかいない」
「・・・怒ってる」
「怒っていない」
「・・・むー」
何故自分が叩き起こされたのか分からず、不思議そうに首を傾げる。キーゼルもキーゼルで、こちらを見ずにカップを口に運んでいた。
姿はまったく同じなのにまったく違うふたりと私を見て、カイがくすくすと笑い、それから口を開く。
「キーゼルさん。フィグが戻ったら、ウィンダスを案内してもらったらどうですか？きっと、色々と面白いものが見れると思います」
キースも一緒にね。そう笑うと、不機嫌そうなキーゼルはわずかに視線をあげた。
「・・・いや、」
「残念ながら、案内をさせていただく時間はないのです」
すっと扉を開けて当の本人、フィグが入ってきた。
銀髪を短くまとめ、前髪をサイドに流している彼女は、難しい表情でキーゼルたちとカイへ言う。
「キーゼル・ランクス、キーゼル・M・ソルニエ、エティエンヌ・リュシアン。天の塔より、星の神子様がお呼びです。支度が出来次第お向かいください」
「天の塔だと？」
秘密主義で排他的なウィンダスの、それも天の塔からの召喚。ただの、冒険者としての呼び出しとは思えない。
キーゼルは、サンドリアに所属している。カイもウィンダスに移籍しているとは言え、生粋のサンドリア人だ。
この召喚、何か理由があるのだろう。・・・まあ、理由もなく呼ぶはずもないか。
285 名前： Kiesel ◆nu123wJPbk [Cion:Vasara◎,Mayakashi,Mistress●] 投稿日： 2008/01/30(水) 12:34:19.01 ID:fBV4fKU/
「フィグ。キーゼルさんはふたりともと、星の神子様はおっしゃったの？」
おっとりとカイが問う。
彼もまた、自身の召喚よりも、キーゼルたちが指名されたことに疑問を抱いているようだった。
ウィンダスに所属する自身の召喚は予測できたことなのだろう。しかし、やはりキーゼルたちが呼ばれることは理解しがたい。
ましてや、今フィグが呼んだ名前。
どこか緊迫した面持ちでフィグは頷き、でも、と続けた。
「シオンについては何もお聞きしてはいないのです。ミガイフォングも呼ばれているというのに」
「ミガイフォングさんも？」
不思議そうにと言うよりはやや少女じみた仕草で、こっくりと首をかしげる。
あれもエルヴァーンで、確かタブナジアかサンドリアに縁があるとか、そんな話を聞いた覚えがあるような気がするけど覚えていない。
しつこくかまってくるから、あれの話なんてほぼ常に右から左に聞き流していて、もしそうだったとしても確信がないな。
離れて待機していろと言っているのに気がついたら後ろに立っていたりすることもあるし、挑発するなとか範囲WS使うなとか言っても使うし。
あれのことはさておき、まさかサンドリアから何かあったのだろうか。
いや、もしもそうだとしたら、天の塔でなくサンドリア大使館あたりから召喚がかかるはずだ。
そもそもフィグを伝令に使うことも理解しがたい。・・・恐らくは、彼女なら他言しないだろうということなのだろうが。
ミガイフォングもそうだが、フィグもまたカイに対して、命に代えてもなお余りあるほどの忠誠を示している。
「・・・まあ、ことあるごとに私に突っかかってくるけど」
「シオン、何か言いましたか？」
「いや何も」
フェローというやつはどうしてこう、・・・まあいいや。
286 名前： Kiesel ◆nu123wJPbk [Cion:Vasara◎,Mayakashi,Mistress●] 投稿日： 2008/01/30(水) 12:37:53.28 ID:fBV4fKU/
思考を打ち切り視線をやると、キーゼルはうつむいて何事かを考え、カイも考え込んでいたけれど不意にぱっと表情を変えた。
シアーチュニックのポーチから小銭入れを取り出し、中身を確かめると、そっとフィグに渡す。
「フィグ、お願いがあるんだけど。あなたの目を信じて、一番上質なロランベリーを、できるだけたくさん買ってきてくれる？」
「ロランベリーですか？」
「うん、きっとたくさん使うから。お願いね」
にっこり笑って、自信たっぷりに言う。ロランベリー？何に使うつもりだろう。
私の疑問もよそにカイは、ちゃんとした格好をしないとかな、とか、忘れ物しないようにしないと、とか、考え込みながら呟く。
その表情には不安も疑問もない。彼にはこの召喚の理由が分かっているのだろうか。
などと思っていると、ぱちりと両手を打ち合わせ、あのルト・ミュリラーのように首をかしげてみせる。
「あ、フィグはシオンと一緒にお留守番、お願いね？」
「・・・・・・・・・・・・ええー！？」
素っ頓狂な悲鳴があがった。
331 名前： Kiesel ◆nu123wJPbk [Kiesel:Katana◎,Inu,Kabuto●] 投稿日： 2008/02/02(土) 16:42:50.65 ID:oEE0emJg
「後でうるさいでしょうね」
苦笑混じりのミガイフォングの言葉に、カイがくすくす笑う。こちらとしては、あの煩い猫がいないほうが助かるが。
着馴れたシアーチュニックを、新調したシアーチュニックに着替えた(正直、意味があるとは思えない)カイは、おっとりと言う。
「ちょっと騒がしいけど、いい子ですよ。ぼくのことをいつも心配してくれてるし、ただ、ちょっと空回りしてるだけで」
「・・・・・・そうですか」
まったくよくない気がするのは、気のせいではないはずだ。それとも、ウィンダスではそれでいいのか。
いや、待て。いくら何でもそれは・・・しかし、ウィンダスだ。ありえないとも言い切れない。・・・ああ、考えるだけ無駄だ。やめよう。
俺の思考の合間にも、カイはクピピ書記官と話をしていた。
何事かを話してから、それまで大切そうに持っていたバスケットを渡す。
「デザートはまた、あとで持ってきますね」
「分かったなの。・・・べ、別に気にはしていないなの！持ってきてくれるならもらうなの！」
言い訳にもならない言葉を聞き、何の話かは分からないが、何となく予想はついた。これが世に言うツンデレか・・・
こちらの会話にまったく関わらず入ろうともしない"彼女"は、俺の着ている礼服の袖を掴んだまま、ぼんやりと壁や天井を眺めていた。
天の塔の何が珍しいのだろう。あるいは、『リアル』にはこういった、魔力が作用するような場所はないのだろうか。
正直なところ鬱陶しいこともなくはないが、あまり気にしても狭量なだけだ。それに、邪魔になったら言えば済む。
やり取りを終えたカイが一方の壁に触れると、音もなく扉が開き階段が現れた。『星上りの階段』と呼ばれるこの上に、星の神子のいる部屋がある。
気だるげな視線をあちこちに投げていた"彼女"は、それを確かめるとふと俺から離れ、カイを押し退け階段を進む。
俺はミガイフォングと一瞬視線を交わし、慎重に"彼女"の後についていく。カイは慌てて彼女の隣に並んだ。
何か意志があるかと思ったが、ぼんやりとした"彼女"の表情は変わらず、ただ虚ろなまま。
俺と同じはずの青の瞳が濁っているようにさえ見え、俺は"彼女"から視線を逸らした。
332 名前： Kiesel ◆nu123wJPbk [Kiesel:Katana◎,Inu,Kabuto●] 投稿日： 2008/02/02(土) 16:45:26.24 ID:oEE0emJg
それにしても、シオンとフィグを置いてきてよかった。あのふたりがここにいたら、あれこれと騒いでうるさいに違いない。
さすがにかしこまって静かになるだろうか。・・・ならないだろうな、きっと。
ミスラの守護戦士たちの懐疑の視線を受けつつも『羅星の間』と呼ばれるプラネタリウムに入ると、何故かそこには小さなタルタルがいた。
タルタルは手だけで守護戦士たちを払い、それから薄いと言うのも心苦しい胸を反らして俺たちへ言い放つ。
「あらあら、ぞろぞろと賑やかだこと。弱い犬ほどよく吠えると言いますけれど、あなたたちは吠えもせず、群れるしか能がないのかしら？」
「シャントット博士・・・」
今にも高笑いをしそうなタルタルの姿に、ウィンダス国民でなくとも誰もが知っているであろう名を、親しみを込めてカイが口にする。
まさか我々を召喚したのは、星の神子でなくこいつか？いや、だとしたらわざわざこんな場所を選びはしないだろう。
トライマライ水路かホルトト遺跡にでも呼び出して、跡形もなく消すくらいはやってくれるだろう。あるいは、もっと手の込まない方法かも知れない。
カイが膝を突き、シャントットと視線を合わせて問う。
「博士、この度の召喚は、まさか」
「ええ、わたくしからお伝えしましたわ。『世界』への干渉だなんて小賢しいことをしようとは、よくも考えたものですわね」
「・・・ご存知でしたか」
「当たり前でしょう？このわたくしを欺こうなんて思わないほうがよろしくてよ」
言いながら、カイの頬へ手を差し伸べる。
「あなたがこうしてここにいることもそのため。本当に惜しいことですわ」
「博士・・・」
愛おしげな言葉を交わす。だけでなく、その視線にも何やらただならぬ感情が込められている気がする。
待て待て待て待て。何だこの空気は。
俺とミガイフォングが無言で成り行きを見守る間にも、ふたりはなおも言葉を交わす。
333 名前： Kiesel ◆nu123wJPbk [Kiesel:Katana◎,Inu,Kabuto●] 投稿日： 2008/02/02(土) 16:49:48.64 ID:oEE0emJg
「・・・すみません、博士。ぼくは・・・」
「いいえ、それ以上は仰らなくとも結構。あなたのような方と別れなければならないなんて」
そっと手を離し、シャントットは口に手を当てた。
「せっかく異世界から来たなんて特殊な実験材料を手に入れたと言うのに、すぐに手放さなければならないというのは本当に惜しいことですわ。
ちょうど今、よさこいダンスを踊りたくなる呪いを新しく開発していたところですのよ！」
「すみません、博士。ぼくもその実験にお付き合いしたいのですけど、完成を見ないうちに研究から離れるのはとてもつらいです・・・」
待て待ｔ・・・いや、まあ、もういいか。
考えてみれば、シャントットに色恋沙汰なんて、あのバカ王子が剣を手放すくらいにはあり得ない話だものな。
「・・・いや、仮にも一国を担われる方をそのように悪し様に言うのは無礼。反省せねば」
「あなたもかわいい顔をして、随分とひどいことを言いますよね」
俺の呟きにミガイフォングが茶々を入れる。かわいいとか言うな。
と思っていると、シャントットは高笑いの姿勢のまま、にやりと俺を見た。
「何かおっしゃいまして？」
「・・・いや、別に」
心を読むな。
ウィンダスは、相変わらず厄介な相手が多すぎる・・・早く去れるならさっさと去りたい。
そんな俺の思考を余所に、カイとシャントットは、新しい呪いのことで盛り上がっていた。完成しないことを祈っておこう。
むしろ、来訪者が来たことでシャントットの被害者が増えていないだろうか。増えているかも知れない。
そうして考えてみれば、やはり来訪者はこの世界に影響を与えていると言えるのか。少なくとも彼らは、この世界にはない知識をもたらしている。
何故だ、よく分からないが申し訳ない気持ちになってきた。シャントットの被害者を増やしてしまったことに対してか・・・？
334 名前： Kiesel ◆nu123wJPbk [Kiesel:Katana◎,Inu,Kabuto●] 投稿日： 2008/02/02(土) 17:00:43.07 ID:oEE0emJg
何にせよ、危険人物の危険度をあげる原因になっているのは否定できないかも知れない。
『人の口に戸は立てられぬ』と言うし、言外にそれと察せられることも多かろうが・・・しかし、やはり来訪者の存在は火に油を注ぎかねない。
来訪者の知識が漏洩することは危険だろう。すると目の院の書庫もある意味危険ではないだろうか。
いかに来訪者にしか読むことができないようにしてあるとは言え、勝手に読めるようにしてしまう可能性も否定できない。
「・・・キーゼル・ソルニエ？」
不意に少女の声が俺を呼んだ。
気付くと、若草色のゆったりとした衣装に身を包んだタルタルが、心配そうに俺を見上げている。
大きな髪飾りを着け、豊かな髪をまとめている彼女こそが、このウィンダスの元首であり象徴でもある星の神子だ。
外見こそは愛らしい少女だが、間違っても俺より幼いはずもなく、まして国家元首である。意図的でないとは言え、無視をしてしまったのは礼に反する。
「・・・失礼を」
「いいえ、何か考えてらっしゃったのでしょう？サンドリアの方は、勇猛果敢で思慮深い方が多いのですもの」
微笑みを浮かべ、いたわるように言った彼女の言葉に、サンドリア国民として申し訳ないのだが、俺には賛同しがたかった。
勇猛果敢で思慮深いと言うよりも、猪突猛進で考えなしのイメージがあるのは・・・やはりあのバカ王子のせいか。
それはともかく、星の神子は俺に儚くさえ思える笑みで、ゆっくりと語りかける。
「報告は受けています。信じられないことばかりですが・・・否定することもできません。ウィンダスも、この問題については重く見ています。
ですが・・・あなたのことも、彼のことも、私たちは知っています。来訪者ではなく、サンドリアの騎士としてのあなたたちを・・・
やはり、言われてもすぐには理解できないものですね」
普段から何気なく接していた相手が、突然に別人になってしまうのだから、それを理解することも受け入れることも、容易ではないに違いない。
それも、姿だけは同じなのに、記憶も思考も何もかもが他人のそれに変わってしまっているのだから。
逆を言えば、来訪者はまったく他人の姿と人間関係・・・それは、この世界においての自身の歴史も含めて・・・を押し付けられる。
335 名前： Kiesel ◆nu123wJPbk [Kiesel:Katana◎,Inu,Kabuto●] 投稿日： 2008/02/02(土) 17:04:25.32 ID:oEE0emJg
「誰もがそうでしょう。自分が自分でなくなる・・・そして、誰かになってしまう。しかも、自分の意志に関係なく、気付かないほどの速度で。
それは恐らく、真の闇の中を進むよりもおぞましく、薄氷の上を進むよりも不安に駆られることでしょう。
彼らはそれと知らされることなく来訪者となり、それと知ることもなく己を失っていくのですから」
俺と"彼女"のように分かれた存在となったならば、まだ救いはあるだろう。だが、ひとりの『存在』になってしまったら？
もしもそうなったら、・・・どうなるのだろう。どちらかは、存在しないことになる？そもそも、同じ『存在』が存在しえるのか？
あの、双子の騎士たちのように？
いつかは、俺も？
「・・・嘘だ」
足元が崩れ落ちていくような感覚。胃の腑に冷たいものが落ちていくような苦しさ。
星の神子が俺の異変に気付く前に、しかし口を開いたのは彼だった。
「本当に怖いのは、多分、それにすら気付かないこと。侵食されていることに気付かないことなんだと思う」
歌うような声。視界を妨げない薄闇の中金の髪に光が揺れ、黒に似た茶の瞳が不思議そうに瞬く。
336 名前： Kiesel ◆nu123wJPbk [Kiesel:Katana◎,Inu,Kabuto●] 投稿日： 2008/02/02(土) 17:11:31.06 ID:oEE0emJg
「来訪者は、自分が誰なのかだんだん分からなくなって、最後には、この世界の『器』が本当の自分だと思いこんでしまう。
それは仕方がないことなんだ。来訪者は、この世界にとって『不純物』だから。だから世界は、『不純物』を取り除こうとする。
でもね、それは世界の『システム』で、『システム』を『制御』すれば、『不純物』がいても大丈夫なように『誤認識』させられるんだって。
だから来訪者の『力』が必要なんだって。みんなじゃないけど、『プレイヤー』は『世界』に『干渉』できるんだって。だから、・・・えっと」
そこまで言い、彼は少し困ったように首を傾げる。
「・・・忘れちゃった」
「忘れたぁ！？」
シャントットが、彼女らしからぬ荒げた声をあげた。
「あなた、重要なところを忘れたですって！？思い出しなさい、今すぐに！！」
「い、今すぐって言ったって、忘れちゃったもの」
今にも爆発しそうな勢いのシャントットに、彼は困ったように首を振る。
そう、"彼女"ではない。彼だ。
と。
静かに、落ち着いた声が思索混じりに呟いた。
「つまり、それは"『リアル』にしかないもの"による、『リアル』からの干渉ってことなんだね。・・・分かった。だから監理するんだ。
来訪者は『リアル』から来た存在・・・知識？技術？どっちかは分からないけど、だから来訪者を利用するのか」
腕を組んだままわずかに俯き、己の唇を指でゆっくりと撫でながら頷く。
「"『リアル』にしかないもの"を利用するために、来訪者を利用する・・・理解はできるな。でも理解できないのは、何をしたいのか。
まさかこの世界を支配したいなんてふざけた理由とは思えないし・・・さすがにそこまでは分からないか。・・・ありがと」
呟き、それからそっと首を振る。
337 名前： Kiesel ◆nu123wJPbk [Kiesel:Katana◎,Inu,Kabuto●] 投稿日： 2008/02/02(土) 17:16:40.06 ID:oEE0emJg
「ミガイフォングさん？」
カイが名を呼ぶと、彼はばつの悪そうな笑みで応えた。
「すみません、ぼうっとしていました。・・・報告書でいくらか知識を得ていたとは言え、さすがに実際に聞くと理解しがたいものですね」
彼らしい穏やかな声が、確かめるようにゆっくりと言う。
その表情も語調も、最前までとは異なるものだった。
「ええとね。私たちは、・・・・・・あれ？」
何かを言いかけ、やや幼い仕草で首を傾げる。
「・・・えっと。何だろ」
「何ですか？」
ミガイフォングの問いに、彼は首を傾げたまま、呟くように言った。
「・・・私は、何でここに来たんだっけ？」
498 名前： Kiesel ◆nu123wJPbk [Cion:Vasara◎,Mayakashi,Mistress●] 投稿日： 2008/02/14(木) 01:46:53.41 ID:mlNARd7Z
どん、と鈍い音を立てて、テーブルの上にかごが置かれた。
かごにはロランベリーが山盛りに積まれている。素人目にも、瑞々しくておいしそうなものばかりだ。
「ひどい・・・」
この世の終わりを目の当たりにしたかの調子で、フィグがぽつりとこぼした。
「この私を置いて、あの方は・・・どうして私も連れていってくださらなかったのか・・・」
そりゃお前がついていったら間違いなくうるさいからだろう。
たったそれだけの言葉を口にしないようにするには、かなりの気合いと根性が必要だった。
「なぜあの方が・・・それも、男性ばかりでなんて・・・」
男だけ、って括りなのか？・・・なんだか、フィグの思考回路を見てみたい気がしてきた。
「・・・まさか、みんなであの方に手を出そうと・・・！？やだ、そんな破廉恥な・・・」
両手で顔を押さえて妄想に浸っていないで、いい加減こっちの世界に帰ってこい。
などと考えていると、モグハウスの扉の外から、重みのある足音が聞こえてきた。キーゼルたちだろうかと思う前に扉が開く。
「失礼する」
そう言って、銀髪を撫で付けたエルヴァーンの男が、物々しい甲冑姿で入ってくる。遅れて、同じく銀髪をやや長く伸ばしている、やはりエルヴァーンの男も入ってきた。
先の男は私たちを一瞥し、それから室内をさっと見回す。後から入ってきた男と何事か言葉を交わすと、さも当然のように、テーブルに添えられたいすに腰掛ける。
「待たせてもらう」
「ちょっと、兄さん・・・」
「これは主命だ。逆らうことは許さん」
すがるような声を無感情に突き放し、いすの上で足を組みついでに腕も組む。
先の男を兄と呼んだ後の男は、居心地悪そうに私たちを見る。
499 名前： Kiesel ◆nu123wJPbk [Cion:Vasara◎,Mayakashi,Mistress●] 投稿日： 2008/02/14(木) 01:53:01.41 ID:mlNARd7Z
「・・・ええと。エティは、出掛けているのかな？」
「エティ？」
そう言えば、フィグがカイのことをそんな名前で呼んでいたな。
ふと思い出しフィグに視線をやると、彼女は青ざめた表情で相手を見ていた。
「・・・いいえ。あの方はもう、サンドリアには戻らないと仰っておられました。どうか、お忘れください」
「忘れろ、だと？」
兄が口を開く。無感情から、その声は不機嫌に変わっていた。
まるで仇敵を睨み付けるかの苛烈な表情でフィグに言い放つ。
「あいつは自分勝手に振る舞った挙げ句、その後始末を我々に押し付けたのだぞ！一切合切にけりをつけた折には、こちらから縁を叩き切ってやる！！」
どうやら、冷静そうな外見とは裏腹に、直情型らしい。今にも剣を抜いてそこら中に当たり散らしかねない勢いだ。
弟のほうはと言うと、どこか遠いところを見つめていた。止める気はまったくないらしい。
また敵対的な感情や行動を私たちに持ってはいないようで、私が黙ってカップを差し出しお茶を注いでやると、嬉しそうな笑みで受け取った。
可哀想なのはフィグか。尻尾をぴんと立てて怯えている。それでも逃げ出そうとしないだけの根性は大したものだ。
ちなみに私は、既に話に加わるのを放棄している。サンドリア関係でこういう現れ方をする手合いは、大抵面倒な奴だからだ。
ジュノは形式ばっている。ウィンダスは賑やかな現れ方が多い。バストゥークは・・・印象にないな、そう言えば。
まあ、私もナジやアヤメ、それにシド工房長くらいしか親しくないしな。バストゥーク自体あまり印象に残らない国かもしれない。
「そもそも、あいつは無防備すぎる！！ただでさえヴォーシェルの悪さに付き合わされているのに、あのポワティエとかいう奴と付き合い出してから生活態度が変わったんだ！！
日常的に遅くまで起きている！！不可抗力と言えども飲酒をする！！危ないと言うのにチョコボの二人乗りを当たり前にやる！！オークどもとの戦いに平気で混ざる！！
この兄は、我が弟をそのように育てた覚えはない！！」
立ち上がりつつ握り拳を掲げて吼えるな。
500 名前： Kiesel ◆nu123wJPbk [Cion:Vasara◎,Mayakashi,Mistress●] 投稿日： 2008/02/14(木) 02:02:31.00 ID:mlNARd7Z
しかし、話を聞くだけでは随分と可愛がってきたようだ。今時早寝早起きを実行するよい子がいるのにも驚いたけど。
縁を叩き切ってやる、と言ったものの、きっとそんなことはできるはずがないのだろう。
なぜなら彼の言葉には、違反したことよりも好ましくない相手の影響を受けていることに対しての嫌悪が含まれていた。
彼にとっての『悪さ』をする弟に対してでなく、その『悪さ』に付き合わせようとする相手に対して。
「しょうがないよ。エティは、ぼくたちと違って自由がなくなるんだから」
カップを両手で抱えて、どこか寂しそうに弟が言う。・・・自由がなくなる？
弟の言葉に兄は噴きあがるような感情を隠さず、ぎり、と音が聞こえたほどに強く歯軋りをした。
「こちらの言うとおりにしていれば済むのだ。たとえ今は不自由でも、いずれ自由が与えられる」
「遅すぎるよ・・・ケインの話を聞いたことがあるでしょう？ティアも間違ったことは言ってない。このままじゃあの子は」
「天使の階層だかウェルフェアだかの話か。奴らの話は絵空事でしかない」
「・・・だから兄さんは、あの子を彼らに任せたんじゃなかったの？」
不安げな言葉に、兄は苛立ちや怒りやとにかくそういった激情を、明確に何十倍にも増幅して表す。
「なればこそだ！！何故我々がこうして」
「誰が、何だと？」
男にしては高く、女にしては低い声が、さして広くもなければ狭くもない部屋に、何故か高らかに響いた。
これは夢だと、思った。
白い寝台に横たわるのは、金髪の少年。その細い首に両手をかける。
虚ろな青い瞳はここではないどこかを見つめ、心すらもどこかへやっているかのようだった。
ぐ、と力を込める。何の感情もない瞳はわずかにも揺れず、ただ虚ろなまま。
薄く開いた唇から吐息がこぼれ、そして、とまる。死んだ。と、感覚で理解する。
そっとその唇に己の唇を重ねる。わずかに血の味がした。
狂おしいほどに愛おしくて、知らず笑みが浮かんだ。
「・・・は、は」
乾いた笑声。
ああ、はは。手に入れた。手に入れた。すべてを。彼のすべてを。
もう彼は、誰かを見ることもない。誰かに話しかけることもない。誰かを思うこともない。そう、誰のものにもならない。
彼？
知らず、宝石のような青の瞳に映る、己の姿を確かめた。
そこに映っていたのは、虚ろな青い瞳の、金髪の
141 名前： Kiesel ◆nu123wJPbk [Cion:Vasara◎,Mayakashi,Mistress●] 投稿日： 2008/01/19(土) 23:49:04.05 ID:xBMCISAH
「ッ・・・！！」
目が覚めてしばらく、私は目が覚めたことを理解できなかった。
襟元に手をやり、触れたシグネットを確かめる。魔法によって刻まれた名前は私のもの。ユーリ・フェルシオン。シオン。
私はここにいる。私は私だ。じゃあ、あの夢は？・・・夢？
「夢・・・」
感触が手のひらに残っている。呼吸によって蠢く喉の感触も、その感触が弱くなっていくのも。
生々しい、と言えるほどの感覚ではなかった。はっきり、そう、まるで現実にそうしたかのような。
「・・・顔。洗ってこよう・・・」
わざと口に出して、気分を無理矢理にでも変えることにした。
それは決して成功してはいなかったし、実際に洗ったのは顔だけではなかったけれど、それでもせめて、言い知れぬ不安と不吉な感覚を拭うことに、少しは成功した気がする。
そして、途中でカイに会ったことも、気分転換になった。
「おはよう、シオン。・・・どうしたの？具合悪い？」
おっとりと問う彼は、朝食の支度を終えたところか、シャツの上からギルド支給ではないエプロンをかけていた。
エルヴァーンの男としては低くて、それでも高い背を少し屈め、私の顔を覗き込むようにし至極無難な言葉を選んで問うてくる。
彼はいつもこの調子だ。少女のようにおっとりして、子供のように疑うことを恐れる。いさかいも疑心も、彼の恐れるものだ。
何故だろうと、考えたことはない。そういう忌避すべきものは誰にでもある。
だから私は、カイの身の上を聞いたこともなかった。
「朝食は？」
「あ、うん。支度はできてるんだけど、キーゼルさんたちがまだ起きてこなくて」
少し困ったように笑う。実際にはさほど困ってはいないだろう。別に何か、急ぎの用事があるわけでもない。
142 名前： Kiesel ◆nu123wJPbk [Cion:Vasara◎,Mayakashi,Mistress●] 投稿日： 2008/01/19(土) 23:51:50.91 ID:xBMCISAH
けれど、何故か気になった。起きてこないとは、どちらのキーゼルのことだろう。
『たち』と言うことは両方か。あいつらのことだ、きっと夜更かしでもしたのだろうけれど。
「起こせば起きないわけでもないだろうに。起こしに行くぞ」
「え、でも、キーゼルさんたち、昨日帰るの遅かったみたいだから」
「知るか」
果たしてキーゼルたちは、確かにまだ眠っていた。
『たち』、というのは、双子のようによく似た彼らは、ひとつのベッドにふたりで、身を寄せ合って眠っていたのだ。
同じ顔立ちなのに、よくよく見れば違う。けれどそれもわずかな差で、気のせいかと思ってしまうくらいのもの。
来訪者たちの言う『自キャラ』になってしまった者は多いが、こうして『自キャラ』と分かれてしまった来訪者は他にいるのだろうか。
いるとしたら、彼らもまたこのように酷似した外見なのだろう。そして互いに違和感を感じるのだろうか。
「・・・ん・・・」
小さな声がこぼれ、一方が身じろぐ。その瞬間、私の思考は切り替わった。
いつの間に潜り込んだかとか、大体何故わざわざ狭いベッドにふたりで寝ているのかとか、そんなことはどうでもよくなった。
ただただ、その幸せそうな寝顔が腹立たしく。
「お前ら、とっとと起きろッ！！」
284 名前： Kiesel ◆nu123wJPbk [Cion:Vasara◎,Mayakashi,Mistress●] 投稿日： 2008/01/30(水) 12:17:47.02 ID:fBV4fKU/
ふたりの少年が、テーブルについている。
ひとりは不機嫌そうにお茶を飲み、もうひとりは不可解を隠さずに私を見ていた。
「シオン、怒ってる？」
「怒ってなんかいない」
「・・・怒ってる」
「怒っていない」
「・・・むー」
何故自分が叩き起こされたのか分からず、不思議そうに首を傾げる。キーゼルもキーゼルで、こちらを見ずにカップを口に運んでいた。
姿はまったく同じなのにまったく違うふたりと私を見て、カイがくすくすと笑い、それから口を開く。
「キーゼルさん。フィグが戻ったら、ウィンダスを案内してもらったらどうですか？きっと、色々と面白いものが見れると思います」
キースも一緒にね。そう笑うと、不機嫌そうなキーゼルはわずかに視線をあげた。
「・・・いや、」
「残念ながら、案内をさせていただく時間はないのです」
すっと扉を開けて当の本人、フィグが入ってきた。
銀髪を短くまとめ、前髪をサイドに流している彼女は、難しい表情でキーゼルたちとカイへ言う。
「キーゼル・ランクス、キーゼル・M・ソルニエ、エティエンヌ・リュシアン。天の塔より、星の神子様がお呼びです。支度が出来次第お向かいください」
「天の塔だと？」
秘密主義で排他的なウィンダスの、それも天の塔からの召喚。ただの、冒険者としての呼び出しとは思えない。
キーゼルは、サンドリアに所属している。カイもウィンダスに移籍しているとは言え、生粋のサンドリア人だ。
この召喚、何か理由があるのだろう。・・・まあ、理由もなく呼ぶはずもないか。
285 名前： Kiesel ◆nu123wJPbk [Cion:Vasara◎,Mayakashi,Mistress●] 投稿日： 2008/01/30(水) 12:34:19.01 ID:fBV4fKU/
「フィグ。キーゼルさんはふたりともと、星の神子様はおっしゃったの？」
おっとりとカイが問う。
彼もまた、自身の召喚よりも、キーゼルたちが指名されたことに疑問を抱いているようだった。
ウィンダスに所属する自身の召喚は予測できたことなのだろう。しかし、やはりキーゼルたちが呼ばれることは理解しがたい。
ましてや、今フィグが呼んだ名前。
どこか緊迫した面持ちでフィグは頷き、でも、と続けた。
「シオンについては何もお聞きしてはいないのです。ミガイフォングも呼ばれているというのに」
「ミガイフォングさんも？」
不思議そうにと言うよりはやや少女じみた仕草で、こっくりと首をかしげる。
あれもエルヴァーンで、確かタブナジアかサンドリアに縁があるとか、そんな話を聞いた覚えがあるような気がするけど覚えていない。
しつこくかまってくるから、あれの話なんてほぼ常に右から左に聞き流していて、もしそうだったとしても確信がないな。
離れて待機していろと言っているのに気がついたら後ろに立っていたりすることもあるし、挑発するなとか範囲WS使うなとか言っても使うし。
あれのことはさておき、まさかサンドリアから何かあったのだろうか。
いや、もしもそうだとしたら、天の塔でなくサンドリア大使館あたりから召喚がかかるはずだ。
そもそもフィグを伝令に使うことも理解しがたい。・・・恐らくは、彼女なら他言しないだろうということなのだろうが。
ミガイフォングもそうだが、フィグもまたカイに対して、命に代えてもなお余りあるほどの忠誠を示している。
「・・・まあ、ことあるごとに私に突っかかってくるけど」
「シオン、何か言いましたか？」
「いや何も」
フェローというやつはどうしてこう、・・・まあいいや。
286 名前： Kiesel ◆nu123wJPbk [Cion:Vasara◎,Mayakashi,Mistress●] 投稿日： 2008/01/30(水) 12:37:53.28 ID:fBV4fKU/
思考を打ち切り視線をやると、キーゼルはうつむいて何事かを考え、カイも考え込んでいたけれど不意にぱっと表情を変えた。
シアーチュニックのポーチから小銭入れを取り出し、中身を確かめると、そっとフィグに渡す。
「フィグ、お願いがあるんだけど。あなたの目を信じて、一番上質なロランベリーを、できるだけたくさん買ってきてくれる？」
「ロランベリーですか？」
「うん、きっとたくさん使うから。お願いね」
にっこり笑って、自信たっぷりに言う。ロランベリー？何に使うつもりだろう。
私の疑問もよそにカイは、ちゃんとした格好をしないとかな、とか、忘れ物しないようにしないと、とか、考え込みながら呟く。
その表情には不安も疑問もない。彼にはこの召喚の理由が分かっているのだろうか。
などと思っていると、ぱちりと両手を打ち合わせ、あのルト・ミュリラーのように首をかしげてみせる。
「あ、フィグはシオンと一緒にお留守番、お願いね？」
「・・・・・・・・・・・・ええー！？」
素っ頓狂な悲鳴があがった。
331 名前： Kiesel ◆nu123wJPbk [Kiesel:Katana◎,Inu,Kabuto●] 投稿日： 2008/02/02(土) 16:42:50.65 ID:oEE0emJg
「後でうるさいでしょうね」
苦笑混じりのミガイフォングの言葉に、カイがくすくす笑う。こちらとしては、あの煩い猫がいないほうが助かるが。
着馴れたシアーチュニックを、新調したシアーチュニックに着替えた(正直、意味があるとは思えない)カイは、おっとりと言う。
「ちょっと騒がしいけど、いい子ですよ。ぼくのことをいつも心配してくれてるし、ただ、ちょっと空回りしてるだけで」
「・・・・・・そうですか」
まったくよくない気がするのは、気のせいではないはずだ。それとも、ウィンダスではそれでいいのか。
いや、待て。いくら何でもそれは・・・しかし、ウィンダスだ。ありえないとも言い切れない。・・・ああ、考えるだけ無駄だ。やめよう。
俺の思考の合間にも、カイはクピピ書記官と話をしていた。
何事かを話してから、それまで大切そうに持っていたバスケットを渡す。
「デザートはまた、あとで持ってきますね」
「分かったなの。・・・べ、別に気にはしていないなの！持ってきてくれるならもらうなの！」
言い訳にもならない言葉を聞き、何の話かは分からないが、何となく予想はついた。これが世に言うツンデレか・・・
こちらの会話にまったく関わらず入ろうともしない"彼女"は、俺の着ている礼服の袖を掴んだまま、ぼんやりと壁や天井を眺めていた。
天の塔の何が珍しいのだろう。あるいは、『リアル』にはこういった、魔力が作用するような場所はないのだろうか。
正直なところ鬱陶しいこともなくはないが、あまり気にしても狭量なだけだ。それに、邪魔になったら言えば済む。
やり取りを終えたカイが一方の壁に触れると、音もなく扉が開き階段が現れた。『星上りの階段』と呼ばれるこの上に、星の神子のいる部屋がある。
気だるげな視線をあちこちに投げていた"彼女"は、それを確かめるとふと俺から離れ、カイを押し退け階段を進む。
俺はミガイフォングと一瞬視線を交わし、慎重に"彼女"の後についていく。カイは慌てて彼女の隣に並んだ。
何か意志があるかと思ったが、ぼんやりとした"彼女"の表情は変わらず、ただ虚ろなまま。
俺と同じはずの青の瞳が濁っているようにさえ見え、俺は"彼女"から視線を逸らした。
332 名前： Kiesel ◆nu123wJPbk [Kiesel:Katana◎,Inu,Kabuto●] 投稿日： 2008/02/02(土) 16:45:26.24 ID:oEE0emJg
それにしても、シオンとフィグを置いてきてよかった。あのふたりがここにいたら、あれこれと騒いでうるさいに違いない。
さすがにかしこまって静かになるだろうか。・・・ならないだろうな、きっと。
ミスラの守護戦士たちの懐疑の視線を受けつつも『羅星の間』と呼ばれるプラネタリウムに入ると、何故かそこには小さなタルタルがいた。
タルタルは手だけで守護戦士たちを払い、それから薄いと言うのも心苦しい胸を反らして俺たちへ言い放つ。
「あらあら、ぞろぞろと賑やかだこと。弱い犬ほどよく吠えると言いますけれど、あなたたちは吠えもせず、群れるしか能がないのかしら？」
「シャントット博士・・・」
今にも高笑いをしそうなタルタルの姿に、ウィンダス国民でなくとも誰もが知っているであろう名を、親しみを込めてカイが口にする。
まさか我々を召喚したのは、星の神子でなくこいつか？いや、だとしたらわざわざこんな場所を選びはしないだろう。
トライマライ水路かホルトト遺跡にでも呼び出して、跡形もなく消すくらいはやってくれるだろう。あるいは、もっと手の込まない方法かも知れない。
カイが膝を突き、シャントットと視線を合わせて問う。
「博士、この度の召喚は、まさか」
「ええ、わたくしからお伝えしましたわ。『世界』への干渉だなんて小賢しいことをしようとは、よくも考えたものですわね」
「・・・ご存知でしたか」
「当たり前でしょう？このわたくしを欺こうなんて思わないほうがよろしくてよ」
言いながら、カイの頬へ手を差し伸べる。
「あなたがこうしてここにいることもそのため。本当に惜しいことですわ」
「博士・・・」
愛おしげな言葉を交わす。だけでなく、その視線にも何やらただならぬ感情が込められている気がする。
待て待て待て待て。何だこの空気は。
俺とミガイフォングが無言で成り行きを見守る間にも、ふたりはなおも言葉を交わす。
333 名前： Kiesel ◆nu123wJPbk [Kiesel:Katana◎,Inu,Kabuto●] 投稿日： 2008/02/02(土) 16:49:48.64 ID:oEE0emJg
「・・・すみません、博士。ぼくは・・・」
「いいえ、それ以上は仰らなくとも結構。あなたのような方と別れなければならないなんて」
そっと手を離し、シャントットは口に手を当てた。
「せっかく異世界から来たなんて特殊な実験材料を手に入れたと言うのに、すぐに手放さなければならないというのは本当に惜しいことですわ。
ちょうど今、よさこいダンスを踊りたくなる呪いを新しく開発していたところですのよ！」
「すみません、博士。ぼくもその実験にお付き合いしたいのですけど、完成を見ないうちに研究から離れるのはとてもつらいです・・・」
待て待ｔ・・・いや、まあ、もういいか。
考えてみれば、シャントットに色恋沙汰なんて、あのバカ王子が剣を手放すくらいにはあり得ない話だものな。
「・・・いや、仮にも一国を担われる方をそのように悪し様に言うのは無礼。反省せねば」
「あなたもかわいい顔をして、随分とひどいことを言いますよね」
俺の呟きにミガイフォングが茶々を入れる。かわいいとか言うな。
と思っていると、シャントットは高笑いの姿勢のまま、にやりと俺を見た。
「何かおっしゃいまして？」
「・・・いや、別に」
心を読むな。
ウィンダスは、相変わらず厄介な相手が多すぎる・・・早く去れるならさっさと去りたい。
そんな俺の思考を余所に、カイとシャントットは、新しい呪いのことで盛り上がっていた。完成しないことを祈っておこう。
むしろ、来訪者が来たことでシャントットの被害者が増えていないだろうか。増えているかも知れない。
そうして考えてみれば、やはり来訪者はこの世界に影響を与えていると言えるのか。少なくとも彼らは、この世界にはない知識をもたらしている。
何故だ、よく分からないが申し訳ない気持ちになってきた。シャントットの被害者を増やしてしまったことに対してか・・・？
334 名前： Kiesel ◆nu123wJPbk [Kiesel:Katana◎,Inu,Kabuto●] 投稿日： 2008/02/02(土) 17:00:43.07 ID:oEE0emJg
何にせよ、危険人物の危険度をあげる原因になっているのは否定できないかも知れない。
『人の口に戸は立てられぬ』と言うし、言外にそれと察せられることも多かろうが・・・しかし、やはり来訪者の存在は火に油を注ぎかねない。
来訪者の知識が漏洩することは危険だろう。すると目の院の書庫もある意味危険ではないだろうか。
いかに来訪者にしか読むことができないようにしてあるとは言え、勝手に読めるようにしてしまう可能性も否定できない。
「・・・キーゼル・ソルニエ？」
不意に少女の声が俺を呼んだ。
気付くと、若草色のゆったりとした衣装に身を包んだタルタルが、心配そうに俺を見上げている。
大きな髪飾りを着け、豊かな髪をまとめている彼女こそが、このウィンダスの元首であり象徴でもある星の神子だ。
外見こそは愛らしい少女だが、間違っても俺より幼いはずもなく、まして国家元首である。意図的でないとは言え、無視をしてしまったのは礼に反する。
「・・・失礼を」
「いいえ、何か考えてらっしゃったのでしょう？サンドリアの方は、勇猛果敢で思慮深い方が多いのですもの」
微笑みを浮かべ、いたわるように言った彼女の言葉に、サンドリア国民として申し訳ないのだが、俺には賛同しがたかった。
勇猛果敢で思慮深いと言うよりも、猪突猛進で考えなしのイメージがあるのは・・・やはりあのバカ王子のせいか。
それはともかく、星の神子は俺に儚くさえ思える笑みで、ゆっくりと語りかける。
「報告は受けています。信じられないことばかりですが・・・否定することもできません。ウィンダスも、この問題については重く見ています。
ですが・・・あなたのことも、彼のことも、私たちは知っています。来訪者ではなく、サンドリアの騎士としてのあなたたちを・・・
やはり、言われてもすぐには理解できないものですね」
普段から何気なく接していた相手が、突然に別人になってしまうのだから、それを理解することも受け入れることも、容易ではないに違いない。
それも、姿だけは同じなのに、記憶も思考も何もかもが他人のそれに変わってしまっているのだから。
逆を言えば、来訪者はまったく他人の姿と人間関係・・・それは、この世界においての自身の歴史も含めて・・・を押し付けられる。
335 名前： Kiesel ◆nu123wJPbk [Kiesel:Katana◎,Inu,Kabuto●] 投稿日： 2008/02/02(土) 17:04:25.32 ID:oEE0emJg
「誰もがそうでしょう。自分が自分でなくなる・・・そして、誰かになってしまう。しかも、自分の意志に関係なく、気付かないほどの速度で。
それは恐らく、真の闇の中を進むよりもおぞましく、薄氷の上を進むよりも不安に駆られることでしょう。
彼らはそれと知らされることなく来訪者となり、それと知ることもなく己を失っていくのですから」
俺と"彼女"のように分かれた存在となったならば、まだ救いはあるだろう。だが、ひとりの『存在』になってしまったら？
もしもそうなったら、・・・どうなるのだろう。どちらかは、存在しないことになる？そもそも、同じ『存在』が存在しえるのか？
あの、双子の騎士たちのように？
いつかは、俺も？
「・・・嘘だ」
足元が崩れ落ちていくような感覚。胃の腑に冷たいものが落ちていくような苦しさ。
星の神子が俺の異変に気付く前に、しかし口を開いたのは彼だった。
「本当に怖いのは、多分、それにすら気付かないこと。侵食されていることに気付かないことなんだと思う」
歌うような声。視界を妨げない薄闇の中金の髪に光が揺れ、黒に似た茶の瞳が不思議そうに瞬く。
336 名前： Kiesel ◆nu123wJPbk [Kiesel:Katana◎,Inu,Kabuto●] 投稿日： 2008/02/02(土) 17:11:31.06 ID:oEE0emJg
「来訪者は、自分が誰なのかだんだん分からなくなって、最後には、この世界の『器』が本当の自分だと思いこんでしまう。
それは仕方がないことなんだ。来訪者は、この世界にとって『不純物』だから。だから世界は、『不純物』を取り除こうとする。
でもね、それは世界の『システム』で、『システム』を『制御』すれば、『不純物』がいても大丈夫なように『誤認識』させられるんだって。
だから来訪者の『力』が必要なんだって。みんなじゃないけど、『プレイヤー』は『世界』に『干渉』できるんだって。だから、・・・えっと」
そこまで言い、彼は少し困ったように首を傾げる。
「・・・忘れちゃった」
「忘れたぁ！？」
シャントットが、彼女らしからぬ荒げた声をあげた。
「あなた、重要なところを忘れたですって！？思い出しなさい、今すぐに！！」
「い、今すぐって言ったって、忘れちゃったもの」
今にも爆発しそうな勢いのシャントットに、彼は困ったように首を振る。
そう、"彼女"ではない。彼だ。
と。
静かに、落ち着いた声が思索混じりに呟いた。
「つまり、それは"『リアル』にしかないもの"による、『リアル』からの干渉ってことなんだね。・・・分かった。だから監理するんだ。
来訪者は『リアル』から来た存在・・・知識？技術？どっちかは分からないけど、だから来訪者を利用するのか」
腕を組んだままわずかに俯き、己の唇を指でゆっくりと撫でながら頷く。
「"『リアル』にしかないもの"を利用するために、来訪者を利用する・・・理解はできるな。でも理解できないのは、何をしたいのか。
まさかこの世界を支配したいなんてふざけた理由とは思えないし・・・さすがにそこまでは分からないか。・・・ありがと」
呟き、それからそっと首を振る。
337 名前： Kiesel ◆nu123wJPbk [Kiesel:Katana◎,Inu,Kabuto●] 投稿日： 2008/02/02(土) 17:16:40.06 ID:oEE0emJg
「ミガイフォングさん？」
カイが名を呼ぶと、彼はばつの悪そうな笑みで応えた。
「すみません、ぼうっとしていました。・・・報告書でいくらか知識を得ていたとは言え、さすがに実際に聞くと理解しがたいものですね」
彼らしい穏やかな声が、確かめるようにゆっくりと言う。
その表情も語調も、最前までとは異なるものだった。
「ええとね。私たちは、・・・・・・あれ？」
何かを言いかけ、やや幼い仕草で首を傾げる。
「・・・えっと。何だろ」
「何ですか？」
ミガイフォングの問いに、彼は首を傾げたまま、呟くように言った。
「・・・私は、何でここに来たんだっけ？」
498 名前： Kiesel ◆nu123wJPbk [Cion:Vasara◎,Mayakashi,Mistress●] 投稿日： 2008/02/14(木) 01:46:53.41 ID:mlNARd7Z
どん、と鈍い音を立てて、テーブルの上にかごが置かれた。
かごにはロランベリーが山盛りに積まれている。素人目にも、瑞々しくておいしそうなものばかりだ。
「ひどい・・・」
この世の終わりを目の当たりにしたかの調子で、フィグがぽつりとこぼした。
「この私を置いて、あの方は・・・どうして私も連れていってくださらなかったのか・・・」
そりゃお前がついていったら間違いなくうるさいからだろう。
たったそれだけの言葉を口にしないようにするには、かなりの気合いと根性が必要だった。
「なぜあの方が・・・それも、男性ばかりでなんて・・・」
男だけ、って括りなのか？・・・なんだか、フィグの思考回路を見てみたい気がしてきた。
「・・・まさか、みんなであの方に手を出そうと・・・！？やだ、そんな破廉恥な・・・」
両手で顔を押さえて妄想に浸っていないで、いい加減こっちの世界に帰ってこい。
などと考えていると、モグハウスの扉の外から、重みのある足音が聞こえてきた。キーゼルたちだろうかと思う前に扉が開く。
「失礼する」
そう言って、銀髪を撫で付けたエルヴァーンの男が、物々しい甲冑姿で入ってくる。遅れて、同じく銀髪をやや長く伸ばしている、やはりエルヴァーンの男も入ってきた。
先の男は私たちを一瞥し、それから室内をさっと見回す。後から入ってきた男と何事か言葉を交わすと、さも当然のように、テーブルに添えられたいすに腰掛ける。
「待たせてもらう」
「ちょっと、兄さん・・・」
「これは主命だ。逆らうことは許さん」
すがるような声を無感情に突き放し、いすの上で足を組みついでに腕も組む。
先の男を兄と呼んだ後の男は、居心地悪そうに私たちを見る。
499 名前： Kiesel ◆nu123wJPbk [Cion:Vasara◎,Mayakashi,Mistress●] 投稿日： 2008/02/14(木) 01:53:01.41 ID:mlNARd7Z
「・・・ええと。エティは、出掛けているのかな？」
「エティ？」
そう言えば、フィグがカイのことをそんな名前で呼んでいたな。
ふと思い出しフィグに視線をやると、彼女は青ざめた表情で相手を見ていた。
「・・・いいえ。あの方はもう、サンドリアには戻らないと仰っておられました。どうか、お忘れください」
「忘れろ、だと？」
兄が口を開く。無感情から、その声は不機嫌に変わっていた。
まるで仇敵を睨み付けるかの苛烈な表情でフィグに言い放つ。
「あいつは自分勝手に振る舞った挙げ句、その後始末を我々に押し付けたのだぞ！一切合切にけりをつけた折には、こちらから縁を叩き切ってやる！！」
どうやら、冷静そうな外見とは裏腹に、直情型らしい。今にも剣を抜いてそこら中に当たり散らしかねない勢いだ。
弟のほうはと言うと、どこか遠いところを見つめていた。止める気はまったくないらしい。
また敵対的な感情や行動を私たちに持ってはいないようで、私が黙ってカップを差し出しお茶を注いでやると、嬉しそうな笑みで受け取った。
可哀想なのはフィグか。尻尾をぴんと立てて怯えている。それでも逃げ出そうとしないだけの根性は大したものだ。
ちなみに私は、既に話に加わるのを放棄している。サンドリア関係でこういう現れ方をする手合いは、大抵面倒な奴だからだ。
ジュノは形式ばっている。ウィンダスは賑やかな現れ方が多い。バストゥークは・・・印象にないな、そう言えば。
まあ、私もナジやアヤメ、それにシド工房長くらいしか親しくないしな。バストゥーク自体あまり印象に残らない国かもしれない。
「そもそも、あいつは無防備すぎる！！ただでさえヴォーシェルの悪さに付き合わされているのに、あのポワティエとかいう奴と付き合い出してから生活態度が変わったんだ！！
日常的に遅くまで起きている！！不可抗力と言えども飲酒をする！！危ないと言うのにチョコボの二人乗りを当たり前にやる！！オークどもとの戦いに平気で混ざる！！
この兄は、我が弟をそのように育てた覚えはない！！」
立ち上がりつつ握り拳を掲げて吼えるな。
500 名前： Kiesel ◆nu123wJPbk [Cion:Vasara◎,Mayakashi,Mistress●] 投稿日： 2008/02/14(木) 02:02:31.00 ID:mlNARd7Z
しかし、話を聞くだけでは随分と可愛がってきたようだ。今時早寝早起きを実行するよい子がいるのにも驚いたけど。
縁を叩き切ってやる、と言ったものの、きっとそんなことはできるはずがないのだろう。
なぜなら彼の言葉には、違反したことよりも好ましくない相手の影響を受けていることに対しての嫌悪が含まれていた。
彼にとっての『悪さ』をする弟に対してでなく、その『悪さ』に付き合わせようとする相手に対して。
「しょうがないよ。エティは、ぼくたちと違って自由がなくなるんだから」
カップを両手で抱えて、どこか寂しそうに弟が言う。・・・自由がなくなる？
弟の言葉に兄は噴きあがるような感情を隠さず、ぎり、と音が聞こえたほどに強く歯軋りをした。
「こちらの言うとおりにしていれば済むのだ。たとえ今は不自由でも、いずれ自由が与えられる」
「遅すぎるよ・・・ケインの話を聞いたことがあるでしょう？ティアも間違ったことは言ってない。このままじゃあの子は」
「天使の階層だかウェルフェアだかの話か。奴らの話は絵空事でしかない」
「・・・だから兄さんは、あの子を彼らに任せたんじゃなかったの？」
不安げな言葉に、兄は苛立ちや怒りやとにかくそういった激情を、明確に何十倍にも増幅して表す。
「なればこそだ！！何故我々がこうして」
「誰が、何だと？」
男にしては高く、女にしては低い声が、さして広くもなければ狭くもない部屋に、何故か高らかに響いた。
2008年03月29日(土) 13:44:31 Modified by feathery_snow